pure×pure


急な大雨。傘無しの私は歩けず、ちょうどいい店で雨宿りをしていたら、店の中からタキシードスーツを着たお兄さんが現れた。髪をオールバックにして眼帯をしている男性だったからそっちの人かと思って反射的に逃げようとした。すると、

「ん。使えや。」

彼が一本の紺色の傘を差し出した。え?と驚いて彼を見ると、彼はなぜか前を見ながら私に傘を押し出す。

「帰らなあかんやろ?やるから返さんでええで。」
「あ、ありがとうございます!」
「…おう。」

私は頭を下げて傘を借りると逃げるように雨の中へ走っていった。いきなりのヤクザにびっくりしたけど、知らない人からの優しさが胸に染み込んだ。

あれから2日後。
借りていた傘を返した方がいいのか悩んでいた。返さなくていいと言われたけど、やっぱり人のものだし…。でも、キャバクラって入りにくい。というか、何時から開店してるの?私なんかが入っていいのかな…?
そうやって悩んだ末、気になるくらいならさっさと返そうと思って家を出た。

shineが近づくとドキドキした。
チャイムはあるのかな?
ドアを開けたらヤクザがたくさんいたらどうしよう?
怒られたり、お金取られたりしないかな?
…しないよね、流石に。

私はビビリなので、恐る恐る出入り口をノックする。…けど、誰も出てこない。もう一度ノックしたけど、誰も来ない。だめか。
傘を立てかけて帰ろうかな?誰かに持ち逃げされるかな?
どうしたらいいのかわからなくて困っていると、

「誰や。」
「わッ!!?」
「おお、何や!?」
「す、すみませ、あ、あの時の…お兄さん!」

傘を貸してくれた人が出てきた。私の驚いた声に彼はかなり驚いていた。

「あ、お、おう。どないしたん?」
「この傘を返しにきました。ありがとうございました!」
「持っててもええのに、わざわざすまんの。」
「はい!では!!」

ペコっと頭を下げて走って帰る。
私は走りながら、ヤクザの人相手によく1人で傘を返せたと自分の勇気をほめていた。これで終わりこれで終わり!と安堵しながら、大仕事を終えた気になった。

この時の私は、人生でキャバクラやヤクザの人と関わることなんてもうないだろう、と思っていた。

◆ ◆

それから、1ヶ月後。
友達から連絡が来て、会って欲しい人がいると言われた。誰かと聞くと"高身長で金持ちで面白くて強くてかっこいい男の人"だと言われた。
男の人への免疫がない私は怖いけども、そんな素敵な人と友達になれるのなら…と期待して行ってみた。

待ち合わせのカフェで先に行って待っていると、友達のマホが来て私に手を振った。私は立ち上がって手を振ると、その後ろから来た男の人を見て顔がひきつった。

(え…、こ、この人?!)

マホの後ろからゆらりゆらりと現れたのは、テクノカットでパイソンジャケットの男性。しかも眼帯なんていう、どこからどこまでも想像の斜め上をいく人だった。
胸元には刺青が入ってるし、完全にそっちの人じゃん、嘘でしょ!?と心の中で叫ぶ。

「やほー!●、おまたせー!」
「あ、あ、うん!」

何とか声を絞り出して、こちらに近づく異様な男を見る。彼は私の前に立つとじーっと私を見た。

「こちらは真島吾朗さん。私がキャバクラしてた時お世話になった人なの。」
「あ、ぁあ、ぁ…ぁ、」
「こっちは●。●は初めての人を前にするとよくこうなるから気にしないでね、真島さん。あはは。」
「おう。」

ドキドキしているとマホが私の隣に来る。私は壁に追い詰められるネズミみたいに壁にくっつくようにソファーに座った。
真島さんは私の前の席に座り、私を見て視線を外さない。…な、なにこの目力。

「初めてやないで。」
「え?」
「は?」
「傘、かしたやろ。」
「…え?…、あ!もしかして!え、でもあの時は髪が長くて…。」
「おう、髪切ったんや。この方がええやろ?」
「そ、そうですね。」

眼帯で気づくべきだったけど、本当に雰囲気が違うから別人にしか見えなかった。私は改めて礼を言うと、マホはなにがあったのか聞く。

「傘が2人を結びつけるなんて、ロマンチック〜。」
「え?なに言ってるの…っ。」

そんなんじゃないのに!というか、何でここでも会うの?何で私を紹介したの?偶然?よくわからないことばかりで私は何も話題が生まれない。でも、気を使ったマホが会話をリードしてくれて気まずくはならなかった。

「…あ!私もうキャバクラに行かなきゃだ。じゃあ、あとは楽しんでね♪」
「え!?」
「おう、もう客怒らせたらあかんで。」
「はいはーい。」

マホが軽やかに立ち上がると出て行く。私も!とついていけばよかったのに、真島さんがメニューを広げたのでここで1人飯させるわけもない。グッと堪えて同席した。

「何か頼むか?何でも奢ったるで。」
「…ああ、じゃあお茶のお代わりします。」
「ついでに飯でも食うか。もう夕食の時間やし、ちょうどええやろ。」
「は、はい。…真島さんは何がお好きなんですか?」
「わしか?せやなぁ、たこ焼き好きやで。」
「(このカフェにはないよね…。)美味しいですよね。」
「今度食いに行くか?」
「は、はい。」
「今は何食うかノォ。」

意外と…会話は普通で沈黙はしなかった。客商売してるだけあって、彼もこちらに合わせて話を振ったり答えてくれているみたい。私は少しずつ彼に慣れてきた。

「あの、まさか、その、今日またお会いするとは思わなくて。」
「マホちゃんにわしが頼んだんや。●ちゃんがマホちゃんの友達やって知ったからの、紹介してやって。」
「…あ、そ、そうなんですか?…でも、そのー、何でです?何か用でも?」
「●ちゃん、ほんまに鈍ちんやな。」
「え。」
「男の免疫ないっちゅー話やったけど、ホンマもんや。まぁ、ええけど。」
「…ご、ごめんなさい。」

しゅんとしながら謝ると彼は慌てた。

「え、ええって!別に貶したわけやないで?ただハッキリ言わな、わからんのやなぁって思っただけや!…ええって、変に遊んどる女よりも身が硬い方がわしは好きや!」
「…あ、ありがとうございます…。でも、私、…その…自分でも思うんです。いい歳なんだし、もっと異性に慣れた方が普通っていうか…マホみたいにハキハキしてておしゃべりが上手い子はいいなって。」
「普通なんてもんはあらへん。わしは男にちょっとビクビクして、守ってやらなあかんような●ちゃんもええと思う。」
「ありがとうございます。…真島さん、お話上手いから、話せる気がします。」
「ほんなら、また今度話そうな。」
「は、はい!お願いします!」
「…っ…、ん、ほんなら、連絡先交換せんか?」

彼は私をじっと見つめて連絡先を聞く。私はこくんと頷くと、なぜかそれだけなのに彼の頬は赤らみ、さっと私から目を逸らした。

「え?どうしたんですか?」
「な、なんでもらあらへん!…何もあらへん!」

彼は暫くそっぽを向いてから、チラッと目だけをこちらに向けてきた。ん?と見つめ返すと、彼は口元を覆いながら広げたままのメニューを見下ろす。

「ほ、ほれ、とりあえず何か食うで。」
「あれ?」

真島さんは実は私より緊張してるんじゃ?と思った。すると、少しだけ余裕が生まれてふふっと笑ってしまった。その声にピクッと体を動かした彼はジトっと何か言いたそうな目で私を見てきた。

「可愛い顔向けんなや…。」
「ん?」
「何もあらへん。」


end

彼の赤い顔を見ると少しだけ彼が可愛くなり、ゆっくりと彼に対する興味が湧いてきた。

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