心の奥に伸びる声


「え!?立華さん、もしかして結婚?…おめでとうごぶっ、」
「ばか、早とちりするなっ!」
「尾田さん、女性に肘鉄を喰らわせることはよくありませんよ。」
「す、すみません、つい…。」

私は脇腹をさすりながら、女性の写真を見つめる立華さんを見る。その目は愛情を持って写真を見つめてるわけでなく、書類を見つめる目と同じだった。

「お見合い?」
「まぁ、そんなところです。」
「立華さんは乗り気じゃないんだ。相手は調べれば調べるほどボロが出る女なんだよ。」
「なら断ればいいじゃないですか。」
「それが顧客からの紹介でして。お断りするにしても礼儀と誠意を見せなくてはならないんです。」
「それはー…なかなかめんどくさいんですね。」

なるほど。だから2人は重い空気を出してるのか。でも、立華さんのことだし、うまーくかわしたり断るんだろうなと思う。
立華さんは写真を裏に返すとそっと机の中にしまい、机上の書類を纏め始める。私は尾田さんと部屋を出て廊下を歩いていた。その途中で尾田さんは相手の愚痴を言い始める。

「全く、立華さんに面倒かけんなっての。立華さんの地位と金目当ての女に決まってる。」
「尾田さん、落ち着いて。ほんとに尾田さんは姑みたいですね。」
「おいおい、どういう例えだよ。…そりゃ、立華さんが惚れた女なら文句いわねぇけど、身分知らずに自分を押し売りしてくるような女だ。立華さんはそんな安い男じゃねぇんってのに。」
「まぁまぁ。…尾田さん、愚痴は屋上で聞きますよ。ほら、行きましょ?」

尾田さんは本当に立華さんが大事だから、こういう時は感情的になる。立華さんの前では黙ってても、私の前ではこうして本音を曝け出す。

◆ ◆
そんなわけで、屋上で尾田さんの愚痴をあらかた聞いた私は、尾田さんの横でのんびりと夜風に当たっていた。

「尾田さんは、ほーんと立華さんのこと好きですね。」
「お前がいうと安っぽいんだよな。俺は立華さんを唯一の兄貴って認めてるんだよ。あんなに強くて賢くて人を上手く扱える人を俺はしらねぇ。」
「そうですね。私も尊敬してます。」
「それだけか?」
「はい?」
「お前、立華さんに見合いの話入った時、どう思ったんだ?」
「私の第一声忘れましたか?おめでとう、っですよ。」
「お前は本当に能天気なやつだよな。まぁ、裏表がなくて信じられるところがお前のいいところでもあるけど。」

苦笑いした尾田さんは、何かに気づいて振り向いた。私も振り向くと立華さんが屋上にやってきた。

「こんなところにいらしたんですね。」
「あ、何か御用でしたか?」
「いえ、お二人の姿が見えなかったもので。もう退勤の時間ですから、どちらにいても構いませんが大抵この時間も職場にいらっしゃるので。」
「あれから屋上にいました。そして、尾田さんの愚痴をっゔぶっ、」
「ですから尾田さん、彼女に肘鉄はやめてください。」
「す、すみません…、俺、気分転換に仕事してきます。」

ぼんやりしているとイライラしてくるのか、退勤時間を過ぎてても尾田さんは仕事を求めて屋上から出ていった。
私は帰ろうかなと思った時、立華さんは隣に立つ。

「私の愚痴は聞いてくれないんですか?」
「ふふ、聞きますよ?」

少し意地悪な言葉で私の足を止める彼。
私は彼と一緒に夜景を見つめながら、あの見合いの話をした。

「だから、尾田さんはしばらく荒れますよ?」
「ありがたいというか、なんというか…。」
「はは、立華さんのこと大好きな人ですからね。」
「あなたは、どうとも思いませんでしたか?私に見合いの話が来た時。」
「え?…ああ、年齢的にも立場的にも自然だから、そうかぁと。」
「確かに自然ですね。…貴女は考えないんですか?交際や結婚を。」
「キャリアウーマンってやつになりたいんです。」
「なるほど。貴女なら可能でしょうが…。」

言葉を濁す立華だが、それ以降は口を閉ざして街を見下ろす。●は自分と歳が変わらない立華のことを少しだけ考えていた。

彼のように何でもできる男は初めて見た。見た目も静かで落ち着いていて、でも野心を秘めた男。まるで水の中の炎みたいに揺らめく熱を隠し持つ彼をこの先を見つめていたかった。ただ、そんな想いを見せては面倒だから、全て隠して佇んでいた。
そうやって自分の気持ちをうまく隠す方法に長けている自分は、尾田も立華さえも欺けている自信があった。

「尾田さんに言われました。貴女を見合いの相手に見立てて断る練習をしたらどうかと。」
「ひどいや尾田さん。演技でも誰かにフラれるのは辛いのに。」
「貴女は私にフラれた時どんな演技を見せてくれますか?」
「そうですね。涙ボロボロで泣きつくかも。」
「それはつい受け入れてしまいそうになりますね。」

彼の軽い返事が面白く、笑ってしまう。それだと練習にならない、と突っ込むと彼は目を細めて静かな笑顔を見せた。

「貴女の本音を引き出すことは少々手間がかかるので、上部だけでもいいから都合のいい言葉を引き出してみたくなるんです。」
「…え?」
「貴女の才能を枯らせる気はないですが、本音を言えば奥に息づく熱を感じたいです。」

ヒヤリとする。彼は騙されてくれていた、ということなの?まるで私が隠し通していた本心をすでに知っていて黙っていたという口調。…ただ、これがハッタリとも限らないから動揺を見せることなく私は困った顔で笑う。

「そんな、奥の熱なんて…セクハラですよ。」
「それは失礼しました。ただ、これ以上的確な言葉も見つからなかったので。…私は貴女の欺気を才能と捉えています。だから、貴女のような人がうちには必要だったんですよ。ただ、個人的にそれは望みません。」
「……複雑ですね。」
「ええ。これからゆっくり剥いでいきたいものです。」

彼は近づきながらいい、私をフェンスに追い詰めていく。ドキドキした。気にかけていた男から本心を剥がされて、熱を握られたら逃げようがなくなる気がして怖い。

「動じずにかわす貴方も素敵ですが、核心を突かれて素直になる貴女も良いと思います。」

彼の左手が私の頬を撫でた。それは不意打ちで、彼にしては大胆で彼らしからぬ行為。そうされた私はじっと固まって何を言うでもかわすでもなく彼の視線を見つめ返した。

そんな私に少し満足した彼の顔。きっと次も仕掛けてくるんだろう。…もしかして、お見合いの件で私に嫉妬させたかったのか?と勘繰っては心痒い気持ちになった。


end


ALICE+