身を固めた溺愛者


「ま、真島さん!助けてください!!」
「おわっ、な、何や!?何があったんや!?」

●が泣きついた先は真島だった。いきなり●に街で出くわしたと思えば泣き疲れたので流石の真島も困惑する。両肩を軽く抱いて落ち着かせると、●の口から出たワードに過去のトラウマが蘇った。

「司さんがぁ〜、しつこくて!」
「さ、佐川…はん。」

狂犬と化した今になってもあまり関わりたくない男だ。嫌な思い出が駆け巡った真島は無意識に彼女の肩を抱く力が弱まる。

「で、どないしたんや。話くらいは聞くで?」
「そこかしこで監視されてるんですよぉ。前からそうだったけど、日に日にヒートアップしてきてもぅ、いやぁー!」
「その嫌〜な感じ、わかるわぁ。佐川は執着の男やからの、ご愁傷様やで。」
「いや、助けてください!」
「助けるゆうてもなぁ…あーー…。」

これに関してはお手上げだった。うーーんと顔を顰めて点を見上げるが、あの男のやり方は嫌でもわかる。あんなに追い回し、隙を見せない包囲網を破れるはずはないわけで…。

「お、いたいた。って、何してんだよ。」
「げっ…佐川…はん。」

ふっと現れた佐川は●の肩に乗る真島の両手を見てから、静かに目線を真島に戻して睨む。その目に心臓が脈打った真島はぱっと彼女から手を離した。

「●、どこ行ってたんだよ。電話にはでねぇし、家にもいねぇし。この時間はもう退勤の時間だろ?探したぜ?」
「真島さんー!」
「うっ、わしを巻き込むなや!」

さっと真島の背中に隠れた●に真島は至極嫌そうな声を出す。しかし、カタギの女をこんなに追い回すのを黙って見過ごせず。うう、と唸りながら佐川を見据えた。

「佐川、やりすぎやないか?怯えとるで?」
「何だよ真島ちゃん。俺はデートの時間になっても来ねえから心配して探してただけだよ。」
「あんたから逃げたい理由があるんやろな。」
「っていうか、真島ちゃん、そんなに●から頼られるなんて怪しいな。犬かと思ってたけど、泥棒猫だったの?」
「アホか。んなわけあるかいな。わしも盾にされてびっくりや。ホンマはあんたに関わりたくもない。ただ、怯えとる女を差し出すほどクズでもないで。」
「お前は前もそうだったよな。マキムラマコト、ああいう弱い女に弱いよなぁ。」
「わしは弱いもんいじめが許せんだけや。あんたもほんまに●に惚れとるんなら、虐めんでちゃんと幸せにせえや!男やろ?」
「はは。お前に躾けられるとは思わなかったな。まぁ、それもそうだな。俺はハマると手に収めたくて仕方なくなるタチだからよ。なおさねぇとなぁ。…なぁ、●、許してくれよ。仲直りだ。」

佐川はわざと屈んで真島の後ろにいる●に優しく声を掛ける。真島も振り向いて●の顔色を伺う。

「●、なんかあったらわし呼べや。」
「だーかーら、何でお前が入ってくるんだよ。お前が出ると嫉妬で俺の執着が増しちゃうよ?」

●は眉を下げていたものの、これ以上真島を盾にできず、うう、と唸りながら佐川の元に戻る。

「優しくしてやるから犬に懐くんじゃねぇぞ?いいな?」
「うう。」
「佐川、惚れた女は守るもんやで。」
「へいへい、分かったよ。有難い忠告助かるぜ。」

●は肩を抱かれているが、恋人というよりはまるで絡まれて縮む被害者のようだった。ただ、確かにこの2人は恋人だった。

「何で付き合ってるんや?あの二人。佐川に脅迫でもされとるんちゃう?」

真島は二人を見送りながら、正義感から●が気になって仕方なかった。

ーー
「私、男を見る目がない!」
「それ、俺の前で言う?悲しいじゃん。」

●は佐川が予約していたバーの個室で不貞腐れた。

佐川と●が出会ったのは一年前のこと。恋人にフラれて公園でひたすらボーってしていた●をおでん屋でおでんを食べていた佐川が見かねて声をかけたのがきっかけだった。
●は最初は慰めてくれるいいおじさんと言う目で佐川を見ていた。佐川としては話すたびに愛嬌のある●に好印象を抱きそこから慰めると言う建前で見かけたら声をかけて食事に誘った。●は佐川との食事がすっかり当たり前になり、連絡先を交換し、週に一回は会うことが当たり前になった。
そんなある日、

ー なぁ本気になっちゃったよ。俺の女になってよ。●ちゃん。

と、告白をされた。歳の差がある●としては、付き合うと言うことがすんなり入って来ず、目が点になってしまった。

ー まぁ、固く考えずに今までみたいに俺と飯に行こうぜ。欲しいもんも買ってやるし、美味いもん食わせてやるからさ。いいだろ?

と、ハードルをあえて下げた佐川と緊張感のない街中で言われたことなので、●もあまり深く考えずに頷いた。

それからは今まで通りに会って話し、ときには甘い空気になって抱きしめあったりキスを交わすこともあった。●とて、彼が気に入ったのだ。歳の差も気にしないほどに。そして、付き合って半年は経っている。

しかし、近頃の佐川にはだんだんと気になるところが出てきた。
例えば、●の予定を把握しないと気が済まないところとか、教えてもないのに●とその日過ごしていた友人、特に異性について質問してきたりとか、遅くまで街をふらついていると曲がり角に佐川が立っていて呼び止められたりとか。
監視というかストーカーされている気持ちにもなる。それが怖いと言えば、

ー 俺は恋人のやってることを全部しらねぇと気が済まなくてよ。まぁ許してくれよ。愛なんだよ、愛。

なんて開き直られた。

ーー

「機嫌なおせよ。」
「司さんだって、行く先々に私が待ってたり、ストーカーしてたらやでしょ?」
「ああん?何も嫌じゃねぇよ?寧ろなんでしてこねぇんだよ。」
「えぇええ〜?」
「つってもな、確かにやりすぎた。ほら、詫びだ。食いたいもんや飲みたいもん好きなだけ頼めよ。」

メニューを差し出す司さん。私はムッとしながらメニューを見る。お金の額が違うけれど、司さんにとって万が百みたいなものだ。これ美味いぞ。って言われたものを頼んでみたら、耳元で司さんが声を落とす。

「真島ちゃんと浮気してねぇよな?してたら、いくらあいつでもタダじゃおかないよ。」
「してないよ。怖くて助け求めただけ。真島さん強そうだし。」
「あいつ助けを求められたり弱い女に弱ぇんだよなぁ。あいつに近づいたらすぐに分かるから覚悟しとけよ。…ったくよ、肩に気安く触りやがって。」

私の肩に頭を乗せる。彼から嫉妬されるのは嬉しいし、こういう人って所有物を大事にする人だから浮気もあまりしないっていうところは安心する。

「なぁ、一緒に住まねぇか?」
「え?」
「え?じゃねぇよ。そうしたら俺はお前のこと気になることも減るだろ?すぐそこにいるんだし、追い回しもしねぇよ。帰る場所は一緒だからな。」
「司さんと一緒かぁ…。」
「何だよ何が不満なんだよ?」
「まだ付き合って半年だよ?早い気がする。」
「じゃあいつからならいいんだよ。」
「…うーん。もう半年…?」
「悠長だねぇ、お前は。ま、その分会いに行くか。」
「ふふ。そういうところは大好きなのになぁ。」

こうやって話してる分には、一途で誠実な人なんだと思う。この人が若い頃、どんな恋愛をしたんだろ?ヤクザだと店の人と?…まぁ、誰でもいいけど、どんな恋したんだろうなぁって思いながら出されたカクテルを飲む。

「何考えてんだ?」
「初恋いつ?」
「は?何だよ急に。俺と恋愛話でもしたいのか?っていうか、恋人に聞くか?ふつう。本当に俺を恋人って思ってんの?」

ブスッと怒り出す彼。少し酔ってきてるのかも。

「いいから!初恋は!?」
「いやいや、よくねぇよ…。そんな昔のこと忘れたなぁ。だいたい、そんなに惚れ込むこともねぇからなぁ。」
「司さんってめちゃくちゃ惚れた時ってこんなふうに監視してるの?」
「監視は職業病かもな。女にしたのはお前が初めてだ。他の女は監視するほど興味はねぇからな。…お前は?惚れた男にはこんなふうに冷たいのか?お前と出会った時は失恋したてだったけどよ、あれはどうしたんだよ。冷たくしてフラれたのか?」
「いや、しつこくてフラれたかも。連絡はよくしたし、あいたくなったりして。」
「へぇ?お前がしつこく?想像つかねぇ。…ぁー、なんだかムカつくな。俺はなぜそれをされないんだろうなぁ?なぁ?」
「…っんふふ。」
「笑ってんのも今のうちだぞ。」

低い声を出した司さんは私の顎を掴むとキスをした。驚いて目を丸くする。片手で私の頭を前に押し出す逃さないキス。柔らかい唇が潰れあって、ほろ酔いの頭をもっと溶かすようなキスだった。

「ンンッ…。」

強引なキスをされると、自分がすごく求められている気がする。

「おいおい、散々人を避けといてキス一発で蕩けんのか。お前、俺が好きなのか好きじゃないのかどっちなんだよ。」

司さんは呆れながら、顔を離した。その時ちょうど皿が運ばれてきて食事に移る。彼はビザつまみを食べながら、あ。と思いついたように言った。

「ああ、惚れ込んだわけじゃねぇけど、こんなふうにしつこくまとわりついたやつは過去に一人いたな。」
「え?誰?」
「真島ちゃんだよ。」
「え?」

ーーー

あの日から、まぁ少しは司さんの監視は緩んだ。その隙をついて私は真島さんを探していた。

「あ!いた!」
「うぉ!?今度は何や!?」

あの狂犬が私をみて怯えるようになった。というか、私を見ると咄嗟にもう一人の影を探してる。

「真島さん!聞きたいことが!」
「何やねん。」
「司さんのことなんですけど!」
「ああ、堪忍してや。…まぁ、ええわ。でも話す場所考えなあかん。聞かれんところに行くで。」

真島は仕方なく●を貸し切った屋形船に誘った。

「ほんで、何が聞きたいんや?」
「司さんが真島さんにまとわりついたことがあったって言ってましたけど、どんな感じでした?」
「ど、どんな感じって言われてもなぁ。出来れば思い出したくもないんやけど…。って、それ知って何したいんや?」
「比べたいんです!私の今されてることと、真島さんにしたこと!」
「比べてどないすんねん。」
「私がされるかもしれないことを知りたいんですっ。」
「んん…まぁ、せやなぁ。わしがされたことといえば、わしがシノギしとるところを監視されとったな。ちゃんと働いとるかどうかを。あとは、神室町から出られんように部下を回して監視されとったな。少しでも街出たら部下と佐川が抑えに来たで。まぁ、これは佐川は親父にそう指示されとったからしとるだけや。●ちゃんにせんと思うで。…多分。…あとは、せやな。佐川に刃向かったら拷問や。そんなとこかいな。」
「……。」
「何も参考にならんやろ。…ちゅーか、●ちゃんは何されとるんや?あのあと大丈夫やったか?」
「はい。特に何も?」
「●ちゃんは何されとるん?」
「私は朝から晩まで何かしらメールもらいますね。夕食は大体一緒に取ります。私が内緒でどっか行くとバレるんですよ。」
「そら佐川の他に●ちゃんを監視しとる奴がおるっちゅうことや。…どわっ!」

屋形船がいきなり止まって揺れる。何?とあたりを見渡すと、小さな船がこの船に追突していた。その船にはもちろん、

「よぉ、何浮気してんだよ。」

司さんが乗って私たちを見下ろしていた。

「真島さんごめん。」
「はぁ〜。どうせ浮気やないっていうても浮気やって思うんやろ?」
「どうみても浮気だろ?男女二人で船貸し切っちゃってさぁ。何対面して話し合ってるんだか。」
「真島さんは悪くないの!」
「ならお前が全部責任取れよ?」
「ちょ、やめや!カタギの女やで!?何する気や!」
「お前は黙ってな。これはなぁ、真島ちゃん。ただの痴話喧嘩だからよ。お前を巻き込んで悪かったな。ちょっと俺の女が聞き分け悪くってよ。教え込んでやるよ。」
「おい、ほんまに浮気でも何でもあらへん!佐川にどうやって監視されたか話しただけや。」
「そうかそうか、なら安心しろよ。もう俺は怒ってねぇからよ。ほら、●、もう真島ちゃんに迷惑かけんなよ。こっちに来い。」
「わしも行くで。」
「お前は呼んでねぇっての!」

司さんは屋形船に乗り込んで私を引っ張って船に乗り移る。真島さんが慌てて引き止めようとすると、もみ合いになり、司さんが真島さんを蹴飛ばして川に落とした。

「え、ちょ!真島さん!?」
「大丈夫。死にゃしねぇよ。屋形船に登れるさ。…お前もさ、いい加減に学べよ。お前のせいで俺怒らせて真島ちゃん川に落ちちゃったんだぜ?関係ない真島ちゃんを巻き込むなんて可哀想じゃねぇか。」

連れてきた男に船を出させた司さんは怒っていた。

「何でお前ってわかってくれないんだろうなぁ?お前さ、もっと恋人の自覚持ちなよ。まぁ持てないんだったら植え付けてやるよ。…それに、ここまできたら俺も腹括るぜ。」

威圧とドスの効いた声。こんな司さん初めてみた。私はカタギだから怒ったとしても極道の一面をチラつかせることはなかった。だから、相当怒ったんだと思った。

その夜私は彼から嫌というほど体に教え込まれた。それにこれから先のことに大きな影響を与える覚悟を、彼から聞かされたのだった。

ーー
翌日。
真島は●を探しに街を巡っていた。●の職場をウロウロしていたら、休憩中の●が近くのコンビニから出てきた。

「お、●ちゃん!あれから大丈夫やったか?」
「ああ、真島さん、昨日はごめんなさい!」
「まぁええわ。…で、傷モンにされとらんか?」
「ええ、まぁ、平気です。」
「首、包帯巻いとるやんけ!何されたんや!?」
「…怪我じゃないんです。」
「は?」
「痕だから、気にしないでください…っ。」
「…お、おう。そ、そうか。」

顔を赤らめる●に真島は目を逸らしながら頬をかく。少しの間があってから、真島は●に怪我はなく、代わりに嫉妬した佐川の暴走が凄まじかったことを聞いた。ただ、●は被害的に話すのではなく、少し顔を赤くしながら辿々しく話している。

「でも…あの日やっとわかったんです。それほど私がどこかに行くのがあの人は辛いんだって。私はあんなに人から求められたり嫉妬されたこと初めてで…。確かにやりすぎだけど。」
「まぁ、あいつの執着はホンマに桁外れやからな。…●ちゃんが惚れた男はホンマにそういう男や。食いついたら放さんような男やから、●ちゃんも覚悟もって関わらなあかんやろな。それがいやなら、本気で逃げたらええ。あいつが追ってこん場所までな。」
「そんな場所あるわけねぇだろ。」
「!?」
「よぉ。何度言ったらわかるんだろうなぁ?お前らって。」
「ホンマ、どこからでも湧くのぉ。」

堂々と歩いてくる佐川に真島は引き攣るが、●の顔は赤らんでいた。佐川も●を見下ろして、口を開く。

「●、昨日誓ったよな?」
「うん。私も言ったじゃない。約束したじゃない。」
「そうだな。…お前らはただ話してただけだよな。それは信じることにするぜ。」
「?」

前までは佐川が出てきたらつれて行かれた●だが、佐川は落ち着いていた。まるで、嫉妬をしなくても済むような安心感でもあるかのように。

「さぁて、こんな時間だ。ほら、職場帰れよ。引き継ぎの準備があるんだろ?」

●は真島に頭を下げると職場へ向かった。真島は頭の上にハテナを浮かべながら佐川を見ると、余裕たっぷりに彼はタバコを吸う。

「条件つけたんだよ。監視も嫉妬を抑えるためのな。」
「ほぉん、何や。」
「結婚するんだよ。」
「はあああ?ま、まだ付き合って半年やろ?!」
「出会ってもう一年半なんだよ、これでもな。ま、それに結婚ってのはゆくゆくだ。今は婚約者ってことだよ。」
「…さ、佐川、ホンマに本気で結婚するんか?気まぐれないんか?意地になってるだけなら、早いんやない?」
「お前さ、早いってのは相手見て言えよ。いいか?女を養う覚悟がある男に早いも何もねぇよ。俺はあいつだって最初から決めてたんだから。…まぁ、●にしちゃ早えかもだけど、あいつが苦労しないで生きていけるための金もある。もちろん、ガキができりゃその金もな。」
「……。」
「あいつもああ見えて俺のこと好きだからよ。無理矢理結婚するわけじゃねぇからな?…ま。式には呼ぶからよ。なんかおもしれぇこと言えよ。じゃあな。」
「ぁ、…ぁ、あ。」

肩をポンっと佐川に叩かれた真島は開いた口が塞がらなかった。ただ、●の赤らんだ顔は好きな男を前にした時の顔であり、佐川の言葉は覚悟を決めた男の言葉。

ここ数日のお騒がせカップルは怪しかった雲行きを反転させて新しい関係を築いていた。

「まぁ、めでたしめでたしってことやろ?」

そういうことにしておいた。

end

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