クリスマスの奇跡


友達、という距離感で肝心な部分には手を伸ばさないまま来た●と真島は今夜も目的もなく街をふらついていた。

「そういや、もう少しでアレやん。」
「なぁに?」
「クリスマスや。」
「ああ。確かに。クリスマスか…何だかこの歳になるとピンと来なくなるなぁ。」
「ほぉん。ほんなら、寂しいクリスマスを過ごす予定っちゅうわけか。」

ニッと笑う真島に否定はしない●は目線を星空に移す。

「何歳まで信じてた?サンタさん。」
「何歳やったかのぉ。わりと早かったで。」
「頭がいいから気づいちゃった?」
「いや?サンタを捕まえたろ思って寝ずに待っとったんや。暴れられてもええように傘握りしめて待ち構えとって、来たと思って傘でぶん殴ったらプレゼント握った親やった。」
「それ悲しいよ。」

この歳になった今でも覚えてる悲劇を語る真島の横顔を見つめる●の目は痛ましいものを見る目だった。

「プレゼント、何欲しいん?」
「え?…何も。欲しいものなんて特にないかな。真島さんは?」
「せやなぁ。わしは暇潰し相手やな。」
「クリスマスの予定ないの?」
「あらへんわ、んなもん。」

ケロッと言う真島は意外だった。彼は目立つし面白いし、顔はよく見たら綺麗だからモテそうなのに。

「空けとけや。」
「クリスマス?」
「おう。暇なもん同士でケーキでも食おうやないか。」
「ふふ。楽しみ。」

●は絶対に君と過ごしたいんだ!という強い気持ちはない関係に気楽さと同時に物足りなさを感じた。
暇潰し相手がほしい、暇なもん同士…、確かにそうだ。暇だから、他に人がいないから、都合がいいから、だから選ぶ、選ばれる。それはそれで良いのだけども…●は少しだけ惨めな気持ちにもなった。だが、そんなの今更…お互い様…と思って顔には出さなかった。

◆ ◆
プレゼントなんていらない大人の2人はいつものように橋の上で待ち合わせる。

「あれ?流石に寒い?」

冬場でも素肌を出していた真島だが、この日は黒い革ジャンに赤いマフラーを巻いていた。スタイルがいいので大体の服を着こなす真島は今日ばかりはまともな男に見える。

「ほんなら、行くで〜。」
「どこに?」
「ケーキが食える場所や。」

どことは言わずに歩き出す真島に●はついていく。他愛のない話をし、恋人たちとすれ違いながら、たどり着いた場所はイルミネーションで飾られたホテルだった。

「ホテルでケーキ?」
「おう。今日はどの店も予約席ばっかやろ?ほんならホテル一部屋取って部屋で飯を食おうやないか。」

立ち止まらずにスタスタとホテルに入る真島を追いかけると、ロビーにはクリスマスツリーが飾られ、受付のスタッフがサンタやトナカイのコスプレをして待っていた。
壁にはリースが飾られ、クリスマスソングが流れてる。久しぶりにまともなクリスマスを過ごした気分になり、気分が上がる。

「ワクワクしとる顔もええのぉ。」
「ふふ。久しぶりに季節に染まった気がする。」
「これは序の口や。部屋行こうやないか。」

ルームキーをポケットに入れた真島に着いていくと最上階の部屋に着く。ドアを開ければクリスマスツリーが飾ってあり、その下にはサンタ帽を被ったテディベアやトナカイのぬいぐるみが置いてあった。

「か、かわいい!」
「せやろ?ここはイベントに力入れとるホテルなんや。」

窓ガラスには雪のような白いスプレーでメリークリスマスと書かれてあった。ラジカセがあり、クリスマスソングが流れるCDが何枚か重なっていた。キャンドルもふわふわと辺りを照らしていてなかなか雰囲気がいい。素敵な部屋を見ていたらスタッフが来て、クリスマスケーキや料理やシャンパンが運ばれる。
こんなもてなしがあるとは思いもよらず、終始楽しみに綻ぶ顔をしていた●を真島は優しく見つめていた。

「よし!乾杯しようやないか!」
「うん!」

コートを脱いでソファーに座り、シャンパングラスを傾ける。一口飲んでからソファーの端に置いてあったサンタ帽やトナカイのカチューシャを目にやった。真島はコレ被れや。といって、●の頭にカチューシャを乗せる。

「んっ。…恥ずかしいっ。」
「ええやん、かわええで。」
「真島さんはサンタ帽被ってよ。」
「おう。…どや?あ?どっちが前やねん。」

2人はホテルの雰囲気やサービスをすっかり気に入り、童心に帰りながら美味しい食事を口にした。

「こんなに楽しい日になるなんて思わなかった。」
「真島サンタのプレゼントを侮ったらあかんで。」
「ありがとう。本当に。」
「…おう。」

ソファーに座ってくつろぎながら●は真島を見つめて礼を言う。真島は小さく返事をすると、クリスマスツリーの下のトナカイのぬいぐるみを顎でしゃくった。

「あれ、持ってきてみぃ。」
「ん?…うん。」

言われた通りに持ってくる。ゲームセンターの商品のようなやや大きいぬいぐるみを抱くと、背中にファスナーがあった。下げてみ、と言われて下げると中から細長いプレゼント箱が出てきた。

「え!?」
「ヒヒっ。プレゼントやで?」

ワクワクして開くとシルバーの月形のネックレスが出てくる。綺麗…と目を輝かせて手に取って見つめていると、真島の手がそれをすくって●の首にかける。

「似合っとるで。」
「こ、これ、貰っていいの?」
「勿論や。…どや?少しはマシなクリスマスになったか?」
「最高だった。」

目を合わせてにっこり笑う●に真島は言葉を失う。そして、ゆっくり手を伸ばして●の前髪を横に流した。その手は頬に重なると、●は恥ずかしそうに目線を彷徨わせる。

「真島さん?」
「わし、何でここまでするんやろなぁ?お人好しでもなかったんやけどなぁ。自分でもよぉ分からんわ。」

嘘を言ってはいない言葉に●は笑った。●だってわからない。ここまで尽くされる理由はなかったんだから。自分たちはただの友達で、何となく一緒にいる関係だったから。それなのに、忘れられないほど楽しいクリスマスを彼から貰えたことに感謝を伝えた。

「お前は尽くし甲斐がある女なのかもしれんな。部屋に入ってからずっと、今までで一番よく笑っとった。その喜ぶ顔を見とったらホンマに計画した甲斐があったって思えたで。」
「お礼しないと。」
「いらんわ。サンタはあげるのが役目や。せやろ?」
「でも、ここまでしてもらって私からは何もしないなんて流石に悪いよ。」
「ほんなら、せやなぁ。お礼のキスでも貰おうかの?」
「えっ!?…恋人でもないのに?」
「何や、くれへんのかい。」

だらーっと姿勢を崩した真島に●は困った。躊躇うのは嫌いだからではない。寧ろ自分でいいのか?と思って…。
恥ずかしいけど、顔を寄せると真島は驚いた目をしてからスッと目を細めて顔を寄せる。互いに目を閉じてキスをした時、特別な関係が始まる気がした。

「わしも最高のプレゼントもらえてラッキーやで。」
「うん。この部屋から出るのは寂しい。」
「ほんなら泊まればええやろ。クリスマスはまだ続くんや。…それに、来年もあるしなぁ。」
「来年も?私たちのクリスマスはあるの?」
「お前が望むなら真島サンタ復活や。せやからそないな寂しい顔すんなや。…代わりに、良い子にしとるんやで。」

ポフっと頭を撫でられた●はニコッと笑って返事をする。その顔を見て癒されていることに気づいた真島は、ついにこの女に堕ちたか…と心の中で嬉しい敗北を認めた。

「何笑ってるの?」
「ん?まぁ、ええ時間やなぁと思ってなぁ?ほれ、ケーキ残っとるで。あーんしたろか?」
「…っ。」
「赤いのぉ。照れとるんか?ヒヒっ。」

だって仕方ない。今日はクリスマスなんだから。さっきまでの友達が恋人になることだって起こり得る奇跡の日なんだから。
雪が降り出した窓の外を見つめながら、2人は甘いケーキを口にした。


happy Xmas.

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