独り占めの時間


「お?こいつは俺の好きな酒じゃねぇか。わざわざ取り寄せてくれたのか?」
「はい。いつも多く出してもらってますから。お礼です。」

小さな小料理店。まだ始めて一年と経たない店だが、何人かの常連がつき、まだ心細いものの夢の仕事を続けていた。
そんな時に暖簾をくぐって入ってきた彼は他の客とは雰囲気が明らかに違った。堅気には見えないという意味で。だが、彼がどんな存在であっても●にとって"お客様"にはかわりなく、自分のもてなしで楽しんで欲しい1人だった。そんな●のまっすぐな想いを彼・佐川司は気に入り、この店の常連になり、週一で貸し切るようになった。

「なら、隣に来て注いでくれよ。」

佐川とは年が離れているが彼の甘えは嫌いではなく、年上独特の落ち着きのある空気が好きだった。●は少し緊張しながら隣に座って彼が酔うのを見守る。

「女将の店はやっぱりいいなぁ。」

ラジカセから流れるのは川のせせらぎの音。金魚鉢が店の奥にあり、そよそよと泳ぐ金魚と揺れる海藻は見てて心地いい。狭い店なのに広い自然の中にいるような気になるのは、壁が緑だからだろうか…。
佐川は束の間の癒しに浸っていた。

「ここに居座りたくなる。」
「好きなだけ寛いでください。」

柔和な笑みを浮かべる●を見つめる佐川は熱燗を手にして向けた。

「女将も付き合ってくれよ。どうせ俺しか客はいねぇし。少しくらいいいだろ?」
「なら少しだけ。」

自分のお猪口をもってきて佐川に注いでもらい、一口飲んだ。互いに軽く酔いながら他愛のない話をしていると、横に座る互いの垣根がどんどん崩れていく。感覚は客と女将というよりも夫婦。

(佐川さんのような人が隣にいたら、心強いだろうな。)

と、淡い思いさえ浮かんだ夜。
そんな●を知ってか知らずか、佐川が●に体を向けてフッと笑いながら髪飾りや話し方を褒めた。

「へぇ、青が好きなのか。なら今度いい簪見つけたら買ってきてやるよ。好みに合うかは分からねぇけど。」
「嬉しいです。ずっとつけています。」
「おう。他にも欲しいもんあったら言えよ。」
「…あ、でも、これは甘えすぎでよくないのかも。」
「いいじゃねぇか。貢ぎてぇんだから。勝手にさせてもらうぜ。」

●は苦笑いをして葛藤を誤魔化すと、彼はシメのお吸い物を頼んだ。●はカウンターの奥に戻って料理をしていると、目を細めた佐川がつぶやく。

「女将が嫁なら朝から幸せだろうよ。」
「えっ?」
「こんなに料理も美味くて愛嬌もあるんだ。いい男くらいいるだろ?」
「いえ、いませんね。」
「へぇ。世の男は節穴だな。どうしてもいなくて困ったら俺選べよ。」
「佐川さんを?…佐川さんこそいないんですか?」
「ん?いたらここに来るか?」
「……っ。」
「鍋が吹きそうだぜ?」
「あっ。」

聞き惚れてしまって熱々のお吸い物になる。謝る●を見て佐川は、いいんだって。俺のせいなんだからさ。と楽しそうに許す。
●はすっかり彼を客とは見れず、カウンター席にいる彼を見つめながら彼と一緒になった時の風景はこんなものかと想像した。ユニークでどっしり構えていて、小さなことでは動揺もしない彼。いやらしい言葉はないけれど、ストレートに好意を示して待っていてくれる。

「へぇ。そんな顔するんだ。」
「意地悪なお客さんですね。」
「まぁな。それくらい女将に惚れてんだよ。」

赤い顔の●を見つめながら、佐川はお吸い物を啜る。美味いなぁ…と言いながら汁が熱くて首を軽く横に振った。それでも美味しそうに飲み干して、さてと。と立ち上がった。懐から多めのお金を出してカウンターに置く。

「御馳走さん。また来るぜ。」
「…佐川さん。」
「ん?どうした?まだ俺と一緒にいたいのか?」
「あ、あの、いつも、ありがとうございます…、また、来て下さい。」
「…当たり前だろ。会いに来るよ。でも、そんな顔向けられちゃ、目的が変わりそうだ。今どんな顔を俺に向けてるかわかってる?」
「…あの、わたし、」
「すっかり女の目になっちまって。もし俺を誘ってるんなら俺は乗るぜ。●。」

本音がこぼれたように佐川の襟を緩く掴む●。佐川に帰ってほしくなかった。佐川は彼女の気持ちに応えるように●の頬に手を添えて問う。

「夜はお前を貸し切っていいか?」

佐川の歯が浮くセリフに●は従順になる。2人の唇は重なり、佐川は●の重なった和服を剥くように手を差し込んだ。

「いや、今度は私があなたを貸し切るんです。」
「ほぉ。言うじゃねぇか。好きなだけ俺を味わえよ。」

end


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