恋はロマンチックなだけじゃない


目の前の真島さんが急に静かになって、私をまっすぐな瞳で見つめた。何?と口を開きかけた時、手を引かれて路地裏に連れ込まれたかと思うと、ぎゅっと抱きしめられた。彼の顎先が首筋に添えられ、吐息がかかる。

(わっ!!)

真島さんに抱きしめられた私はパニックに陥った。
待ってね、頭の整理させてっ。
彼は友達のアイナちゃんの片想いの相手なの。私は陰ながらアイナちゃんの片思いを応援してて、真島さんのことは素敵と思ったけどと男としてみてはいない。

どうしてこうなったかと言えば、今日はたまたまバーで飲んでいたら彼もきて2人で飲んでいた。そして、遅いからって送ってもらっていたんだけども、急に手を握られて、路地裏で…抱きしめられてた。
まるで浮気している気持ちになった私は彼を押すけど、彼はピクリとも動かない。

「すまん。迷惑なのはわかっとるけど、わしは●ちゃんの事が好きやねん。」
「!?」
「今日バーであったのはたまたまやない。●ちゃんがバーに入ったのを見たからわしも続いて入ったんや。」
「真島さん…私は、その、」
「もっと●ちゃんと一緒におりたいし、話したいし、仲良くなりたいんや。あかんか?」

真剣な目で見つめられる。私が困って黙っていたら、その形のいい唇が少し寂しそうに震えた。

二人きりの時に彼から投げかけられる目線は優しくて、心地よかった。彼がもし友達の片思いの相手じゃなかったら受け入れてたと思う…。でも、真島さんに好かれようと頑張ってるアイナちゃんの顔がよぎって首を横に振った。

「ごめんなさい…。真島さんにはもっといい人いるから。私じゃない。」
「何でそんなこと言い切れるんや?迷っとるんなら、わしと付き合ってから決めてもええ。」
「だめなの。ごめんなさい。」
「…●ちゃん?」

アイナちゃんの気持ちを思えば理由を伝えられない。再度胸板を押してゆっくり彼の腕から離れていく。私は俯きながら、今下した決断が後で後悔するもののような気がして怖かったけど、彼の顔も見ずに走り去った。

◆ ◆

(ぁーー、ぁーー…ぁーー。)

ずっと心の中でうめいてる。後悔の音に近い。
あの夜の私は馬鹿だったかもしれないけど、友達を裏切るのも気が引けた。友達のことを考えすぎて、結局自分の本音をうまく出せなかった。

あの日から無心で仕事してたけど、よくミスして、イライラした。家では好きなことをして気を紛らわせようとしたけど難しくて、仕方なく街に出て酒を飲んだ。
もちろん私の隣に人はいない。あの夜のように素敵な男が来るはずもなかった。

アイナちゃんはどうしたかな?
なんだかんだで真島さんに告白して、2人は付き合うのかな?アイナちゃんはshineの中でも人気だし、私と違って美人だから真島さんのことを落としそう。真島さんだって失恋した後だし、受け入れやすそうだもんな…。

なんて、人の未来を勝手に想像して、結局つまらなくなる。馬鹿馬鹿しい。忘れたいがために飲んだ酒なのに、何で色濃く映すの?

(馬鹿みたい。)
「もうその辺にしときや。」
「……でも。…ん?」

半目で振り向くと真島さん?が立っていた。でも、いるはずない。真島さん?に似ているその人は私を見下ろしてため息をつくと財布から万札を数枚取り出してお会計を済ませる。

「ぁえ?何で?真島さんなの?」
「他に誰がおるんや?連日飲み散らかして体に悪いで。ほれ、肩貸したるわ。」

よくわからないまま真島さんに連れ出される。フラフラで平衡感覚が壊れた私は彼に身を委ねていた。
彼は黙って私の肩を抱くと自販機の前に立って水を買って私に渡す。

「すぐそこの公園で休むで。ええな?」
「ん。」

何が何だかわからない。何で彼がここにいるの?彼を頼ってヨタヨタ歩くと公園のベンチについた。
そこに落ちるような勢いで座り込む私。その隣で真島さんが座って私を支える。ぼんやり顔を上げると星空が綺麗だった。

「アイナちゃんの気持ち、聞いたわ。」
「…え?」
「わしが●ちゃんからフラれた日から、どうも覇気が出んくての。そんなわしのこと気にしてくれたアイナちゃんが相談に乗ってくれて、●ちゃんとのこと話したら、自分のせいやって。」
「アイナちゃんとはどうしたの?」

酔いが覚めていく。真島さんを見上げると、彼は教えてくれた。

「アイナちゃんがわしのこと好きでいてくれたこと聞いたんやけど、それは断らせてもらったわ。わしが好きなのは●ちゃんやし、例え断られててもやっぱり好きなんやって。アイナちゃんは分かったってゆうて、応援してくれたわ。」
「……。」
「わしをフッた理由を教えてもろてええか?アイナちゃんに遠慮してフッたんか、それともホンマにわしが嫌で振ったんか。」

彼は真面目に真実を知りたがっていた。私の本音を求めて、ここまできたのなら言わなきゃ。前者であることを。
アイナちゃんはキャバ嬢として働いてて人気な故に男の人に気に入られることが多かった。でも、いいように利用されたり、さっさと捨てられることもよくあった。違う店の子が可愛いからお前はいらないとか、一回ヤッだからもういいとか。そんな風に酷い扱いも受けた子だったから、その子がちゃんと恋愛した相手と結ばれることを応援していた。

「…そうやったんか。●ちゃんたちの友情を壊す気なんてなかったんや。」
「知ってるよ。大丈夫…真島さんは悪くない。」
「アイナちゃんは言うとったで。自分に遠慮なんてしないで欲しいって。その方が悔しいって。」
「……うん。わかった。…真島さんのこと振り回してごめんなさい。」
「謝らんでええ。●ちゃんの友達思いなところ好きやから。」

夜風に当たったことと、アイナちゃんとの話を聞けたことで、少しだけ酔いが引いてマシな頭になる。これが都合のいい夢じゃなければ嬉しい。

「眠いん?」
「うん…目が閉じちゃう…。」
「寝れる場所いくで。おぶったる。」

やっぱり、限界だった。度数の高いアルコールをガバガバ飲んでたんだし、寧ろ緊張が解けて眠気が増す。
私は彼の背中に身を委ねて眠りに落ちた。

◆ ◆

目を覚ますと真っ暗だった。でも、広いベッドにいるみたい。そばに人が寝てる。カーテンの隙間から差し込む光を頼ってみたら真島さんだった。ここはどこなのか上体を起こして辺りを伺うと多分ホテルだった。彼が酔い潰れた私を背負ってここにきてくれたみたい。
時計を見れば夜中の1時。水が飲みたくてゆっくり立ち上がり、ポケットに入ってる財布を確認してロビーに向かおうとした。すると、

「ん、ど、どないしたん?…いくなや。」

ベッドが軋んで彼が寝ぼけ眼で呼び止める。私は水を買いに行くだけと言うと、冷蔵庫の中に入ってるという。買っておいてくれたんだとか。冷蔵庫からペットボトルを取ると半分飲み干した。

「まだ1時や。寝られるで。」
「うん…。あの、ありがとう、色々と。」
「ええて。ほら、おいで。寒いやろ?」

真島さんが布団を広げて呼び込む。恥ずかしいけども嬉しくて隣に収まると優しく布団をかけられた。
目を閉じると腕が回って私の体を抱きしめてくれる。寄り添うともっと抱きしめてくれた。

「どんな理由でフラれたにせよ、●ちゃんのこと、まだ諦めてへんから。…返事、聞かせてな…。」

それだけ伝えると真島さんはふっと眠ってしまった。スヤスヤと寝る彼が可愛い。私は彼の腕に収まりながらゆっくり眠りについた。

◆ ◆

水音を聴いて目を覚ます。
雨かと驚いたけれど、シャワーの音だった。隣に真島さんがいないから、彼がシャワーを浴びてるみたい。私は頭が痛くてこめかみを抑えていると、浴室の扉が開く。

「起きたんか。」
「おはよう。真じ、は、はだか!?」
「タオル巻いとるで。」

脱衣所から半裸の彼が出てくる。長い髪を垂らして、バキバキに割れた腹筋とくびれを見せつける彼に見惚れたけども、刺繍全開の体を見て鳥肌が立った。

(あれ…あれ!?真島さんって…そっちの人!?!)
「恥ずかしいんか?」
「あっ、う、うう、うん!!」

いや違うそうじゃない!いや、それもあるけど…!ま、真島さんって、や、やややヤクザ!?なの!?そんなの聞いてないよ!!

二日酔いの痛みが吹き飛ぶ衝撃。嘘だと思いたいけれど、目に映る蛇の刺青は本物だ。遊び半分で入れてない出来。
優しいし真面目だから普通の人なんだと思ってたら、裏社会の方だったなんて!
私の恋心は驚きによって吹き飛んで消える。昨夜までのロマンチックな甘さとか期待さえ彼方に飛んでった。

「(早くここから逃げなきゃヤバイ!)真島さん、私もう行かなきゃ。」
「え、何でや?今日休みやろ?」

どすっと私の隣に彼が腰を下ろす。女性みたいな綺麗なロングヘアーと、片目を閉じている彼はとても美しいのだけども、私は彼の職業に圧倒されて縮こまる。

「何硬直しとるん?」
「…あ、あのー、真島さんは…、そっちの方だったんですね。」
「おう。あ?知らんかったのか?」
「は、はい。」
「…そら、腰が引けるわけや。せや。わしは今はキャバレーの支配人しとるけど、元はそっちのモンや。」
「これからも?」
「まぁいつかは戻ったる。でも、安心せぇ。●ちゃんのことはわしが守るで。」
「……。」
「自分の組を作ったら金も入るし、●ちゃんの欲しいもんぎようさんプレゼントしたる!」
「あ、あはは…っ、そ、それはそれは。(え?組長を目指してるの?幹部になるの!?)」

目をキラキラさせながら語る彼に私は冷や汗が止まらない。相手がヤクザなんて、流石に考え直したい!いくら素敵な男でも"私のダーリンはヤクザ♡"なんて無理!

「のぉ。昨夜は●ちゃんが酔ってて聞けんかったけど、返事聞いてもええか?」
「あのー、そのことなんですけどもー。」
「何や?」
「…あの、私…は、ヤクザさんと付き合うには…力及ばずと言いますか…、私には自信がないと言いますか…やっぱり他の女の方が似合うと思うんです。」
「まぁ無理もないな。墨入った男見てビビるのは当然や。ヤクザって聞いて惚れる女は少ないやろな。」
「…そういうわけで…ごめんなさい「は?何言うとるん?今から慣れていけばええ話やろ。」
「え。」
「わしは狙った女は逃がさんタチやし、時間がなんぼかかっても気にせん男や。●ちゃんがわしになれるまで付き合うたるで!」

心強い笑顔を送られ、腰も抱かれ、もうこの人を押し返せる勇気はなかった。

「もう逃がさへんで。堪忍せぇ。」

ニヒヒと笑う彼はやや狂気じみた笑みを私に向けたのだった。


end

人は見かけによらない。


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