表で会おう


「なるほど、愛だ。」

佐川と同じことを言う●を背後から睨んだ。誰も彼も顔に似合わずロマンチックな解釈を勝手にして決めつけることにうんざりしてた。

「アホ吐かせ。」
「隠さなくていいのに。彼女に惚れたんでしょ?命懸けで守ってるし。」
「わしには責任があるんや。あの娘を生かした責任がな。そのせいで狙われとるんやから。」
「ふーん。まぁ、いいけど…その責任はもう終わったんじゃないの?マコトさんは兄の立華不動産が守ってくれてるんだし、頭の切れるその兄さんのおかげでもうヤクザに絡まれることもないよ、きっと。それにあっちには桐生さんとか言う強い極道さんもいるんだし、守ってくれそうだよね。」
「せやな。」
「…それとも何?ふふ!彼女に会いたくて仕方ない?」
「お前な、口は災いの元やぞ。」

ヒヒっと笑う●は悪びれもない様子だった。真島はタバコを咥えながら柵に腕を乗せて夜明けを見つめる。

「でも、なんだかんだで真島さんは極道に戻れそうだし。良かったね。」
「簡単に言うなや。これからや。」
「そうね。…私もやっとゆっくりできそうだ。」
「佐川から解放されるんか?」
「うん。佐川さんとの悪い縁も切れるし、借金もチャラになって嬉しい。…真島さん、私のこと嫌いだったと思うけど、もう会うこともないだろうから安心してね。」
「この狭い街で出会わんわけないやろ。それともどっか行くんか?」
「そうかも。」
「…どこ行くんや。」
「教えないよ。」
「…でも、まだおるやろ。わしは今月はまだキャバレーのオーナーやし、その金の受け渡しもお前の仕事やろ。」
「そうだった。」
「忘れんなや。誰よりも気抜けとるやないか。」

●は笑うと眠そうにあくびをする。うーん、と伸びてその場から背を向ける。真島は振り向いて彼女の背中を見つめた。

マコトに惚れただなんだと散々揶揄ってきたり、佐川に逐一自分の報告をしていたり、めんどくさい女といえば女だった●。だが、彼女は自分の人生を取り戻すためにこの裏社会で3年も生き抜いていた。本来はただの堅気の女なのだから、彼女の精神力や適応力は並ではない。黒に染まらなければ生き残れないと悟った彼女は器用で頭のいい女でもあった。

「待てや。送るで。」
「え?…何で?」
「どうせアパート近くやろ。ついでや。」

眠そうな●は今日に始まったことじゃない。メイクで隠しててもわかるほど、ここ最近の顔色は悪くて目の下のクマが濃かった。本当は体を壊しているのかもしれないが、この世界で弱みを見せたくはないらしく、ピエロのように本音を隠す。

「結局、お前の本心、何もわからんかったわ。」
「ん?どう言うこと?」
「お前っちゅー厄介な女が厄介で終わるっちゅうことや。」
「それでいいじゃない。」

そっけない言い方に悔しさを感じる。
…あの男たちが愛と呼びたくて仕方がない思いが真島に宿ったとしたら、やや大袈裟だがそれはマコトではなく●に向けられていたからだ。
弱さを隠し、孤独の中でも怯まずに生き延びていたこの女を哀れとも思ったことがあった。普通の友達も持てず、生々しく暴力的な世界を学ばずにはいられなかったのだから。佐川という男から守られてはいたが、彼女が望む世界は表社会で生きることだったのだから、常に井戸の底から空を見上げている気持ちだったんだろう。

「表で待っとれや。」
「表?どこ?」
「まぁええわ。」

◆ ◆
あれからヤクザの世界に戻った真島はパイソンジャケットに身を包み、極道の男として街を歩いていた。そして、彼は青いスーツに身を包んだマキムラマコトを見つけた。前よりも強い瞳で前を向いて生きている姿を見てホッとしたが、もう自分は必要ないことに少しの寂しさを感じた。

「幸せになるんやで。」

心の中でつぶやいて彼女の背中から背を向ける。そして、真島が本当に探している女を今日もまた探していた。
最後にあったのは5日前。五千万円が入ったスーツケースをもってグランドの待合室から出て行こうとした時、真島は彼女の手を取った。

「何?忘れ物?」

振り向いた●の唇を奪う。驚いた●だが、抵抗しても真島が離れるわけもない。ただ、いきなりのキスを交わした真島が離れるのを待っていた。

「そないな体でほんまに自分を守れるんか?」
「はっ…何言ってるの。」
「佐川との縁が切れて、もしもの時に誰の影に隠れるんや?警察なんて当てにもならへんで。」
「…しらないよ。遠くに逃げるよ。」
「金もないんやろ?」
「……。」
「わしが組を立ち上げたら匿ったる。真島組や。」
「……もう極道となんて関わりたくない。」
「万が一や。」
「いきなりキスする男になんて…。」
「これが前金や。匿うための金や。」

彼女は、馬鹿、とだけ呟くと出ていった。それきり音沙汰はない。だから、真島は探していた。消されていないのかどうか不安だった。

「ホンマに、どこいったんや?狭い街なんやから会えるはずやろ。」

タバコを吸いながら見えない女を探す。
今年は女絡みでろくなことがない。●…こんな女に惚れとる自分がアホらしい。何がええんや?と自問したこともあるが、案外理屈じゃないのかもしれない。

…いや、理由はあった。
●と居酒屋で飲んだ時の●の横顔はただの疲れた女の顔だった。人を巻き込みたくなくて孤独の中で生き続ける寂しそうな目と、それでもそうして生きなくてはならないことに疲れてる顔が忘れられない。
あとは、自分が熱を出して寝込んだ時看病してくれたことだろうか?呆れた顔でおじやを作り、食べさせた●だったが、寝付けない自分の手を握って結局朝まで床に座って看病してくれた。差し入れをしたら帰って行くドライな女と思っていた印象が大きく崩れた瞬間だった。

…ほんまはどんな女なん?ワシと同じで、全然違うんやないんか?ホンマは人が好きで優しくて弱音も吐きたい普通の女なんやろ?嫌味も皮肉もホンマは吐きたくなかったんやろ?

「さぁて、あの厄介な女はどこやろなぁ。…あ?」

一瞬、●のような人影が過ぎる。慌てて追いかけると、髪を切ってショートヘアになった●がバス停に向かっていた。所持品がないのか小さな鞄だけもって、冬なのに薄着の彼女がこの街から逃げ去るように思えて声を掛ける。

「待てや!」
「…っ!?」

走って腕を取ると振り向いた●は驚く。誰?と聞いてきたので、名前を言うと体をこわばらせた。

「ど、どうしてここに?」
「お前を探しとったんや。言うたやろ。お前のこと守るって。」
「でも…ここにはいられない。」
「わしが守る。金も、わしのシノギ手伝って稼げや。汚い仕事なんてさせへんから。」
「……。」
「甘えてええんや。お前はもうよく一人で生きたやんか。今度はわしが支えて表で堂々と生きりゃええ。気にすんなや。裏から足洗っていきとる連中なんてぎょうさんおる。お前ももうビクビクして生きなくてええんや。」

●は目を伏せて迷っていた。本当は何もかも知らない場所に行きたいのかもしれない。嫌な場所から離れたいのかも。でも、そんな金もコネもないのは事実。根こそぎ佐川に奪われたのだから。

「ふ、なら、少しだけ世話になって先立つものを準備させてもらうね。」
「それでええ。」
「…っていうか。」
「?」
「何その変な髪型。」
「あーん?めっちゃ似合っとるやろ。お前こそ何切っとるん。寝癖ついとるで?長い髪の方が良かったんちゃう?」
「はー。」

2人は2人。立場が変わっても間柄は変わらない。嫌味や皮肉を言わなくなるまで、どのくらいかかることやら。でも、今までのように明らかに一線を引いたり、警戒する必要はなくなった。

「ほれ、飯でもいくで。」

彼女がありのままの自分でいられるように、真島は彼女の鎧をゆっくりと脱がせようと思った。


end

ALICE+