恋の聞き耳


「佐川さんが好きなの。」

グランドの屋上で仕事終わりに真島と●はよく喋っていた。客がいないその場所は自分たちが素でいられる大事な場所。2人で柵に腕を乗せ、変わらない景色を見ながら気が済むまでそこにいる。

そんな2人の話を物陰から佐川が聞いていた。興味本位、ただそれだけで深い意味はない。タバコを吸いながら、夜空を見ながらラジオを聞くかのような気楽さで話を見にいれていたら、思いもよらない会話が耳に入り、ん?と顔を彼女の方へ向ける。

「●ちゃんなら他の男捕まえられるやろ。」
「真島さんって、恋したことないよね。」
「なっ……ぅ。」
「他なんていらないの。」
「ま、マジなん?」
「いや…私はあの人に一目惚れしたけど、実際話したことないし…。」
「まぁ、話す間柄じゃないからのぉ。…でも、やっぱりもっとマトモな男とくっついてほしいわ。」

のんびりと話す2人を見つめながら、佐川は●の背中を見つめる。彼女はホステスとして中の上の稼ぎだった。だが、見た目は可愛いし、色気はないが愛嬌がある。

(俺に興味があるのか。へぇ。今度指名してみるとするか。●ちゃん。)

◆ ◆

グランドに来た時に佐川は●を指名した。
●は緊張しているようだが、目をキラキラさせながら佐川に惚れ込んでおり、それだけでも佐川はその日の酒がうまくて仕方なかった。若い女に好意的な目を向けられるのはやはり嬉しい。気を良くした佐川は彼女に酒をたくさん奢り、色々な話をした。帰り際に、また来るぜ。と彼女の唇をチョンチョンとタッチして別れたが、彼女は寂しそうな笑顔を向けていた。

そして、帰ったと思わせて、佐川はまたグランドの屋上で2人が来るのを待っていた。先に来たのは真島だったが、すぐに屋上の扉が開き、彼女がやってくる。

「真島さーん!」
「おう。なんや、佐川に指名されてたな?どやった?」
「もう!かっっ……、」
「?」
「…こいい!!」
「そら良かったなぁ。でも、何がそんなにええん?●ちゃんから見たら佐川はオジサンやろ?年上好きなん?」
「渋いし、楽しかった。はぁ、…幸せだった。」
「こりゃ重症やな。ええけど、ほんまにならん方がええよ?あいつはヤクザやし。」
「うん!ねぇ、あのね、佐川さんってすごく話すのが面白くて、声が渋くて、いろんなこと知ってて、それで、」

●が自分の話をし出すのを聞いて佐川は音もなく笑い、彼も彼女との時間を思い返した。恋というあまり縁のないものを久しぶりに体験していた。

◆ ◆

「●ちゃん、また来たぜ。」
「お待ちしてました!」
「おう。会いたかったか?」
「はい。会えて嬉しいです。待ってたんです。」
「ははっ、素直だなぁ。」

あの日から●を指名する佐川だが、●のことを佐川も気に入り始めた。●が他の客に取られていると、こちらに回すように指示をしたり、相手の客にひと睨み効かせる時もあった。彼女が自分の片腕の届く範囲に座ることが当たり前になった今、彼は彼女を誘う。

「なぁ、今度街で会わないか?仕事抜きで。」
「え?デートですか?」
「フフ。そうだな。どうだ?俺は嫌か?」
「いえっ、ぜひ!いいんですか?」

今からデートを楽しみに待つ●を見て、佐川は、そんなに喜ぶなよ…と照れ隠しでタバコを咥えた。彼女とデートの日にどこに行くかを話しながら、今夜の真島との会話はどんな話をするのか楽しみであった。

◆ ◆
「真島さあぁん!」
「どわっ!な、何やねん!急に抱きついて!」

興奮しすぎた●は屋上で真島に抱きついていた。それを陰から見ていた佐川は、ハァ?と内心毒づいて複雑な思いになる。それを知らない●は口早に佐川とデートに行けることを伝えてひたすら喜びから真島を抱きしめた。抱きしめられている真島は彼女を話そうとはせずにその点が気に食わない。

「わ、わかった!よかったのぉ!ほれ、もう、もうええやろ?!」
「ああー、好き、好き。」

興奮するにはしすぎじゃないか?側から見たら●が真島に告白しているように見える。自分のこと好きと言いつつ抱きついてるのは真島という別の男だなんて。

(よくわかんねぇけど、気にいらねぇな。)

佐川はポケットの中から手を出すと、2人の元へ一歩踏みだした。

「ちょ、…わしに言うとらんやろソレ。」
「うん。」
「だったら離れろよ。」
「!?」
「さ、佐川!?何でおるん?」
「いや、ちょっとお前に用があってね。でも、お取り込み中だった?」
「佐川さんっ!ちがいますっ!」
「違いますって言っても、じゃあ何でそいつに抱きついてんの?」

全て知っているが試すように問えば、●は真島を押し返して説明した。佐川はコツコツと靴音を立てて●に近づき、彼女の目を見てわざとらしく肩を落とす。

「良かった…。俺、裏切られたかと思ったよ。デートの約束したもんな?」

佐川は所有物のように彼女の肩を抱き寄せる。●は上目遣いで佐川を見つめて、彼に熱視線を浴びせた。その視線に応えるように佐川は口角をあげる。

「なぁ、俺のこと好きなら此処でキスしてくれよ。…よく見てろ、真島。」

●の後頭部を押して目と鼻の先に自分の顔を近づける。彼女に促すように目を向けると、●は耳まで赤くなりながら彼にキスをした。●は短いキスのはずだったが、佐川が●を抱きしめて頭を固定したため長く深いキスが真島の前で展開される。

「んっー!」
「お、おぃ、おぃ…っ。」
「●、この後時間あるなら街に行こうぜ。」
「…ぁ、は、はぃ。」
「●ちゃん!?ええんか?」

キスひとつでさらに従順になる●はコクっと頷いた。堕ちた●を見て、へっと真島に勝ち誇った顔を向ける。目の前の関係が信じられたないとショックを受ける真島に背中を向けると片手を振る。

残された真島は親心にも似た気持ちで彼女の将来を不安に思った。


end

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