本日も非常に良いお日柄で。
チュンチュン。小鳥が屋根瓦の上で囀る声で目を覚まし、自室の障子を開けて縁側に立って大きく息を吸う。畳の匂いに混じって、風が冷たくて気持ち良い、春の匂いがした。
のどかで平穏な日常の一コマ。
特筆することもない穏やかな朝。不自由のない広い家に、相応の一人部屋。
実に恵まれている。そう心から思う。
「「「「お嬢、おはようございます!!」」」」
…ただ一点、平和、の観点では、ノーコメントでお願いしたい。
風が運んできた硝煙の香り。血の落としきれない臭いと男の汗が混じった人の熱量。
男たちがやってきたことで小鳥は飛び立ち、騒がしさを取り戻した庭に出て、お早う御座います、と、努めて怯えたそぶりを見せまいとにこりと笑う。
大勢の、同じ家紋の入った着物を着た刺青を入れた者もいるガラの悪そうな人々からお嬢と大声で綺麗な90度で挨拶され、それに慣れた様子で返事をする幼女。それが"普通"でないことは、いまだに慣れていないぞと軋む胸が知っていた。
「お嬢、今日もお早い御起床で。齢十歳の身であらせられながら、流石我が組の頭の娘。部下どもの士気も上がるってもんです」
幹部の一人に声をかけられ、ギクリとするのをいつものように笑ってごまかす。
………………………平和には程遠い。
平穏無事。それが私の唯一つの願いだ。
前世が全然普通の女子大学生ならば尚更ではないだろうか。
前世。御察しの通り、私は一度、死んだ。
前回の人生、私は確かに死んだのだった。
怪しい男に目をつけられている女性を街で見かけ、つい身体がそちらに向いてしまった。刃物が見えた瞬間飛び出し、助けようとして庇い自分が刺されて死んだという、何とも呆気ない自業自得とも言える私の前世の死に方。
無様すぎると神様からダメ出しを食らったかのように、記憶知識其の儘で私は現在二度目の人生を現在スタートさせられていた。
ゼロ歳スタート。察して欲しい、色々と。
この(精神)年齢にもなって母さんらしい人の胸に危うく吸い付かねばならなかった事とか(全然そんな事はなく哺乳瓶で組の人が飲ませてくれた(それもかなり羞恥の事だが))、オムツはどうしたとか離乳食の味だとか…。身体は幼いのだから仕方がない。
そんな事よりも重要なのは、私は今回の人生において、如何やら由緒正しきジャパニーズマフィアの組長の娘という、超強そうな肩書きを所持している、という事だ。
然し今回の父、クソがつくほど私に興味がなかった。
何故、と聞かれれば、私が二番目の子供だからなのだろう。一番目、長男である兄と私は5歳離れている。その為組を継ぐ事確定で熱を注がれた兄と違い、妹の私は評判を落とさないような大人びた振る舞いさえしていればある程度の自由は保障され、干渉されなかった。
十年も生きていて、父とも兄とも会ったことは三度ほどしか無く、それも兄の式典で遠くから見たくらいのものだった。実の妹だというのに哀しい話だ。
対する母も兄にご執心で、私の事は産まないと評判に繋がるからだったのだろう。
生まれた直後産婆に、いのう?があるだの如何やらだのと散々と尋ね、外れだと吐き捨てられた事から察しはつく。残念ながら物心は随分と前から付いているのだから、只々私は傷つけられてその事をうじうじ何時迄も覚えている。
然し肩書きは変わらない。実の両親から全く期待もされず放置を極められた私だが、実の両親は、愛人とかではなく、兄と同じ、跡取りと同じだということに変わりはないのだから。
だから私はずっと敬愛する組長の娘、次期組長の妹として、組員の皆からは熱い眼差しを受けていた。
__正直辛い。平穏な毎日を暮らしていた一般JKが体だけリニューアルして極道再スタートなんて、そんなとんでも体験はコナンくんがしてくれたら十分だろ。
熱視線はやめろ、何れあんなでっかな組長よろしくになるのだと私に面影を乗せようとするのはやめろ、私をダシに昇進狙うのやめろ…。
子供がわからないと思って話されることも、精神年齢換算でいえばアラサーの私にはわかってしまうんだよ!!チクショウ余所でやってくれ!!!
料亭ご飯の様な豪華な食事を所作に気をつけつつ頬張りながら今日やる教養付けのレッスンの予定表を思い出していると、斜め後ろから、お嬢、と緊張した面持ちで組員から声をかけられる。
…嫌な予感がした。
「食事中すいやせん…
お嬢、お父君、組長からお呼び出しです。」
…普段一緒にいない人が声をかけてくるときは必ず面倒事を押し付けるときである、と、定義を作って笑っていた前世の友人の顔がフッと頭をよぎった。
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