Scio me nihil scire.
私は、私が何も知らないことを知っている
---
目を覚ましたら世界が変わっていました。私が生まれた世界のはずなのに、私は何も覚えていなかったのです。それどころか、私を見えている人すら居ないようでした。
「あの、」
何度声をかけても私の言葉に反応する人はいません。朝から声をかけていたものの、もうお昼くらいでしょうか。太陽が真上に来ています。全く暑くないのが救いですが、そろそろ気持ちが限界です。これで最後にしようと緑の髪で仮面を付けた男の子に話しかける事にしました。
「あの!」
「……なに」
あまりに自然に帰って来た返事に思わず涙ぐんでしまいそうになります。そんな私を見た男の子はその場を去ろうとしますが、せっかく私の存在を見えている人に出会えたのです。此処で逃したくはありません。ですが何度話かけても私の言葉に返事が帰って来ることはありません。結局部屋の中まで付いて行ってしまいました。部屋の中まで私が入ったのを確認すると男の子は鍵を閉めます。
「ねえ、」
「はい…?」
どうやら私の声は聞こえていたようです。ならば何故無視したのでしょうか。
「あんな所で返事する訳ないでしょ。何度も話かけないでくれる?」
「あんな所…?」
よく分からず首を傾けると男の子は不機嫌なオーラを纏っています。それでも全く意味が分からない私は首を傾げるばかり。
「人の目に付くでしょ」
「人の目に付くと何かあるんですか?」
眉尻を下げながら尋ねれば男の子は今度は驚いたような、そんな素振りをしました。と言っても、顔が隠れている為、何となくですが。
「アンタ、まさか気付いてないとか言わないよね?」
「何をですか?」
私に変な所があるのかと下を見下ろしてみるものの、特に変わった様子はない。そんな私を知ってか知らずか彼はため息を着いた後告げた。
「アンタ、透けてる」
「……それがどうかしたのですか?」
男の子にとってそれがどう言う言葉かよく分かりませんでしたが、私にとっては全く何なのか分かりませんでした。男の子は私の言葉に本当に驚いたようで、面倒そうに椅子に座ると私をじっと見ています。
「貴方も、透けているのでしょう?」
「は!?何言ってんの。透けるのなんてユーレイってやつだけだろ」
「ユーレイ…?じゃあ、私はユーレイなのですね。貴方は透けていないのでユーレイじゃないんですか?」
私の言葉に盛大にため息を着いた男の子は説明してくれました。男の子は生きている人間。幽霊は死んだ人間なのだと。死を理解していない私にはよく分からなかったものの、男の子と私は普通出会わない存在らしいのです。……だから、誰も私に気付いてくれなかったのですね。
「成仏しない訳?」
「成仏、ですか?」
成仏の意味が分からない私に男の子は詳しく説明してくれました。幽霊と言うのは成仏をして天界に行くのだそうです。ただ、天界は良い人だけ。悪い人は地獄へ落ちるのだとか。男の子は私の疑問に堪えた後眠ってしまいました。
ーーどうやら、私は何も知らないようです。
それから男の子、シンクさんと呼ばれている彼の元で過ごしました。でも、私は成仏をする気配がありません。その内シンクさんと一緒に過ごすのが当たり前になりました。シンクさんも私が居るのが当たり前のようで、よく任務のお手伝いもしました。ですが、ある日女の子がシンクさんを呼び出しました。どうやら所謂告白のようです。シンクさんがどう返事をするのか気になって覗いていたものの、女の子の告白の言葉を聞いた瞬間、胸が痛むようなそんな感覚を覚えました。よく意味が分からなかったのですが、私はその場を立ち去りました。
「何で先に帰った訳」
部屋に戻って来て邂逅一番がそれでした。私は謝罪の言葉を口にしてそれ以上何も言いません。ベッドに横になったシンクさんに近寄って仮面を身に付けていない彼の頬に手を伸ばします。
「なに」
「……」
勿論、触れられる訳がありません。私は物に触れられないのです。シンクさん以外に私の話を聞いてくれる人もいません。今まで何も思わなかったのにそれが急に心を締め付けました。
「アンタ、何で泣いて…」
「え…?」
頬に触れると感触はしないのですが、私はどうやら泣いているようです。悲しくて、苦しくて、どうしようも無くなってシンクさんに縋るように手を伸ばします。触れられないはずの私の手はシンクさんに受け止められました。シンクさんは驚いた様子でしたが、私には何となく分かりました。成仏の時が来たのです。
「アンタ…」
「名前」
「え?」
「私の、生前の名前です」
私は名前。貴族の娘でした。小さな頃から病に伏せ、外の世界も何も知らない私は預言の通り最後は両親に看取られ死にました。私の未練、それは、外の世界を見れなかった事。そしてーー
「恋が出来なかったことです」
「なら、アンタ…名前はまだ恋してないだろ?なのに何で成仏しそうな訳?」
「……いいえ。私は恋をしました。シンクさん、貴方に」
シンクさんが息を飲むのが分かった。彼がどう思っているのか私には分かりません。でも、そろそろ時間のようです。
「シンクさん、好きです」
触れるだけのキスをした後私の意識は消えました。私の居なくなった部屋で、シンクさんがどう思ったのかは分かりません。でも、生まれ変わった私がもう一度彼に恋をするまでそう時間は掛からないようです。
私は、私が何も知らないことを知っている
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目を覚ましたら世界が変わっていました。私が生まれた世界のはずなのに、私は何も覚えていなかったのです。それどころか、私を見えている人すら居ないようでした。
「あの、」
何度声をかけても私の言葉に反応する人はいません。朝から声をかけていたものの、もうお昼くらいでしょうか。太陽が真上に来ています。全く暑くないのが救いですが、そろそろ気持ちが限界です。これで最後にしようと緑の髪で仮面を付けた男の子に話しかける事にしました。
「あの!」
「……なに」
あまりに自然に帰って来た返事に思わず涙ぐんでしまいそうになります。そんな私を見た男の子はその場を去ろうとしますが、せっかく私の存在を見えている人に出会えたのです。此処で逃したくはありません。ですが何度話かけても私の言葉に返事が帰って来ることはありません。結局部屋の中まで付いて行ってしまいました。部屋の中まで私が入ったのを確認すると男の子は鍵を閉めます。
「ねえ、」
「はい…?」
どうやら私の声は聞こえていたようです。ならば何故無視したのでしょうか。
「あんな所で返事する訳ないでしょ。何度も話かけないでくれる?」
「あんな所…?」
よく分からず首を傾けると男の子は不機嫌なオーラを纏っています。それでも全く意味が分からない私は首を傾げるばかり。
「人の目に付くでしょ」
「人の目に付くと何かあるんですか?」
眉尻を下げながら尋ねれば男の子は今度は驚いたような、そんな素振りをしました。と言っても、顔が隠れている為、何となくですが。
「アンタ、まさか気付いてないとか言わないよね?」
「何をですか?」
私に変な所があるのかと下を見下ろしてみるものの、特に変わった様子はない。そんな私を知ってか知らずか彼はため息を着いた後告げた。
「アンタ、透けてる」
「……それがどうかしたのですか?」
男の子にとってそれがどう言う言葉かよく分かりませんでしたが、私にとっては全く何なのか分かりませんでした。男の子は私の言葉に本当に驚いたようで、面倒そうに椅子に座ると私をじっと見ています。
「貴方も、透けているのでしょう?」
「は!?何言ってんの。透けるのなんてユーレイってやつだけだろ」
「ユーレイ…?じゃあ、私はユーレイなのですね。貴方は透けていないのでユーレイじゃないんですか?」
私の言葉に盛大にため息を着いた男の子は説明してくれました。男の子は生きている人間。幽霊は死んだ人間なのだと。死を理解していない私にはよく分からなかったものの、男の子と私は普通出会わない存在らしいのです。……だから、誰も私に気付いてくれなかったのですね。
「成仏しない訳?」
「成仏、ですか?」
成仏の意味が分からない私に男の子は詳しく説明してくれました。幽霊と言うのは成仏をして天界に行くのだそうです。ただ、天界は良い人だけ。悪い人は地獄へ落ちるのだとか。男の子は私の疑問に堪えた後眠ってしまいました。
ーーどうやら、私は何も知らないようです。
それから男の子、シンクさんと呼ばれている彼の元で過ごしました。でも、私は成仏をする気配がありません。その内シンクさんと一緒に過ごすのが当たり前になりました。シンクさんも私が居るのが当たり前のようで、よく任務のお手伝いもしました。ですが、ある日女の子がシンクさんを呼び出しました。どうやら所謂告白のようです。シンクさんがどう返事をするのか気になって覗いていたものの、女の子の告白の言葉を聞いた瞬間、胸が痛むようなそんな感覚を覚えました。よく意味が分からなかったのですが、私はその場を立ち去りました。
「何で先に帰った訳」
部屋に戻って来て邂逅一番がそれでした。私は謝罪の言葉を口にしてそれ以上何も言いません。ベッドに横になったシンクさんに近寄って仮面を身に付けていない彼の頬に手を伸ばします。
「なに」
「……」
勿論、触れられる訳がありません。私は物に触れられないのです。シンクさん以外に私の話を聞いてくれる人もいません。今まで何も思わなかったのにそれが急に心を締め付けました。
「アンタ、何で泣いて…」
「え…?」
頬に触れると感触はしないのですが、私はどうやら泣いているようです。悲しくて、苦しくて、どうしようも無くなってシンクさんに縋るように手を伸ばします。触れられないはずの私の手はシンクさんに受け止められました。シンクさんは驚いた様子でしたが、私には何となく分かりました。成仏の時が来たのです。
「アンタ…」
「名前」
「え?」
「私の、生前の名前です」
私は名前。貴族の娘でした。小さな頃から病に伏せ、外の世界も何も知らない私は預言の通り最後は両親に看取られ死にました。私の未練、それは、外の世界を見れなかった事。そしてーー
「恋が出来なかったことです」
「なら、アンタ…名前はまだ恋してないだろ?なのに何で成仏しそうな訳?」
「……いいえ。私は恋をしました。シンクさん、貴方に」
シンクさんが息を飲むのが分かった。彼がどう思っているのか私には分かりません。でも、そろそろ時間のようです。
「シンクさん、好きです」
触れるだけのキスをした後私の意識は消えました。私の居なくなった部屋で、シンクさんがどう思ったのかは分かりません。でも、生まれ変わった私がもう一度彼に恋をするまでそう時間は掛からないようです。