Memento mori.
いつか必ず死ぬことを忘れるな
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振り上げた拳で思い切り、黄緑のペンキで汚れたチタン製の胸板を殴りつける。
長い鉄の耳を下げたロボットは"瞬き"をして、ただ困り果てたかのように首を少し傾げた。目頭が熱くなって涙が溢れたのは、強く殴り過ぎて痛めた指先のせいか、それともまだ泣き足りていなかったのか、自分でもよく分からない。
「あんたがもっとちゃんと、しっかりしてれば、ヨーランディもアメリカも、きっと死ななかったのに……」
嗚咽交じりにそう吐き捨て唇をきつく噛めば、殴りつけたロボットの後ろにいた別のオレンジ色のロボットが「待ってくれ」と声を上げかける。いつの間にお友達を作ってきたのだろうか、こんな時に。
それを片手で制したチャッピーは、さっき彼を殴ったばかりのわたしの赤くなった手を気にかけるように窺ってから、とても慎重に背中に手を添えた。まるで親しい人間同士がそうするように、わたしは彼に今暴言を吐いたばかりだというのに。
「もう大丈夫。心配無いよ、名前」
どこで覚えたのか、鉄の両腕で包み込むように抱擁してくれた彼になぜか涙がより一層溢れてきて、わたしは堪らずに細い鉄の体に力一杯縋り付いていた。
この街では、殺人も死体もありふれた日常に過ぎない。特に麻薬をさばいて運びや強盗までしながら生きていれば、いつ自分が弾みで死ぬかも分からない世界だった。こんな世界で女ひとりが生きていけるわけがない。誰もが自分達が生き残るので精一杯だ。タダで拾うような物好きなんて居ない。それなのになんの運命なのか、そういう物好きな夫婦のニンジャとヨーランディは現実に嘘みたいにわたしの目の前に現れて、ひとりぼっちだったわたしを仲間にしてくれた。
ヨーランディは気前よくお洒落に着飾ってくれたし、ダチ公のアメリカはナイフや麻薬の詰め方なんかを教えてくれた。家族のように大切だった仲間のふたりは、何処からともなく現れた兵器のようなロボットに無惨にも殺されてしまったのだ。
仕事でヘマをした埋め合わせの資金を作るために誘拐した警官ロボットのチャッピーは、最初こそ赤ん坊も同然だったのが、今や立派に現金輸送車を襲って、何倍もの大きさのある空飛ぶ兵器ロボットを破壊するまでに成長していた。銃弾を浴びても倒れたりしない、無敵なギャングスタロボット。そんな彼でも、彼がママと慕っていたヨーランディや、ダチ公のアメリカのことを守りきれはしなかった。
彼を責めるのは見当違いだと、自分でも頭の奥の方の冷静な部分で分かっていた。彼だってママを殺されて当然のように怒っていた。わたしと同じように。
それでも壁や地面に散った赤や、鉄の臭いや、ヨーランディやニンジャが描いた壁一面のカラフルな絵を眺めていると、呆気なく死んでしまう人間の脆さが悔しくって、そう簡単には死なない鉄の体に理不尽な憤りを感じてしまったのだ。
死んだ彼らは、もう二度と手の届かない遠くの世界へと旅立ってしまった。会って挨拶に拳をぶつけることも、下らないことで笑い合うことも、もう二度と叶わない。
つい今朝には一緒に現金輸送車を襲って、手に入れたその金で足を洗うだとか母国へ帰れるとか、それぞれが言っていた願いやあの時の高揚した気分をはっきりと鮮明に覚えているから、余計に虚しさが増していく。
最後の時までを思い出しながら好きなだけ泣きじゃくっていれば、ふと、ロボットであるチャッピーも死の危機に瀕して居たことを、そこでようやく思い出した。
警官ロボットの開発者であるディオンは、RPGに撃たれた衝撃でボディとバッテリーが癒着してしまった不良品でチャッピーを作り出した。最後に会った時既にチャッピーのバッテリーは赤い表示になっていたはずだ。
抱きついていた体をぱっと離して良く見れば、チャッピーの体は"普通の"警官ロボットのだいぶ汚れた体に戻っている。トレードマークだった色違いのうさぎの耳も、ニンジャとアメリカが飾ってやったマークもイカつい黄金のネックレスもない。その代わりに、胸元で光っていたバッテリー低下を示す赤ランプも表示されていなかった。
「この体、どうしたの?」
「意識を転送できたんだ。装置を使って、一番近くにあったボディに移した」
「本当?」
彼のメイカーであるディオンは、それは出来ないと言っていたはずだ。
「うん、チャッピーはチャッピーのままだよ。名前のこともちゃんと覚えてる」
目の部分になるモニターに表示されたドットの瞳が見つめてきて、ゆっくりと瞬きをする。無機質なはずなのに、なぜか人間のような温かみを感じる。それがまさにチャッピーと、その他の多くの心の無い警官ロボット達との違いだった。
「良かった」思うよりも早く、言葉が口から飛び出していた。
驚いたような"表情"をして見せるチャッピーに、咄嗟に口を押さえて手のひらを向けて謝る。
「さっきあんなこと言ったのにわたし、ごめん……」
「うん、分かってる。君があんまり素直じゃないことは、ママが言ってた」
そっかと返事をした声は震えて、また不意に涙が自分の意思とは関係なく溢れていた。
たった五日にも満たない時間の中でも、紛れもなく共に過ごした記憶があって、それぞれに思い出があるのだと痛感する。出会ってからの時間がどれだけ短くとも、チャッピーは確かにわたしにとっても大事な仲間で、家族だった。
「泣かないで、名前。もう大丈夫なんだ」
なだめるように優しくかけられる声に応えるよう、袖で目元をこする。
「それに、またすぐにママに会えるよ」
浮かべようとしていた笑顔はなかなか上手くいかなかったのに、チャッピーのその一言で、困惑の表情はきっととても分かりやすく出来たことだろう。
驚きで、すっかり涙も止まりかける。
「チャッピー、違うよ……。ヨーランディはもう、遠くに行っちゃったんだよ?」
まるで道理の分からない子供に言い聞かせでもするように、彼の"目"をじっと見つめて問いかける。
けれどチャッピーは全て分かったように柔らかく頷いてから、「何も心配ないから」と"目"を細めて"優しく"笑った。
$ $ $
薄暗く狭いバラックの部屋の中。
ノートパソコンでコードを打ち込んでいくチャッピーの隣に座って、ぼうっと明るい画面を眺める。
「もうすぐだ」
「うん」
素早いスピードで正確に打たれていくコードや、表示されたゲージにどんな意味があるのかはさっぱりだけれど、それが再びヨーランディに会える手掛かりだと思うと、不思議と興味を引かれて、さっきからずっとこうして画面を眺めていた。
ディオンによると人間の脳波を読み取って動かすロボットの開発が別にされていて、その超高性能なトランスミッター装置を使って人間やチャッピーの意識を解析し、別の体に移すことに成功したそうだ。
実際にディオンは世間的には撃たれた体が見つかって死んだことになっているが、実はテスト用のロボットの体に意識だけを転送して、今もきちんと生きている。彼は元気どころかバッテリーさえあれば疲れも知らずに不眠不休で働けるとロボットの体に大喜びだった。この成功例があるからこそ、今からやることも成功すると信じられる。
チャッピーが大切そうに"ママ"の意識の収められたUSBメモリーを取り出して、パソコンに接続する。
『このデータをコピーしますか?』
ふたつの選択肢を前に、チャッピーの動きが不意に止まった。画面からチャッピーの方に視線を向ければ、彼の耳がどことなく不安げに下がっている。
わたしは膝元に置かれていたチャッピーの冷たい鉄の手に手を伸ばし、指を絡めてしっかりと握った。
驚いたように瞬きをして一度だけこっちを見たチャッピーは、勇気付けられたようにしっかりと頷いてみせる。そして人差し指でキーを押した。
画面に表示されたゲージが徐々に増えていって、数字が100へと満ちていくのを心待ちにする。
このことが未来や人間社会にどんな影響をもたらすのか、ディオンは様々な可能性を計算していたけれど、わたしたちはただもう一度ヨーランディに会いたいというただその一心だけだった。
もうすぐ工場をハッキングして作られた新品のボディで、ヨーランディと再会を果たせることだろう。今のところエラーは一度も表示されていない。きっと無事に、車で迎えに行っているニンジャと一緒に、無敵のチタン製ボディになって還ってくるのだ。
画面に表示されたゲージが70%を越えていく。
「これが上手くいったら、名前も……」
「うん?」
呟かれた言葉が最後まで上手く聞き取れずに問い返せば、チャッピーは「なんでもないよ」と小さく首を横に振った。それでもチャッピーが何を言いたかったのかは、想像がついていた。
いつかわたしも、無敵のチタン製ボディに"意識"を転送出来たのなら。
アメリカのように無惨な殺され方をしたり、寒さや飢えや病気に苦しむことはなくなるだろう。テトラバール社や世間に見つかれば即座にスクラップにされるかもしれないことを忘れない限り、心臓が止まったり老衰なんかでも"死ぬ"必要はなくなるのかもしれない。その代わりに失う物は、体温や味覚の他にも、あとどれだけのことがあるだろうか。
ロード完了まで残り3%。
それでもやっぱり、どんなに体や生活が変わったって、ヨーランディやニンジャ、そしてチャッピーともっとずっと一緒に居たいと、きっとそう思うことだろう。
いつか世界が終わるその瞬間まで、家族達としあわせに過ごせればどれだけ良いだろうか。ブラックシープの仲間入りは恐ろしいことじゃない。奪い合って生きるこの世界では、どれだけ愉しんでやったかで人生の価値が決まるのだ。
ロードが100%に達して、『起動しますか?』と、再び"YES"か"NO"の選択肢が表示された。
つないだままでいたチャッピーの手が慎重に握り返されて、ホールドされる。痛くはないけど、自分からはもう簡単に解けそうにもなかった。それでも別に、全然悪い気分にはならないし、何も恐くない。
チタン製のチャッピーの腕にもたれかかるようにして肩に頭をのせ、期待を込めた強い想いで画面を見つめる。
チャッピーの人差し指がもう一度Yへと伸ばされ、静かにキーボードを押した。
いつか必ず死ぬことを忘れるな
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振り上げた拳で思い切り、黄緑のペンキで汚れたチタン製の胸板を殴りつける。
長い鉄の耳を下げたロボットは"瞬き"をして、ただ困り果てたかのように首を少し傾げた。目頭が熱くなって涙が溢れたのは、強く殴り過ぎて痛めた指先のせいか、それともまだ泣き足りていなかったのか、自分でもよく分からない。
「あんたがもっとちゃんと、しっかりしてれば、ヨーランディもアメリカも、きっと死ななかったのに……」
嗚咽交じりにそう吐き捨て唇をきつく噛めば、殴りつけたロボットの後ろにいた別のオレンジ色のロボットが「待ってくれ」と声を上げかける。いつの間にお友達を作ってきたのだろうか、こんな時に。
それを片手で制したチャッピーは、さっき彼を殴ったばかりのわたしの赤くなった手を気にかけるように窺ってから、とても慎重に背中に手を添えた。まるで親しい人間同士がそうするように、わたしは彼に今暴言を吐いたばかりだというのに。
「もう大丈夫。心配無いよ、名前」
どこで覚えたのか、鉄の両腕で包み込むように抱擁してくれた彼になぜか涙がより一層溢れてきて、わたしは堪らずに細い鉄の体に力一杯縋り付いていた。
この街では、殺人も死体もありふれた日常に過ぎない。特に麻薬をさばいて運びや強盗までしながら生きていれば、いつ自分が弾みで死ぬかも分からない世界だった。こんな世界で女ひとりが生きていけるわけがない。誰もが自分達が生き残るので精一杯だ。タダで拾うような物好きなんて居ない。それなのになんの運命なのか、そういう物好きな夫婦のニンジャとヨーランディは現実に嘘みたいにわたしの目の前に現れて、ひとりぼっちだったわたしを仲間にしてくれた。
ヨーランディは気前よくお洒落に着飾ってくれたし、ダチ公のアメリカはナイフや麻薬の詰め方なんかを教えてくれた。家族のように大切だった仲間のふたりは、何処からともなく現れた兵器のようなロボットに無惨にも殺されてしまったのだ。
仕事でヘマをした埋め合わせの資金を作るために誘拐した警官ロボットのチャッピーは、最初こそ赤ん坊も同然だったのが、今や立派に現金輸送車を襲って、何倍もの大きさのある空飛ぶ兵器ロボットを破壊するまでに成長していた。銃弾を浴びても倒れたりしない、無敵なギャングスタロボット。そんな彼でも、彼がママと慕っていたヨーランディや、ダチ公のアメリカのことを守りきれはしなかった。
彼を責めるのは見当違いだと、自分でも頭の奥の方の冷静な部分で分かっていた。彼だってママを殺されて当然のように怒っていた。わたしと同じように。
それでも壁や地面に散った赤や、鉄の臭いや、ヨーランディやニンジャが描いた壁一面のカラフルな絵を眺めていると、呆気なく死んでしまう人間の脆さが悔しくって、そう簡単には死なない鉄の体に理不尽な憤りを感じてしまったのだ。
死んだ彼らは、もう二度と手の届かない遠くの世界へと旅立ってしまった。会って挨拶に拳をぶつけることも、下らないことで笑い合うことも、もう二度と叶わない。
つい今朝には一緒に現金輸送車を襲って、手に入れたその金で足を洗うだとか母国へ帰れるとか、それぞれが言っていた願いやあの時の高揚した気分をはっきりと鮮明に覚えているから、余計に虚しさが増していく。
最後の時までを思い出しながら好きなだけ泣きじゃくっていれば、ふと、ロボットであるチャッピーも死の危機に瀕して居たことを、そこでようやく思い出した。
警官ロボットの開発者であるディオンは、RPGに撃たれた衝撃でボディとバッテリーが癒着してしまった不良品でチャッピーを作り出した。最後に会った時既にチャッピーのバッテリーは赤い表示になっていたはずだ。
抱きついていた体をぱっと離して良く見れば、チャッピーの体は"普通の"警官ロボットのだいぶ汚れた体に戻っている。トレードマークだった色違いのうさぎの耳も、ニンジャとアメリカが飾ってやったマークもイカつい黄金のネックレスもない。その代わりに、胸元で光っていたバッテリー低下を示す赤ランプも表示されていなかった。
「この体、どうしたの?」
「意識を転送できたんだ。装置を使って、一番近くにあったボディに移した」
「本当?」
彼のメイカーであるディオンは、それは出来ないと言っていたはずだ。
「うん、チャッピーはチャッピーのままだよ。名前のこともちゃんと覚えてる」
目の部分になるモニターに表示されたドットの瞳が見つめてきて、ゆっくりと瞬きをする。無機質なはずなのに、なぜか人間のような温かみを感じる。それがまさにチャッピーと、その他の多くの心の無い警官ロボット達との違いだった。
「良かった」思うよりも早く、言葉が口から飛び出していた。
驚いたような"表情"をして見せるチャッピーに、咄嗟に口を押さえて手のひらを向けて謝る。
「さっきあんなこと言ったのにわたし、ごめん……」
「うん、分かってる。君があんまり素直じゃないことは、ママが言ってた」
そっかと返事をした声は震えて、また不意に涙が自分の意思とは関係なく溢れていた。
たった五日にも満たない時間の中でも、紛れもなく共に過ごした記憶があって、それぞれに思い出があるのだと痛感する。出会ってからの時間がどれだけ短くとも、チャッピーは確かにわたしにとっても大事な仲間で、家族だった。
「泣かないで、名前。もう大丈夫なんだ」
なだめるように優しくかけられる声に応えるよう、袖で目元をこする。
「それに、またすぐにママに会えるよ」
浮かべようとしていた笑顔はなかなか上手くいかなかったのに、チャッピーのその一言で、困惑の表情はきっととても分かりやすく出来たことだろう。
驚きで、すっかり涙も止まりかける。
「チャッピー、違うよ……。ヨーランディはもう、遠くに行っちゃったんだよ?」
まるで道理の分からない子供に言い聞かせでもするように、彼の"目"をじっと見つめて問いかける。
けれどチャッピーは全て分かったように柔らかく頷いてから、「何も心配ないから」と"目"を細めて"優しく"笑った。
薄暗く狭いバラックの部屋の中。
ノートパソコンでコードを打ち込んでいくチャッピーの隣に座って、ぼうっと明るい画面を眺める。
「もうすぐだ」
「うん」
素早いスピードで正確に打たれていくコードや、表示されたゲージにどんな意味があるのかはさっぱりだけれど、それが再びヨーランディに会える手掛かりだと思うと、不思議と興味を引かれて、さっきからずっとこうして画面を眺めていた。
ディオンによると人間の脳波を読み取って動かすロボットの開発が別にされていて、その超高性能なトランスミッター装置を使って人間やチャッピーの意識を解析し、別の体に移すことに成功したそうだ。
実際にディオンは世間的には撃たれた体が見つかって死んだことになっているが、実はテスト用のロボットの体に意識だけを転送して、今もきちんと生きている。彼は元気どころかバッテリーさえあれば疲れも知らずに不眠不休で働けるとロボットの体に大喜びだった。この成功例があるからこそ、今からやることも成功すると信じられる。
チャッピーが大切そうに"ママ"の意識の収められたUSBメモリーを取り出して、パソコンに接続する。
『このデータをコピーしますか?』
ふたつの選択肢を前に、チャッピーの動きが不意に止まった。画面からチャッピーの方に視線を向ければ、彼の耳がどことなく不安げに下がっている。
わたしは膝元に置かれていたチャッピーの冷たい鉄の手に手を伸ばし、指を絡めてしっかりと握った。
驚いたように瞬きをして一度だけこっちを見たチャッピーは、勇気付けられたようにしっかりと頷いてみせる。そして人差し指でキーを押した。
画面に表示されたゲージが徐々に増えていって、数字が100へと満ちていくのを心待ちにする。
このことが未来や人間社会にどんな影響をもたらすのか、ディオンは様々な可能性を計算していたけれど、わたしたちはただもう一度ヨーランディに会いたいというただその一心だけだった。
もうすぐ工場をハッキングして作られた新品のボディで、ヨーランディと再会を果たせることだろう。今のところエラーは一度も表示されていない。きっと無事に、車で迎えに行っているニンジャと一緒に、無敵のチタン製ボディになって還ってくるのだ。
画面に表示されたゲージが70%を越えていく。
「これが上手くいったら、名前も……」
「うん?」
呟かれた言葉が最後まで上手く聞き取れずに問い返せば、チャッピーは「なんでもないよ」と小さく首を横に振った。それでもチャッピーが何を言いたかったのかは、想像がついていた。
いつかわたしも、無敵のチタン製ボディに"意識"を転送出来たのなら。
アメリカのように無惨な殺され方をしたり、寒さや飢えや病気に苦しむことはなくなるだろう。テトラバール社や世間に見つかれば即座にスクラップにされるかもしれないことを忘れない限り、心臓が止まったり老衰なんかでも"死ぬ"必要はなくなるのかもしれない。その代わりに失う物は、体温や味覚の他にも、あとどれだけのことがあるだろうか。
ロード完了まで残り3%。
それでもやっぱり、どんなに体や生活が変わったって、ヨーランディやニンジャ、そしてチャッピーともっとずっと一緒に居たいと、きっとそう思うことだろう。
いつか世界が終わるその瞬間まで、家族達としあわせに過ごせればどれだけ良いだろうか。ブラックシープの仲間入りは恐ろしいことじゃない。奪い合って生きるこの世界では、どれだけ愉しんでやったかで人生の価値が決まるのだ。
ロードが100%に達して、『起動しますか?』と、再び"YES"か"NO"の選択肢が表示された。
つないだままでいたチャッピーの手が慎重に握り返されて、ホールドされる。痛くはないけど、自分からはもう簡単に解けそうにもなかった。それでも別に、全然悪い気分にはならないし、何も恐くない。
チタン製のチャッピーの腕にもたれかかるようにして肩に頭をのせ、期待を込めた強い想いで画面を見つめる。
チャッピーの人差し指がもう一度Yへと伸ばされ、静かにキーボードを押した。