Mechanical

Et arma et verba vulnerant.


Et arma et verba vulnerant.
武器も言葉も(人を)傷つける
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主の遣いで出掛けた万屋の娘から、何故だか分からないが手紙を渡された。俺の主人に宛てたものかと尋ねると、そうではないと首を振られたので、なら受け取れないと固辞して店を出た。

「え……、長谷部くん、まさかそのまま、手紙貰わず帰って来たの?」

困惑したように引き攣った顔をする燭台切に、事実の通り「ああ」と頷いた。野菜を切っていた手を止め、奴は迷うような目付きをする。

「主へ宛てたものではないと言ったんだ。それなら俺が受け取る必要はなかろう」

寸胴をかき混ぜながら火を調節する。顕現した刀が増えたお陰で、戦の戦力には事欠かないが、如何せん炊事の下拵えに時間が掛かる。俺達は付喪神だから、本当はきっと飯など食わなくとも存在し続けていられるのだろう。しかし、折角人型を得たのだから皆で一緒に人間らしい生活をしたいと主張する刀剣達の意向で、俺達はこうして主に倣い、人の真似事をして日々を過ごしている。

「……でもさ……、主への手紙じゃないとしたら、正真正銘、君へ宛てたものってことだろう? それを受け取りもせず断るってのは……、ちょっと、なんていうか……、可哀想、じゃないのかなあ……」
「可哀想? どういう意味だ」

煮え切らない言い方をする燭台切に少々苛々する。
せっせと手を動かしている俺を他所に、奴は完全に夕餉の支度を疎かにして、其処此処と目を動かして思案している。申し訳ないが、厨当番は忙しいのだ。僅かな時間の浪費が後に響く。世間話を一切するなとは言わないから、どうか休まず働いてはくれまいかと、舌打ちのひとつも出てしまいそうだった。

「俺があの娘の手紙を受け取らないと何故可哀想なんだ」

突き放すような言い方になってしまったその台詞を、燭台切はまるで憐れむような目で受け止めた。
その視線の意図が分からないでいると、奴は弱く零すように「別に……、ただ、」と無理矢理引き上げた口元で笑った。

「その子もなにかしら、君に伝えたいことがあったから手紙をしたためたんだろうなと思ってさ。それを断られて、ちょっと傷付いたりしたんじゃないかなって、思っただけさ」
「……傷付く? 俺はあの娘に怪我などさせてないぞ?」

浮かんだ疑念を口にすると、燭台切は反対に閉口してしまった。もういいよ、と踵を返し、食事の準備に再度手を付ける。
満ちた沈黙の中で、奴の包丁が心なしか、それまでより荒くまな板を打って反復する気がした。



手討ちにした遡行軍の亡骸を見つめて膝をつく。
物言わぬ屍となってしまったそれは、自陣の味方に討たれて破壊され、元の形が分からないほど崩されてばらばらになっていた。名のある刀の、その切れ味たるや。末席の神ではあるが、名刀の付喪神にこうして葬られることはある種誉れかもしれないなとも思いながら、俺は手に掬った敵方の欠片を眺めた。鈍く光るなまくらは、手袋の表面を黒く汚す。

「長谷部ーっ、帰るよぉ」

大将陣を制覇した部隊の面々が、集まって本丸へ戻ろうとしている。
今行く、と返事をして、立ち上がった拍子に手に取った破片を捨てた。
仲間の元へ近付きながら、ちらと振り返って唇を結ぶ。
『傷』とは、『傷付く』とは、ああいう状態を指すのではないのだろうか。



部隊長の俺は、出陣の成績を報告する義務がある。
帰城してから、道中で集めた資材を蔵へ片付けたその足で、主の部屋へ向かった。
戦績を取りまとめた紙面を手に、失礼しますと襖を開けようとした瞬間、一枚隔てたその奥から話し声が聞こえた。

「またひとり、行方不明になりました」

聞き覚えのある声に、はたと思い出す。
今日は確か来客のある日だった。この地方を管轄している政府の担当者が、視察と称して審神者の勤怠を探りに来る定例日。

「禁則事項を破ったためと推察されます。現に後程の調査で、刀も一振消失していたことが判明しました。……当該本丸の審神者の近侍だった刀です」

引き返そうかと思ったが、不思議と足は縫い止められた。
盗み聞きのような真似は良くないと、頭では分かっているのだが、身体は意に反して動いてくれない。

「……お分かりですね、審神者さま」

重石のような声音に、主はひとつ頷いたようだった。
時折、こういう事例はこうして事件になることがあった。政府の言う『禁則事項』というのは、審神者と刀剣の恋愛のことを指す。
あくまで主人としもべとして、持ち主と道具として、雇用者と労働者として、関係性を確立していなければならないこの構図を、時に超えてしまうふたりがいる。そしてそういうふたりのことを、この世のすべてを管轄する政府は固く制限して罰しているのだ。

「職業柄、閉ざされた環境に身を置かざるを得ない状況は理解しています。しかし、どうかゆめゆめお忘れなさいませんよう。あなたはヒトで、彼らは刀。どんなに人間に近しい見目を与えられたからといって、あなたと同じではないのです」

縋るような役人の言葉に、主は一体どんな顔をしているのだろう。規定は規定、守られるべき規律なのは分かっている。それを勝手に破って、勝手に消えてしまう審神者と刀にも同情なんてしたことは無かった。馬鹿な奴らだと、鼻で笑っていた筈だった。しかしどこか、胸の奥がちりちりと痛むような気がしてしまった。なんだかどうも、気に入らない。いつも我々を見ているわけではない癖に。一方的に審神者制度なんてものを確立して、文字通り年端もいかない人間達にこういう役目を強いているのは政府の癖に。

「心得ています」

鈴の声が鳴る。客人が述べた言葉に一切動揺した様子を見せないまま、主は続けてこう言った。

「人間と刀が添い遂げて、幸せになれるとは思っていませんから」

見えない角度で奇襲をかけられた気分だった。
俺にもヒトと同じ心臓というものがあるなら、それを直接握り潰されたような。
わけもなく苦しくなって、咄嗟に自分の装備の襟元を握る。ぎゅう、と力を込めた分だけ、上着にも手袋にも、同じだけ皺を作る。
これはなんだ、と思った。物理的に怪我を負わされたわけではない。自分の周辺に敵がいるわけでもない。ただひたすらに、喉が締まる。身体が痛い、気がしている。どこがと言われると答えに迷うが、まるで、見えない刃に貫かれでもしたような、そんな気分だ。
居たたまれなくなって、今度こそその場を後にした。もう留まる勇気がなかった。あれ以上主になにか言われたら、黙って聴き続けられる自信がない。
物音を立てずに執務室から離れて、はあ、と深く息を吐く。
目の奥が熱くて、ぼろぼろとなにか滴った。
俯いた拍子に雫のまま溢れて、とうとうこの仮初めの身体も不調を訴え始めたかと苦笑する。
名前を教えて欲しかった。明確な理由を添えて、誰かに説明して欲しかった。この身をかき乱すこの感覚と感情の正体を、すべて真っ直ぐ明らかに。
ふと、渡しそびれた報告書が、握り締めた手の中で撓んでいるのに気付いた。その紙切れが、何故かあの日万屋で貰い損ねた娘の手紙に重なる。それは今、こんな風に己を制御出来ずにもがいている俺自身を、まるで嘲笑っているかのように思えた。








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