Facta, non verba.
言葉ではなく行為が大切
---
オッス! 私、苗字名前! 「超高校級の」才能を持つ高校生を集めたらしいここ、才囚学園でラブバラエティだかなんだかよくわからないものに参加させられてもう何日かたったけれど、まわりの個性豊かなメンツとも仲良くやっていけてるよ! いやー人見知りの私でもなんとかなるもんだね!
と、無理矢理上げたテンションで言ったものの、実はまだ1人だけ仲良くなれていない人がいる。人というか、彼はいわゆる、「ロボット」というやつなんだけれど。でも私は、いままであんなに表情豊かなロボットを見たことがない。本当にロボットなんだろうか。そう思ったことも何度かあるが、確かに彼は飲食をする機能はないみたいで食事をとっているところはみたことがないし、ロボットだからかはわからないが、けっこう空気が読めないときもある。
そんな彼の名前はキーボくんという。「希望」みたいな語感で私は好きだ。彼の名前が。べ、別にキーボくんそのものが好きってわけじゃないんだからね! だからといって嫌いでもないけどね!
さて、閑話休題。何故私がキーボくんとだけ仲良くなれていないのかを考えてみようと思う。いや、他の人たちととても仲がいいというわけでもないのだが。嘘つきな総統とか口の悪い発明家さんとか、彼らと仲がいいかと聞かれてすぐに頷くのは少し難しいかもしれない。でも、それでもキーボくん以外のみんなとは、個人差はあれども普通に会話はできるのだ。人見知り気味の私にしては頑張った方だと思う。
だがしかし。キーボくんとは、この学園に連れてこられてから数日たったいまでもまともな会話をしたことがない。逃げるのだ。私と目が合うと。
初めて会ったとき、私は勇気を振り絞ってキーボくんに話しかけた。この学園で最初に話しかけたのが彼だった。ものすごく緊張した。当たり障りのない、初対面にふさわしい挨拶をしたと思う。なのに、私を見たキーボくんはピシリと固まって、私が首をかしげているうちに回れ右をして走り去ってしまった。想像できるだろうか。人見知りで、ポッキーと同じ強度を誇る私のメンタルがどうなったか。それはもう見事に砕け散りましたとも。何か失礼なことを言ってしまったのかとか、私の顔がこわかったのかとか、いろいろ考えて、その度にポッキーメンタルが情けない音をたてる。
キーボくんは社交性がないわけではないと思う。前述の豊かな表情や真面目な性格で、私以外のみんなとはそれなりに仲良くできているようだ。私以外とは。私、以外とは……。他の人たちと話しているときは笑顔を見せているキーボくんが、私と相対すると表情を固まらせて目をそらし、その場から立ち去ってしまう。ダメだ。完全に嫌われている。でも、その理由がわからない。お手上げだ。
ため息をついた。そうしたところでこの憂鬱な気分が晴れるわけではないのだが、もうため息でもつかないとやってられない。今日も今日とて図書室にこもり、こっそりとコミュニケーションスキルに関する本を読んで参考にしようとするが、全然頭に入ってこない。今日のところはもう自室に帰ってしまおうか。そう思って持っていた本を本棚に戻したとき、図書室のドアが開いた。静かだった空間に響いた意外と大きなその音に、びくりと肩が跳ねる。
「あ、苗字さん」
「わっ、最原くん? びっくりした……」
驚かせてごめんねと謝って遠慮がちに図書室に入ってきたのは、超高校級の「探偵」最原終一くんだった。謝らせてしまった。私が勝手に驚いただけなのに……。申しわけない。
最原くんは他の強すぎる個性を持つ人たちとはちがって、わりと話しやすい普通の人だ。あ、いや、別にみんなのことも最原くんのこともディスってないからね。他のみんなが話しづらい嫌な人たちなのかと言われれば否定するし、最原くんに個性がないのかと聞かれても否定する。人見知りは他人が嫌いなわけでも、人づきあいか嫌いなわけでもない。苦手なだけなのだ。他人と、特に初対面だったりあまりよく知らない人と話すのが。あれ、それってどっちかというとコミュ障では……?
1人で頷いたり首をかしげたりしていると、いつの間にか最原くんが隣に立っていた。
「苗字さん、昼から姿が見えないことが多かったけど、いつも図書室にいるの?」
「う、うん。……読書、好きなんだ」
読書が好きなのは嘘ではない。むしろ本当だ。ほぼ毎日ここでコミュニケーションが上手くなるための本を読んでいるが、その類の話とは相性が悪いのかあまり頭に入ってこないので、諦めて小説とか他の本を読んでしまう。けれど人目を忍んでコミュニケーションスキルアップ用の本を読んでいることを知られるのがなんだか恥ずかしいので、小説を読んでいることだけを伝えることにした。真実を言わないことと嘘をつくことはまったくちがうのだ。
「そうなんだ。じゃあ、何かオススメの本があったら教えてくれないかな」
最原くんも読書が好きなようで、心做しか少し楽しそうな表情でそう聞かれた。よかった……。ここでまったく小説とか興味ないんですけど、みたいな顔をされたらどうしようかと……。
内心胸をなでおろしながら、本棚にこれでもかと並んでいる本たちの背表紙を目でなぞっていく。オススメ、かあ……。私と最原くんの好みが一緒かはわからないが、私がいちばんおもしろいと思った本を選ぼう。
「あ、この本はけっこうおもしろかったよ」
そう言って取ろうとしたが、少し高いところにあるので手が届かない。近くにあったイスを移動させてその上に乗り、背伸びをしてぐっと腕を伸ばす。
「苗字さん、危ないから僕が取るよ」
「大丈夫大丈夫。あとちょっとだか、うわっ」
ようやっとお目当ての本を取れたと思ったら、ぐらりとバランスを崩して私の体は後ろに傾いた。やばい、落ちる。
ぎゅっと目をつぶったけれど想像していたような強い衝撃はこなくて、かわりにあったかいものに抱きとめられた。抱きとめられたということはもちろん、それは人によってで、この場にいる人は私と最原くんしかいないわけで、つまり、えっと、こんなベタな展開ありですか……?
「大丈夫!?」
「あ、あー、うん、大丈夫……」
目を開けると思っていたより近くに最原くんの顔があって、思わず固まってしまう。最原くんって、けっこう美形なんだね。睫毛長いし、女顔っぽいけど、美形なんだね……。なんて現実逃避をするが、状況は変わらない。やがて最原くんもこの近さに気づいたのか、はっとして顔を赤くした。そのまま両者硬直。いや、ほんとどうすんのこの状況。
「苗字さん……?」
突如響いた、私のでも最原くんのでもない声。それは、いままで私に対してかけられたことのない、彼の声で。
恐る恐る声が聞こえた図書室のドアの方を見ると、キーボくんが呆然とした様子で立っていた。
ああ、神様。ロマンスの神様。こんなベタな展開、ありですか……?
最近、どうも調子がおかしい。父親同然の存在である飯田橋博士によって作られたロボットであるボクは、「成長するAI」という高度な学習機能を持っている。それでも、この不調の原因がわからない。普段生活している分には何も支障はないのだが、彼女、苗字さんと話そうとすると、コアがオーバーヒートしたように熱くなるのだ。それに、鳴るはずのない鼓動の音がけたたましく響くような錯覚もする。いままでこんなことはなかったのに。……ひょっとして、これはまさか。
「はあ? 故障?」
いてもたってもいられなくなったボクは、定期的にボクのメンテナンスをしてくれている超高校級の「発明家」、入間さんのもとを訪れていた。不安なままもしかすると故障したかもしれないと話を切り出すと、入間さんはひどく心外だという表情で上述のセリフを言った。
「そんなわけねえだろ! このオレ様がメンテナンスしてやってんだぞ!?」
「で、でも、ほんとに最近調子がおかしくて……」
「どうおかしいんだよ?」
入間さんにそう聞かれ、ボクはここ数日の不具合を一から説明した。なんだか苗字さんの名前をだすのは憚られて、そこは「ある人」ということにしたけれど。すべて言い終わってボクが口を閉じると、入間さんは少しの沈黙のあと、心底つまらないとでも言いたげな顔をボクに向けた。何故だ。
「はー、くだらねえ」
「くだらないって……、ボクにとっては一大事なんです! 飯田橋博士にいただいたこの身体が故障なんてしたら……」
「故障じゃねえよ」
入間さんの言葉の意味がわからず、思わず首をかしげる。故障じゃないとしたら、いったいなんなんだろう。
「つまり、好きなんだろ? そのある人とやらが」
びし、とボクを指さして、若干顔を赤くしながら入間さんはそう言った。すき、隙、透き、鋤……好き? 脳内で漢字をいろいろ変換させて、たどり着いたその答えに「えっ」と声がもれる。
「じゃ、じゃあボクは彼女に、こ、ここ恋をしているということですか!?」
「だからそう言ってんだろうが! 何回も言わせんな!」
恋。これが、恋。苗字さんと目が合うと顔に熱が集まるのも、話しかけられると緊張して固まってしまうのも、ぜんぶ、恋によるもの。恋の病とはよく言ったものだ。本当に病気かと、故障かと思うほど自分を乱されてしまった。でも、それは決して不快ではない。なんて言えばいいのか、いまのボクにはわからないけれど、ネガティブなものではないんだ。やっと、この感情の名前に気づけた。
「どうしよう、ラブレターとか書いたらいいんでしょうか?」
「古いんだよ考え方が! んなもん言葉じゃなくて行動で伝えろよ!」
「わかりました! じゃあ行ってきます!」
「えっ、今から!?」
入間さんにアドバイスをもらったボクは、さっそく苗字さんを探すことにした。入間さんの研究教室を出て、とりあえず校舎に向かって走る。確か苗字さんは本が好きだったはずだから、図書室にいるかもしれない。
恋をするのなんて初めてで、この気持ちがうまく伝えられるかはわからないけど、頑張って行動で示すんだ。そう決意して、ボクは地下への階段を下りた。
「苗字さん……?」
信じられないものを見た、いや見てしまった、という表情で固まっているキーボくんに、私と最原くんは慌てて弁明の言葉を探す。いやでも別に後ろめたいこともいやらしいこともしていないのだから、弁明という言葉はおかしいのか……? 平静を装おうとする頭がはたらいてくれるのはあくまで頭の中だけで、口からでてくるのは「いや、これは、その、」というあやしすぎるテンプレートな言葉。
確かに、いまのこの状況は、私が最原くんに後ろから抱きしめられている、というこの状況は、何も知らない人から見れば「そういう風」に見えるだろう。でも、ちがう、ちがうんだよ。最原くんはただ、私が無様にも椅子から落ちそうになったのを抱きとめてくれただけで……! 何も悪くないのにパニックになってしまっているのか、最原くんもうまく言葉がだせないみたいで、なんというかもう2人してあやしさしかない。
そんな私たちを無言で見つめていたキーボくんは、その顔を一瞬、ほんの一瞬だけ苦しそうに歪めてからふっと無表情になって、早歩きでこちらに向かってきた。いつも私に向ける固まった表情ではない、本当の無表情。ああ、君のそんな顔は見たくないな。どうしたら、君は私に笑いかけてくれるんだろう。半分思考放棄した頭でそんなことを思っていると、キーボくんは私の腕を掴んでうっかり密着したままだった最原くんから引きはがし、そのまま踵を返して図書室から出て行った。無論、私の腕を引いたまま。
図書室のドアをくぐるときに振り返って最原くんを見ると、彼はどこか微笑ましいものを見るような、あたたかい目で私たちを見ていた。あれ、てっきりぽかんとしているのかなと思ったのに。ていうか、その表情の意味はいったいなんなんだろう。
とかなんとか考えているうちにキーボくんはずんずんと階段を上って、1階の廊下まで来たところで足を止めた。掴まれている左腕に伝わる温度が、なんだか熱い。キーボくんはロボットなんだから、その身体は冷たいはずではないのか。なんて言うと、「ロボット差別です!」とか言われるかなあ。王馬くんにはよく言っているのを聞くけれど、私は言われたことがない。ていうか、話したことさえ、ない。私が話しかけると、私と目が合うと、彼は口を固く閉じて、目をそらして、最悪走り去ってしまうから。
なのに、いまのキーボくんは私と向き合って、まっすぐに私の目を見ている。初めて見た彼のその目は、とてもきれいな青色だった。
「最原クンと、……」
「え?」
少しの沈黙のあと、キーボくんが口を開いた。でも、よく聞こえなくて聞き返してしまった。数秒言いよどんで、やがてキーボくんはもう一度声を出す。
「最原クンと、何をしていたんですか」
「なに、って」
「彼と……どういう、関係なんですか」
無表情、というより、どこか怒っているような表情でキーボくんはそう言った。疑問符のついていないその言葉は、なんだか尋問されているみたいで思わず萎縮してしまう。どういう関係と聞かれたって、まだ出会って数日しかたっていないし、この関係をどんな名前で呼べばいいのかよくわからない。友達、なのだろうか。少なくとも私は友達のつもりだが、最原くんはどうなんだろう。考えている間も、キーボくんの鋭い視線が私に突き刺さって痛い。ので、私は意を決して息を吸い込んだ。
「最原くんは、友達だよ。最原くんが私をどう思ってるかはわからないけれど、私は友達だと思ってる」
そう言うと、キーボくんは顔をいっそう険しくした。地雷を踏んでしまったのだろうか。ヒヤヒヤしていると、その表情とは裏腹に落ち着いた声音で彼が言った。
「友達が、うしろから抱きしめたりするんですか? それに、……き、」
き? 私が首をかしげると、キーボくんは顔を赤くして、少しだけ目をそらしてつづけた。
「キス、だって、してたじゃないですか」
「えっ」
キスの「ス」が裏返っていたけれど、確かにキーボくんは言った。キス、と言った。誓って言うが、私は最原くんとそんなおこがましいことはしていない。私なんかとキスなんて最原くんがかわいそうだ。最原くんが後ろから私の顔を覗きこんで、私も後ろを振り向くようにして最原くんと目を合わせていたから、キーボくんが見ていた角度からはちょうどキスをしているように見えた、のかな?
なんだか、キーボくんにそう誤解されたことにショックを受けている自分がいる。どうしてかな。とにかく誤解を解かなければ。何故キーボくんがそのことで怒っているのかはわからないが、これ以上こわい顔のキーボくんは見たくない。まだ何か言いたげなキーボくんよりも先に、私は口を開いた。
「あのね、話し出すと長くなるんだけど……」
最原くんにオススメの本を取ろうとして私が無理をしたこと。その結果案の定バランスを崩し、椅子から落ちそうになったこと。そして最原くんが抱きとめてくれたおかげでケガをせずに済んだこと。一から十まで全部説明し終えて改めてキーボくんの顔を見ると、彼はさっきよりも顔を真っ赤にしていた。
「じゃあ、ボクは勘違いをしていたんですね……」
「えっと、そういうことになる……かな?」
キーボくんは顔を両手で覆って、プシューと音がしそうなくらい恥ずかしがっている。大丈夫だろうか、オーバーヒートとかしないだろうか。ロボットとか、そういう専門的なことはよくわからないが、いや、わからないからこそ、心配だ。もしここでキーボくんが本当にオーバーヒートして倒れたらどうしたらいいんだろう……。男子にしては低い身長のキーボくんだが、ロボット故にその体重は90キロ近くあるらしいから、助けを呼ばないと運べなさそうだ。
「もしもキーボくんが倒れたら」という脳内シミュレーションをしていると、その話題の本人であるキーボくんが若干涙目で私を見ているのに気づいた。なんだろう、睨んでるつもりかもしれないけれど、全然こわくない。
「こういうことは、もっと早く言ってくださいよ!」
「ごめん……」
「ずっと1人で誤解していたなんて、ものすごく恥ずかしいじゃないですか!」
「ごめん……」
「聞いてますか、苗字さん!」
「ごめん……」
聞いてないでしょう! と声を大きくするキーボくんに慌ててごめんごめんと謝り、はたと気づく。あれ、私いま、普通にキーボくんと話せてる……? 話してるというか怒られてるという感じだけれど、会話ができていることにはちがいない。いや、これは会話なのか? さっきから私「ごめん」しか言ってない気がする。
「ごめんね、なんていうかその、キーボくんがなんで怒ってるのかわからなくて萎縮しちゃって、言うタイミングが掴めなかったといいますか……」
そうだ。さっきのキーボくんは本当にこわかった。怒らせてしまったことはわかるのに、その原因がわからない。……原因がわからないことといえば、なんでいままでキーボくんが私を避けていたのかもわからないままだ。
どこかぼんやりした頭で考えて、気づいたときには言葉が口から転がり出ていた。
「なんでキーボくんは、私を、……その、避けるんですか?」
そう言うと、キーボくんは少し目を見開いてはっと息を吸い込んだ。彼が何かを言おうとするのを妨げるように私はつづける。
「嫌われるようなこと、何かしちゃったのかな、失礼なこと言っちゃったのかな、なら、王馬くんに言うみたいにロボット差別だって言ってくれればいいのに、その場で怒ってくれればいいのに、そしたらごめんって謝れるのに、……なんで、」
言葉が途切れた。何を言ってるんだ私は。自分を嫌ってるかもしれない相手に自分を避ける理由を聞くだなんて、そんなのダメだろ。どうして、……なんで、涙がこぼれるんだろう。ああ、ダメだ。確実に嫌なやつだと思われた。急にこんなこと言って、しかも泣き出すなんて、嫌な女だと思われた。どうしてこうなるの。私はただ、キーボくんと仲良くなりたいだけなのに。
「ご、ごめんなさ、」
とにかく謝ろうと声を出した瞬間、腕を引かれた。強い力で引っ張られて、体が前に傾く。そして、あったかいものに抱きとめられた。抱きとめられたということはもちろん、それは人によってで、この場にいる人は私とキーボくんしかいないわけで。……あれ、なんか、デジャヴ?
「……」
「えっと、キーボくん……?」
抱きしめられている。キーボくんに。意外とあったかいな、キーボくんの体。思わず倒置法を連続で使ってしまうほど混乱した私の頭上には、きっと「!?」のマークが浮かんでいることだろう。
私の背中に腕をまわしたまま無言のキーボくん。一方私は、空中に浮いたままの自分の両手の行き場がわからずただおろおろするしかない。なにか、なにか喋ってくれないかなあ……!
その状態のまま、数秒、いや数分? どれくらいたったのかわからないが、体感時間ではかなりの時が経過した頃、キーボくんが私から離れた。でもその手は今度は私の肩に置かれていて、距離としてはまだ近い、と思う。
「……」
じっと私を見つめつつ未だ無言のキーボくんに首をかしげると、彼はふっと照れたように破顔した。
「笑わないで聞いてもらえますか?」
彼が初めて私に見せたその柔らかい表情に、思わず頷いてしまった。キーボくんって、こんな顔もできるんだ。
「ボクは、苗字さんが好きです」
「……」
「ロボットが人間に恋をするなんて、こんなどこかの映画みたいな話信じられないかもしれませんが、本当に好きなんです」
フリーズ。脳が思考を停止しようとする。待って。考えるのをやめちゃだめだ。真っ白になっていく頭の中で、いまのキーボくんの言葉をもう一度再生して、ぼっと顔に熱が集まった。
いま彼は、なんと言った? 私の聞き間違いじゃなければ、私のことを、好き、と言った。おかしいじゃないか。キーボくんは、私を嫌っていたから避けてきたんじゃないのか。
「じゃあ、なんで、」
「苗字さんを避けているつもりはありませんでした。あなたと目が合うと、あなたと話そうとすると、身体中が沸騰したように熱くなって、胸がきゅっと苦しくなって、なんだか恥ずかしくて、それで、逃げてしまっていたんです」
恋する乙女か。なんてツッコミをいれるのは少し場違いな気がして、私は黙ったままキーボくんの話を聞く。どうしよう。顔がますます赤くなっていくのがわかる。いままで薄々気づいてはいて、それでも気づかないふりをしていたが、「キーボくんと仲良くなりたい」という気持ちに別の、彼と同じ感情が混じっているのかもしれない。
「でも、それがあなたを傷つけていたんですね」
だって、こんなにも心臓がうるさい。
「これからは、傷つけたくないんです。あなたを守りたい。あなたと、一緒にいたい」
肩に置かれていたキーボくんの両手が、私の右手を優しくとって、握手するみたいにぎゅっと握る。離さないとでも言いたげなその行為と、まっすぐ私の目を見る彼のきれいな目が、すべてだった。
「言葉ではなく行為が大切だ、とアドバイスをもらったんですが」
キーボくんは視線を手元に移して、少し口ごもってからまた私と目を合わせて、微笑んだ。ずっとずっと、彼のそんな顔が見たかったんだ。
「やっぱり、行動で示すのは難しいですね」
そう言うキーボくんに私も笑って、左手を彼の手に重ねる。あったかいその温度が、とても心地よかった。
ああ、神様。ロマンスの神様。
たまには、いい仕事をするじゃないか。
言葉ではなく行為が大切
---
オッス! 私、苗字名前! 「超高校級の」才能を持つ高校生を集めたらしいここ、才囚学園でラブバラエティだかなんだかよくわからないものに参加させられてもう何日かたったけれど、まわりの個性豊かなメンツとも仲良くやっていけてるよ! いやー人見知りの私でもなんとかなるもんだね!
と、無理矢理上げたテンションで言ったものの、実はまだ1人だけ仲良くなれていない人がいる。人というか、彼はいわゆる、「ロボット」というやつなんだけれど。でも私は、いままであんなに表情豊かなロボットを見たことがない。本当にロボットなんだろうか。そう思ったことも何度かあるが、確かに彼は飲食をする機能はないみたいで食事をとっているところはみたことがないし、ロボットだからかはわからないが、けっこう空気が読めないときもある。
そんな彼の名前はキーボくんという。「希望」みたいな語感で私は好きだ。彼の名前が。べ、別にキーボくんそのものが好きってわけじゃないんだからね! だからといって嫌いでもないけどね!
さて、閑話休題。何故私がキーボくんとだけ仲良くなれていないのかを考えてみようと思う。いや、他の人たちととても仲がいいというわけでもないのだが。嘘つきな総統とか口の悪い発明家さんとか、彼らと仲がいいかと聞かれてすぐに頷くのは少し難しいかもしれない。でも、それでもキーボくん以外のみんなとは、個人差はあれども普通に会話はできるのだ。人見知り気味の私にしては頑張った方だと思う。
だがしかし。キーボくんとは、この学園に連れてこられてから数日たったいまでもまともな会話をしたことがない。逃げるのだ。私と目が合うと。
初めて会ったとき、私は勇気を振り絞ってキーボくんに話しかけた。この学園で最初に話しかけたのが彼だった。ものすごく緊張した。当たり障りのない、初対面にふさわしい挨拶をしたと思う。なのに、私を見たキーボくんはピシリと固まって、私が首をかしげているうちに回れ右をして走り去ってしまった。想像できるだろうか。人見知りで、ポッキーと同じ強度を誇る私のメンタルがどうなったか。それはもう見事に砕け散りましたとも。何か失礼なことを言ってしまったのかとか、私の顔がこわかったのかとか、いろいろ考えて、その度にポッキーメンタルが情けない音をたてる。
キーボくんは社交性がないわけではないと思う。前述の豊かな表情や真面目な性格で、私以外のみんなとはそれなりに仲良くできているようだ。私以外とは。私、以外とは……。他の人たちと話しているときは笑顔を見せているキーボくんが、私と相対すると表情を固まらせて目をそらし、その場から立ち去ってしまう。ダメだ。完全に嫌われている。でも、その理由がわからない。お手上げだ。
ため息をついた。そうしたところでこの憂鬱な気分が晴れるわけではないのだが、もうため息でもつかないとやってられない。今日も今日とて図書室にこもり、こっそりとコミュニケーションスキルに関する本を読んで参考にしようとするが、全然頭に入ってこない。今日のところはもう自室に帰ってしまおうか。そう思って持っていた本を本棚に戻したとき、図書室のドアが開いた。静かだった空間に響いた意外と大きなその音に、びくりと肩が跳ねる。
「あ、苗字さん」
「わっ、最原くん? びっくりした……」
驚かせてごめんねと謝って遠慮がちに図書室に入ってきたのは、超高校級の「探偵」最原終一くんだった。謝らせてしまった。私が勝手に驚いただけなのに……。申しわけない。
最原くんは他の強すぎる個性を持つ人たちとはちがって、わりと話しやすい普通の人だ。あ、いや、別にみんなのことも最原くんのこともディスってないからね。他のみんなが話しづらい嫌な人たちなのかと言われれば否定するし、最原くんに個性がないのかと聞かれても否定する。人見知りは他人が嫌いなわけでも、人づきあいか嫌いなわけでもない。苦手なだけなのだ。他人と、特に初対面だったりあまりよく知らない人と話すのが。あれ、それってどっちかというとコミュ障では……?
1人で頷いたり首をかしげたりしていると、いつの間にか最原くんが隣に立っていた。
「苗字さん、昼から姿が見えないことが多かったけど、いつも図書室にいるの?」
「う、うん。……読書、好きなんだ」
読書が好きなのは嘘ではない。むしろ本当だ。ほぼ毎日ここでコミュニケーションが上手くなるための本を読んでいるが、その類の話とは相性が悪いのかあまり頭に入ってこないので、諦めて小説とか他の本を読んでしまう。けれど人目を忍んでコミュニケーションスキルアップ用の本を読んでいることを知られるのがなんだか恥ずかしいので、小説を読んでいることだけを伝えることにした。真実を言わないことと嘘をつくことはまったくちがうのだ。
「そうなんだ。じゃあ、何かオススメの本があったら教えてくれないかな」
最原くんも読書が好きなようで、心做しか少し楽しそうな表情でそう聞かれた。よかった……。ここでまったく小説とか興味ないんですけど、みたいな顔をされたらどうしようかと……。
内心胸をなでおろしながら、本棚にこれでもかと並んでいる本たちの背表紙を目でなぞっていく。オススメ、かあ……。私と最原くんの好みが一緒かはわからないが、私がいちばんおもしろいと思った本を選ぼう。
「あ、この本はけっこうおもしろかったよ」
そう言って取ろうとしたが、少し高いところにあるので手が届かない。近くにあったイスを移動させてその上に乗り、背伸びをしてぐっと腕を伸ばす。
「苗字さん、危ないから僕が取るよ」
「大丈夫大丈夫。あとちょっとだか、うわっ」
ようやっとお目当ての本を取れたと思ったら、ぐらりとバランスを崩して私の体は後ろに傾いた。やばい、落ちる。
ぎゅっと目をつぶったけれど想像していたような強い衝撃はこなくて、かわりにあったかいものに抱きとめられた。抱きとめられたということはもちろん、それは人によってで、この場にいる人は私と最原くんしかいないわけで、つまり、えっと、こんなベタな展開ありですか……?
「大丈夫!?」
「あ、あー、うん、大丈夫……」
目を開けると思っていたより近くに最原くんの顔があって、思わず固まってしまう。最原くんって、けっこう美形なんだね。睫毛長いし、女顔っぽいけど、美形なんだね……。なんて現実逃避をするが、状況は変わらない。やがて最原くんもこの近さに気づいたのか、はっとして顔を赤くした。そのまま両者硬直。いや、ほんとどうすんのこの状況。
「苗字さん……?」
突如響いた、私のでも最原くんのでもない声。それは、いままで私に対してかけられたことのない、彼の声で。
恐る恐る声が聞こえた図書室のドアの方を見ると、キーボくんが呆然とした様子で立っていた。
ああ、神様。ロマンスの神様。こんなベタな展開、ありですか……?
最近、どうも調子がおかしい。父親同然の存在である飯田橋博士によって作られたロボットであるボクは、「成長するAI」という高度な学習機能を持っている。それでも、この不調の原因がわからない。普段生活している分には何も支障はないのだが、彼女、苗字さんと話そうとすると、コアがオーバーヒートしたように熱くなるのだ。それに、鳴るはずのない鼓動の音がけたたましく響くような錯覚もする。いままでこんなことはなかったのに。……ひょっとして、これはまさか。
「はあ? 故障?」
いてもたってもいられなくなったボクは、定期的にボクのメンテナンスをしてくれている超高校級の「発明家」、入間さんのもとを訪れていた。不安なままもしかすると故障したかもしれないと話を切り出すと、入間さんはひどく心外だという表情で上述のセリフを言った。
「そんなわけねえだろ! このオレ様がメンテナンスしてやってんだぞ!?」
「で、でも、ほんとに最近調子がおかしくて……」
「どうおかしいんだよ?」
入間さんにそう聞かれ、ボクはここ数日の不具合を一から説明した。なんだか苗字さんの名前をだすのは憚られて、そこは「ある人」ということにしたけれど。すべて言い終わってボクが口を閉じると、入間さんは少しの沈黙のあと、心底つまらないとでも言いたげな顔をボクに向けた。何故だ。
「はー、くだらねえ」
「くだらないって……、ボクにとっては一大事なんです! 飯田橋博士にいただいたこの身体が故障なんてしたら……」
「故障じゃねえよ」
入間さんの言葉の意味がわからず、思わず首をかしげる。故障じゃないとしたら、いったいなんなんだろう。
「つまり、好きなんだろ? そのある人とやらが」
びし、とボクを指さして、若干顔を赤くしながら入間さんはそう言った。すき、隙、透き、鋤……好き? 脳内で漢字をいろいろ変換させて、たどり着いたその答えに「えっ」と声がもれる。
「じゃ、じゃあボクは彼女に、こ、ここ恋をしているということですか!?」
「だからそう言ってんだろうが! 何回も言わせんな!」
恋。これが、恋。苗字さんと目が合うと顔に熱が集まるのも、話しかけられると緊張して固まってしまうのも、ぜんぶ、恋によるもの。恋の病とはよく言ったものだ。本当に病気かと、故障かと思うほど自分を乱されてしまった。でも、それは決して不快ではない。なんて言えばいいのか、いまのボクにはわからないけれど、ネガティブなものではないんだ。やっと、この感情の名前に気づけた。
「どうしよう、ラブレターとか書いたらいいんでしょうか?」
「古いんだよ考え方が! んなもん言葉じゃなくて行動で伝えろよ!」
「わかりました! じゃあ行ってきます!」
「えっ、今から!?」
入間さんにアドバイスをもらったボクは、さっそく苗字さんを探すことにした。入間さんの研究教室を出て、とりあえず校舎に向かって走る。確か苗字さんは本が好きだったはずだから、図書室にいるかもしれない。
恋をするのなんて初めてで、この気持ちがうまく伝えられるかはわからないけど、頑張って行動で示すんだ。そう決意して、ボクは地下への階段を下りた。
「苗字さん……?」
信じられないものを見た、いや見てしまった、という表情で固まっているキーボくんに、私と最原くんは慌てて弁明の言葉を探す。いやでも別に後ろめたいこともいやらしいこともしていないのだから、弁明という言葉はおかしいのか……? 平静を装おうとする頭がはたらいてくれるのはあくまで頭の中だけで、口からでてくるのは「いや、これは、その、」というあやしすぎるテンプレートな言葉。
確かに、いまのこの状況は、私が最原くんに後ろから抱きしめられている、というこの状況は、何も知らない人から見れば「そういう風」に見えるだろう。でも、ちがう、ちがうんだよ。最原くんはただ、私が無様にも椅子から落ちそうになったのを抱きとめてくれただけで……! 何も悪くないのにパニックになってしまっているのか、最原くんもうまく言葉がだせないみたいで、なんというかもう2人してあやしさしかない。
そんな私たちを無言で見つめていたキーボくんは、その顔を一瞬、ほんの一瞬だけ苦しそうに歪めてからふっと無表情になって、早歩きでこちらに向かってきた。いつも私に向ける固まった表情ではない、本当の無表情。ああ、君のそんな顔は見たくないな。どうしたら、君は私に笑いかけてくれるんだろう。半分思考放棄した頭でそんなことを思っていると、キーボくんは私の腕を掴んでうっかり密着したままだった最原くんから引きはがし、そのまま踵を返して図書室から出て行った。無論、私の腕を引いたまま。
図書室のドアをくぐるときに振り返って最原くんを見ると、彼はどこか微笑ましいものを見るような、あたたかい目で私たちを見ていた。あれ、てっきりぽかんとしているのかなと思ったのに。ていうか、その表情の意味はいったいなんなんだろう。
とかなんとか考えているうちにキーボくんはずんずんと階段を上って、1階の廊下まで来たところで足を止めた。掴まれている左腕に伝わる温度が、なんだか熱い。キーボくんはロボットなんだから、その身体は冷たいはずではないのか。なんて言うと、「ロボット差別です!」とか言われるかなあ。王馬くんにはよく言っているのを聞くけれど、私は言われたことがない。ていうか、話したことさえ、ない。私が話しかけると、私と目が合うと、彼は口を固く閉じて、目をそらして、最悪走り去ってしまうから。
なのに、いまのキーボくんは私と向き合って、まっすぐに私の目を見ている。初めて見た彼のその目は、とてもきれいな青色だった。
「最原クンと、……」
「え?」
少しの沈黙のあと、キーボくんが口を開いた。でも、よく聞こえなくて聞き返してしまった。数秒言いよどんで、やがてキーボくんはもう一度声を出す。
「最原クンと、何をしていたんですか」
「なに、って」
「彼と……どういう、関係なんですか」
無表情、というより、どこか怒っているような表情でキーボくんはそう言った。疑問符のついていないその言葉は、なんだか尋問されているみたいで思わず萎縮してしまう。どういう関係と聞かれたって、まだ出会って数日しかたっていないし、この関係をどんな名前で呼べばいいのかよくわからない。友達、なのだろうか。少なくとも私は友達のつもりだが、最原くんはどうなんだろう。考えている間も、キーボくんの鋭い視線が私に突き刺さって痛い。ので、私は意を決して息を吸い込んだ。
「最原くんは、友達だよ。最原くんが私をどう思ってるかはわからないけれど、私は友達だと思ってる」
そう言うと、キーボくんは顔をいっそう険しくした。地雷を踏んでしまったのだろうか。ヒヤヒヤしていると、その表情とは裏腹に落ち着いた声音で彼が言った。
「友達が、うしろから抱きしめたりするんですか? それに、……き、」
き? 私が首をかしげると、キーボくんは顔を赤くして、少しだけ目をそらしてつづけた。
「キス、だって、してたじゃないですか」
「えっ」
キスの「ス」が裏返っていたけれど、確かにキーボくんは言った。キス、と言った。誓って言うが、私は最原くんとそんなおこがましいことはしていない。私なんかとキスなんて最原くんがかわいそうだ。最原くんが後ろから私の顔を覗きこんで、私も後ろを振り向くようにして最原くんと目を合わせていたから、キーボくんが見ていた角度からはちょうどキスをしているように見えた、のかな?
なんだか、キーボくんにそう誤解されたことにショックを受けている自分がいる。どうしてかな。とにかく誤解を解かなければ。何故キーボくんがそのことで怒っているのかはわからないが、これ以上こわい顔のキーボくんは見たくない。まだ何か言いたげなキーボくんよりも先に、私は口を開いた。
「あのね、話し出すと長くなるんだけど……」
最原くんにオススメの本を取ろうとして私が無理をしたこと。その結果案の定バランスを崩し、椅子から落ちそうになったこと。そして最原くんが抱きとめてくれたおかげでケガをせずに済んだこと。一から十まで全部説明し終えて改めてキーボくんの顔を見ると、彼はさっきよりも顔を真っ赤にしていた。
「じゃあ、ボクは勘違いをしていたんですね……」
「えっと、そういうことになる……かな?」
キーボくんは顔を両手で覆って、プシューと音がしそうなくらい恥ずかしがっている。大丈夫だろうか、オーバーヒートとかしないだろうか。ロボットとか、そういう専門的なことはよくわからないが、いや、わからないからこそ、心配だ。もしここでキーボくんが本当にオーバーヒートして倒れたらどうしたらいいんだろう……。男子にしては低い身長のキーボくんだが、ロボット故にその体重は90キロ近くあるらしいから、助けを呼ばないと運べなさそうだ。
「もしもキーボくんが倒れたら」という脳内シミュレーションをしていると、その話題の本人であるキーボくんが若干涙目で私を見ているのに気づいた。なんだろう、睨んでるつもりかもしれないけれど、全然こわくない。
「こういうことは、もっと早く言ってくださいよ!」
「ごめん……」
「ずっと1人で誤解していたなんて、ものすごく恥ずかしいじゃないですか!」
「ごめん……」
「聞いてますか、苗字さん!」
「ごめん……」
聞いてないでしょう! と声を大きくするキーボくんに慌ててごめんごめんと謝り、はたと気づく。あれ、私いま、普通にキーボくんと話せてる……? 話してるというか怒られてるという感じだけれど、会話ができていることにはちがいない。いや、これは会話なのか? さっきから私「ごめん」しか言ってない気がする。
「ごめんね、なんていうかその、キーボくんがなんで怒ってるのかわからなくて萎縮しちゃって、言うタイミングが掴めなかったといいますか……」
そうだ。さっきのキーボくんは本当にこわかった。怒らせてしまったことはわかるのに、その原因がわからない。……原因がわからないことといえば、なんでいままでキーボくんが私を避けていたのかもわからないままだ。
どこかぼんやりした頭で考えて、気づいたときには言葉が口から転がり出ていた。
「なんでキーボくんは、私を、……その、避けるんですか?」
そう言うと、キーボくんは少し目を見開いてはっと息を吸い込んだ。彼が何かを言おうとするのを妨げるように私はつづける。
「嫌われるようなこと、何かしちゃったのかな、失礼なこと言っちゃったのかな、なら、王馬くんに言うみたいにロボット差別だって言ってくれればいいのに、その場で怒ってくれればいいのに、そしたらごめんって謝れるのに、……なんで、」
言葉が途切れた。何を言ってるんだ私は。自分を嫌ってるかもしれない相手に自分を避ける理由を聞くだなんて、そんなのダメだろ。どうして、……なんで、涙がこぼれるんだろう。ああ、ダメだ。確実に嫌なやつだと思われた。急にこんなこと言って、しかも泣き出すなんて、嫌な女だと思われた。どうしてこうなるの。私はただ、キーボくんと仲良くなりたいだけなのに。
「ご、ごめんなさ、」
とにかく謝ろうと声を出した瞬間、腕を引かれた。強い力で引っ張られて、体が前に傾く。そして、あったかいものに抱きとめられた。抱きとめられたということはもちろん、それは人によってで、この場にいる人は私とキーボくんしかいないわけで。……あれ、なんか、デジャヴ?
「……」
「えっと、キーボくん……?」
抱きしめられている。キーボくんに。意外とあったかいな、キーボくんの体。思わず倒置法を連続で使ってしまうほど混乱した私の頭上には、きっと「!?」のマークが浮かんでいることだろう。
私の背中に腕をまわしたまま無言のキーボくん。一方私は、空中に浮いたままの自分の両手の行き場がわからずただおろおろするしかない。なにか、なにか喋ってくれないかなあ……!
その状態のまま、数秒、いや数分? どれくらいたったのかわからないが、体感時間ではかなりの時が経過した頃、キーボくんが私から離れた。でもその手は今度は私の肩に置かれていて、距離としてはまだ近い、と思う。
「……」
じっと私を見つめつつ未だ無言のキーボくんに首をかしげると、彼はふっと照れたように破顔した。
「笑わないで聞いてもらえますか?」
彼が初めて私に見せたその柔らかい表情に、思わず頷いてしまった。キーボくんって、こんな顔もできるんだ。
「ボクは、苗字さんが好きです」
「……」
「ロボットが人間に恋をするなんて、こんなどこかの映画みたいな話信じられないかもしれませんが、本当に好きなんです」
フリーズ。脳が思考を停止しようとする。待って。考えるのをやめちゃだめだ。真っ白になっていく頭の中で、いまのキーボくんの言葉をもう一度再生して、ぼっと顔に熱が集まった。
いま彼は、なんと言った? 私の聞き間違いじゃなければ、私のことを、好き、と言った。おかしいじゃないか。キーボくんは、私を嫌っていたから避けてきたんじゃないのか。
「じゃあ、なんで、」
「苗字さんを避けているつもりはありませんでした。あなたと目が合うと、あなたと話そうとすると、身体中が沸騰したように熱くなって、胸がきゅっと苦しくなって、なんだか恥ずかしくて、それで、逃げてしまっていたんです」
恋する乙女か。なんてツッコミをいれるのは少し場違いな気がして、私は黙ったままキーボくんの話を聞く。どうしよう。顔がますます赤くなっていくのがわかる。いままで薄々気づいてはいて、それでも気づかないふりをしていたが、「キーボくんと仲良くなりたい」という気持ちに別の、彼と同じ感情が混じっているのかもしれない。
「でも、それがあなたを傷つけていたんですね」
だって、こんなにも心臓がうるさい。
「これからは、傷つけたくないんです。あなたを守りたい。あなたと、一緒にいたい」
肩に置かれていたキーボくんの両手が、私の右手を優しくとって、握手するみたいにぎゅっと握る。離さないとでも言いたげなその行為と、まっすぐ私の目を見る彼のきれいな目が、すべてだった。
「言葉ではなく行為が大切だ、とアドバイスをもらったんですが」
キーボくんは視線を手元に移して、少し口ごもってからまた私と目を合わせて、微笑んだ。ずっとずっと、彼のそんな顔が見たかったんだ。
「やっぱり、行動で示すのは難しいですね」
そう言うキーボくんに私も笑って、左手を彼の手に重ねる。あったかいその温度が、とても心地よかった。
ああ、神様。ロマンスの神様。
たまには、いい仕事をするじゃないか。