Mechanical

Fiat eu stita et piriat mundus.


Fiat eu stita et piriat mundus.
正義を行うべし、たとえ世界が滅ぶとも
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人類が滅ぶその時は、自らの傲慢さが招く当然の帰結であろう。
その人は予言でもするように仰々しくそう言ったけれど、その場にいた誰の心も動かせなかったのではないだろうか。我々スタッフは理事長の戯言には慣れっこだし、サイボーグ工学の権威であるアイザック・ギルモアその人こそ、慢心というならその極みだろう。人をサイボーグに改造するなんて悪魔みたいな所業、そうそう出来ることじゃない。そんな経験があるのは、長話を聴くためにホールに集まっていた大勢の人々の中でも彼だけだっただろう。優秀なスタッフばかりだから「ボス、それは何かのギャグですか?」なんて誰も言わなかったけれど、内心ではみんな週末の予定のことで頭が一杯だったんじゃないだろうか。

私個人の見解を言うなら、世界は今すぐにでも滅びたがっているのだろう。あらゆる人の脳裏に一見無作為に囁きかける「彼の声」はその証明のように思われた。全能神の作り上げたかった理想の作品と、出来上がった世界はおそらくまったく違うモノなのだ。そんなものがいるのならば、だが。現在世界各地で観測されているオカルト現象はそれを是正する働きなのではないだろうか。天使の化石。翼をもつ少女。人語を解す犬。水面を滑る人々。神が本来造りたかった美しい世界の美しい住民たち。

21世紀は最悪のかたちで幕を開けたと言われている。同時多発テロ。終わらない戦争。誰かの悪意、或るいは正義で構成されたそれらを私も人並みに厭うているが、完全に無くなられてしまっては自分が失業することにも自覚的であった。
私は鼻歌交じりにデスクを片付けて、不要な紙の束をシュレッダーに放り込んだ。
「随分ご機嫌だな、週末にはまだ早いぜ?」
同僚がからかい交じりに声をかけてくる。彼は私が上機嫌な理由を知っているのだ。
「早ければ午後イチバンにでもアルベルトがここにやって来るわ!」
私は胸の前で手を組んではしゃいで見せた。…とはいえ、彼は基本的には財団の部外者だから、何かしらのトラブルがないと顔も見せに来てくれないのだが。
「今度こそ、あの旧式のマシンガンの性能を上げてやるんだから!」
アルベルト・ハインリヒはGSG-9に所属するドイツ軍人だが、ここでは俗称の004のほうが通りが良い。もしくは、死神とでも。
先程私は彼一人だけがこの施設を訪ねてくるような言い方をしたが、それは言葉のあやだ。うちの部署に限った話をするなら彼以外は用事がないだろうし。…もしかしたら、訪ねてくるという表現からして正しくないのかもしれない。
彼等は戻ってくるのだ。生みの親である、ギルモア博士のところへ。

20世紀にめまぐるしい発展を遂げた科学は人類に戦争という災禍を齎した。
しかし、嘆くばかりが人情ではない。その内に、戦争をビジネス考え利用する者たちも現れた。その最たるものが黒い幽霊団だ。かつてはギルモア博士もここに所属していた。これは私が生まれるよりもずっと前の話だから、ブラックゴーストがどれほど非人道的な研究をしていたのか、詳しいことは知らない。結果だけいうと、彼等は九人の戦鬼を生んだ。ゼロゼロナンバーサイボーグと呼ばれる者たちである。死の商人を悪だとするなら、それを否定する彼等は善だ。正義を成す存在。世界が求めた英雄。平和という幻想を謳うこの時代に、ヒーローはまた立ち上がるのだ。その瞬間に携われることを、名誉に思う。その反面、私は不安でもあるのだ。正義のヒーローはいつまで世界を救済し続けてくれるのだろうか。
「アルベルト!逢いたかったわ!まずメンテナンスするでしょ!?あーん、もう…相変わらず硬くて冷たくてイイ男!」
待ちきれなくなってラボから飛び出して、受付で待つこと数十分。子供の背丈ほどもありそうな大きなリュックを抱えたアルベルトが姿を見せた。サイボーグだから当たり前だが、その精悍な姿形は初めて出逢った時から全然変わっていない。私だけが歳を重ねている訳だが、むしろ彼の外見年齢に近付いているので、今のところ問題ない。あまりレディ扱いされないことのほうが悩みの種だ。今だって全身を使って再会を喜ぶべく、抱きついてその頑丈な胸に顔を埋めてみたのだが、アルベルトは私のオーバーな愛情表現に慣れきっているので、まるで親戚のおじさんのように困った顔で私の頭を撫でただけだった。
「あまり時間がないんだ、博士はどこにいる?」
「礼拝堂であなたたちが来るのを待ってるわ」
引っぺがされるまで離れないつもりでしがみつく。アルベルトの後ろから、張大人こと、006が現れた。祖国の民族衣装を身に着けている。理事長の泥沼の訴訟の相手なのだが、非常事態にお金の話なんかしていられないということだろうか、涼しい顔で奥に進んでいく。
「相変わらず愛されてるアルネ」
「このフロイラインは機械の体が珍しいのさ」
そんな風にしか捉えてくれない。拗ねた私に「後で」と言い残して、彼は足早に去っていった。

私がアルベルトに首ったけなのは自他ともに認めるところである。全身兵器なんて滅多なことではお目にかかれないし、何より彼自体がとても魅力的な男性なのだ。 亡くなった恋人を思い続けている一途なところも素敵。この財団に所属し始めた頃、私はまだ十代だったから、それから今日までずっと憧れと共に生きてきた訳である。普通、少女は幻想から簡単にさめてしまうものだから、私は稀有な例だろう。私が技術を磨きつつ、今日まで研究を続けてきたのは、偏に彼の為だと言っても過言ではない。だから、アルベルトを所有する組織が、彼をすでに退役したかのように扱うことが我慢ならないのだが、どんなに勧めてもアルベルトはこの財団に常駐しようとはしない。祖国は彼にとって、私なんかには量り知れないほど大きな意味を持つようだ。それならばとせめて実用性を持たせようと思い、指先のマシンガンから大量に発砲できるように改良したのがほんの半年前のことだ。実戦では物量って本当に大事。私がメンテナンスしたがっているのは、そのあたりの事情もあるのだ。決して下心だけではない。
そんなことを考えながら、研究室に戻るべく、長い廊下を歩いていた私の耳に届いたのは、断続的な銃声と破壊音、それから悲鳴だった。大きく設えられたガラス張りの窓から、戦闘機から次々と降りてくる武装兵が見えた。戦争でも始めようかというくらいの圧倒的な数。サイボーグ戦士を警戒してのことだろうが、凡そ無抵抗だろう一般人を相手にするにしては、明らかにやり過ぎだった。殲滅が目的だと言わんばかりに、彼等は銃を打ちながら突入していく。止むことのない筒音は確実に此方に迫りつつあった。
相手の目的は此方の殲滅と見て間違いなさそうだ。「彼の声」に突き動かされたテロリストたちか、疑心暗鬼に駆られた米兵か、復讐を目論む黒い幽霊団の残党か、この財団を快く思わない誰かが傭兵を雇った可能性もある。敵の全貌は把握できないが、遭遇すれば命がないことだけは確実に思われた。私は柱の影で身を屈める。気休めにしかならないかもしれないが、隠れているつもりだった。嫌な汗が背中を流れていく。呼吸が止められないのが恨めしい。破壊音はどんどん大きくなる。祈るように目を閉じた。
ついに私の耳はこちらに走ってくる足音を拾ってしまった。交戦の最中らしく、撃滅の音が響き渡る。割られたガラスが悲鳴を上げ、抉られた壁が穿たれ呻く。しかし私は顔を上げ、戦場と化した方向にむかって、危険を承知で叫んでいた。
「アルベルト!」
私が彼のマシンガンが奏でる音を聞き違えるはずがない。案の定迎撃中だったアルベルトは、肩越しに私の姿を確認した。
「無事だったか…」
尋ねたいことは色々あったが、とりあえずは彼が無事だったことに安堵する。この一件で従業員の数がどのくらい減ってしまったのかについては、あまり考えたくない。
「怪我はないネ?」
張大人が走ってくる。彼が吐いた猛火が、敵を一瞬怯ませた。及び腰の私を引き摺るようにして、彼は更に建物の奥へと走る。アルベルトもそれに続いた。

我々は足を縺れさせながら、シェルターと呼ぶには些か頼りないが、他の部屋よりは頑丈に作られた避難待機の為の一室に駆け込んだ。
「何事なの!?」
「こっちが訊きたいアル!」
それはそうだろう。状況を把握するには圧倒的に時間が足りなかった。アルベルトがお得意のニヒルな笑みを浮かべる。
「お前さん、「彼の声」をどう思う?」
「私はそれについて知らないことになってるんだけど?」
なんたって機密事項だ。そうでなくても超科学的過ぎて、あまりこの施設に相応しくない。
「だが知っているだろう?」
重ねて促される。私は彼の手を取った。弾丸を撃ち続けた右手は随分と熱くなっている。このまま使い続けるのは難しそうだった。
「人の本能だと思うわ、正義を執行しようとする、直向きな心…」
きっとそれは囁くのだ。正義を行うべし、たとえ世界が滅ぶとも。
「というのは勿論、建前で…」
今度は膝に触れる。あまり室内で撃つのは推奨しないが、場合によっては此方も使うことになるだろう。本当はきちんと整備して戦闘に送り出したいが、そんな暇は与えて貰えないようだ。
「本来我々とは無関係な誰かから、神と呼ばれる何者かに宛てた、届かなかったラブレターなんじゃないかしら?」
最後に唇に触れた。指先に伝わるぬくもりが、彼が人間であったことの証明みたいだ。
「俺たちは無関係か?」
唇が小さく蠢く。湿った吐息が私を切なくする。もしも彼がサイボーグ戦士じゃなければ、私たちが出逢うことなどなかっただろう。それは私にとってのみ悲劇だ。アルベルトはきっと、正義の味方になんてなりたくなかっただろうから。
「正義なんて人ぞれぞれ違うものよ」
装甲硝子の厚い壁をぶち破って、彼等の正義を貫くべく、武装した兵士たちが雪崩れ込んでくる。








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