ALL OF YOU
投票用紙を開く、中に記されている名前を確認する。続いて、リストに目を走らせる。記されている名前がそこにあれば、その横に書かれている正の字に一本線を足す。なければ新たにリストに名前を追加する。このルーティーンを一体どれだけ続けたか。一昨日から始まったコンテストの開票作業にはもうとっくにうんざりしていた。今日も今日とて生徒会室に引きこもり、ひたすら同じ作業を行っている。いつもと同じ席、同じ景色、かちこちと鳴る秒針の音にさえとうとう飽きて、私はただペンをくるくると手で遊ばせながら、昼休みに友人とした会話を思い出していた。
「というかさぁ」
「んー」
「あんた、あいつのどこに惚れたわけ」
箸で掴んでいたウインナーがぼとりとお弁当箱に落ちる。顔をあげ目の前の友人を見つめると、彼女はただ落ちたよ、とだけ言った。いやそれはわかってる。そうじゃないよ、なんでそんなこと急に言うの。
「ど、どこって言われても…」
「全部とか言わないでよ、気持ち悪いから」
「ひどい」
「周りもなんであいつのこと王子とか言ってんのか全然わかんないし」
「それはサボくんの性格とかあんまり知らないからじゃないの」
「だから、見てくれだけで騒いでる女と違って性格知ってるあんたが、なんで惚れたのかがもっとわかんないわけ」
だんだん声が大きくなる彼女に、しー、と人差し指を立てる。彼女もまた中学時代からの付き合いであるため、私がサボくんに慣れるまでの苦労をよく知っている。用件だけ話してさっさとエースくんと姿を消してしまったり、先輩たちにも物怖じせず意見するところとか、それが原因で目をつけられたりとか、あたえられた仕事を自分のペースでさっさと終わらせてしてしまうところとか、まぁそれに関しては仕事が早く終わるから結果オーライなのだが周りの人たちは置いてけぼりを喰らうので、当時の私はそんな彼の奔放さにいちいちハラハラしていた。そうして副会長同士、一緒に行動することが多かった私はサボくんの後ろをあたふたしながらついていき、気がつけば彼の考えをなんとなく読めるまでになり今の関係性を築いたわけだが、そうなるまでに散々振り回されてきた私をいつも心配してくれていた彼女は、あまりサボくんのことを良く思っていない。
「い、いきなり、どこがって言われても、わかんない…けど」
「やめちゃえやめちゃえ、そんなやつ」
「なっ、だって、じゃぁ、彼氏のどこが好きかって聞かれて、すぐ答れる?!」
「顔」
「…あ、そう」
きっぱりと言ってのける彼女の姿が浮かんでは消える。ふと、ペンを回す手をとめ視線を自分の指先から隣に座るサボくんに移した。すでに仕事を放棄している私とは違い、開票作業を続ける彼の表情は真剣そのものだ。いつの間にこんなに大人っぽくなったんだろう。知り合った当時、髪は今よりもっと短くて、身長だって私と変わらないくらいだったし、どこでつけてきたんだか、時々手や足、顔にかすり傷をこさえてきたりしてた。それらは大体エースくんとサッカーしたとか、エースくんやルフィくんと野球したとか、そんな理由だった。だから中学生の頃のサボくんはどこにでもいる、普通のやんちゃな男子中学生だったのに。相変わらずリストと睨めっこしている横顔を隠す髪は随分伸びて、一層金色が綺麗だ。ぎらぎらしているわけじゃなく、なめらかで艶やかで、なんだっけこういうの、ブロンドって言うんだっけ。とにかく女子顔負けの美しさを持っていると思う。それに加えて人当たりのよさそうな大きな目と通った鼻筋。身長は頭ひとつ分以上高くなっているし、半袖から伸びる腕は筋肉がついてがっしりしてる。節くれ立った手は私のより一回りも二回りも大きい。見ればみるほど、女子生徒達が騒ぐ理由がわかる気がする。サボくんって、多分、相当格好いい。
「どうした?」
「んぁ、えっ」
「ずっとこっち見てたろ」
「べ、別に、何も!」
「動揺しすぎだろ」
随分と熱心にみつめてしまっていたようだ。私の視線に気づいたサボくんに慌てて首を横に振ると、彼はさっきまでの真面目な表情を崩しふわりと笑った。それから二、三度パチパチと瞬きをして、今度は大きく口をあけて笑い出す。ことの展開についていけない私はただその様子をみておろおろする他ない。私、なにか変なことした?
「ボールペンで顔に線書いちまってるぞ」
「えっ、嘘!どこ?」
「ここ」
胸ポケットから鏡を取り出すよりも先に、サボくんの指がゆっくり、でもあっという間に、私の頬に触れた。恐らく黒の線が引かれているのであろう肌の上を彼の親指がなぞる。ごつごつした見た目からは想像できないほど柔らかなその手つきに体が震えた。みるみる上がる体温で沸騰しそうな頭が危険信号を体中に発信し、弾かれるように立ち上がる。息はあがり大袈裟に肩が上下する私を、驚いた様子でサボくんが見上げていた。喉がカラカラで、ひっつきそうだ。
「っ、ト、トイレ行ってくるっ!!」
「お、おう」
バタバタと生徒会室から抜けだし、一段飛ばしで階段を駆け上がって自分の教室へ飛び込んだ。どうにか落ち着かなくてはと大きく息を吸っては吐いてを繰り返す。なんだアレ、なんだアレ!サボくんてあんなことする人だったっけ、あんな簡単に女の子に触れる人種だったっけ?あの迷いのない行動はなに?そんな所まで大人になっちゃってるの?いや、でもそもそも長年の付き合いだし私を女と思っていない可能性もあるしな。それなら説明が着くけどでも待ってそれってどうなんだ。顔のほてりは一向におさまらないし、未だに感触が残っているような気がする頬を自分の手で触れてみれば先ほどの光景がフラッシュバックして、指先からまたじわじわと熱が広がっていくようだった。消えろ消えろと、しゃがみこみ椅子の背もたれに額をぶつけていると前方からやや控えめに「お前…なにしてるんだ」と担任らしき人の声が飛んできた。
「………せんせい」
「怖いからやめろ、懺悔なら他でやれ」
「私わるいことしてません」
「それなら安心だ。悪いことより良いことしたいよな」
「嫌な予感」
予感は的中し、数十枚のプリントを職員室の俺のデスクの上に置いて来いと頼まれた。こんな所にいては生徒会の仕事中とも言えず、いい熱冷ましになるかと思い引き受けたものの職員室は生徒会室と同じフロアにあるため足取りは重い。戻ってから一体私はどんな顔してサボくんと会えばいいんだ。トイレと言っておきながら脱走してから15分は経過している。こんなに長ければトイレじゃないことくらいサボくんにならすぐにバレるだろうし、上手く嘘をつく自信もない。でもだからと言って、正直に話せることでもない。教室で自分を鎮めていました、なんて、意味不明すぎてさらなる追求を余儀なくされるにちがいない。あぁ、こんなときあの子がいれば、と、頼りになる友人の顔を思い浮かべた時だった。
「うわっ」
「ひぇ」
鼻と額と上半身に重たい衝撃を受け、反動でよろめいた身体は後ろに倒れた。廊下に尻餅をついたと同時に情けない声が口から転げ落ちる。空からはプリントの雨が降ってきていた。なんだ、今日はサボくんにからかわれたり雑用いいつけられたり人にぶつかったり、散々だな。
「すみません、僕の不注意で…!」
「いえ、私も前みてなくて」
おぉ、なんと。顔をあげるとそこには今話題のリアル王子の綺麗な顔があった。今年のコンテスト注目のニューフェイスである彼の名前は開票作業中に嫌というほどお目にかかった。よそ見していたらイケメンとぶつかるなんて漫画みたいな展開に、まさか自分が遭遇してしまうとは。宝石みたいに綺麗な青をした目が私をみている。あなたは、と、薄く綺麗な唇が柔らかな声を紡いだ。
「副会長さん、ですよね」
「そういう君は、キャベンディッシュ君ですよね」
「知ってくれているんですね」
「有名人だもん」
はは、とはにかむその顔もまた美しい。見えもしないキラキラが彼の周りを取り囲んでいるようだ。眩しい。到底敵わない笑顔で笑い返すと、キャベンディッシュくんは小さく、あ、と漏らす。それから先ほどのサボくんのように、私の頬を人差し指で撫でた。あ、そこは、
「ボールペン、ですか」
「…書いちゃってたみたいで」
「文化祭の準備忙しいんですね」
「まぁそんなところかな」
「確か、ハンドクリームで消えるはずですよ」
「え、そうなの?」
「本当かどうかは分かりませんが…試してみる価値はあるかと」
効果音でもつきそうなウインクをして、彼は自分のポケットからハンドクリームを取り出す。チューブから押し出された白いクリームからはほのかにバラの香りがした。バラが好きという情報はどうやら本当らしい。手の甲にとったクリームを人差し指の先にほんの少しのせ、再び私の頬へ触れる。その一連の流れをただ眺めながら、こんなことされたらファンは卒倒するだろうなぁとぼんやり考えていた。
「名前!」
突然の声にキャベンディッシュくんの動きはとまり、私は反射的に呼ばれた方向へ顔を向けた。そこにいたのは紛れもなくサボくんで、物凄いスピードで走ってきた彼は私の横に膝をついてしゃがみこみ、キャベンディッシュくんの肩を押しのける。サボくんはぎゅ、と強く眉根をよせてキャベンディッシュくんを睨みつけるし、キャベンディッシュくんはキャベンディッシュくんでサボくんを認識すると、その美しい顔がみるみる歪んでいった。音もなくゆっくりと立ち上がるふたりと、それを尻餅ついたまま見上げる私。なにこれ、どういう展開?
「君は……ふふ、こんな所で会えるとはね…」
「なんだよ、誰だお前」
「フン、彼女にいいところ見せて、王子様気取りかい?」
「なんだと」
「いつまでもプリンスの座についていられると思うなよ」
「そんなもんどうだっていい」
「本物は格が違うってこと、思い知らせてやる!」
キャベンディッシュくんは人差し指をサボくんの胸に突きつける。それをぱしんと手で払いのけ、ズレたネクタイを直すサボくん。再び無言で睨み合ったあと、キャベンディッシュくんはプリントを素早く拾い私に差し出す。ぎこちなく受け取れば、彼は最初に見せた完璧な微笑みと「あなたの清き一票はぜひ僕に」なんて台詞を残してその場を去っていった。なるほど、彼はどうやらこのコンテストに本気らしい。私とサボくんはそんな王子候補の勢いに押され、遠退いていく後ろ姿を呆然と見送るしかできなかった。
「なんなんだあいつは…」
「ひとりで喋ってたね…」
「わけわかんねぇ」
がしがしと頭を掻きながらぼやくサボくんに頷くほかない。嵐のような人だったなぁと、プリントの存在も忘れて床に座ったままの私に気づいたサボくんが向かいにしゃがみこむ。生徒会室で隣同士だったときよりずっと近いところにある彼の顔。落ち着きを取り戻していた心臓がまた、段々と騒ぎはじめている。
「なにもされてねぇか?」
「う、うん、これ、ハンドクリームで落ちるかもって、教えてくれて」
「本当なのかよそれ」
「わかんないけど…」
「大体なんでこんなとこに座ってたんだ」
「それは、ちょっと前方不注意で、ぶつかっちゃって」
「それで転んだのか」
「うん…」
お前案外抜けてるよなぁと眉を斜めにさげて、しょうがないと言ったようにサボくんは笑う。もう頬っぺたのボールペンとか乗っかったままのハンドクリームなんてどうでもいい。ただ早くこの状況から脱したい。そうじゃなきゃちゃんと息が吸えなくて窒息しそうだ。ふたりきりになった途端意識しはじめて止まらない。キャベンディッシュくんの時はなんともなかったのに、私の目に映るサボくんは彼より断トツにきらきらしてて、眩しくて見ていられなくて、下げた視線を忙しなくあちこちへ彷徨わせせた。
「立てるか?」
「あ…はい」
差し出される手に、自信の震える手を重ねる。優しく引かれ立ち上がった身体は勢いに流れ、彼の胸元へとぶつかってしまう。慌てて離れた私の顔を覗き込み、「悪い、大丈夫か」と問い掛けるサボくん。お願いだからそれ以上近づかないで、死んじゃいそう。もう気持ち悪いって言われたっていい、自由奔放なところも仕事ができるところも、こうやって優しいところもいちいち格好いいところも、全部まとめて好きなんだ、私は。