主命でも掃除は駄目

部隊が出払った隙を見計らって、いつものようにこっそり掃除。今日は縁側。桶の水に雑巾を浸してぎゅーっと絞って広げて畳んで、軽く体重を乗せながら端から端までムラ無く丁寧に拭っていく。腕の力だけでなく、腰や膝も使って全身で。
ああ、雑巾がけは心が洗われる!全員が出掛けたわけじゃないから見付かるかもしれなくてドキドキするけど、この感覚も最近ちょっと癖になってきたような……
とにかく本丸は綺麗になるし私は楽しいし、良いことづくめ!掃除って素晴らしい!

「いやー、今日もいい仕事をした!さっすが私!」

そして出来上がったぴかぴかの縁側。自分のいい仕事っぷりに満足しながら眺めていると、なんだか正門の方からがやがやと人の気配……まずい、時間を掛けすぎた!見付かる前に片付けて部屋に戻

「主、第一部隊ただいま帰還致し……」

れなかった。速すぎる、長谷部速すぎる。というかなんで私の居場所がわかったんだろう。角から出てきた時は颯爽と歩いてたけど、速度的に曲がるまでは絶対走ってきてたはず。長谷部の性格なら普段はこんな遠回りになる所は通らないで真っ直ぐ執務室まで行くよね?なんでこっち来たの?

「あ、主……そのお姿は……!」

私が長谷部の速度に動揺してる間に長谷部がなんだか愕然とした顔でぷるぷるしてた。視線の先は薄汚れた割烹着を着て雑巾の掛かる桶を抱えた私。うん、とてもじゃないけど主って格好じゃないね……寧ろ使用人だね……

「お、おかえり長谷部!出陣お疲れ様、報告は部屋でゆっくり聞くから!じゃ、また後で!」

とりあえず逃げる。角を曲がる。長谷部は追ってこない。

「主に下女の真似をさせたのはどいつだ!?出て来い!!」
「違う違う!落ち着いて長谷部ー……もう居ない!」



「はーせーべー!!!」

ありったけの大声を出すと、どっどっどっ、と足音が近付いてくる。……床踏み抜かないよね?私汚れなら落とせるけど修理はできないから穴が開いたらちょっと困るなぁ……

「お待たせ致しました!」

今度は勢いを殺しきれなかったのか床をスライドしながら角から現れる長谷部。ていうか待ってないよ、呼んでから二十秒も経ってないよ。

「やらされてるわけじゃないよ。ずっと黙ってたけど、私掃除が趣味なの。でも皆いい顔をしないだろうから、いつもこっそり……」
「……それは、誠ですか?」
「うん。隠しててごめんなさい」



「『いつも』の具体的な頻度をお教え頂けますか」
「み、三日に一回くらい……かな?」

つい目を逸らしてしまう。

「本当の所は?」
「ほぼ毎日です」

真っ直ぐで直球でストレートな視線に勝てずに白状すると、長谷部の体がぐらりと傾いだ。

持っていた桶が優しく、それでいて有無を言わさない力で奪われた。雑巾が引っ掛かった桶を抱えていても、恭しく頭を下げる長谷部は様になる。

「いけません、主。このような雑事は我々にお任せ下さい。これは私が片付けますので、主は湯編みをして清潔な衣服にお着替え下さい」

このままじゃ、私の最大にして唯一の特技兼趣味が失われてしまう……!

「で、でもでも、私本当に掃除が好きなの!たまにでいいからさせて、お願い!」

長谷部の微妙な表情で、溜め息を堪えたのがわかった。

「……出命とあらば」
「長谷部、ありがとう!」
「たまに、ですからね。次は最低でも一週間後にして頂きます」
「うん、わかった!」

*

そして一週間後。
部隊が出陣した後、今日はどこを掃除しようかなってうろうろしてみたけど、どこも汚れてなかった。庭もきっちりしてる。まだ戦闘装備(割烹着+三角巾+掃除用具)はしてないから堂々と本丸中を歩いてみたけど、どこも汚れてない。

普段見ないような高い所も、逆に普段見えない低い所も、地味に埃が溜まりそうな棚の中も、広い蔵の中も、資材置き場も、冷蔵庫の中も綺麗。馬小屋ですら掃除できる所が見当たらなかった。思いきって手近な所にあった短刀部屋に侵入してみたけど、なんていうか通されたばっかりの旅館の部屋みたいな生活臭の無さ……

ここまでくると、流石に私でも何が起きてるのか察した。

「長谷部ー!!!長谷部いるー!?」

今日は長谷部はお休みの日。出掛ける時は知らせに来るから本丸内に居るだろうけど、探すのも面倒だから大声で呼んでみる。

「すぐに参ります!!」

どこかから長谷部の返事。
返事をされて初めて気付いたけど、大声で呼びつけるのってちょっとバカっぽいかも……今後は控えよう……

「お待たせ致しました!」

急いで来たのか足音は今までで一番凄かったけど、今回はちょっと時間が掛かった。手袋はしてないし、服には袖捲りをしていたような跡がある。

「長谷部、掃除してたでしょ?」

私が掃除できないように片っ端から汚れを除去していってる……!

「皆で?一人で?」
「……一人でです」

この広い本丸を一人でここまで綺麗にするって尋常じゃない。この一週間出陣のある日も掃除してたんだろうけど、それでも本丸は広すぎる。

もっと早く気付くべきだった。いつもなら時間さえあれば私の世話を焼こうとする長谷部が、休みの日に姿を見せないなんておかしいのに。いつもの長谷部なら、呼ぶまでもなくついてくるのに。

「ダメ、ちゃんと休んで!もう掃除しないから!」



「その、主」

「実際にやってみて、掃除の面白さ、というものが少しわかった気がします」



「……私は、貴女から楽しみを取り上げようとしていたのですね」



「それって、また掃除させてくれるってこと?」
「はい。とはいえ、知ってしまった以上お一人でさせる訳には参りません」



「こっそりやりましょう。私と二人で」

悪戯っぽく笑う長谷部が

*

二人で掃除をする事になったけど、長谷部はやっぱり長谷部だった。

「ねぇ長谷部。二人でって言うけど、私何もさせてもらってないんだけど」
「私はなまえ様の刀。私がなまえ様に従い掃除をするのなら、それはなまえ様が掃除するも同然ですよ。さぁ、次はどこを片付けましょうか?」
「むー……あそこ!あの高い所!」
「こちらですね」



「長谷部手際良いー!もう綺麗になった!すごい!」

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凍蝶