001

偉大なる航路グランドライン新世界中盤。今日もおれ達の家同然の母船、モビー・ディック号は大荒れの海を渡っている。

波が高く、クルーを山ほど乗せるこの船でさえ船体は左右に大きく揺れるから一人じゃ立っていられないくらいだ。そんな状況にも関わらずおれともう一人、一番隊隊長のマルコはお互い悪魔の実の能力者であり海に嫌われる者同士でありながら命を投げ捨てるように大きく傾く甲板に出ている。

「やけに荒れてんなァ」
「何かに掴まってねェと振り落とされそうだよい」
「落ちても助けられねェからな」
「そんなのお互い様だろ」

そんな冗談なんだか本気なんだか分からない会話をしているが、八割方本気なつもりだ。海に投げ出されてしまえば自由がきかないまま死んでしまう身だってのに。


おれ達は尚も大きく揺れる船の上で、船内にも入らずただ船べりに掴まってこうやってのん気に話してる。高い波があがり甲板に被るくらいの大時化は滅多にないらしい。マルコはそれほど長くは続かないと言うが全然治まる気配なんてない。
なぜおれ達能力者がちょっとした身の危険を冒してまで甲板にいるのかという理由は、この船のおてんば娘を待ってるからだ。

「こんなんじゃ近い島にも止められねェな。落ち着かねェ……」
「それよりリリナは大丈夫か?あいつなら海に落ちかねねェが」
「ああ、あいつ今オヤジのとこに行ってるぜ」

マルコの言う通り、あいつなら海に落ちかねない。普段からどこか抜けてて甲板の何もない所で躓いて転ぶなんざ最初のうちは驚いたもんだが、慣れてしまえばノーリアクションで手を貸してやれるくらいだ。とにかく目を離したら何をするか分からない奴だから、この波が治まるまで船内にいてほしいとつくづく思う。そう願いながらも万が一のために準備してるってわけだ。

「エースー!あ、やっぱりマルコもいた!」

そんな矢先に出てきたあいつは今みたいにいつも肝心なところで空気を読まない奴だ。分かっていることだがやっぱり落胆してしまう。

「聞いて聞いて、あのねオヤジがねー」

なんて、人の気も知らないでにこにこ笑顔を振りまくから調子が狂うんだ。そんな時に船体が傾いて当然のごとくリリナは転んだ。

「リリナ、とりあえずこっち来い」

マルコに呼ばれて傾く甲板をゆっくり歩を進めてこっちに近づいて来るリリナを見ながら短く息を吐く。早くしろ、と口から出かかった言葉を飲み込んでは焦ったさが募っていく。

「どうわっ!」

バランスを崩して今度は船の右端まで派手に転がったリリナに長めに息を吐く。こうもため息ばっかじゃ幸せなんてやってくるはずもない。
体を起きあがらせて船べりに掴まり、おれを見つめては弱々しい声で呼んだ。それを見兼ねたマルコがおれに助けるように言う。そっちのほうが手っ取り早い。

「上手く動けないよー」
「分かったからじっとしてろ」

そう返せば気の抜けた顔で笑った。どんな顔でもこいつの笑顔には敵わないもんだ。そう思いながらゆっくり歩み寄る。そのとき船体が右に傾いて高波が現れた。

「リリナっ!」

マルコが名前を呼んだときにはもう波をかぶっていて姿が見えない。まさかあいつが波に襲われるとは思ってもなかった。嫌な予感がする。そう感じてるおれに現実を見せるように波が引いたときにはさっきまでいた場所にはもうリリナはいなかった。心臓がぐっと縮んで潰れるんじゃないかってくらい痛んだ。

「波にさらわれた!リリナ!」
「待てエース落ち着け!こんな荒れてんじゃ探せねェよい!お前が飛び込んだとこでどうしようもねェだろうが!」

とっさに海に飛び込もうとしたおれをマルコが止めに入った。確かにおれが飛び込んだとこで何もできやしない。海の中じゃ何も出来なくなるのは分かってるはずなのにどうしても体が反射的に動くようだ。
どうすればいい?どうしたらあいつをこの嵐の中から助け出すことができる。早く能力者じゃない奴ら呼ばないとこんな荒波じゃ水面に上がってくることすら出来ない。

いくら叫んでも返事はない。リリナが波にさらわれると、少しずつ穏やかになり始めた海をただ眺めた。まるでリリナを犠牲にしたことによってあの嵐が治まったみたいだ。騒ぎを聞きつけて駆けつけたサッチやビスタにマルコが事態を説明する。どうしようもない、そんな状況に自分の持つ能力を初めて憎んだ。

リリナのことはいつだっておれが助けて来てやったんだ。あいつに初めて会ったときも、圧倒的に数の多い海賊団からだって傷一つ負わせずに守ってやってきた。だから今だって助けてやりたい。あいつはおれが助けてやらねェといけないんだ。