YOI:魂をあの世に連れていく天使ヴィクトルと出会う

 ヴィクトル・ニキフォロフはその日、一人の日本人にもうすぐ死ぬのだと告げた。名を勝生勇利という。キャメル式でyuriKatsukiと書かれたファイルを片手にヴィクトルは静かに言い放った。最初突然現れたヴィクトルに訝しそうであったが、ヴィクトルの人間離れした現象を目の当たりにして勇利は言葉を失った。
 視線をファイルに移したままヴィクトルは、半年猶予はあるよ。だから最後に好きなことをして死ぬといい。と続けた。状況を整理できない。突然男が背後に立っていたかと思うと、次の瞬間には、お前は死ぬのだと宣言されたのだ。全くもって意味がわからない。この男はなんだ、不法侵入者で変人なのか。とりあえずこれはやばいと思い何か言葉を放とうとしたときだった。

 勇利が一度も視線を交えることなく、彼は消えたのだ。ぼんやりと輪郭が滲んだかと思うと空気に溶けるようにいなくなってしまった。その時すっと音を立てて何かが自分の中から抜けていくのを感じた。そして血が全て足から流れ出てしまうような不調に襲われ、勇利は顔を真っ青にしてその場にうずくまる。
 なんだこれ…、なんで急に。体の芯が冷えきって、背中に脂汗が伝い手先から感覚がなくなる。鳩尾を殴られたようなじくじくとした胃の痛みに、思わず嘔吐しそうだ。あの男に何かされたのか。されたとしたら、何を?さっきの男は死神で、まさか魂でも持って行かれた?流石に笑えない(笑える状況でもないが)。でも意識あるし現に自分はまだ生きてる。張り裂けそうなほどの激しい動悸がまだ自分がこの世にいることを知らしめていた。

  どさりとベッドに伏す。未だぼんやりとした意識の中、状況が理解できずしばらく呆けていると、さっきのはただの夢だったんじゃないかと思えるようになってきた。普通に考えて、人が空気に溶けて消えるわけがない。さっきは死神だとか比喩したが、冷静に考えてそんなものいるわけないじゃないか。
 疲れてまだぼうっとする頭では物が考えられない。まだ若干の余韻が残ってるような気がする。
 それが正直、今となっては夢から覚めた後の余韻だったのか、それとも本当に死神に抜き取られて体調が一変した名残だったのかわからなくなっていた。
 本当(リアル)にしてはありえなくて、嘘にするには額(ひたい)に残るこの脂汗の説明がつかない。だが、うつろうつろと意識が薄れるにつれ、もしかしてさっきのは悪い夢で汗ばんだだけなのかもしれないとさえ思う。時間が経つとともに薄れていく現実味が、余計に勇利を混乱させた。
 部屋にチクタクと時計のクロック音が反響し、心拍音と同期する。その一定のリズムに、まるで催眠術にかかるときはこうなるのかな、と意識半ばに思った。
 目を閉じると、薄ぼんやりと夕日のオレンジ色が瞼に透けて見えた。
 次第に勇利の意識は溶けて眠りの中に落ちて行った。



  
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