「せんせー、練習中すみません」


練習が早めに切り上がり終礼中の時だった。
体育館の入り口の方から掛かる知らない声に部員全員が目線を向ける。

「高梨か、どうした」
「ちょっと音出してみてもいいですか?明後日の文化祭のリハで、」
「おお、かまわんぞ。バスケ部も切り上げるところだったんだ」
「ありがとうございます」
「トーコさん!お久しぶりですー!」
「ナオちゃん久しぶりー」

大きなギターケースをかついだ軽音部らしい女子生徒が七尾さんの方を振り向いた。
さらりと、鎖骨くらいまである色素の薄い髪が揺れる。

「トーコさん何やるんですかー?」
「えっとねー、」

トーコさん、と呼ばれてた女子生徒は制服の上に羽織ったジャージのポケットに手を突っ込み、七尾さんと話し始める。

七尾さんより背が高くて、少し短くしたスカートから白い足が伸びていた。顔も……



「可愛いだろう。あれは高梨透子ちゃん。2年1組、百春と同じクラスで身長158cm、体重44キロ。スリーサイズは上から…」
「っ!」
「ち、ちち千秋くん!?」

心臓が大きく脈打った。
いつの間にか後ろに立っていた千秋先輩の謎のプロフィール紹介は先輩に見惚れていた自分に向けて言われていたのかと思ったけど、同じ様に見惚れていた隣の車谷くんに向けて言われていたものらしい。ほんとうに、心臓に悪い。

「違います僕は!」
「いいんだ、可愛いから仕方ない。健全な男子高校が可愛い女の子に惹かれるのは仕方ないことなのだ」

車谷くんと千秋先輩が騒いでいるのを余所目にもう一度軽音部の先輩の方に目を向けると、騒ぎの方に視線を向ける先輩とばちっと目が合ってしまった。
目があった瞬間ニコッと微笑まれ、顔に熱が集まるのを感じて、慌てて目を逸らした。


―――すごく、綺麗な目…。

目を逸らした先にいた百春先輩が僕の顔を見て、にやりと笑みを浮かべている。
何なんだ、シュート入らないくせに、あの人。

終礼がまだ終わらないまま騒ぎ出す部員に、先生が少し呆れたようにため息を吐いた。

「おい、お前ら終礼中だぞ。...いいか、明日から体育館は文化祭準備で使えないから部活は3日間はオフだ」
「この3日間は渡したトレーニングメニューをお願いしますね」

ありがとうございましたー、と挨拶をし終えもう一度軽音部の先輩を目で探すと、もうステージの方に行ってしまっていた。

「モキチよぉ」
「先輩、」

皆が部活後の個人練に動き出してると百春先輩が肘で僕の身体を突いた。

「高梨が気になるのか…お前も隅におけないな。何ならラインくらい聞いてやってもいいぜ」
「…もう、シュート練、付き合いませんから」
「え、お、おい!ワリィって!」

慌てている百春先輩を置いてリングの下へ向かうと、百春先輩も謝りながら付いてくる。


別にそういうのじゃない。
こんな綺麗な人がこの学校にいたのかと驚いただけで、接点もないし、別に自分から何かしようと思わないし、仮に自分から動いてもどうにかなるようなことだと思ってない。

これ以上考えるは無駄だと思い、自主練習に集中した。












個人練が終わり、体育館の片付けをしていると気づいたら僕一人になっていた。
軽音部の人たちも全員帰っているらしく、体育館の電気を消して僕も帰ろうと入り口の方へ向かった。



「あ、男バスの子?」
「うわっ」

入り口の扉から突然人影が現れた。自分以外無人だと思っていたから思わず尻餅をついてしまう。
見上げるとさっき七尾さんと話してた軽音部の綺麗な先輩が自分を心配そうに見下ろしていた。

「大丈夫?ごめんね、驚かせて」
「だ、大丈夫です。……ゴホ、えと、何か?」
「あ、わたし軽音部2年の高梨なんだけど…」

すでに存じております。


「ボールが1個外に行っちゃってて、それで…」

高梨先輩は起き上がった僕をみて途中で言葉を止めて目を見開いた。

「えっ、すっごい背高ーい!何センチなの?」
「あ、えっと……196、です」
「すごーい!ほぼ2メートルだね、かっこいい!」

……え。
きっと本人に他意は無いのだろうけど、かっこいいという言葉に思わずまた頬に熱が集まる。
今まで身長のことを言われるのはあまりいい気持ちがしなかったけど、この時ばかりはそんなこと全く頭になかった。
身長も、控えめに言わなければよかったな。

「あの、」
「あ、ごめんね。バスケットボールいっこ片付け忘れてたよ」
「どうも…」

ボールを受け取ろうと両手を伸ばすが、高梨先輩は僕の脇をすり抜けバスケットボールを持ったまま暗い体育館へ入っていった。

「え、」

先輩は呆気にとられている僕をスルーして体育館に入るとドリブルで入り口に1番近いゴールまで向かい、フリースローレーンに近づくとそのままシュートを放った。ボールはリングに当たることなくネットに吸い込まれていく。
その動きは明らかに、バスケット初心者の動きじゃなかった。
入り口の照明がかろうじて差しているとはいえ、電気を消した体育館でそんな綺麗なシュートが入るなんて。


「1年生の茂吉くん、だよね?」


え、
何で僕の名前―――、

「私ね、クズ高の地区予選見てたんだ。ウチでやってた大栄の練習試合もちょっと見てたの。だから茂吉君のことも知ってた」

先輩はネットから落ちたボールを拾いあげ、こちらに振り向きながら言った。



「茂吉くん。バスケ、がんばってね」


ふわりと、微笑んだ先輩は、
ボロボロで暗い体育館にも僕にも、不釣り合いなくらい綺麗で、

深淵に差した光みたいだと思った。








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