年末の30日まで行われた過酷な冬季合宿は、大晦日と正月三日間の中休みを挟んで年明けにまた再開される。
今日は1月1日。
元旦、合宿の中休み、そして
「あけましておめでとう、要くん」
「オメデトウ、ゴザイマス」
人混みの中に僕を見つけた瞬間、彼女が笑顔を浮かべた。
今日は透子さんと初詣、付き合ってから初めてのデートだった。
合宿中、透子さんはバスケ部の手伝いをしてくれていたけどあまり話せるタイミングはなくて(なぜかちょっと避けられて)2人きりで会うのも久しぶりだった。
「すごい人だねー、何時間待つかな」
「とりあえず、並びましょう」
「うん」
はぐれないようにと手を差し出すと、チラッと僕を見上げ少し頬を赤らめて手を取った。
かわいいなあ。
最初は年上で落ち着いてる人だと思っていたけど、仲良くなってから僕のちょっとした言動に顔を赤くしたり動揺したり、意外だったし新鮮だった。
ふと透子さんの足元を見るとよく見慣れたスニーカーを履いている。
「トーコさん、そのスニーカー」
「これ?現役の時にバッシュで使ってたの外靴にしてるの」
「ボクも、ポイントゲッター、よく履きます」
「わたしも要くん初めて見たときにお揃いだなって思ったよ」
何か嬉しい、と彼女が微笑んだ。
彼女の笑顔とお揃いという言葉が頭の中を反芻する。
年明けの交流戦は必ずこのバッシュを履いて出よう。絶対負けない気がする。
ふわふわした気持ちで相変わらず進まない長蛇の列に並んでいると、ふとスマホから着信音が流れ画面を特に確認せずに応答してしまった。
これが、間違いだった。
「は…」
『もしもしモキチ?』
「…………、おかけになった電話番号は電源が入っていないか、電波が届かないところにあるためかかりません」
『モキチだろ?今「は」って言ったろ!?』
ピッ。
通話画面をスワイプして通話を一方的に終了させた。
「え、電話いいの?今の花園くんじゃ…」
「気にしなくていいですよ」
ほんとに危なかった。
新年早々千秋先輩にデートを邪魔されるところだった。
用件は聞かなかったけど何となく察することができる。
「絶対ロクでもない用事なので」
「そうなんだ…」
参拝が終わった帰り道、近くの河辺を通ると夕日が水面に反射してて、思わず目を細める。
透子さんと待ち合わせしたのは昼頃だったのに、並ぶのに時間がかかって夕方になってしまっていた。
「要くんは何お願いしたの?」
「ヒミツです」
「ケチ。わたしは要くんがインターハイ行けるようにお願いしたのに」
「えっ、」
ん?と僕の方を澄んだ目で見上げてくる。
「そんなこと、透子さんがお願いすることでは、」
「お願いするでしょ!だってインターハイだよ?
あとは今年も元気でいれますようにとか、成績上がりますようにとか、」
「……透子さん。そんなにたくさんお願いされても、神様も叶えられませんよ」
「え、一個じゃないとダメなの?」
「普通は、そうかと」
「わたし毎年5個くらいお願い事してるよ」
すごいな、この人。
「あとは、要くんといつまでも仲良くいれますようにって」
少し照れたように笑う彼女を見て、心臓が早鐘を打った。
なんだか急に切ないような、焦ったいような気持ちが込み上げてくる。
手を繋ぐだけじゃなくて、触れたいな、もっと。
キス、したいって言ったら、びっくりするかな。
「透子さん、」
「ん?」
「キス、してもいいですか?」
「き………………、ええ!?」
堤防にあるコンクリートの階段を2段降りて彼女に目線を合わせる。
それでもまだ僕の方が目線が高い。
身長差があるとこれからハグやキスをするのが大変だな。
「してもいいですか?」
「は、……うん、ハイ。…してください」
透子さんは真っ赤な顔でこくこくと頷いた。
僕もきっと、いや彼女よりもっと顔が赤くなってる気がする。
僕が少し顔を近づけると彼女が瞼を閉じた。
髪の毛、いい匂いがする。
僕も目を閉じなきゃ、でも、もうちょっとこの顔を見てたいな。
そんな事を思いながら目を閉じて、あと数センチで唇が触れるという時だった。
「モキチくん、見ーーつーーけーーたぁーーー」
禍々しい声がする方を驚いて振り向くと、そこには前にも見た黒いオーラを纏った千秋先輩がいた。
あと、なぜか縛られている車谷君と百春先輩が引き連れられている。
「ち、あき先輩……なぜ、ここに…」
「花園くん、明けましておめでとう」
「アケマシテオメデトウ、トーコちゃん」
激しく動揺する僕を他所目に、ほのぼのと新年の挨拶をしている透子さんと千秋先輩。
「モキチ、これから皆ですごろくやろう」
「いや、僕たちは…」
「す、ご、ろ、く、や、ろ、う」
断ろうと思ったのに凄んでくる千秋先輩が怖くて大きく見えて、僕より背が低いはずなのに思わず見上げてしまった。
「に、逃げて、モキチくん……」
「お前だけは生き延びろ…」
息も絶え絶えな車谷君と百春先輩が僕を逃がそうと千秋先輩の足を抱えて止めてくれた。
ありがとう、2人とも。助けてあげれなくてごめんなさい。
「トーコさん、走りましょう」
「え、え?どーゆう状況?!」
僕は透子さんの手を取り走った。
透子さんは状況が掴めないまま僕に手を引かれて走り出した。
「鬼ごっこか……いいだろう、受けて立つ!!」
不敵に笑いながら追いかけてくる千秋先輩から逃げるように、堤防の上の歩道まで駆け上がる。
ふと、階段の途中で先ほどやり残したことを思い出して足を止めた。
数歩先を走っていた彼女も慌てて足を止める。
「どうしたの?」
「透子さん、さっきの続きです」
え、という彼女の疑問すら唇で封じてしまった。
唇に一瞬だけ柔らかくて、暖かい感触。
「なっ、!?キサマら…俺の目の前で、キ、キスなんかしおって……!!」
先ほど以上のスピードを上げて追いかけてくる千秋先輩から再び逃げるように、僕は真っ赤な顔の彼女の手を引いて走り出した。
『透子さんをインターハイに連れて行けますように』
本当は僕も透子さんのこと欲張りなんて言えない。
インターハイと彼女。
どちらを取ることも出来ず悩んだ挙句、僕がお願いしたことだった。
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