『茂吉くん。バスケ、がんばってね』

つい数時間前のことを思い出し、課題をしていた手を止めた。
あの軽音部の先輩、高梨先輩はクズ高の試合を見ていて、僕のことは前から知っていたと。
あんな綺麗な先輩が、と口角が上がりそうになるが、ふと昔の記憶が蘇る。
つまり試合を見ていたなら、大事な試合でファンブルしたところも、体力が切れすぐベンチに下がったところも、大栄にボロ負けしたところも見られてたということになる。

「はぁ、」

過去の醜態に思わず頭を抱える。
今まで何度も後悔はしてきたけど、今回はバスケを途中離脱した自分を本気で呪った。
次の試合はいいところ見せないとって思ったけど、そもそも先輩が次も試合を見に来てくれるとは限らない。もしかしたら、もう見限ってクズ高の試合は観に来ないかも…


「そういえば、なんでバスケ辞めたんだろう」

ジャンプシュートにはバスケの経験やセンス等が集約される。
今日見たあの動きは明らかにバスケ経験者の動きで、しかもあのシュートフォームからやり込んでいたことが分かった。
そして試合を見に行くことから今でもバスケに興味があるのだろう。

考えても答えが出るわけがなく、僕は集中できない意識を無理矢理課題の方へ切り替えた。












明日の文化祭の準備で今日は丸一日授業も部活もなく学校に行く用事も無かったけど、バスケ部や他の運動部は体育館の設営の準備に召集された。


「ラン、ランラララン、ラン、ラララ」
「千秋くん浮かれてますねぇ」
「あいつこういうイベント大好きだからな」
「センパイ、何をそんなに」

みんなが設営を真面目に手伝ってるのに千秋先輩は手伝いには来たけど何もしてなくて、さっきからよく分からない歌をうたって踊っていた。

「分からんのかモキチ、文化祭といえば恋人を作るチャンスだぞ。普段はあまり話さない女子とも準備を通して仲良くなり、後夜祭で告白という一大イベントが…」
「文化祭もう明日ですけど、いい感じの人いるんですか?」
「………、クールー、キットクルー、奇跡はー」
「いなかったんだね…」
「なぜ、リングのテーマが、」

体育館の壁に向かって膝を抱えて泣いてる千秋先輩に「いいから早く準備しろよ!」と百春先輩が怒鳴りつけた。

「モキチくんはいないの?そーゆうカンジの人」
「え、ぼ、…僕?」

車谷君の不意に来た質問に間抜けな声が出てしまった。

「いないよ…」
「へぇー」
「ウソだな」

頭からカールの袋を出しながら千秋先輩が近づいて来た。
どうやったらアフロの中にそんな大きな袋が入るんだろうという疑問は入部してからずっと思ってるけど未だに解決しない。

「ウソなの!?」
「いや、ホントに」
「いいやウソだな。俺の推理ではこうだ。昨日軽音部の透子ちゃんに一目惚れし家に帰っても透子ちゃんのことが頭から…」
「えええ!?モキチくん昨日の人のこと好きなの?」
「だから違うって、」
「ふはは、エスパー千秋と呼びたまえ」
「…百春先輩が、余計なことを?」
「俺ぁ何も言ってねーよ!」
「百春が考えてることなど全てお見通しなのだ」

すまねえモキチ、と手を合わせて百春先輩が謝ってきたけど先輩のシュート練習には今後付き合わない。

「そっかーモキチくん年上が好きなんだねー」
「だから、違うと、」
「否定しなくてもいい。男子高校生なんだ、恋愛くらい存分にしたまえ」
「そういうのでは、」

一瞬、昨日の笑顔が頭に浮かぶ。

「あの人はそういうのじゃないです。…何というか、遠いところにいる人というか」
「ふむ、高嶺の花ということか」
「まぁ、そんな感じです」
「そんな……千秋くんを見てよ!こんな見た目なのに可愛い女の子いっぱい好きになって、いくら玉砕しても諦めてないんだよ!?モキチくんもさ、」
「車谷君、先輩のその話必要?」
「お前何気にヒドイな…」
「空坊や、あとで筋肉バスターだ」
「千秋くんにそんな事されたら僕死んじゃいますよ!!」

千秋先輩にズルズルと引きづられる車谷君を見送りながら準備の続きに戻ろうとした時だった。




「あのー、」

その声に弾かれたように振り向くと、

「あ、茂吉くん」
「コン、ニチハ」

制服のスカートにぶかぶかのパーカーを着た高梨先輩がいた。
先輩の落ち着いた雰囲気と、カジュアルな制服の着こなしが何だかミスマッチで、それもかわいい、とか思ってしまう。

「何だよ、お前らもう知り合いだったのか」
「花園くんも、ちょうどいいところに」

高梨先輩は体育館の入り口あたりを指差す。

「機材運ぶの手伝ってほしいの、ちょっと重くて」
「おお、いいぜ。ていうかあれ全部女子だけで運んだのかよ」
「ううん。男子もいたんだけど、さっき先生に呼び出されてどっか行っちゃって」
「そっか。おーい千秋!コレ運んでくれって!」
「お任せあれ!!!」

千秋先輩はボロボロの車谷君を投げ捨ててこっちに飛んできた(投げ捨てられた車谷君はピクリとも動かない。)

「え、あの小さい子大丈夫なの?」
「バスケ部では、いつもの事なので」
「それより、これを全部運んだらトーコちゃんが何かお礼をしてくれると聞いたんだが」
「誰がいつそんなこと言ったんだよ!」
「全集中の呼吸…!!」
「もういいから普通に運んでくれ…」

疲れた、と呟きながら頭を抱える百春先輩をよそに、千秋先輩は大きな機材を一人で抱えてステージまで走り去っていった。
高梨先輩は僕たちのやり取りを横で見て笑っていた(かわいい)

「俺コッチ持つからモキチは高梨とそれ運べよ」
「え、あの、」
「花園くんありがとー」

百春先輩も小さなスピーカーを持ってステージの方へ行ってしまった。

「お願いね、茂吉くん」
「…ハイ」

下から笑顔で覗き込まれると真っ赤な顔を見られたくなくて思わず背けてしまった。
ディフェンス下手すぎるな、僕。












「ふぅ、」

会場の準備も軽音部の手伝いも終わって、外に足を投げ出して体育館の入り口に座って涼んでいた。
車谷君は気付いたら回収されてて、百春先輩達はクラス企画の準備があるからと教室棟の方に行ってしまった。
少し暗くなってきた体育館に明かりがつき、人がまばらになってきた時だった。

「おつかれ」
「高梨、センパイ」

後ろから声をかけられて振り向くと、先輩が小さなペットボトルを持って隣に座る。
ふわりと、石鹸みたいないい匂いがした。

「手伝いありがとね。茂吉くんはまだ帰らないの?」
「ハイ。もうちょっと、休憩してから...」

先輩とは荷物を運びながらちょっとだけ話をした。
文化祭のこととか、うちのバスケ部のこととか、バンドでは何のパートをしてるかとか、………ボーカルなのはちょっとだけ意外だった。
でも、先輩が昔バスケやってたことは、何も聞けなかった。
昨日体育館で僕に向けられた笑顔は、ほんのちょっと寂しそうで、何だか触れたらいけない気がしたから。

「茂吉くん細いのに意外と力あるんだね」
「一応、スポーツマン、なので」
「あは、そうだね。でもね、」

さっきまで人一人分くらい空いていた距離をいきなり詰めて、先輩が僕の顔を近づける。

え、これは、キ


「せ、先輩?、なに…」
「茂吉くんはもうちょっと体力つけなきゃダメよ。トレーニングだけじゃなくて、もっと食べなさい」

センパイは心配ですよ、と言いながらスッと離れてそのまま立ち上がった。

「え、」
「そのままだといつか体壊しちゃうぞ」

先輩が去り際に何かを投げて慌ててキャッチすると、さっきまで先輩が持っていたジュースのペットボトルだった。

「見にきてね、あした」
「あ、ありが―――」

お礼を言う前に先輩は軽音部の人たちの方へ走って行ってしまった。


「顔が近い…」

近くに誰かいるわけではなかったけど、思わず真っ赤になった顔を手で隠す。
近くで見てもやっぱり綺麗だな、とか、よく見たら目の近くに小さなホクロがあるとか、唇のツヤとか。
高梨先輩の顔の特徴をひとつひとつ心に刻みながら、ペットボトルをキャップをひねってひと口中身を飲んだ。
ふと手元に目を下ろすと、赤なのかピンクなのか、飲み口に口紅みたいな跡がついている。

「えっ、……これ、飲み途中…」

遠くに行ってしまった高梨先輩の背中とペットボトルの飲み口を交互に見ながら、自分の顔がまた赤くなった気がした。








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