文化祭が終わって普段通りの生活に戻ると、やっぱり透子さんと会う機会は無くなった。
たまにすれ違ったときに軽く挨拶はするけど、たくさん話したり、ましてや連絡先なんか聞けなかった。



「お前、ヘタレか」


昼休み。
七尾さんに用があって3組に行くと、夏目君と車谷君がジュースをかけて将棋を打っていた。一連のこと後日談として聞いた夏目君は呆れたようにため息をついた(何でこの部活は話が回るのがこんなにも早いんだろう)

「それは、」
「その先輩モテるんじゃろ?モタモタしとったら他の男に取られるで」
「トビくん、詰んでるよ」
「はぁ!?」

夏目くんは慌てて盤上に向き直る。
確かにそうなのかもしれない。
そもそも先輩に彼氏がいないとか、好きな人の事とか聞いたことないし。

「連絡先くらい聞くべきだったのう」
「百春くんから聞いたら?同じクラスじゃん」

夏目君の負けで勝負がおわり、車谷君は将棋の駒を片付けながら言った。

「大丈夫。それは、自分で聞くから」
「そっか」

車谷君はちょっと安心したように笑って、悔しそうな顔の夏目くんからジュースを受け取った。












「あれ高梨じゃね?」


放課後になり、部室にはまだ僕と百春先輩しか来てなくて、先にアップをしようと2人で体育館に向かってる時だった。
透子さんが4人くらいの男子生徒に連れられて校舎裏のほうに向かうのが見えた。

「あいつら3年か?何やってんだ」
「僕ちょっと、様子見てきます」
「おい待てモキチ!お前部活―――、」

百春先輩の言葉を最後まで聞かず僕は走って後を追いかけた。
見た瞬間、ぞわっと全身に鳥肌が立った。
絶対に良いことなワケがない、透子さんに何かあったらと考えるだけで心臓飛び出そうなくらい拍動を打っている。


追いついて校舎の陰から覗くと、先ほどの男子生徒が透子さんを取り囲んでいた。
止めさせようと中に割って入ろうとした時だった。

「2年の高梨ちゃんだよね。コイツがあんたに惚れちゃったみたいでさぁ、」
「付き合ってやってよ」

真ん中にいる男子が1人赤面して透子さんと対面して、周りの男子生徒ははただそれを冷やかしていた。

―――これは、一体。


「うわ、ダセェ」
「百春先輩、」
「いや、喧嘩とかの騒動起こしちまったらもう部活動出来なくなるし……もしそうなってもモキチじゃ何にも出来ねえと思ってよ、」

後つけたらこれだぜ、と呆れながら3年生のほうに目をやった。
……たしかに、これはちょっとカッコ悪いかも。
女子が告白するのに友達連れてくるのはあるみたいだけど。

「なぁ、どーなんだよ」
「すみません……わたし、気になる人がいるんです」


一瞬、頭が真っ白になった。

「えー!マジかよ!」
「もしかしてコイツ?」
「違います、ほんとにごめんなさい」

気になる人…? その人のことが好きってことなのかな…

「それって誰なの?」
「先輩には関係ないと思います」
「は?なんか冷たくない?」

透子さんはその場を去ろうとしたけど男子生徒がそれを阻んだ。

「告白されたからって調子乗ってんじゃねーぞ」
「どいてください」
「話聞けよ」

冷やかしていた男子の1人が透子さんの手首を強く掴んだ。

「いたっ、!」
「先輩の言う事はちゃんと聞けよ、な?トーコちゃん」

ニヤニヤしながら透子さんに顔を近づける。
透子さんは思い切り顔を背けて手首を引くけど、その男子の手は振り切れなかった。


「やべーな……モキチ、お前は先生―――」

呼んでこい、と百春先輩の声を全部聞く前に校舎の陰から飛び出していた。


「離してください!」
「いいじゃん、今から俺らと遊び行こうよ」




「あの、離してください」


透子さんの後ろから急に現れた僕に驚いたみたいで、先ほどまで手首を掴んでいた男子生徒は驚いて手を離した。
透子さんの肩を持って僕の方に軽く引き寄せると、ぽすんと胸のあたりに透子さんの頭の重さがかかった。

「え、要くん?」
「お前なんだよ、デケェな!」
「こいつバスケ部だ、花園や安原の後輩だぜ」

先輩達の名前が出て一瞬ひるんだ隙に透子さんを僕の背後に移動させる。
透子さんは僕のスウェットの裾をギュッと握んだ。


「お前トーコちゃんと付き合ってんのか?あ?」
「あ、いや……そういう、わけじゃ」
「じゃあ何だよ!関係ねぇだろ!」
「でも、透子さん、嫌がってるので」
「てめぇ!」

激昂した1人が拳を振りかざし、殴られると思った。

その時だった。







「ムーンサルト・千秋・プレスー!!!」



上から、何か、大きなものが降ってきた。


「ぐへぇ!!」
「え、花園くん!?」
「千秋先輩!?」


頭上が一瞬暗くなって声がする方を見上げるとお腹に紐を巻きつけた千秋先輩が落ちてきた。

文字通り、上から落ちてきたのだ。

落下した千秋先輩は3年生たちを押し潰して、何事もなかったかのように立ち上がる。

「あの、一体、どこから」
「うむ、女子の着替えを窓の外から覗いていたら紐が切れてそのまま落ちてしまったのだよ」

もう一度上を見上げると屋上には紐の端切れを持った安原先輩と車谷君が青い顔でこちらを見ていた。どうやら千秋先輩を吊り下げていたけど途中で紐が切れたらしい。

「え、覗いて…?」
「聞き間違えですよ、透子さん」

僕は持っていたタオルを透子さんの頭にかぶせてタオル越しに耳を塞いだ。


「おい千秋!これ以上問題起こすんじゃねーよ!また廃部になったらどうすんだよ!」

目を吊り上げた百春先輩が怒鳴りながら校舎の陰からこちらに向かってくる。

「問題とは何だ、俺はただ3階から落ちただけだぞ!」
「何でお前無傷なんだよ…」

百春先輩は小さくため息をつき、僕の後ろにいる透子さんをチラッと見た。
透子さんは俯いて、僕のスウェットの裾を握ったまま小さく震えていた。

「おいモキチ、俺ら先行ってるから後でこいよ」

百春先輩は千秋先輩と気を失っている3年生達の襟を掴み、ズルズル引きずりながら体育館の方へ向かっていった。去り際に百春先輩が千秋先輩に「ナイスタイミングだったな」と耳打ちしてたのが聞こえた。
僕は2人の背中が見えなくなると後ろを振り返り、タオルの下で小さく震えている透子さんを覗き込む。

「…すみません」
「なん、で……要くんが、謝るのよ…」
「入るのが遅かったからです」

透子さんの目は潤んでいて瞬きをしたら涙が溢れそうだった。
それを見て、また体の奥から怒りが込み上げてくる。

ふと、掴まれていた透子さんの手に目を落とす。

「…透子さん、手首赤くなってます」

透子さんの手を取って見ると、手首が赤くなっていた。見てるだけで痛々しくて、触ると少し熱を持っているようだった。
先ほどの3年生たちの顔を思い返して、思わず唇を噛んだ。
もう腹が立つ、なんてもんじゃなかった。


「保健室行きましょう」
「え、いいよ。要くん部活が…」
「後でこいと、言われたので」

掴まれてなかった方の手を取って校舎の方に歩き出す。透子さんは素直に手を引かれて後を付いてきた。










「スミマセン、」
「どうしたの茂吉君。また貧血?」

保健室に入ると養護の先生は資料を抱えてどこかへ出ていこうとしていた。

「いえ、違います」
「あら、2年の高梨さんじゃない。どうしたの?」
「ちょっと、先輩が怪我を、」
「ええっ、大丈夫!?」
「全然大した怪我じゃないですよ」

心配そうな先生の問いに透子さんは笑顔で即答した。

「そう…それならいいんだけど。先生これから職員会議だから茂吉くんお願いしていいかしら?」
「ハイ、大丈夫です」

ごめんねーと言い残し、先生は慌ただしく出ていった。

「要くん、あの………手、」
「あっ、ご、ゴメンなさい!」

指摘されて今まで透子さんの手を握っていたことに気付き、慌てて離した。

「とりあえず、透子さん、椅子座って」

透子さんを丸椅子に座らせて冷蔵庫から氷嚢をだし、手首の赤くなってるところに当てる。

「ありがとう。要くん、手大きいね」

透子さんは僕の方を見上げて笑いかけるけど、その目元は少し赤くなっていた。

「大丈夫、ですか?」
「うん、大丈夫。前にもあったから」

前にもあったんだ…。
だったら、これからもきっとあるだろうな。
さっき気になる人がいるって言ってたけど、彼氏はいないのかな。透子さんに信頼できる彼氏がいたら守ってもらえるんだろうけど。
それまでに、何か僕が出来ることは。


「あの、僕……今度から何かあったらすぐ行きます。だから、透子さんが嫌じゃなければ、その……」

「?」


赤面して俯く僕を透子さんが不思議そうに見つめてきた。




「連絡先......、交換、しませんか…」





透子さんのプロフィール写真はおっきな白い猫(飼い猫らしい)を持ち上げて笑ってる写真で、透子さんはほとんど入ってなかったけど、それが、なんか良かった。








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