冬に入り、車谷君のお父さんが新しい監督に着任してから練習は過酷さを極めた。
12月はほとんどオフがなくて、朝練も昼練も当たり前のように入った。

せっかく連絡先を聞いたけど、最近はほとんどやり取りがない。透子さんも、バスケ部の様子を知ってか、あまり連絡をしてこなかった。
本当は練習がない日は一緒に帰りたかったし、気になるっていうのも詳しく聞きたかった。
屋上で一緒にご飯を食べたこともあったけど、寒くてもうこの季節じゃ無理だ。

冬休みになったら、もっと透子さんにも会えなくなる。



「世間では明日がクリスマスな訳だが、俺たちも何かやろうと考えている。せっかくだからみんなで楽しもう」

部活終わりに車谷先生から配られたプリントには女子も多数参加すると記載されている。
クリスマスパーティーでもするのかな…

「ランランラン、ランランラーン」
「ティングルティングル…」
「それはクリスマスの歌じゃねぇよ!」

千秋先輩や車谷君達はテンション上がって変なダンスを踊ってて、百春先輩に諌められていた。
高揚している他の部員を尻目に、他の女子がいても透子さんがいないんじゃあな、と肩を落とした。










冬休み。
クリスマス当日。



「今日から30日まで6日間の合宿日程だが、朝昼夕の3部練と夜間は個人練に割り当てる」



このバスケ部でクリスマスなんて一瞬でも考えてた自分が甘かった。

車谷先生の口から出たのはハードな冬季合宿のスケジュール。
どさっと音がして隣を見ると、青ざめた顔の千秋先輩の手から荷物が滑り落ちていた。

「それと、七尾達だけで通常のマネージャー業務と家事をこなすのは厳しいためボランティアのスタッフを用意した。おーい!入れ!」

車谷先生が体育館の入り口の方を振り返り大声で呼ぶと、一人の女子生徒が慌ててこちらに走ってくる。

「2年の高梨だ。俺のテストで赤点を取ったから罰として合宿中の家事の手伝いをしてもらうことにした」
「そんな大声で言わないでくださいよ!」


そこには恥ずかしそうに顔を赤らめる透子さん。


「高梨…お前、国語得意じゃなかったのかよ…」
「やっちゃったのよ、テストの半分寝ちゃって…」

透子さんは大きなため息を吐く。
百春先輩も聞いたことを少し気まずそうにして頭を掻いた。

「まあいいわ、よろしくな」
「トーコさん!ありがとうございますー!」
「ナオちゃん、こちらこそよろしくね」

透子さんは僕の視線に気づいてチラッとこっちを見たけど、罰が悪そうにまたそっぽを向いてしまった。












「透子さん、赤点だったんですね」
「う、要くん。もう言わないで…」

部員がそれぞれ持ち寄った食材を調理室に運びながら透子さんに話しかけた。
透子さんは部員ではないので、食事の用意や洗濯を終えたら帰るから学校には泊まらないけど。
それでも嬉しかった。
クリスマスを透子さんと過ごせること、冬休みも透子さんに会えることが。
冬休みで授業もないから透子さんは私服で来ていて、普段見ない格好も新鮮でそれもよかった。
合宿は相当キツそうだけど頑張れる気がする。

「ほんと、よかったです」
「よくないわよ!もう、皆がご飯食べ終わったらすぐ帰るんだからね!」

透子さんはちょっと怒ったように先にスタスタ行ってしまった。
口角が上がりそうになるのを耐えながら、僕もその後を追いかける。


廊下の角を曲がろうとすると陰から人が出てきた。

「あれ?茂吉くん。と、トーコ」
「藪内先輩、」
「あ、マドカ…」

2人の間に微妙な空気が流れ、透子さんは気まずそうに目を伏せた。
そういえば、1年のとき透子さんは女バスで藪内先輩とチームメイトだった。
部活を辞めると人間関係がガラリと変わってしまう。
透子さんの退部は怪我のせいだったけど、中学の時に途中で辞めた僕にはこの気まずさがどれだけ辛いか何となく分かった。

「トーコ久しぶり。ありがとね、合宿の手伝いしてくれて」
「ううん…あの、マドカ。ごめんね、あの時わたし怪我のせいにして辞めちゃって。マドカ、引き止めてくれたのに……」
「やめてよ、もう昔のことじゃん」

藪内先輩は俯いてる透子さんを正面から抱きしめる。

「文化祭見てたよ、トーコほんとにかっこよかった」
「うん、ありがとうマドカ…」

透子さんは震え声で言葉をしぼり出した。藪内先輩は透子さんの背中をぽんぽんと、子どもをあやすみたいに軽くたたく。
僕は2人を残したままこっそりとこの場を去った。












夕飯後の個人練習の時間。
百春先輩達とインサイド強化の練習を行ったあと、最後にシュート練習をして個人練を終わろうと思った時だった。

「要くん」

振り返ると、透子さんが体育館の入り口からこちらを覗いている。
練習に集中しすぎて、体育館に僕一人になっていたことに気づかなかった。

「お疲れ様、です。透子さん、もう帰るんですか?」
「うん。皆のごはん作ったしお皿洗いも終わったから」

透子さんは靴下のままぺたぺたと体育館の床を歩きながらこっちに来た。

「ごはん、おいしかったです。ご馳走さまでした」
「私全然大したことしてないよ。ナオちゃんが味付けとか栄養バランスとか全部決めてたし」

要くんはお肉食べないと筋肉つかないよ、と付け足される。

夕食の時、苦手な肉だけ残して個人練に向かおうとしたら「お肉も食べなさい!」と透子さんに襟を掴まれてテーブルに引き戻された。
その透子さんの剣幕をみて千秋先輩は僕のご飯を横取りしようとした手を止め、車谷君も野菜を残そうとしていたみたいだけど慌てて自分の口の中に押し込んでいた。

「あと何本するの?」
「50、くらいです」
「パス出しするね」

近くに落ちていたボールを拾い上げ、そのまま僕の方に投げた。

「ありがとう、ございます。でもあんまり遅くなると、」
「いいの、ウチ歩いて15分くらいだし」

透子さんのパスを受け取りながらゴールに向かってボールを放つけど、リングに弾かれて飛んでしまった。

「あ、」
「外しちゃったね」

透子さんは転がるボールを拾ってそのままシュートした。
ボールは一度リングに当たってそのままネットに入った。

「ナイス、シュートです」
「ありがとう」

透子さんは照れたように笑った。

「マドカとね、久しぶりにたくさん話したんだけど、あの子たち来年は本気で県予選行くつもりだって」
「はい」
「男子もIH狙ってるんだよね?すごいなあ、」

僕にパス出しをしながら透子さんは少し寂しそうな表情を見せた。

「私が女バスにいた頃は、みんな真面目に練習してたけど、そんなの到底届かないと思ってたから誰も口にしなかった。でも今じゃ皆が共通の目標を掲げて本気で頑張ってる。もう私の知ってるバスケ部じゃなくて、何だか少し寂しくて」

俯いて投げられた透子さんのパスが少しブレて、少し手を伸ばしてボールをキャッチした。


「僕も、中学のときに1度バスケを辞めたことがあります」

透子さんに話しかけながら、ゴールに向かってシュートを放った。

「高校でバスケをやるつもりはなかったからクズ高に来たんですけど、でも僕の居場所は結局ここで、だから戻ってきた」

ボールはリングに当たることなくゴールに入って、ネットを伝って落ちていった。

「でも透子さんはもう他に居場所がありますよね。軽音部、楽しくないですか?」
「楽しいよ、すごく」
「じゃあ、よかった」

足元に戻ってきたボールを拾い、再びゴールに向けてボールを投げる。

「文化祭のときの透子さん、すごくキラキラしてました。眩しかったです」



彼女はあの時から、
いや、あの暗い体育館で見たときから。

ずっと、キラキラして見えた。
光だった。眩しかった。
僕にとって、新しい希望だと思った。












「わー、まだ降ってるねぇ」

透子さんを校門前まで見送るため外に出ると昼頃から降り始めた雪は止むどころか、地面にうっすらと積もるほどに降っていた。

「朝まで、降りそうですね」
「今年はホワイトクリスマスだね」

どこかで鐘が鳴ってー、とクリスマスソングを口ずさむ彼女の歌も静かな雪の夜に一瞬で消えていく。
暗い空から絶え間なく落ちてくる雪は、僕たちのことを周りから隔てるように降り続けてるみたいだった。

「―――、何度だって言うよ、君が好きだ」

ずっと空を見上げていたけど、歌詞に反応して透子さんの方を見た。
歌い終わった透子さんも僕を見て笑顔を浮かべている。

「来年のインターハイ、行けるといいね」
「行きます、絶対」

透子さんの吐く息が白く染まる。
その鼻先は冷たい冬の空気に触れて赤くなっていた。

「ほんとにインターハイ行ったら、もっと遠くなるね」

透子さんは少し寂しそうな笑顔を浮かべた。
何が、とは言わなかったけど。

透子さんの白い肌も色素の薄い髪も、雪と一緒に暗い空のなかに溶けて消えてしまいそうだった。
手を伸ばさなければ、このまま全部無くなってしまうような錯覚さえ覚えた。


「透子さん、」

前を歩いていた透子さんが振り返る。



「好きです、透子さん」


闇の中に消えて行ってしまいそうだった彼女は僕の言葉に目を見開いた。

「僕の隣で、バスケをしてる姿を見てください。
来年は透子さんも県大会に、インターハイに連れて行きます」

大きく見開いた透子さんの目はみるみる涙が溜まっていき、目を伏せると大粒の涙が溢れる。


「要くん…」

そんな彼女の瞳から一筋、水滴が頬を伝った。

「わたしも、要くんのこと好きだよ……でも、バスケを辞めた後ろめたさで、夢を真剣に追いかけてる要くんが眩しいの……いつまでも見ていたいけど、痛くて苦しいの」

次々と溢れる涙を手の甲で拭いながら苦しそうに声を絞り出す。
両想いだったことは素直に嬉しいけど、まだバスケに向き合えない彼女にとって僕と一緒にいることは酷なんじゃないかと、一瞬思った。

でも、

「僕は、透子さんが隣にいてくれたら、インターハイも行ける気がします」

最初に見たとき、深淵に差した光だと思った。
暗くても深くても、追いかけたら上に辿り着ける光だと。

透子さんの方に手を差し伸べると、僕の方を見上げてふわりと、最初に見たあの笑顔を浮かべた。



「…やっぱり眩しいよ、要くん」








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