あの後、透子さんを保健室まで送ってから部活に戻ると先輩達がニヤニヤしながら待っていて、やれ早く連絡しろだの好きって言えだの囃し立てられた。
異様にテンションが高い先輩達や車谷君を撒いて帰宅してからは、透子さんの連絡先画面を眺めながらずっと溜息をついていた。
なんて送ろうかな。
「はぁ…」
トーク画面を開いたまま、文字を打っては消し、打っては消しを繰り返していると、ポンッと音が鳴って透子さんの方から連絡が来た。
やばい、一瞬で既読がついてしまった…。
気持ち悪がられるかなと思いながら本文を読むと、
『今日はありがとう!
明日のお昼屋上でごはん食べよー』
とシンプルな文章が綴られてあった。
『こちらこそ連絡先ありがとうございます。
お昼了解です。』
僕も絵文字を使わないから二文で返信した。
ドキドキしながら何回もトーク画面を見ていると数分後に既読がついて、その後は返信は来なかった。
可愛いのにこういう所がサバサバしてて、いい。
明日も朝練があるので早めに布団に入ったけど、お昼ごはんを約束して一緒に食べるなんてカップルみたいだとか、そんなことを考えているとなかなか寝付けなかった。
「トーコちゃんの家庭科の成績は5だぞ」
「あの、いったい、どこから」
朝練に行くと千秋先輩が開口一番、透子さんの話題を振ってきた。
「女子とお昼ごはんを一緒に食べるなんて万死に値する」
「そんなに、重罪、ですか?」
「しかもあの高梨透子か…」
「あの顔にあの透明感」
「普段クールなのにたまに笑った笑顔が可愛んだよな」
安原先輩達も透子さんの事を口にした。
なぜかみんな鼻の下が伸びている。
「モキチ、やはりお前は呪われろ」
「千秋先輩は、七尾さんが好きなんじゃ、」
「根本的にこの世の女の子はみんな大好きだ」
「それは、どうかと」
何回も痛感してるけどこの部活にプライバシーはないのだと、改めて思った。
スマホがハッキングされてるんじゃないかとも心配になったけど、
「ハッキングじゃないぞ。エスパー千秋だから何でもお見通しなのだ」
「だから、人の頭の中を、勝手に読まないでと」
千秋先輩とそんなやり取りをしていると、百春先輩に集合するよう呼びかけられた。
「それより、昨日高梨が言ってた気になる人ってよ」
百春先輩がトレーニング前のストレッチをしながら僕に話しかけてくる。
「お前のことなんじゃねーの?」
「え、僕…ですか?」
「だって何とも思ってない奴と昼ごはん食べようなんて思わねーだろ」
「そう、ですけど…」
「今日のお昼に聞いてきたら?」
車谷君も隣に来て僕の方を見上げながら話しかけた。
「うん…」
何度も思うけど、透子さんとは全く住む世界が違うと思っていた。
学年も、部活も、人間関係も全然違う。
唯一バスケで繋がってるけど、透子さんは今は軽音部だし、繋がりとしては弱い気がする。
それにあまり明るい性格でもないし友好的じゃない僕に対して、透子さんは何もしなくても人を惹きつけるような雰囲気があった。
人見知りだと言っていたのは謙遜で、僕に気を使って言ってくれたんじゃないかとも思う。
何で僕、と思った。
関わりの薄い僕なんかをわざわざ気にかけてくれる理由、彼女が気になってる人が本当に僕なら。
……でも、僕のどこが気になるんだろう。
「モキチくん?おーい」
「ダメだこりゃ、自分の世界入っちまってる」
「放っておけ、そして遅刻しろバカタレ」
午前の授業が終わるとすぐに教室を出て、足早に屋上に向かった。
屋上のドアを開けると秋晴れの空の下に色素の薄い髪が稲穂みたいにキラキラ反射している。
「セン、パイ」
「要くん」
早く来たつもりだったけど透子さんは既に屋上に来ていて、フェンスにもたれて大きなマフラーを膝にかけて座っていた。
近くに行くと隣に座るよう言われ、人1人分くらいが座れる距離を空けて腰を下ろした。
「お弁当?おいしそー」
「はい、母が」
「いいなー。わたし、お弁当毎日自作なんだよね」
「そう、なんですか?」
「うん。うち両親出張多いし、お兄ちゃんも大学生になってから一人暮らしだし。家にわたし1人でいること多いの」
「大変そう、ですね」
「もう慣れたよ」
そう言って小さな赤いお弁当箱を開いた。
そこに入ってるごはんもちょっとだけで、他に何か持ってきたのか尋ねると何も無いと。
「え、お昼、それだけですか」
「そうだよ。今ダイエット中だから」
「ええ……っと、なぜ」
「バスケ部やめてから運動しなくなって、ちょっと太ってさー」
二の腕とかお腹とかぷよぷよなんだよねーと笑って言っていた。
本当に、どこが気になるんだろうと思った。
何て返していいか分からなくて、そうですか、とだけ曖昧に返事をして僕も昼食に手をつけた。
お弁当を食べながら百春先輩が授業中爆睡してたこととか、千秋先輩は3階から落ちても無事だったのかとか、中間テストの結果の話とかそんなことを話してると透子さんが何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ。要くん、コレ」
おもむろに紙袋を持ち出して、中から何かを取り出す。
「何ですか?」
「昨日借りたタオル。ちゃんと洗濯したよ、ありがとうございました」
「どう、いたしまして」
タオルからはほんのりと花みたいな香りが漂う。
柔軟剤かな、いい匂い。
「あとね、これあげる」
紙袋からもう一つ、透明な袋にラッピングされた物を取り出して手渡してきた。
「これは、」
「さっき家庭科の時間で作ったマフィン、タオル貸してくれたお礼に。甘いもの苦手じゃない?」
「はい。……だい、すきです」
甘いものもそうだけど、透子さんの事が。
そう言えたらいいのにと思いながら、受け取ったお菓子に目線を落とした。
「あの、透子さん」
「ん?」
「透子さん、昨日気になる人がいるって…」
「えっ、聞こえてたの?」
「ハイ、スミマセン…」
透子さんは少し驚いたように目を見張った。
「えと、誰なのかなって、思って…」
人差し指を顎に添えて、んーと考え込むような仕草をしたあと、彼女は僕の方に顔を向けて言った。
「その人はね、男子バスケ部でー」
「えっ、……うちの、ですか?」
「うん。背が高くって、優しくて、バスケしてる時すごくキラキラしてるの」
「誰……でしょう」
そんな人、うちのバスケ部にいない気が。
背が高いという言葉から千秋先輩や百春先輩かと思ったけど、優しいと言われたら何か違う気もする。
「今わたしの目の前にいる人かな」
「………………、へ」
呆気に取られて思わず変な声が出た。
何も言えずに口をぽかんと開けているとスピーカーから予鈴が鳴り響いた。
「やば!次体育なの、またね要くん」
透子さんは慌ててお弁当箱を片付けて、屋上を去っていった。
去り際、透子さんの顔もちょっとだけ赤くなってたような気がしたけど、それ以上に僕の顔は真っ赤になってると思う。
僕は昼休みが終わる時間まで僕はその場を動けなかった。
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