今年の高校総体、地区予選。
本当だったら今頃ここで試合に出てるはずだった。
昨年の試合で膝を故障してから、わたしはバスケ部を自主退部した。
会場に響くドリブルの音やバッシュのスキール音。
歓声と熱気。
まだこうやってバスケの試合を観にくるのは、バスケに後ろ髪引かれるからなんだろう。
仲間だった女子バスケ部の試合をこっそりと見守った後、声を掛けずそのまま帰ろうと思った時だった。
『――これよりAコート男子第二試合、九頭龍高校対新城東和学園の試合を行います』
(試合…うちの男子が?)
クズ高の男子バスケ部は近年まともに部活動をしてなくて試合すら出てないはず。
でもコートを見ると九頭龍の文字をいれたユニフォームを着ている男子部員が数名いる。
「なにあの子、ひょろひょろじゃん…」
見知った2年の男子部員の中に1年が3人いる。背が低い子とタトゥー入れてる子、あとすごく背が高くて細い子。
「あんな身体で大丈夫なのかな」
きっと背が高いだけで花園くんたちに無理矢理バスケ部に入れさせられたんだろうな。ポジションはセンターなんだろうけどあれじゃ他の選手に当たり負けしちゃうよ…
どんな試合をするのか半分興味本位で男子の試合を見ていた。
すると、
「なにあれ!?たかーい!」
「あんなシュートどーやって防ぐんだよ!?」
(すごい…あんなフックシュート、高校生で…)
ひょろひょろでバスケなんか出来ないと思ってた子はかなり上手かった。パワーで押す、というより技巧派のセンター。
「あれ西条中の茂吉じゃないか」
「ほんとだ、あいつ上手かったよな」
長い前髪から見えた表情はしんどそうだったけど、目は輝いているように見えた。
(しげよしくんか…)
「おい!お前ら声出せ、声!」
洗濯物を取り込んで体育館の近くを通りかかると男子バスケ部キャプテンの花園くんの声が聞こえた。
冬休みの学校。
体育館では男子女子合同で冬季合宿を行ってる。お正月を挟んで前半と後半に分けて、今日は前半の5日目、ラストスパートです。
なぜバスケ部ではない私がこの合宿に参加しているかというと。
『お前、この点数はどうしたんだ。普段国語の成績良いはずだろ……なに、寝てた!?この馬鹿が!』
バスケ部の監督、国語の車谷先生のテスト中寝てしまっていつもの半分しか点数が取れなかった。
国語のテストが1番最後にあって、疲労が重なってうとうとしてたらあっという間にテストが回収されて…
先生には追試と、それとは別にバスケ部の合宿中の手伝いを頼まれた。
頼まれたっていうか、半強制的にさせられてる。
まあ私は学校に泊まらなくていいし、家近いし、冬休み特にすることないから全然いいんだけど。
あと、
「おいモキチ!遅れてるぞ!」
「っ、はい!」
彼氏の部活してるところを見れるのもちょっと楽しみだった。
今年の地区予選で見かけてから何となく気になってた1年生の茂吉くん。
関わるきっかけは文化祭の準備だったんだけど、それから2人で会う機会が増えて仲良くなって。
バスケに対する後悔を抱いていたから現在進行形で頑張ってる茂吉くんに惹かれてるんだと思ってたんだけど、告白を受けてそれが恋だと気づいた。
今はコート外周してるんだけどかなりしんどそう。
しんどそうだけど、真剣な横顔って、かっこい…
「おい高梨」
「ひゃっ!」
体育館の入り口でぼんやりと中を見ていたら、いつの間にか車谷先生が隣に立っているのに気づかなかった。
「そこで何してるんだお前は」
「洗濯終わったタオル持ってきたんですけど…」
「ああ、そこら辺に置いといてくれ。それより高梨」
先生が私の顔を見てニコッと人当たりが良さそうな笑みを浮かべる。女子が騒ぎ立てているあの甘い顔だ。
うう、わたしこの先生ちょっと苦手かも…
「お前軽音部だよな?」
「僭越ながら弾かせて頂きます…」
「全員腹から声出せよ!」
車谷先生はコート外周しながら部員に歌わせるという。
なぜかと言うとその方が疲れるからだと…
私はその伴奏と歌のリードを頼まれた。
ナオちゃんに頼めばいいのにと思ったけど、合宿中すごく忙しそうだから少しでもナオちゃんの負担を軽くしてあげたくて、渋々承諾して、ちょっとだけ弾けるアコギを手に取った。
「選曲は任せるぞ」
「分かりました。それじゃ……」
アコギに触るのは久しぶりで、音を確かめてからイントロを弾いた。
「別の人の彼女になったよ〜」
「トーコちょっとストップ!」
「おも」
「しんど」
「つらい」
「かなしい…」
「先生、モキチ君が気分悪そうです」
「もう立てません…」
部員のみんなが走っていた足を止め、陰鬱な雰囲気に包まれる(要くんはその場に突っ伏してしまった…)
「お前な、もうちょっと前向きでアップテンポの曲にしろよ」
「だって先生が選曲任すって…」
いい曲なんだけどなあとぼやきながら、ランニングにぴったりな曲がないか頭の中で思い返す。
「全然好きになれなかった、それなのに―――」
ちょうど学校に来る前に聞いてた曲を口ずさんだ。
「根拠なんて1つもないのにさ、身体が走り出してくー」
隣で車谷先生がいいじゃないか、と言ったのが聞こえたけど、わたしの意識は既に歌に没頭していた。
「あのっ、!」
「ん?」
お昼休憩。
昼食の後片付けをしていると、女バスの一年生に声をかけられた。
「あの、高梨先輩!文化祭見てました!」
「さっき歌ってくれてありがとうございます!」
「ありがとう、午後も頑張って」
きゃー喋っちゃったー!と走りながら調理室を出て行く一年生を手を振って見送る。
文化祭の後からたまにこうやって声をかけられることがあった。歌うことは好きだけど、こういうのはちょっと恥ずかしい。
「よお」
「花園くん、」
ご飯を食べ終わった花園(弟)くんが食器をこちらに持ってきてくれた。
「そんなの置いといてくれたらいいのに」
「いや、いろいろやらせちまって悪いな」
「わたしがやるって言ったことだから全然いいよ」
いいって言ったのに花園くんは部員が食べ終わったお皿を集めて流し台に持ってきてくれる。
「モキチと喋んねーのかよ」
「ええっ、なんで?」
「付き合ってんだろ?」
「え、え!?なんでそのことを!?」
「いやカマかけたんだけど……マジかよ」
「うう…」
合宿が終わるまで他の人にはナイショにしとこうと思ってたのに見事に言い当てられ動揺した。
なんとなく花園くんと目を合わせるのが気まずくて、お皿を洗ってる手元に目を落としたまま話した。
「今はバスケに集中してほしいし、邪魔したくないの」
「ふーん、まあいいけどよ」
花園くんはあっさりと引いて、そのまま午後の練習へ向かっていった。
合宿の初日、クリスマスの日に告白されてから毎日顔を合わしてるんだけど、何となく気恥ずかしいし邪魔になるのも皆にバレるのも嫌なので、他の人と同じように接していた。
話しかけられても周りに他の部員がいるので用事があると嘘をついて逃げていた。
連絡もあまり返してないし、告白される前より関わる機会減ってるかも…
でも明日で合宿の前半が終わりだし、合宿が終わったら思う存分仲良くできるし。
きっと要くんも分かってるはずだよね…
「透子さん」
「わっ!」
夕飯の片付けも次の日の朝食の下準備も済ませ、帰ろうとしたときだった。
後ろから声をかけられ思わず大きな声が出てしまう。
「もう、帰るんですか」
「うん、もう今日の手伝い終わったからねー」
何となく顔を合わせるのが気まずく感じる。
バッグを肩に掛け直し、彼氏の要くんにさよならを言おうと思ったときだった。
後ろから手が伸びてきて、そのままぎゅっと身体を抱き締められた。
「えっ、ど…どうされたの要くん!気分悪い?」
「僕は、合宿中ずっとこうしたいなと思ってました」
身体のバランスを崩して要くんの身体の方にもたれかかると抱き締める腕にさらに力がこもった。
慌てて辺りを見回すけど他の部員は見当たらなくて、少しほっとする。
「ちょっと、練習は?」
「今日はもう終わりました」
いつもより近くから聞こえる声に心臓の拍動が大きくなってるのが分かる。
どうしよう…
要くんに今顔見られたら恥ずかしくて、わたし、溶けてなくなりそう。
「なんで、避けるんですか」
「だって、合宿の邪魔になりたくないし…」
返答が尻すぼみになっていくと、はぁ、と少し呆れたようにため息をつかれた。
「さすがに、練習中は気持ち切り替えてますよ。
それより、避けられてるのが気になって、集中出来ませんでした」
「ええっ、ごめんね!」
後ろを振り返って謝罪した。
良かれと思ってたのに、バスケに集中してほしかったのに、何てことを。
背が高い彼の顔を見上げると、にこっと笑っていて、
「ウソです」
え、ウソ?
嘘なの?
「やっと、顔が見れました。何で赤くなってるんですか?」
「………、べつに」
「かわいいです、透子さん」
口を耳元に近づけて、要くんの息が耳朶に触れたように感じた。
「ちょっと!」
慌てて彼の腕を振り解き腕の中から逃げた。
息がかかった耳に手を当てると、何だか熱いように感じる。
この子、大人しそうな顔して意外とやり手だな…
「透子さん、正月は息抜きに一緒に初詣行きませんか」
「え?」
それって、
「デートのお誘い?」
「そう、ですね。多分」
多分って。
要くんの顔を見上げると余裕綽々な顔をしていると思ったら、少し照れたような表情。
なんだ、彼も緊張してるんだ。
自然と顔が綻んだ。
「いいよ。ラスト1日頑張ってね」
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