(俺を巻き込んで来るッショ!)
「やあ巻ちゃんいい天気だね!」
「裕介くんおはよう!今朝も会ったけど!」
「...帰るッショ」
待ち合わせ場所と指定された最寄駅前の時計台へ付くと、待ち人の他にもう一人巻島を迎える者がいた。一瞬のうちに状況を理解し、簡単にこの後の展開と呼び出された真意を正確に読みとった巻島が取った行動は、満面の笑みを浮かべる2人に背を向けることだった。早足で立ち去る。立ち去るに限るのだ、こんな面倒くさそうな事からは。
「巻ちゃん巻ちゃん、待たんかね巻ちゃん!!ストップだ巻島裕介!」
「うっせーよ巫山戯んなよデコっ八ィ!!俺巻き込むなっつってんショオ!」
「そ、そうは言っても仕方が無いではないか!二人きりだと何を話せばいいのか分からんのだよ!生涯のライバルの大勝負に一役買ってはくれんかね!」
慌てて追い縋ってきた東堂の胸倉を掴みあげて捲し立てる。身長差から首が締まることすら厭わず、東堂は必死に懇願を続けた。お願い巻ちゃん、後生だから。巻島としては後生だから好敵手のこんな情けない様なんて見たくなかった。主に面倒だからという理由で。
大会で競う以外でも何かと連絡をとってくる東堂に約束を取り付けられたのは先週のこと。たまたま指定された日曜日が部の休養日に当てられていた事と、丁度切れかけていたバーテープやオイル等を補充したかったこともあり、二つ返事で了承したものの。
蓋を開けてみれば、今日の約束の頭数には入っていなかったはずの幼馴染みがいるではないか。つまりは、最初から全て仕組まれていたという事だった。
「初デートに俺連れて行くとか、お前らマジでいい加減にしろッショ!!」
巻島の幼馴染みと好敵手は、なんの因果か一目逢ったその瞬間に互いに恋に落ち...そして未だくっついてはいないのだった。
出発前にすったもんだこそあったが、東堂も名前もどちらもこうと決めればなかなか自分の意思を覆さない性質であることは嫌というほど知っていた。
結局巻島が折れて2人の気の済むまで付き合ってやることになり、3人は電車を乗り継いで目的地へと向かった。目的地とやらはオーソドックスに水族館。デートプランは完璧だ、とドヤ顔の東堂は肝心の名前との会話では散々だった。名前についても普段のマシンガントークはなりを潜め、お前どこの借りてきた猫だよ、と突っ込みたくなるくらいの猫のかぶりよう。結果として何故か東堂と名前の間に巻島が挟まって、会話の架け橋をしてやるという図が出来上がった。巻島とてコミュニケーションスキルに長けている訳ではないのに、一体どうしてこうなった。
「あー、つまりィ、東堂のタイプは元気溌剌で黒髪の似合う笑顔の可愛い子、なんだとよ」
「(私黒髪しか当てはまってない...裕介くんもっと聞き出してよ!)」
「(やってるよ分かってンショ!)...あー、んで、最近気になる子が出来たんだってか、なァ東堂」
「(巻ちゃん、そのパスは暴投だ!)...そ、そうだな!女子にモテる俺としては多くのファンを悲しませる事になってしまうかもしれんが、かなり本気なのでな!自分の気持ちに素直でありたいと思うのだよ!なぁ巻ちゃん!」
「(東堂さんモテるんだ...しかも好きな人いるんだ...)」
「(落ち込みすぎッショ名前!)...偶然だなぁ、名前も好きな奴出来たっつってたな。アーそういえばお前ら何か似てるしお似合いッショ〜」
「(なななななに、名前さんには想い人がいるのか!)」
「(ゆゆゆゆ裕介くんバラさないでよ!東堂さんに誤解されちゃうよ!)」
「...お前ら、『相手の目を見て話しましょう』って習わなかったか?俺は悲しいッショ...」
左右から小声であれこれ言われて、不器用なりにも何とか会話をさせてやろうと奮闘するものの、当人同士は緊張しすぎてそれどころではないらしい。東堂も名前も巻島にしか視線を合わさず、直接関わる事を全力で回避しているのがその証拠だった。一体何のためのデートなのか分からなくなって、巻島は頭を抱えたい気分でいっぱいになる。それでも見捨てる事はせず、道すがらひたすら伝書鳩ならぬ伝書巻島であることに徹した巻島は、何だかんだ言って幼馴染み想いであり、かつ好敵手想いだった。だからこそその優しさにつけこまれているのだと言えなくもないが。
日曜日と言うこともあり、水族館は家族連れやカップルで賑わっていた。それなりの待ち時間の後にチケットを購入し、館内へ進む。大目玉らしい大水槽の前に行き着くと混雑のあまりはぐれにそうになり、巻島は一歩後ろを歩いている2人を振り向き声を掛けた。
「お前ら、人多いし手でも繋いだら?」
何でも無い風に言いながら、なかなかのナイスアシストだったッショ、と一人満足げにほくそ笑んだ巻島だったが、数秒後その綺麗とは言えない笑顔をより歪める事になる。右手と左手、それぞれ温度や感触は違うものの手を繋がれたのだ。そんな馬鹿なと思いつつ視線を巡らすと、揃って恥ずかしげに俯いた東堂と名前が巻島の手を握り付き従っているのが確認できた。
「いや、待て...おかしい。絶対おかしいッショ。俺と手ー繋いでどうすんッショ」
「はぐれたら大変だし...」
「だから俺じゃなくて!そこ俺じゃないだろ、名前よォ!」
「もうやだ巻ちゃんが男前...俺巻ちゃんと付き合いたい...」
「お前は何言ってんショ死ね東堂ォ!」
全く手のかかる恋愛初心者未満の2人を両手に従わせる巻島は、さながら母親か保護者のようであった。
結局いつまでもそのままでは埒があかないから、大水槽ゾーンを抜け人が若干捌けたところで巻島はトイレと口実をつけて2人を置き去りにした。もちろん東堂からは『駄目だ我慢しろ!』と無茶を言われ、名前からは無言で何度も首を横に振られ引き止められてしまったが知ったことではない。
別に催しては居ないが建前上直ぐに戻っては意味が無い為、適当に辺りをぶらついて時間を潰す。間抜けヅラの深海魚と珍しいタツノオトシゴの稚魚を流し見してから、巻島は気だるげに置き去りにしてきた2人を探し始めた。正直このまま先に帰ってしまいたい感が否めなくもないが、そんな事をすれば似たもの同士の2人から延々と責め立てられるのは目に見えているため、実行には移さない。
通り過ぎて来たばかりの様々な海月が集められた水槽の前で、見慣れた後ろ姿を発見。雰囲気作りのためか他のゾーンよりは薄暗いそこで、東堂と名前は微妙な距離を開けて水槽を見上げていた。ふわふわゆらゆら水中を踊る海月を見つめる横顔が、ほのかな照明に照らされている。遠目から見てもお似合いのカップルじゃないか。一つ息をついて苦笑した巻島は、穏やかな目で初々しい2人を見守った。
「...裕介くんみたい」
「ゆらゆら揺れて登っていく、うむ、まさに巻ちゃんだ!さながら足はあの長髪か?」
「緑色じゃないけどね」
「ああ、玉虫色じゃないがな」
言うに事欠いて海月に喩えられ、漏れ聞こえた会話を耳にした巻島は面白くはないが、それでもいい。別に何に喩えられようが、自分を引き合いに出されようが、奥手な2人が会話の糸口を掴めるのなら何でもいいと思えた。
「なあ、突然で済まないが名前さんに聞いて欲しいことがあるんだ」
「...私も、東堂さんに言いたいことがあるの」
見るからにガチガチになりながらも自分から切り出したライバルに、お前男見せろッショとエールを。
頬を真っ赤に染め上げて不安げな表情を浮かべた幼馴染みに、良かったなと賛辞を。
2人の背中を見守りつつ大切な人達の幸せな前途を祈った巻島は、クハッと笑い声をひとつ上げると静かにその場を後にした。
巻島裕介は困惑していた。もともと下がり気味な眉をいつも以上にハの字に下げて、何度目ともしれない溜息を付く。なんでまた俺がこんな目に合ってるんショ。小さく漏れた本音に答えてくれる者は相変わらずその場にはいない。
『巻ちゃん!おい聞いているのかね巻ちゃん!勝手に帰るとは何事だ!?』
「裕介くん裕介くんってば!あの後大変だったんだからね?ちゃんと聞いてよ裕介くん!!」
右手の緑色の蛍光カラーが眩しい携帯からは電話口でも騒がしい好敵手の声が。
左腕にまとわり付いて馬鹿みたいに巻島の名を呼び続けるのは幼馴染み。
つい先日海月に見守られながら丸く収まったはずの2人に付き纏われて、巻島はこんなはずじゃなかったと痛む額を押さえた。
好敵手に執心する東堂が名前と出会ったことで、幼馴染み離れ出来ていない名前が東堂とそういう仲になったことで、晴れて巻島に静かで平和な毎日が訪れるのだと期待していなかったといえば嘘になる。しかしそんな淡い期待は見事に散り、騒がしい2人は変わらずサラウンドで巻島の聴覚を刺激してくる。狙って時間やタイミングを合わせてくるようになった辺り、もしかしたら以前より悪化しているかもしれない。
『巻ちゃん、お前には感謝しているよ。お前と好敵手でなければ名前とも出逢うことは無かった。心から礼を言う』
「あーそうかいありがとッショ。ついでに口閉じて二度としょうもない電話掛けて来なければもっとありがとッショ!!」
「裕介くんこれね、水族館の売店で尽八くんと選んだの!」
『巻ちゃんにそっくりだろう!巻ちゃんは俺たちの恋のキューピットだからな!せめてもの礼だ!!有り難く受け取れ!』
ニコニコと名前が差し出して来て、東堂が太鼓判を押したそれはデフォルメされた海月のキーホルダー。実際の海月では有り得ない薄い緑色というカラーリングに、巻島はひくりと頬を引きつらせる。しかし好意は受け取っておこうと、素直に巻島にそっくりだという海月を手に取った。
「それでね、今度は動物園に行きたいねって話してたんだけど、裕介くん次いつ暇?」
まあ良かったな、と友人そして好敵手としての祝いの言葉を送ろうとしていた巻島が固まる。聞き間違いかと名前を見るも、邪気の欠片もない笑みは真っ直ぐに巻島を見上げていた。
「まて、待て待て待てお前ら。まさかとは思うが、俺も連れて行くとか言わないだろうな?」
『そのまさかだぞ巻ちゃんよ!来月の第二土曜は休みだな?そうだろう?』
「いやそうだけど...って違ェッショ。ホントお前ら馬鹿ッショ」
「なんで?なんで裕介くん来ないの?」
『さあ?俺達がこんなにもお願いしているのに酷いな全く』
「お前ら...だからどんだけ俺の事好きなんッショ!!」
堪らず上げた大声。この2人が絡むようになってから、騒々しさは2倍、巻島の心労も2倍。悲痛な叫び声には当然、お前ら示し合わせたのかと突っ込みたくなるくらい見事なタイミング及び調子で返答があった。
「『巻ちゃん(裕介くん)は格別に決まっているだろう(じゃない)!』」
幼馴染みと、ライバル。
巻島を通じて恋人同士になった彼らの共通点。
それはやっぱり、どちらも巻島裕介を好きすぎるという事だった。