▲頬を撫でる蜃気楼

「もしかして今日、私たちだけなのでしょうか?お客さん」
辺りを見回しても人っこひとり見当たらない。ナイトプール、結構流行っていると噂だったが、もう落ち目なのだろうか?
「of course。ワタシを誰だと思っている」
プールの淵へ両肘をかけた鏡さんは、何をしていいかわからなくて気まずく身を竦める私に手招きをする。
「キミとゆっくり話したかったからね」
差し伸ばされた手を私は自然と握ってしまっていた。満足そうに笑った鏡さんは反対の手で、私のお団子からあぶれたサイドの髪を優しく耳に掛ける。鏡さんのその仕草が、背後ではパラパラとうるさく鳴り響くEDMがジャズにさえ聴こえるほどの色気を放っていて思わずどきりと鼓動が早くなる。
「勿論、仕事の話以外のね」
「はい。鏡さんのご命令通り、本日は資料を持ち合わせておりません」
「いい子だ。だが…少々言葉遣いが硬いな」
「それ…は」
バラのような良い香りがしたかと思えば、後少し動いたら唇が触れてしまいそうな距離になっていた。
「no。今はprivateなんだ。ワタシはあまり気を遣うのも遣われるのも好きじゃない」
「わかり、…ました」
私の目が忙しなく泳いでしまうのは私の男性経験が乏しいからではあるが、つい出てしまうその片鱗を鏡さんには見られたくなかったな、なんて。
「して、今日はキミに聞きたいことがたくさんあるんだ」
「なんでしょう?」
いつのまにか元の距離に戻っていた鏡さんは口角を上げて私を見下ろす。
「その可愛らしい水着は今日の為に拵えてくれたのかい?とても似合っているよ」
「そうですが…良くある普通のビキニですよ」
「キミが着たら何でもとても素敵な物に見えるな」
「褒めても何も出ませんよ」
「何かを求めてる訳じゃないさ。ただ、思っていることを素直に伝えたまで」
「全く…困っちゃいますよ。そんな息を吐くように恥ずかしいことばかり言われちゃ」
「WHY!?」
右を向けば鏡さんの綺麗な顔があって、その瞬間私と鏡さんの視線は混じる。辛うじて出た「それは、」という言葉の後、私は口籠る。噤んだ言葉を誤魔化すように視線を水面に移せば、何やら察してしまったらしい鏡さんの手は私の顎に優しく触れる。
「キミにだけさ。こんな事を言うのは」
私の気持ちなど既に全てお察しらしい鏡さんはゆっくりと唇を触れる。ちゅ、とわざとらしく立てた音は騒がしい音楽より耳についた。