「……痛かったら言って」
 雲雀の囁くような声が落とされて、頷く前に質量を持った熱が膣内へと押し込まれた。体内を引き延ばされる感覚にひゅっと息を飲む。
「っ、……!」
 痛い、より、苦しい。身体全体が引き延ばされるみたいな衝撃に全身が震えた。上手く呼吸が出来なくて、唇がはくはくと無意味な開閉を繰り返す。狭い膣内に息を詰めたのは雲雀も同じで、容赦無く締め付ける苦しさに眉を顰めて唇を噛み締めていた。滅多に見れない苦し気な表情を認識する余裕も無く、収縮するたびに襲う引き攣ったような痛みにただ耐えた。痛い、というのも憚られたし、そう言う余裕すらなかったのだろうと思う。でも、流石に痛みに悶える様を見て取ったのか、食い千切られそうな痛みに歯牙を食い縛りながら、雲雀は片手を伸ばして結合部の上にある肉芽を軽く撫で上げた。痛みの中に微かな快感が戻って、私はまたびくりと身体を跳ねさせる。動かなかったのか、動けなかったのか、それは分からないけれど、雲雀は私の身体が再び弛緩するまでずっとそのままで快感を与え続けていた。
 半分ほど押し込んだまま、どれくらいの時間が経っただろうか。ようやく痛みが薄れてすべらかな雲雀の指の腹が擦れる感覚しか感じなくなった頃、挿れっ放しだった自身の結合部へと指先が這わされて、宥めるように入口がなぞられる。それに震える身体が快楽しか感じていないと悟ったところで、ようやく腰を抱え直され一気に根元まで自身が沈んだ。
「ひ、ぁ……!」
 圧迫感は激しいが、最初の時のような痛みはもう薄い。異物を押し戻そうとする動きもない所為か、幾らか雲雀も苦しさは軽減したようだった。互いの荒い呼吸だけが室内で重なる。雲雀は、無理矢理割り開く訳でも無く、緩やかな動きで一度引き抜き、また押し戻すという動作を何度か繰り返した。そのたびに膣壁が擦れて、言いようのない感覚が背筋を昇って来る。気持ちいいかと言われればまだ違う気がするけれど、不快かと言われれば、そうでもない。私は雲雀の背中へと両腕を回して、繰り返される緩やかな律動に身体を任せた。

「……まだ痛い?」
 掠れたような声音が耳朶を掠めて直接耳の中へと吹き込まれる。脳髄を揺らすようなその低い声にずくりと下腹部が疼いた。黙って首を横に振ると、それだけで意図を解して雲雀はまた黙る。乱れた呼吸もそのままに、徐々に律動が早くなる。私は揺らされるがままに苦悶とも快感とも付かない声を漏らして雲雀に縋り、柔らかなシャツをぐしゃりと掴む。いやに肌触りの良いシャツが皺を溜めても、雲雀は咎めなかった。胎内だけでは気持ちよくなれないけれど、挿れる時と同じように律動に合わせて擦られる肉芽のお蔭か、熱に浮かされた脳内はどちらが気持ちいいのか計り兼ねているらしく何だかその境界線がぶれてきた。硬い熱に擦られるたびに上擦った声が上がる。何だかもう全身が熱くて、視界がぼんやりとして、もっと深く突いて欲しいとさえ思った。きっと奥がまだ感じる訳ではないだろうに、熱に浮かされるととんでもなく可笑しなことを思ってしまうらしい。或いは、これが本能に呑まれるという感覚なのだろうか。嗚呼そうだ、きっと雲雀の所為だ。耳元で零れる不規則な呼吸は全力疾走をした後みたいに乱れていて、熱く荒い。そういえば雲雀の息が上がっているところなんて見たことが無いなぁ、とぼんやり考えたが、その瞬間に突き上げた自身が壁に擦れた途端、奇妙な快感が身体を貫いて大袈裟なまでに身体が跳ねた。
「あ、……っ!や、待って、っ…!」
 唐突な衝撃に焦って身を捩ると流石に驚いたのか一瞬動きを止めたが、それが快楽故の行動であると悟れば僅かに口角を吊り上げ同じ個所へとわざと先端を擦り付ける。動かされるたびに身体が跳ねて、それが何故か堪らなくて、怖くなって額を雲雀の方へと擦り付けた。きっと繰り返せば恐ろしく感じる箇所なんだろう、でも今はそれを気持ちいいときちんと認識出来ていない。強く突かれると痛いほどだったが、零れる声から加減を拾ってちょうどいい調子で擦り上げる雲雀はきっと理性と本能の綱渡り状態であるだろうに、案外この行為を楽しんでいるらしかった。嗚呼もうまともに前が見えない。中か、外か、どちらの刺激か分からないけれど、もうイってしまいそう。ぐり、と、慣れてきた頃合を見計らって感じるところを深く抉られて、私は悲鳴染みた声を漏らし多分この時一番大きな衝撃で達した。絶頂に連動する締め付けで、遅れて雲雀も薄いゴムの中に吐精した。


 雲雀はそのまま体勢を崩して折り重なるように私の上に重なり、しばらく二人の荒い吐息だけが部屋の中にこだました。倦怠感が身体全体を包み込み、指先を動かすだけでも億劫に感じる。どれくらいそうしていただろうか、早い段階で呼吸を整えた雲雀は気怠そうに身体を起こしてまた私の腰へと手を添えると、そのまま軽く固定して胎内にうずめたままの自身を一気に引き抜いた。身体を埋めていた質量を引き抜かれる唐突な喪失感に思わず背筋が震える。雲雀は半ば淡々と引き抜いた自身に纏わり付くゴムを取り外してその中に溜まった白濁に僅か眉根を潜める。指先で器用に口を括ると、そのままぽいとゴミ箱に投げ捨てる。乱れた服を簡単に整えて、そしてようやく私を見た。
「……生きてる?」
「……、…生きて、ます……でも身体が動きません……」
「だろうね、僕も何だか身体が怠い」
 シーツに沈んだまま動かない私に特に文句を言うでもなく、雲雀は私のシャツへと手を伸ばし、外されたシャツのボタンを留めて上にぽいと布団を投げかける。室内に置いてあったペットボトルをベッド脇に置いて、そして部屋から出て行こうとするものだから、私は慌てて痛む腰を抑えながら身体を起こして雲雀の方へと身体を捩じった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……!どこ行くんですか!」
「リビング、眠い」
「いやいや私は泊まらせて貰う立場なんですから、私がソファに行きますから!」
「君をソファまで連れて行って、そこからまた部屋に戻る方が手間だ」
「え、ええー……」
「凄く怠いから後始末は朝にね、気持ち悪いならシャワー使ってもいいけど、僕は寝るから」
 それだけ言って、彼は欠伸をしながらあっさり部屋から出て行ってしまう。確かに私は動けないし、ソファに行くなら連れていってもらわなければならないが、本当にベッドを借りてもいいんだろうか。多少情交の痕が残ってしまっているが、鼻が慣れたのかそこまで酷くもないし、眠るなら柔らかいこちらの方が断然良いだろう。何だか非常に申し訳ない気もするが、疲れて怠いのは私も同じなので今回ばかりはありがたく好意を受け取っておこうと思う。襲い来る睡魔に抗わず瞼を落とせば、一瞬だけ劣情の気配を纏った雲雀の面立ちがよぎって、そのまま意識は闇へと沈んだ。

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