「……まぁ、そんなことはどうでもいいか」
 雲雀は一瞬の間を置いてそう笑った。
「僕は感覚を知りたい、君もこの行為を知りたい。要は利害の一致だ、そうだろう?何も深く考えることはない、気持ちよくなければそう言ってよ、僕だけ良くなって終わらせるなんて事はしないから」
 雲雀らしい言葉だった。そしてその言葉は、私の感情をすうっと溶かす。嗚呼、そうだ、確かに、何も考える必要は無い。偶々自分だっただけだ、きっと雲雀も私も、相手なんて誰でも良かった。でも、そういう話題に敏感な大多数のクラスメイトでは下手に煽り立てられるか不純だと後ろ指を指されるか、どちらにしても碌な結果にならないことは目に見えている。興味があっても、皆、そんな猥褻な事柄なんて知りませんとばかりにつんと澄ましている。都合が良かった、そんな一言で私達の現状は事足りる。誰でもよかったけれど、有名人の雲雀と関係と持っても下手に騒ぎ立てない女子生徒という括りに拘れば確かに私くらいしか当てはまらない。そして私にとっても、こんな冷淡な理由で関係を持てる男子生徒なんて雲雀くらいしかいなかったのだろう。探せば代わりはいる、でも、わざわざ探し出そうとするほど二人とも暇じゃない。代わりが必要なほど、お互い嫌い合ってなんかいない。
「……もうちょっとくらい、優しく、しなくてもいいですよ」
「何それ、普通逆なんじゃないの」
 可笑しそうに、雲雀は笑った。今までのような小さな笑みではなく、思わず零れたというような、そんな普通の笑い方で、私はうっかりその笑みに見惚れた。綺麗な男だなぁ、と思う。あの日、応接室で舞ったプリントを彼の背を飾り立てた天使の翼と誤認した時のように、全身が頭上の男に釘付けになる。時間が、止まる。嗚呼、うつくしい。雲雀は美しい生き物だ。


 羨ましいくらいに丁寧に作られた指先が私の首筋を這う。優しくしなくてもいい、と言った効果か分からないが、先程より力が込められた手付きはしっかりと肌に張り付いて何だか妙な気分になる。端整な面立ちは首筋へと埋められて表情は見えないけれど、多分、相変わらず無表情なんだろうな、と思う。薄い皮膚を辿る舌の温さが背筋を震わせた。
「っ、……」
 捕獲癖でもあるのだろうか、あるいは肉食動物染みた習性か、捕えられた片方の手首は少し痛いほどの力でシーツへと縫い留められている。悪寒のような快感に身体を震わすたび、絡み付かせているだけの指先が緩く締まって骨を軋ませた。雲雀は何も喋らない、静かな部屋には噛み殺した私の吐息だけがこだましている。
 一方的に余裕を奪われるのは確かに悔しいものなんだな、とぼんやり思考した。と言っても、まだこれだけの思考回路を動かせるだけの隙間はあるのだけれど、それだっていつ彼に食い殺されていくか分からない。比べる相手がいないので正確な結論は出せないけれども、少なくとも雲雀は全く以て拙くなかった。手際がいいという訳では無かったが、野生的な本能だろうか、微細な反応や声音から何処がどう感じるのかを拾い上げて的確に性感を高めていく。多分きっと、あと何度か回数を重ねれば確実に中学生の手腕では無くなるだろう。時折気紛れに秘部へと擦り付けられる膝が輪をかけて気持ちいい。身をよじるたびに、小さくベッドのスプリングが軋んで鳴く。熱いなぁ、なんて現実逃避染みた思考が浮かんで視線を天井に投げ出した。温度のないただ真白いばかりの壁が一面に広がっている。雲雀は白い。熱くて、その冷たい面立ちが一目見たくて、自由な片腕を持ち上げそっと雲雀の髪を掬って掻き上げた。
「……何?」
 白皙の額が露わになり、熱を孕んだ灰青色の瞳が遅れて私を迎えた。あの雲雀が、私に欲情している。情欲の気配が絡んだ視線は熱い筈なのに、何でこんなに温度が低いんだろう。何でも無い、と答える前に唇を食まれて言葉ごと食われる。嗚呼、眩暈がしそうだ。舌なめずりでもするみたいに唇を舐めるその仕草が腰にくる。本当に信じられない、こっちは処女だっていうのに、この男は知りもしない胎内の快感を欲しがらせる。咥内へと入り込む舌先に己のそれを絡めて応えながら、投げ出した脚を雲雀の腰に擦り付けて小さな抗議を送る。自分でも碌に触れたことのない胸の突起が軽く弾かれて、くぐもった声が唇の隙間から漏れ出した。重なるように喉奥で噛み潰された笑い声が落ちる。どうやら悪戯する余裕もあるらしい、狡い男だ。何度も弄ばれて敏感になった突起からようやく手を離すと、雲雀は手のひらを滑らせて無理矢理ベルトで固定しただけのスラックスに手を掛けた。かなり強引に止められているのは風呂上りに見て知っているだろう、片手で解くのは最初から諦めていたらしく少し乱暴に絡まったベルトを引いて隙間を作ると唇を離して吐息混じりに囁いた。
「……ねぇ、腰、上げて」
 その声に従うように、私は少しだけ腰を浮かせる。タイミングを見計らったように引き抜かれたそれは無造作にベッドの下へと投げ捨てられた。視界の端でそれを認識し、私は雲雀の首筋へと片方の腕を回しながら口を開く。もう片手は未だ雲雀に捕まったままだ。
「っ、は……すみ、ませ……」
「何が?」
「ズボン、多分、濡れて……」
「嗚呼……いいよ別に、後で洗う」
 下着も無いのに雲雀が器用に膝で遊んだ所為で、擦り付けられた布にはきっと溢れた愛液が零れてしまっているだろう。やったのは確かに雲雀だが、やはり少しだけ申し訳ない。っていうか、恋人じゃない女との情交痕が残った服ってどうなんだ?と思わなくもない。まぁ、雲雀なら気にし無さそうだけれども。雲雀は何も纏うものの無くなった私の腰を抱えてはぁ、と熱くなった吐息を吐いた。腰同士がぶつかって、その細さに思わず悩まし気な溜息が漏れる。骨っぽいだけの私とは全く異なる、服越しでも分かる綺麗で男性的なライン。雲雀の裸体を見てみたいなぁ、と熱に浮かされた頭でそんなことを思った。

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