東の青い花 2-3
皆が起き始めると、デュランダルとイルーチェも下りてきた。話し合って理解を深めたのだろう。イルーチェは甘えるようにデュランダルにべったりで、食事も隣に座った。 このギルドは恋人同士も多い。そんな中でカロルは、どこに座ればいいのか分からない様子で入口に立っていて、ノエルはそれをじっと見つめた。 彼等がカロルをないがしろにしているとは思っていない。皆その時々で話したいことはあるし、恋人や家族は大切だ。だが静かに皆を見つめているカロルがひどく危うくて、ノエルは「・・・カロル。」と呼んだ。 「すまないが、私はここの料理に馴染みがない。名前を教えてくれないか。」 「う、うん!」 頬を紅潮させたカロルは、ぴょんと隣に座り、「あのね、これはね・・・」と説明を始める。相槌を打ちながらカロルの肉を切り分けて口に運んでやる。するとカロルは「えっ、」と頬を赤らめた。 「どうした?口を開けなさい。」 「ぼ、僕、子どもじゃないから・・・」 「料理の名を教えてくれている礼だ。遠慮する必要はない。」 「う、うん・・・。」 恥ずかしそうに開いた口に食べさせてやると、「・・・おいしい。」と俯きながら言った。 「たくさん食べなければな。成長期なのだから。」 「僕ね、ちょっと背が伸びたんだよ!」 「そうか。君なら美男になるだろうな。」 「・・・ほんと?」 「ああ。この中の誰よりもいい男になるさ。」 口の端についたソースを拭ってやると、カロルは嬉しそうに笑う。食事を終えると、食休みもほどほどに依頼がある者は出掛けていき、ノエルはデュランダルから読み書きを教わることになった。 彼は凛々にも読み書きを教え、短期間で習得させた実績がある。だがノエルの吸収の速さは驚くべきものだった。 文字表と一冊の本を渡した僅か三時間後、突然ペンを置いた彼女は「・・・理解した。」と呟いた。 「・・・もうかい?」 「ああ。」 「・・・ではこれを読んでごらん。」 「・・・エアルに変わる新たな動力源として、マナが注目されている。エアルの乱れは世界の乱れに繋がり、大いなる災いを招く。」 「・・・驚いたな、完璧だ。リリでも数ヶ月かかったのに。」 「学びなど要点さえ掴めばあとは応用だ。さほど難しいことではない。・・・出来れば薬学書が読みたいのだが。」 開いていた本をぱたりと閉じてデュランダルを見ると、「薬学書ならあそこの棚に一通りあるから、好きに見るといい。」と指した。 子どもが読むようなものから、専門知識がなければ意味が分からない専門書まで多様に揃っている。数冊を手にし、「借りても構わないだろうか。」と問うと、デュランダルは「構わないよ。」と頷いた。 「君は薬を調合するのかい?」 「ああ。調合した薬に魔力を込めると、より効果が増す。」 「ふうん・・・、例えばどんなものだい?」 「だいたいのことなら事象として表せられる。例えば・・・今は手持ちがこれしかないが、これを飲めば猫耳が生える。」 「・・・猫耳。なぜそんな薬を作ったのかとか、作るなら他になかったのかとか色々聞きたいが・・・、・・・猫耳か?」 「猫耳だ。術式を変えれば、他の耳も可能だ。」 「ちょっと待っててくれるかい?」 デュランダルはすっくと立ち上がると、部屋を出て行き、やがて「やあ、待たせたね。」と輝くような笑顔で戻ってくる。傍らにはジュディスがいて、「いったいなんなの?」とデュランダルを見上げた。 「ジュディス、これを飲んで。」 「・・・なんなの?これ。」 「これを飲むと猫耳が生えるらしい。」 「それならユーリにあげたら?リリに猫耳が生えたら、彼とても喜ぶわよ?」 「嫌だ。俺がまず楽しみたい。」 「・・・我が儘なんだから・・・。」 言い出したら聞かないと知っているため、小瓶を持つ。「一日経てば元に戻る。」と説明すると、ジュディスはぴたりと手を止めた。 「・・・夜に飲むのではダメ?」 「今。大丈夫、ノエルには俺がお前と寝ていることは気づかれているから。」 「なおさら嫌よ。なんだかんだと理由をつけて、明日まで私で遊ぶんでしょう?おじさまの絶倫振りに付き合っていたら、明日が大変だわ。」 「えええ・・・、見たい・・・。」 「ダメ。」 「じゃあ俺も飲むから。」 頼りになる最年長、底知れない恐ろしさを持つ一筋縄ではいかない男。少なくともノエルのデュランダルへの印象はそうだったが、ジュディスに対してはだいぶ違うらしい。ずいぶん心を開いて甘えているように見える。精算すると言っていたわりに、猫耳が生えると聞いてすぐに呼びに行くなど、かなり好意的だ。 「それにおじさまの部屋も私の部屋も防音ではないわ。」 「だって声を我慢しているのが可愛くて・・・。」 「・・・おじさま。いくら私達が寝ているとノエルが気付いたとしても、そんなあけすけな話をするのはどうかしら?」 「なら飲んで。」 「私のことは気にしなくてもいい。皆には君達が泊まり掛けの依頼で出掛けたと伝えておくし、この部屋は魔法で防音にしていこう。」 退路をひとつずつ断っていくと、ジュディスは観念したのか、「・・・あまり酷くしないでね?」とデュランダルを見遣る。「もちろん。」と笑顔で答えた彼に溜め息を吐き、ぐっと小瓶の中身を煽った。 かっとジュディスの身体が光る。それが収まると、頭には青い猫の耳と、尻からは青い尻尾が生えていた。 「・・・凄い。本物だ。」 「疑っていたけれど、感触も本物だし、音がすごくよく聞こえるわ・・・。」 「ふふ、可愛い。」 「あ・・・っ!」 ジュディスを膝の上に乗せ、尻尾をすす・・・と撫でる。びくびく震え上がったジュディスに、ノエルは「ふむ・・・。」と顎に手を当てた。 「感覚は猫に近づいたか。となると、男には飲まないよう注意すべきだな。」 「ああ、猫の雄の性器はトゲがあって痛いらしいからね。」 「やはりあと何冊か追加で借りていく。あなた達は今から忙しそうだからな。」 「すまないね。ちょっと忙しくなりそうだ。」 ジュディスのこめかみに唇を触れさせながら、デュランダルは勝手知ったる様子で左胸を露にし、股部分の横から指を忍ばせる。ここにいるのがノエルだから遠慮はいらないと判断したのだろう。 「鍵はあなたがかけてくれ。出たら音が漏れないように魔法をかける。」 「ああ。また明日。」 部屋を出てすぐに、音が漏れないよう術をかける。おそらくこの扉は明日になるか、ジュディスが限界を迎えるまで開かれることはないだろう。 ノエルは応接室に向かうと、編み物をしている凛々に声をかけた。 「リリ。」 「はい、なんでしょうか?」 麗しい穏やかな微笑みが向けられる。ノエルは隣に座ると、毛糸の玉を手に持ちながら言った。 「デュランとジュディスは今日は食事は必要ないそうだ。」 「先生ったら、またジュディスを可愛がっているのかしら・・・。困ったものだわ・・・。」 「・・・?君は知っているのか?」 「わたくしは職業柄、人間観察は欠かせませんもの。」 「ああ・・・舞台女優だったな。」 「わたくしとしては、先生にもっと素直になっていただきたいのですけど・・・、頑なな方ですから。」 「本能には忠実なようだがな。」 「閉め出されてしまったのでしょう?お勉強の途中だったのではありませんか?」 「読み書きは理解したから、教わることはない。」 「まあ・・・、凄いんですのね・・・。あの・・・それではあなたはここを出てしまわれるんですか・・・?」 読み書きが出来ないのでは、ここを出ても生活が難しい。だからノエルはここに留まった。だが読み書きを覚えた以上、彼女がここに留まる理由はなくなってしまった。悲しげに問う凛々に、ノエルは考え込むように黙った。 「・・・出来れば、カロルのためにもいていただきたいのですが・・・。」 「・・・・・・。」 「今朝も、あの子が所在なさげにしていたことに気付いて声をかけてくださったでしょう?わたくしは給仕で忙しいので、一緒に食べるとなると待たせてしまいますし・・・。」 「・・・カロルはいつもああなのか?」 尋ねると、凛々はゆるりと頭を振った。 「・・・最近、妙に遠慮がちで・・・。思春期なんだと思います。今まで気にならなかった色々なものが気になり出したのでしょうね。前までは無邪気に入っていっていたのですが・・・。」 「・・・そうか。」 「わたくしがもっと構えればいいのですが、なかなか時間を取れなくて・・・。ですからあなたがいてくれたらと思ったのです。」 そう言いながら編んでいるのは手袋のようだった。大きさからしてカロルに渡すのだろう。これから本格的な冬がくる。ここは雪が降るのだろうか、と灰色の空を見上げながら考えた。 東の青い花(手を伸ばすことを躊躇った東にて) |