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2023/04/05(Wed) 未分類
爆豪と狐
・夢主は人外




────今でも鮮やかに思い出せる。


白露の節季であるにも関わらず、ひらひらと降り注ぐ桜の雨。
鼻先を掠めた淡い香り。
踏み締めた砂利の音。
満開の桜に囲まれた、小さな祠。
古ぼけた木の扉を好奇心のままに、俺は開けてしまった


『────だれ?』


落ち着いた声は、幼い俺の心の深い部分に根を張った



















くあ、と肩に乗った狐が欠伸をした。
首に巻き付いたソイツは退屈なのか、太い尻尾で俺の頬を撫でた。
プロヒーローによる一般科目の授業を聞き流しつつ、左手で細い顎の下を掻いてやる。
一度頬を擦り付けて大人しくなったので、どうやら満足したらしい。


「爆豪、何処行くんだ?」


「何処でも良いだろ」


昼休み、黒い狐を首に巻き付けたまま、俺は教室を出た。
人が来なさそうな場所を探し求めてふらりと歩く。中庭の一角に辿り着き、そこで腰を下ろした。


「刹那、食うか」


買ってきたパンをちらつかせるが、狐はすんと鼻を鳴らすと、俺の首に顔を押し付けた。
今は食い気より眠気らしい。
もそもそと焼きそばパンを噛っていれば、暫くして刹那が顔を上げた。
もう一度パンを口許に持っていってやれば、今度は素直に口が開く。


「美味いかよ」


『きゅう』


「チーズ蒸しパンあんぞ」


『きゅ』


食う気になった狐の口に柔らかな蒸しパンを放り込みつつ、緑茶を口にする。
今日の午後はヒーロー基礎学がある。
前回の時は何とかなったが、今回はどうなるのか。















今回は救助訓練らしい。
面倒だ。個性的に俺は救助にゃ向いてねぇっつーのに。
内心愚痴を溢しつつ、バスに乗り込んだ。
刹那はネックガードの内側でぐるりと丸くなり、目を閉じている。
頬杖を付き窓の外を眺めていれば、隣に座った女に話し掛けられた


「爆豪の連れてるその子って、アンタの個性?」


「……関係ねぇだろ」


「そりゃそうだけど」


刹那は身動ぎ一つしない。
その事に安堵の息を溢しつつ、目を閉じた。
何故わざわざ俺の隣に座ったんだこの女。無駄に話し掛けて来ないだけ、他よりマシだが。
こんな事なら、誰か野郎の隣に座れば良かった


















入学初日の体力テスト。
翌日のヒーロー基礎学。
此処まではまぁ、保ったのだ。
心が酷く乱れても、深呼吸して押し留める事が出来た。
だがこれは。


「────敵だ!!!!」


これは、無理だ。


すっと黒い狐が顔を上げる。
菫青の目が捉えているのは、真っ黒な脳味噌が剥き出しの敵。
異形のソイツを見据え、刹那が身を起こした


『ねぇ、勝己』


「……ダメっつって聞くんか?」


『聞いても良いけど、そうするとセンセイ、死ぬんじゃない?』


くすくすと耳許で落ち着いた声が笑う。
その言葉に俺は一層警戒レベルを引き上げた。
コイツが此処まで言うという事は、担任である相澤じゃあの脳味噌野郎には敵わねぇという事だ。
目を伏せ、それから静かに前を見据える。
この後めちゃくちゃに説教されるんだろうが、仕方無い。
面倒事は嫌いだが、面倒の方が走ってきたんだししょうがない。


「殺すなよ」


『はーい』


黒い狐は微笑んで、飛び出した。

















かっちゃんが静かになったのは、何時からだったか。


個性が出始めた頃は、かっちゃんは典型的なガキ大将だった。
皆より何でも出来て、何時だって皆を従えていた。
その頃の僕は、無個性であるのも相俟って苛められていたのだし。


ただ気付けば、かっちゃんは静かになっていた。


口を開けばぶっきらぼうな言葉が飛び出すけれど、成績優秀で、暴力だって振るわない。
皆はかっちゃんを大人しくなったという。
落ち着いたと、ヒーローに相応しい振る舞いを始めたのだと褒めそやした。


ただ、それは違うと、僕は知っていた。


かっちゃんは内気になった訳じゃない。
気に食わない事があると張り上げていた大声が、何時からか空気を重くするまでの殺気に変わっただけ。
直ぐに漏れていた爆破が、目が合っただけで心臓を竦み上がらせる様な睥睨に変わっただけ。
表に出さないだけで、彼の気性の荒さは変わってなんかいないのだ


…ああ、そういえば。


かっちゃんがあの狐を連れ始めたのは、何時からだっけ。


「────殺すなよ」


『はーい』


僕が敵を前にしてそんな事を呑気に考えたのは、きっと現実が受け入れられなかったからだ。
目の前で繰り広げられる光景を、認識するのに時間が掛かったから。


青紫の残光が、宙を駆けた。


漆黒の影が、脳味噌が剥き出しの不気味な敵に真っ直ぐに向かっていく。
次の瞬間轟音と共に砂埃が舞い上がり、周囲は騒然とした


「爆豪!何してる!」


「敵の制圧」


怒鳴る相澤先生に静かに返すと、かっちゃんはひらりと手摺から身を投げた。
宙に浮く彼の身体を直ぐに黒い影が掬い上げる。
長大な背に跨がると、かっちゃんはぽんと黒い影を────狐の背を叩いた


「凍らせろ」


『オッケー』


かぱ、と大きな狐が口を開いた。
そこからぶわりと吹雪が吐き出され、砂埃を直撃する。