『……ん…?』

霊骸の修兵さんに世話されながら療養を始めて数日。廷内に沢山の霊圧を感じた。どれもこれも隊長格のもの。まさか志波空鶴さんの所に居たらしい原種の隊長達が此方に来たんだろうか

『…なら…僕も行かないと』

痛む傷を無視して布団から出る。のそのそと這いながら畳まれた死覇装の下まで移動しているとじくりと腹部と背中、それから右肩が痛んだ。傷がまだ癒えていないのか。まぁ回復鬼道も使われていないのに治っていたらそれはそれで怖いが
取り敢えず着替えようと死覇装を手に取れば寝室の扉が開いた

「独月、飯……って何してんのお前」

持っていた盆を置いた修兵さんが呆れた顔で僕を見た

『死覇装着ようとしてますけど』

「却下ですけど」

その言葉と共に死覇装が引ったくられた。ついでとばかりに藤凍月と隊首羽織も拉致される
それらを近くに置いて修兵さんが僕を抱えた。直ぐに布団に戻される

『あの、騒ぎに突撃出来ないんですけど』

「お前は今絶対安静ですけど」

や、この程度の傷なんかへっちゃらだって。そう言った僕の着流しが修兵さんの手で開かれた

『何すんだ変態』

「見てみろ。お前が無理した所為でまた傷口が開いた」

僕の言葉はシカトか。
素直に視線を腹部に落とせば包帯がじわじわと血に染まっていくのが見えた。

「ちょっと待ってろ。包帯取ってくる」

溜息を吐いた修兵さんが僕の死覇装やら藤凍月やら抱えたまま部屋を出て行った。あ、せめて藤凍月は置いて行こうよ。それさえあればどんな格好でも突撃したのに。…ああ、それがバレてるから藤凍月が拉致られたのか
カチャリと扉の開く音がして、救急箱と羽織を持った修兵さんが部屋に入って来た

「上を脱げ。んでこれで胸隠せ」

ぽいと渡された紺色の羽織。あ、これ修兵さんのヤツだ。見ていれば此方に背を向けたまま突っ立っている修兵さんに気付く。ああ、僕が準備するのを待ってるのか。変態な癖に変な所で紳士な顔面卑猥様に口元が緩む。
多少苦労しながら両手を着流しから抜く。後は羽織を抱えて胸を隠せば良いんだったか
ぶっちゃけほぼまな板な胸なんて見られても何ともないんだが。包帯も巻かれてるし
でも流石に修兵さんに貧相なモノを見せては可哀想なので、動かしにくい手で頑張って胸元に羽織を掻き抱く

『出来た』

「りょーかい。其方向くぞ?」

確認してから振り向いた修兵さんが僕の隣に座った。血が滲んだ包帯を見て眉を寄せる

「また結構な量が出てんな」

『………痛い』

「我慢しろ」

手際良く包帯が外される。
少し貼り付いたガーゼが外されて現れた傷から血が流れ落ちた。もういっその事縫った方が良いのかも知れないが、素人がやる訳にはいかない。となると思い付く治療法は残りは一つ
動き辛い手をじくじくと痛む腹部に向けた。やらないよりマシだろう
緑色の光がゆっくりと手に集まり始めた。

「お…その調子で表面だけでも塞げるか?」

『やってみる』

何しろ重傷な自分に向かって回復鬼道なんて任務中でもやった事がない。何時も通りに啓活を使っているんだが果たしてこれは正しく出来ているのか。まぁ今の所少しずつ塞がっているから、上手くやれているのだろうとは思うけど

『……良し…』

「塞がったな」

お疲れさんと頭を撫でた修兵さんが患部に塗り薬を塗ったガーゼを当て、包帯を巻いていく。
巻き終わったそれを確認してから修兵さんが立ち上がり、僕の後ろに座った。

「背中やるから羽織は置いとけ」

『ん』

「ちょっと前屈みになれるか?」

『やってみる』

片手で抱えていた羽織を膝の上に置く。少し前屈みになって膝を手で掴む状態になれば、頭を撫でられた

「キツいかも知れねぇが、ちょっとその体勢で居られるか?」

『ん』

頷けば良い子だと笑った声が聞こえた。子供扱いか
包帯が解かれぱさりと落ちた。剥がされるガーゼは所々張り付いているのか、ぴりぴりと痛んだ。ガーゼを剥がし終えた修兵さんが小さく唸り声を上げた

「流石に背中の傷は塞げねぇよな…」

『手が届かない』

普段なら届くだろうけど、怪我は丁度肩甲骨の間の為動かすと痛くて手が回せない
それを告げればだよなと頷いて、修兵さんがガーゼに薬を塗り始めた。ちらりと見えたガーゼの大きさからして傷はそれなりに大きいらしい。
まぁ風死が刺さったんだから当然か
そう考えながら肩の傷にも啓活を使う

「傷口にガーゼ貼るからな。痛くても我慢しろ」

『ん』

その言葉の少し後にそっと背中に柔らかい物が当てられた。優しい手付きでガーゼらしき物を押さえながら包帯を巻き始める。先程よりも酷く慎重に巻くものだから何故だと思い見ていれば、前を通る時に特に気を遣っている事に気付いた。
ああ、この人胸に手が当たらない様に注意してるのか、と其処で納得。や、別にまな板だから触られても減るもんないし、治療して貰ってる身だからもし手が当たっても文句は言わないつもりなんだけど

『修兵さん、僕は別に気にしないからそんなに気を遣わなくて良いよ』

そう言うと背中越しに溜息を吐かれた。え、何その反応

「馬鹿。お前は女なんだからもう少し危機感を持て」

呆れた様な声音に首を傾げる。こんな貧相な身体を狙う奴なんか居ないだろうに。そう言うと修兵さんがまた溜息を吐いた。さっきから何なのその反応

「あのな独月、世の中には微乳が好きな野郎も居るんだぞ」

『え』

何だそれ。何その趣味。普通胸は大きい方が良いんじゃないの?

「人それぞれってこった。だから危機感持てっつってんの」

『……了解』

頷けば頭を撫でられた。
肩の包帯も換え終えたらしい修兵さんが後ろから移動して僕の隣に座った。盆に乗せた鍋の蓋を開けて様子を見る

「飯、食えるか?」

『……少しなら』

そう返すと鍋の中身をよそい始めた。今日はシチューらしい。
























「ちっ…!」

飛び掛かってくる斑目の霊骸を跳ね退けながら辺りを見る。更木隊長や日番谷隊長、他の隊長達も居る。それなのに、あいつの姿が見当たらねぇ
あいつの霊骸は居るんだ。けど原種のあいつが居ない

『余所見するとは余裕だな!』

「っ!」

独月の霊骸の振り下ろした長刀を受け止める。その隙に背後から迫ってきた桜の渦。瞬歩で躱せば闇燕で左肩を斬られた。反射的に半歩退いたお陰で傷はそう深くねぇ。一端白い石畳の上に降りれば他の奴等も近くに集まってきた。

「修兵、傷は大丈夫なの?」

「大した事ねぇっす」

隣に並んだ乱菊さんにそう返す。俺達を取り囲む霊骸達。どうやら奴等は一人になった所を数人で叩いて確実に仕留めるつもりらしい。ならば一人にならねぇ様に、複数で固まる。そうすれば奴等は攻めて来ねぇ。要はあいつらとの我慢比べだ。

「……乱菊さん」

「何?」

動けねぇ状態、その中で小さく乱菊さんに話し掛ける。今は無駄話出来る様な状況じゃねぇのは判ってる。でもどうしても、他の誰かに聞いておきたかった

「……うちの隊長、見てませんか?」

「…見てないわ。でもね、気付いてる?」

「…何すか?」

ちらりと乱菊さんを見る。彼女は小さく笑みを浮かべていた

「此処にあんたの霊骸も居ないのよ?」

「……っまさか…!」

まさか、俺の霊骸に負けたのか?
それとも今戦っている?霊圧を探るが誰かのぶつかり合う霊圧はねぇ。何処だ、何処に居るんだよ……!

「ってぇ!」

「ちょっと落ち着きなさいよ!」

背中を物凄い衝撃が襲った。叩いたのは勿論乱菊さん。痛ぇ、てか痛すぎて涙出た。涙目で彼女を見れば溜息を吐かれた

「ほんとちびさぎ隊長の事になるとあんたは落ち着きなくすわね……あの子はきっと大丈夫だから、ちょっと落ち着いて霊圧探ってみなさい」

「……は、はぁ…」

取り敢えず乱菊さんに言われた通り霊圧を探る。すると弱ってはいるが良く知る柔らかな霊圧を見つけた
その傍に居る、もう一人。思わず目を見開いた

「お…俺………?」

「そうよ。凄く穏やかな霊圧でしょ?」

乱菊さんの言葉にぽかんと口が開く。物凄く穏やかな霊圧。まるで戦いなんて知らねぇとでも言う様に。それが柔らかな良く知る霊圧の傍に居る。まるであいつを護っているかの様に

「普段ちびさぎと一緒に居るあんたは何時もあんな感じよ?
それにあんなに穏やかな霊圧の霊骸が、ちびさぎに手を上げるかしら?」

「…………」

「仮にもあんたである、霊骸が」

乱菊さんはそう言ってくすりと笑った。今独月の傍に居るのは俺の霊骸。一度はあいつを殺そうとした、俺だ。そんなのがあいつの傍に居て大丈夫なのか。


────“俺”だからこそ、独月を殺すんじゃねぇか


そんな言葉を言ったあいつが───

「……もし俺なら、弱った独月には手を上げたりしねぇ。例え敵でも、助けちまう」

「なら、ちびさぎ隊長は安全ね」

気合入れなさいよとまた背中を叩かれた。だから痛ぇって。乱菊さんを睨みつつ風死を握り直す。九番隊隊舎、其処から感じるあいつの霊圧は柔らかい。

「無事で居ろよ、独月……」


























「………眠ったか」

横を向いて目を閉じる独月の頭を撫でる。飯に混ぜた睡眠薬が効いたか。
結構強力なヤツを混ぜたから暫くは起きねぇだろう
独月に布団を掛け直し、窓を見る
窓の外では大きな光が上空に上っていた。何だか知らねぇが……そろそろ終局か
静かに立ち上がり、部屋を出る。
隊舎から出て見れば此方に向かって来る翡翠色の光。影狼佐の奴が何かやりやがったのか。
あの野郎瀞霊廷を…というか尸魂界ごと壊すつもりか?
向かって来る光に向けて手を翳す

「悪いが俺はてめぇを裏切るぜ、影狼佐」

両手に有らん限りの霊圧を集める。今俺が持っている全ての霊圧を。
近付いて来る光。俺の後ろには九番隊隊舎。これは俺が防がねぇと確実に独月を傷付ける。
─────そんな事は、許さねぇ

「縛道の八十一・断空!」

縦長の大きな膜が前方に現れる。直後衝突した翡翠色の光。馬鹿みてぇなエネルギーにじりじりと押される

「此処は通せねぇんだよ…っ!」

鬼道を放つ両手に力を込める。霊力を注げば膜はより強固なものになった。
それでも上回る光の力に押され足元が崩れる。
至近距離で光を見て、それが尸魂界の霊子を使っている事に気付いた。あの狂科学者め、こんな面倒なもん使いやがって

「……っぐ…!」

腕から血が噴き出した。次々と腕に裂傷が出来ていく。
どくどくと血が流れ、地面に歪な円を描いた。
腕ががたがたと震える。だらだらと血を流すそれは今にも崩れそうで。くそ、あと少し保ってくれ。あと少しでこの光を消せそうなんだ。

「…く、そったれ…がぁ…!」

歯を食いしばり更に霊圧を込めた。
身体のあちこちから血が噴き出した。呼吸が乱れる。身体が軋む。頼む。あと少し、あと少しで………





「………っ!」





翡翠色の光が弾ける様に消えた。
それを見届けてから、地面に崩れ落ちた
身体が動かない。視界も霞んできた。遠くで他の霊骸達が次々と消えていくのを感じる
俺の手も、少しずつ砂みたいに崩れていく。

「………」

ああ、俺、死ぬのか。
嫌な筈の事実もあっさりと受け入れられた。
寂しくはねぇ。悲しい訳でもねぇ。今此処で消えるというのに、不思議と心は穏やかだった。
それは何故か。考えて浮かんだのは独月の笑顔
ああ、あいつの笑顔が見られたからか。あいつが俺を修兵さんと呼んでくれたからか

「……独月…」

俺は俺らしく生きられただろうか
原種の俺ではなく、『俺』らしく。
独月の怪我を治療して、他愛ない話をして。修兵さんと呼んでくれた事が嬉しくて。笑ってくれた事が嬉しくて
この記憶は原種にはない。俺だけの、記憶
最後にやっと、俺らしくなれたんだろうか

「……もっと…一緒に……居たかった…」

意識が遠退いていく。
目を閉じる寸前、誰かの足が見えた


赤い目が嗤う



(ふむ、なかなか興味深いものを発見した)