『拳西さん』

「おう、どうした」

反対側の庭に居た拳西さんに近寄る。貰ったおにぎりのくるまれた包みを見せれば不思議そうな顔をされた。

「何だそりゃ」

『差し入れです。此処の姫さんがくれました』

「へぇ」

縁側に座り包みを開く。中には大きめのおにぎりが二つ入っていた。それの内一つを拳西さんに薦める。
修兵さんならこの二つぺろりと食べてしまうのだろうが、僕はそんな事出来ない。というかこのおにぎりの半分食べきれるかどうかすら危うい。
拳西さんにおにぎり一つは物足りないかも知れないが仕方ない、耐えてもらうしかないだろう

『これ、食いきれるか……?』

「残したら俺にくれ」

後頭部から縁側に着地した修ちゃんがそう言った。それなら遠慮なく残そう、絶対食べきれないし
もしゃもしゃと食べていると拳西さんが此方を見た。何だと首を傾げればゆっくりと口を開く

「隊長、この護衛どう思う?」

『まぁ疑問点は幾つか』

おにぎりを咀嚼しながら考える。
怪しい奴、つまりこの家にちょっかい出してるのは蘆之院家の分家らしい。理由は宗家後継ぎの重尚殿と春霞殿を消して分家の義元殿を当主にしたいから。それを話してくれたのはここの当主、重治殿。
其処まで判っているなら何故さっさと分家を潰さないのか。
まぁ貴族には僕達には判らない掟やら何やらあるんだろうけど

『それにしても』

すん、と鼻を鳴らす。
この屋敷、何か可笑しい。
見た目とかそういう問題じゃない。時折、ふと思い出したかの様に嗅ぎ慣れた臭いがする

「虚、だろうな」

拳西さんが目を細めた。
ずっと隊長をしていた拳西さんが言うなら間違いはない。この屋敷、若しくは屋敷周辺に虚が出てる。一瞬しか臭わないし捜しても見付からないから具体的な数とかは判らないけど

『気を引き締めた方が良さそうですね』

「ああ」
























結局その日は何事もなく夜を迎えた。
与えられた部屋に行き、腰を下ろす。後頭部に引っ付いてきた修ちゃんが畳の上に降りた

「拳西さんは隣か」

『おう』

まさか泊まりになるとは思わなかった。
代わりの隊士を置いて引き上げようとしたら重治殿に引き留められた。つかぶっちゃけ席官に警護させれば充分だと思うのは僕だけか

「ほんとハズレ引いちまったな」

『ああ』

用意された布団の上でぽふぽふ跳ねる修ちゃんがそう言った。言っちゃ悪いが確かにハズレだ。しかも稀にない大ハズレ
もしこれで何事もなかったら総隊長に特別手当下さいって言おう。只でさえうちの隊は瀞霊廷通信で忙しいのに、隊長と三席居ないとどうなる事か。まぁ直哉さんが居るから大丈夫だとは思うけど、あの人に全て任せるのも忍びない

『早めに終わらせてさっさと帰らねぇと』

「そうだな」

藤凍月を抱えて布団に横になる。修ちゃんも枕元で丸くなった。
















目を閉じて三時間程度経った時、ふと鼻先をあの臭いが過ぎった
静かに身を起こし、藤凍月を構える。気配はない。霊圧もない。もしかして霊圧を消せる虚か

『………』

暫く待ってみたものの何かが動く様子はない。臭いも消えた。此処から移動したと考えるべきか。それとも此方が油断するのを待っているのか
死覇装を身に纏って部屋を出る。目を覚ました修ちゃんには部屋で待機する様に言いつけた。
静かに廊下を移動する。隣の部屋からは特に動きはなかった。拳西さんは気付かなかったのか。
ふと庭を見れば其処でぼんやりと佇んでいる人影を見付けた。身長は高い。袖のない彼の着物────あれは死覇装?
月が雲に隠れた状態ではっきりとその姿は見えない。けれど見れば見る程その背中があの人と重なって。
月を隠していた雲が流れ、辺りが明るくなる。
月明かりの下、ゆっくりと彼が振り向いた
顔の刺青、傷痕。
僅かに表情を緩めたその顔は、今僕が化けている彼のもの

『────修兵、さん…』

自らが発した掠れた声も彼のもので、何だか笑えた

「────」

彼が口を動かした。何を言っているかは聞こえない。
近付こうと足を踏み出した瞬間────ぐにゃりと視界が歪んだ
















「……独…!」

『……う…?』

「独月!目が醒めたか?」

ゆさゆさと身体が揺らされる感覚に目を開ける。焦った表情の人型修ちゃんが目に入った

『……修、ちゃん…?』

「大丈夫か?」

優しい表情で頭を撫でられ目を細める。
そういえば何故焦った表情をしていたのか。それを訊けば修ちゃんは魘されてたぞと溜息を吐いた

「そういや昨日夜中に部屋を出た事は覚えてるか?」

『ん』

頷けばそうかと撫でられた。
確か昨日は夜中に虚の臭いがして部屋を出た。
それで廊下を歩いててふと庭を見て────

『………修兵さん』

「あ?」

『修ちゃん、修兵さんは?』

「……は?」

首を傾げた修ちゃんはきょとんとした表情。ちょっと落ち着けと言われた。や、僕は落ち着いてる。思考回路も正常だ

「お、起きたのか」

『拳西さん』

襖を開いて部屋に入って来た彼は修ちゃんの隣にどかりと座った。拳西さんも修兵さんを見てないんだろうか

『拳西さん、修兵さん見てない?』

「あ?見てねぇな」

寧ろあいつ来てんのかと訊かれた。やっぱり見たのは僕だけか

『……庭で修兵さんを見た』

「それほんとに原種だったのか?」

寝ぼけてたんじゃねぇかと修ちゃんに言われたが否と首を横に振る。そもそも寝てなかったから寝ぼけるも何もないし
そう答えれば拳西さんが親指で僕を差した

「修、こいつが修兵を見間違うと思うか?」

「…いや、思えねぇっすね……」

「だろ?」

どうやら納得して貰えたらしい。そういえば昨日は修兵さんを見た後の記憶がないんだがどうしてだろう

「お前、昨日倒れてたんだよ」

『え』

倒れてた?
という事は昨日修兵さんを見た後倒れたのか。ああ、良く考えれば視界がぐにゃっと歪んだ気がする

「なかなか帰って来ねぇから見に行ったんだよ」

そしたらお前が倒れてた、と。
うん、ごめん。迷惑掛けてごめん

「ったく、もう無理すんなよ」

『努力する』

そう返せばほんとかよこいつって目で見られた。や、ほんとだって
身を起こし、隊首羽織に袖を通した。隣に置いてあった藤凍月を背負い、修兵さんに姿を変える。今まで元の姿だったっぽいんだが誰にも見られてないよね?

「今日も面倒臭ぇ見張りか」

拳西さんが溜息を吐いた。
確かに面倒だからさっさと済ませたい。分家と虚を早く潰せれば良いんだが
部屋を出て庭を見た時にふと昨夜の事を思い出す。佇んでいた人影、あれは確かに修兵さんだった。けれど何処か引っ掛かる。何かは思い出せない。でも、何かが修兵さんじゃなかった気がする

『……修兵、さん…』



Not you have some people in your



(隊長、何か言ったか?)

(や、何も)