事の展開は五日目の昼に起こった。

「重尚!重尚!!」

どたばたと慌ただしく走り回る音。重治殿の声。奥方杷流殿の泣き声。
僕達は庭に出たまま佇んでいた。
急に嫡男の重尚殿が倒れたのだ。

『さて、この騒ぎで分家はどう動く?』

「随分楽しそうだな隊長」

『まぁな』

頭の上の修ちゃんの言葉にくつくつと笑う。うん、楽しいです。というか事態が動いた事が嬉しい

『重尚殿は今日の朝まで元気だったよな?』

「ああ」

重尚殿が倒れたのは昼食の直後。
それまでは至って普通だった。という事はやっぱり昼食が怪しい。毒でも盛られたか?

『まぁこれで分家と虚が片付けられれば楽なんだがな』

「そんな簡単にゃ行かねぇだろ」

『やっぱそう思う?』

空を見上げて溜息。
反対側を見張る拳西さんから連絡もないし、騒ぎは収まらないまま
本来なら僕達も騒ぎの中に行き怪しい動きはないか見張るべきなんだが、部外者を入れる訳にはいかないと断られた。よって何時も通りの庭警備。そんな事言うならもう何が起きても知らんと若干さぼり気味なのが現状

「なぁ隊長」

『どしたぁ』

「この五日間、随分妙じゃねぇか?」

修ちゃんの言葉に頷く。
確かに妙だ。この五日間、分家の事を殆ど教えて貰う事もなかった。襲ってきている張本人の事なのに、だ
警備の人数も僕と拳西さんのみ。増員も交代も認められなかった
そして警戒の薄い西の庭の警備。何度危険だと言って増員を進言しても、重治殿は一向に首を縦には振らなかった。

『……本家にも何か裏があると見るべきか?』

「だろうな」

修ちゃんの同意の言葉に頷く。どうも蘆之院家自体が怪し過ぎる。何かを必死になって隠しているのがバレバレだ

「調べてみるか?」

『そうすっか』
















夜中になり、辺りが寝静まった頃。僕は静かに身を起こした

『修、行くぞ』

「おう」

頭に引っ付いた修ちゃんを連れて部屋を出る。すると隣の部屋の襖が開き、拳西さんが顔を出した。

「行くのか?」

『はい』

「気ぃ付けろよ」

そう言った拳西さんが部屋に引っ込んでいった。
拳西さんは此方に残って異常がないか見張る係。本当なら修ちゃんがその係になる予定だったのだが、彼が嫌がった為拳西さんが留守番になった

『この庭で修兵さんを見たんだ』

「へぇ」

庭に目をやるが誰も居ない。
あの日から毎晩此処に来たが修兵さんらしき人影を見る事はなかった。やっぱりあれは見間違いだったのかと思うが、それは有り得ないと即座に否定する。僕は確実に彼を"視た"のだ。例えその姿に違和感を抱いたとしても

『……行くか』

軽く頭を振って思考を追い払う。今は此処で見た修兵さんの事よりも蘆之院家の秘密を重視するべきだ。
足音を消して廊下を通過する。僕達が普段使用しているのは此処まで。これより奥は立ち入り禁止とされていた
誰も居ない事を確認し、奥へと続く通路に入る。其処でうっすらと漂う臭いに眉を寄せた

『………香、か?』

「麻薬かも知れねぇぞ」

修ちゃんが鼻をひくつかせながらそう言った。
僅かに嗅ぎ取れる甘い香り。数回吸うと肺に沈殿する様な感覚。濃厚なものを吸えば成程身体に悪そうだ
奥に進めば微かに物音が聞こえて来た。同時に濃くなる香り。鼻が曲がると手拭いで覆いながら歩けば、物音が機械音である事に気付く。ゴウンゴウンと低く唸るその音はこの場に酷く不釣り合いで、怪しい。修ちゃんと頷き合い、早足に歩き出した。



















「『…んだよ、これ…』」

修ちゃんと同時に呟き、目を見開く。
襖を開けて侵入した一室。薄紫色で照らされた其処にあったのは、巨大な試験管の様な物体。大量のパイプがずらりと並ぶ試験管に繋がっている。
ゴウンゴウンと稼動する試験管の一つを覗き込み────絶句した。

「何だこりゃ……」

『……修兵、さん…?』

右頬の三本の傷痕。鼻を跨ぐ灰色のラインに左頬の数字。
怪しい液体で満たされた試験管の中に居たのは、修兵さんだった。
ごぼごぼと気泡が絶え間なく上がる薄紫色の液体の中で、彼の紫がかった黒髪が揺れる。
その姿に暫し絶句していたが、慌てて隣の試験管を覗き込んだ。其処に入っていたのは、銀髪の男の人

『……拳西さん』

その中で目を閉じていたのは拳西さんだった。
二人共目を開ける事なく液体に浸かっている姿を見て、修ちゃんが舌打ちする
ずらりと並んでいる試験管の中には全て人が入っていた。殆どは修兵さんと拳西さんだが、所々違う人も入っている。何人か下働きの人の顔もあった。

「隊長」

『……これは…』

通りかかった試験管の前で足を止める。中に入っていたのは今日苦しんでいた重尚殿。
隣には春霞殿に杷流殿。其処で首を傾げる。他のも見て回るがたった一人────彼の姿が試験管にない

『重治殿だけねぇな』

「……て事は、あのオッサンがこんな気色悪ぃもん造ってんのか?」

『かもな』

背後の試験管を何気なく振り返り────目を見開いた

『何だよ…これ…!』

それは言うなれば、肉塊。
ぐちゃぐちゃと気味の悪い音を立てながら、もぞもぞと蠢いている。頭部と思わしき其処に着いているのは白い仮面。それは、僕達が斬るモノの証

「……虚、だな」

修ちゃんの言葉にこくりと頷く。
チューブで繋がれたそれは少しずつ形を変えていた。蠢いて大まかな姿が形成されていく。
一体何が出来るのかと見ていると────背後から襖の開閉される音が聞こえた。

『「!」』

咄嗟に物陰に隠れる。
そっと顔を出して覗けば、恰幅の良い男が一つの試験管の前に立った。重治殿だ。彼は懐から小さな何かを取り出し、近くにあった装置に嵌めた。

「行くか?」

『ああ』

修ちゃんと頷き合い、静かに物陰から身を出す。
何かされては厄介だから、瞬歩で近付き藤凍月を首に突き付けた

『動くなよ』

「!…これはこれは檜佐木隊長」

細い目を見開いた重治殿がうっすらと笑みを浮かべる。
刀を突き付けられているにも関わらず彼は笑っていた。殺されないと思っているから笑顔なのか、それとも他に何かあるのか

『刀を突き付けられて笑ってるたぁ随分余裕だな?』

「いえいえ、余裕など滅相もない」

『…まぁ良い。質問に答えて貰おうか』

切っ先を首に食い込ませ、一段階低い声を出す。首から血が流れても重治殿は動じなかった

『これは何だ?』

空いた手で試験管を指す。指された先を見た重治殿が首を傾げた

「何だ、とは?」

『とぼけんじゃねぇ。あの中に入ってる奴等は何だって聞いてんだ』

「それは貴方も見たでしょう?」

『あ?』

眉を寄せると修ちゃんがあれかと呟いた。あれってまさかさっきの虚か?

「あいつらは虚か」

「ええ」

重治殿がそう言った瞬間────ばん!と窓硝子を叩く様な音がした。反射的に振り返る。

『………うわ』

「………引くわ」

振り返った事を非常に後悔した。
試験管に入った人間達がぎょろりと此方を見ていた。正直怖い。何これホラー映画か
見ていれば彼等は一斉に試験管の内側から壁を叩き出した




ばんばんばんばん!




ばんばんばんばん!





『え、何これ超怖ぇんだけど』

「あ、あの野郎何処行った!?」

修ちゃんの言葉で辺りを見渡すが重治殿の姿はない。え、あのオッサン逃げたのか

『やべ、出て来た』

自分の声が引き攣ったのに気付く。試験管を叩き割った奴等が次々と出て来る
取り敢えずこいつらどうしよう。此処で放置するのもアレだし、重治殿を放置するのも得策ではない。でも今こいつらに時間を割けば確実にあのオッサンは逃げる

『仕方ねぇな。修、こいつらは一旦放置だ』

「オッサンを追うのか?」

『ああ……これでも食らえ!』

首と腕に着けていたチョーカーを引き千切る様に外し、虚の群れに投げ付ける。虚達の目の前でそれは小規模な爆発を起こした

『行くぞ!』

そう言って部屋を飛び出す
出来れば修兵さんから貰ったあのチョーカーは使いたくなかったんだが状況が状況だ、仕方無い。チョーカーから鈴外しといて良かった

「彼方か?」

霊圧を辿り屋敷の中を走り回る。
背後から飛び掛かって来た虚を斬り捨てた。それは杷流殿の見た目をしていた。僅かに罪悪感を感じるが知らぬ振り。
一々気にしていたらキリがない

『ちっ……こいつらも試験管から出て来た奴等か!?』

「だろうな!」

虚に戻り掛かっているのか眼球のない真っ暗な眼窩で此方を見る偽物達。大口を開けて飛び掛かって来たのは修兵さんの姿の虚。一瞬藤凍月を振る手が鈍ったが、これは修兵さんの偽物だと言い聞かせ横に薙いだ。
進みながら虚を斬り伏せる。斬っても斬ってもキリがない。拳西さんは無事だろうか。やられるとは思わないが怪我しないと良いなと思う。

「しゃーねぇな…!」

頭に引っ付いていた修ちゃんが飛び降り、人型になった。斬魄刀を抜き、構える

「刈れ────『風死』!」

修ちゃんが始解したのを見て僕も藤凍月を構える。始解してさっさと済ませた方が良いだろう

『虚空に色付け────『藤凍月』』

拳銃と長刀を駆使して虚を斬り捨てていく。
ひたすら斬魄刀を振り回しながら進めば、こじんまりとした離れの建つ庭に着いた。
霊圧は離れから感じる。其処に向かって来た虚を投げつければ障子は吹き飛んだ。

「随分早かったですね」

部屋の中には化物が居た。
右腕が土色になり、丸太の様に太くなっていた。鱗の様な棘に腕を隈無く覆われている。

「てめぇも虚って訳か」

「私が虚?とんでもない」

修ちゃんの言葉に驚いた様な反応をして、重治殿は右腕を動かした。

「これは虚の力を私の身体に取り込み得たのです」

『…取り込んだ?』

一体どうやって?
そう思っていると重治殿は左手を宙に掲げた。その手に握られているのは注射器。既に使われた後なのか、中身はない

「虚から血液を採取し、それを私の身体に打ったのですよ」

そう言った重治殿が急に苦しみだした。

「ぐっ……ぅ…うああああ…!」

顔の右半分が土色に染まり、鱗が生える。バリバリと着物が避け、上半身の右半分が鱗に覆われていた

「くくっ…ひっ……ヒャハハハハハハハハ!!」

『……ありゃ完全に虚だな』

「ああ…呑まれたな」

─────大口を開けて嗤う重治殿に眼球はなく、眼窩がぽっかりと口を開けていた。





Revenge become dust






(気ぃ引き締めてけよ)

(おう)