牙を研げ

あの月を護る為に

心を殺せ

仇為す者を屠る為に

畏れを抱け

切っ先を鈍らせぬ為に

誇りを持て

刃を錆びさせぬ為に

手を伸ばせ

あの月を抱き締める為に

























「っ……!」

東仙隊長の剣を避ける。背後から来たのは蟹沢と青鹿。打ち払って下がればまた東仙隊長の太刀。避けきれず、僅かに左肩に当たった

『大分疲れてきた?』

くすくすと仮面の奥で虚が嗤った。止めろ、てめぇが独月の声で笑うんじゃねぇ。睨み付けても効果なし。
虚は灯篭の傍から一歩も動かずに此方を見ていた。畜生、余裕かましやがって。舌打ちをして────その姿に微かに違和感を覚える。何だ?

「…………?」

不意にきらりと光る何かが見えた。
それは虚の両手の袖から幾つも出ている。あれは何だ。向かって来る刃を躱しながら注意深く観察する
虚の左手が僅かに動いた。灯篭の灯りで光るそれをはっきりと認識する。
────あれは糸だ。
細く光るそれの繋がる先は─────

「独月…!!」

独月の全身に、巻き付いていた。
良く見れば扇を持つ左手から血を流している。
白い肌に糸がきつく食い込み、皮膚が切れて血が滲んでいた

「独月を解放しろ!」

斬魄刀を逆手に持って斬りかかれば虚はひらりと宙に舞った。木の上に着地した虚が首を傾げる

『僕が素直に解放すると思う?』

馬鹿にした様な言葉に再び斬りかかろうとしたが、蟹沢が向かって来た為それは断念した。振り下ろされた刃を受け止めれば少しずつ此方が押され始める。有り得ねぇ。耐えきれず力を受け流してよろめいた蟹沢の背後を取った。

「悪ぃ、蟹沢」

呟いて、背中を勢い良く斬りつける。
血飛沫を上げた身体が地面に崩れ落ちた。

『あーあ、斬っちゃった』

襲ってくる罪悪感に顔を顰めていれば、愉しそうな声が木の上から降ってきた。
あいつは仲間がやられたのに何とも思ってねぇのか?

『"僕"が痛い思いするのにね?』

「っ!?」

その一言で弾かれた様に独月を見る。
舞い続けるその姿に一見変わった所は見られない。
だが独月が此方に背を向けた時────赤が見えた。

「───────っ!!!!!」

白い隊首羽織を染める赤。あの太刀傷は今確かに俺が蟹沢に向けて放ったもので─────

『あんたが斬れば斬る程"僕"が傷付くよ』

「…………」

唇を噛みながら、ゆっくりと視線をずらす。独月と蟹沢達を繋いでいるのは、虚の袖から出ているあの糸。
恐らくあれを斬っちまえば奴等は消える。だが今の俺の速さじゃ青鹿と東仙隊長を躱して糸を斬るには足りねぇ
藤凍月は呼び掛けても応答なし。つまり月閉風死は使えねぇ。
となると俺に残されたのは一つ。……あれをやるしかねぇか
一つ深呼吸。静かに独月の姿をした虚を見据える
───────覚悟を決めろ

「なら、そうなる前にてめぇを斬るだけだ」

かちゃりと斬魄刀を構えた。

「刈れ────『風死』」

解号を唱え、始解する。鎌になった風死をしっかりと握りつつ、俺は顔の前で手を構えた。
僅かに首を傾げた虚を見て、笑う

「他の奴等には内緒だぜ?」

────そして、一気に手を引き下ろした








『……虚、化…?』

「………ああ、そうだ」

呆然と呟いた瞬間、ぷちりぷちりと嫌な音がした。見れば両手から出していた操り糸が全て地面に落ちている。繋がっていた死者達も糸が切れた事により消え去っていた。
何故。この糸は"僕"に繋がっている筈なのに

「好きで手に入れた訳じゃねぇんだけどな」

片手に"僕"を抱えた檜佐木修兵はそう言った。
黒い模様の狼の様な仮面を着けたあの男はそっと"僕"を横たえた。そして此方に顔を向ける

「悪ぃが一瞬でカタ付けさせて貰うぜ」

『やれるものなら』

呟いた瞬間、檜佐木の姿が消えた。
どすっと身体に響く衝撃。嗚呼、何だか嫌な響きだ。一番深く衝撃を感じ取った胸元にゆるゆると視線を落とす
────胸から、刃が生えていた

『っ……かは』

ごぼりと喉が嫌な音を立てて、口から血が溢れだした。どくどくと血が流れ出していく。
身体を支えている事も出来なくなって、地面に崩れ落ちた

「てめぇの負けだ」

仮面越しの双眸と目が合う。冷え冷えとしたその灰色は、確実に死にゆく者へ向けるそれだった。
身体が少しずつ崩れていくのが判る。ああ、此処までか。"僕"の舞いがあと少しで完成するところだったのに。そうすれば僕はもう一度肉体を得る事が出来たのに
この世界で得た仮初めの身体はどんどん消えていく
未だ風死が刺さったままなのは超速再生を阻む為か。もう僕にはそんな力もないのに

「言い残しておく言葉はあるか?てめぇは曲がりなりにも独月の一部だ。それぐらいは聞いてやる」

その言葉に小さく笑った。
あんたは甘過ぎる。僕すらも"僕"の一部、なんて甘い事を言っていればその内痛い目を見る事になる

『……その甘さ…命取りだ……』

「……あァ、自覚してる」

もう目を開けている事も難しい。ゆっくりと目を閉じて、訪れる二度目の死を待つ

「────────」

呟かれた最期の言葉に、小さく笑みが零れた














虚が消えた場所から風死を引き抜く。始解を解いて鞘に戻した。
横たえていた独月の下に行き、怪我の具合を確かめる。背中の傷の出血は止まっていた。
他の糸による傷ももう血を流してはいない。
これなら傷を俺に移せば充分か。
そう考え独月の隣に転がっている藤凍月を抜いた。風死も抜き、双振りの刃を十字になる様に重ねる

「欺き魅せろ────『月閉風死』」









「うおっ!?」

私を抱えていた一護が不意に声を上げた。
何だと見れば一護の足が暗闇に沈んでいる。ばたばたと暴れるが抜ける気配はない。寧ろ更に勢い良く引き込まれた

「うおおおおおおおっ!?」

「きゃあああああああっ!!」

もの凄い勢いで闇の中を滑る。
すると突然、ぽーんと放られた。

「「はっ!?」」

空中に数秒滞在、それから勢い良く下に落下する。一面黒では何処が地面か判らない。一護が私を抱える腕に力を込める
恐らくもうすぐ地面なのだ。
そう思った瞬間──────ふにっ、と

「わぷっ!!!」

「うっ」

一護の身体が柔らかな何かに突っ込んだ。お陰で怪我はなかったが一護の胸板で強かに鼻を強打した為地味に鼻が痛い。ひりひりする鼻を擦りながら立ち上がれば一護も身を起こした。

「ったく…何なんだよ此処は…」

「おー、お前らやっと来たか」

一護の呟きに返って来た声。その声の方向を見るがやはり闇。これでは何も見えぬ

「檜佐木殿、何処にいらっしゃるのですか?」

「あ、悪ぃ悪ぃ。これじゃお前ら何も見えねぇな」

その声と共に空気が僅かに震動した。
次の瞬間、暗闇が晴れ、大量の鎖と御札で一面が覆われているのが見えた。

「────ようこそ、俺の世界へ」

そう言った檜佐木殿は小柄な少女を腕に抱えていた













「桜花は無事だったんだな」

「ああ」

目を閉じたままの独月の髪を梳く様に撫でる。こいつまた適当に髪切りやがったな、後ろの髪が短くなってやがる

「桜花隊長…!」

不意に朽木が声を上げた。その目は見開かれている。ああ、思い出したのか

「そろそろ解くぜ」

これを使ったのは独月の怪我を俺に移す為。ついでに黒崎達が月閉風死の領域内に足を突っ込んだから此処まで引き込んだ。
まぁ久々に使ったから感覚鈍ってんじゃねぇかとか色々心配はあったが杞憂に終わった
目を閉じて月閉風死を解く。瞬間身体を襲う痛み。これはもしかしなくても俺が蟹沢に負わせた太刀傷だろう
独月に怪我がない事を確かめてからゆっくりと歩き出す。目的は一つ。祠に祀られた灰色の珠。それを掴み取り、地面に叩き付けた。
灰色の欠片が灯篭の光を反射しながら一面に舞い散る。
狐──────虚は消えた。なら後は此処から出るだけだ。

「何だこれ…」

少しずつ空間に亀裂が入り、崩れていく。鳥居が消えて現れたのは見覚えのある建物。二番隊隊舎。どうやら無事に帰って来られたらしい

「帰って来た、のか…?」

「その様だな…」

「お前ら、巻き込んじまって悪かったな」

二人にそう言うと気にするなと笑われた。そう言って貰えると助かる。
さて、念の為独月を四番隊に連れていくか。
そう思い俺は一歩踏み出そうとして─────

「お?」

「檜佐木さん!?」

「檜佐木殿!」

ぐらりと身体が傾いた。慌てた黒崎と朽木に支えられる。
目が霞み、身体に力が入らなくなる。思っていたより傷が深いらしい。そりゃそうか。俺は確実に仕留めるつもりで刀を振るったんだから

「檜佐木さんどうしたんだよこの怪我!?」

「あー…まぁ色々あってだな…」

「一護、四番隊へ運ぶぞ!」

抱えていた独月が朽木に渡る。俺の腕を首に掛けた黒崎が走り出した。ちょっ、待てせめて何か一言言ってから走ってくれ

「あー…目ぇ回る…」

「急ぐぞ一護!」

「おう!」





Good night, a good dream




(ちょっ、待て瞬歩は…うおおお…!)

(!一護檜佐木殿が目を回しておられるぞ!)

(うわ、やっべ!)