「────ようこそ、俺の世界へ」

そう言った修兵さんは不敵な笑みを浮かべていた。周りは真っ暗。使える事は知ってたけど、初めて中に入った。これが月閉風死……

『凄い……』

「そりゃ良かった」

此方を見た修兵さんが笑う。そして小さな声で呟いた

「───宵闇」

『………?』

修兵さんがそう言った瞬間─────空間が波紋を立てる様に揺らいだ。けれど揺らいだだけで特に変化はない。何だろう今の?
ふと見ると目の前の巨大な蜘蛛は頻りに辺りを見渡していた

「何だこれは……?何故何も見えぬ…!」

『え?』

その言葉に首を傾げる。何も見えないってどういう事だろう。悩んでいればぽんと頭に温かい物が乗せられた。見れば修兵さんが僕の頭を撫でながら微笑んでいた

「言ったろ?此処は俺の世界だって」

『……まさか』

敵の感覚を奪った?訊ねれば正解と修兵さんが笑う。

「宵闇は相手の五感を奪う技だ。一瞬でも空間の揺らぎに気を取られちまえばもう手遅れになる」

『……厄介な能力』

これ絶対敵に回したら厄介だ。この空間に居る限り修兵さんの掌で転がされる訳だし。

「勿論奪った五感を操る事も可能だ」

小さく笑った修兵さんが軽く手を振った。すると大煉獄緋願花はけたたましい悲鳴を上げた。のたうち回っているが見た所何も傷付いた様子もない。一体どうしたんだろう。

「奴には今炎で焼かれる幻覚を見せてる。勿論痛み付きでな」

『……ほんと厄介』

要は藍染の鏡花水月の範囲限定版か。この空間内でしか使えないけど此処でなら誰よりも強い。この人これが卍解ならすぐ隊長になれたのに。小さく溜息を吐けば不意に目の前に白い物が現れた。刀身の長い白い刀が双振り。鎖で繋がったそれを手に取り首を傾げる。藤凍月?何で僕の所に?月閉風死に使われてるんじゃないの?

「此処は藤凍月の中でもあるんだ。お前に力を貸すのも簡単な事だろ?」

『……確かに』

修兵さんの言葉に頷いて藤凍月を握り直す。藤凍月さえ手元にあれば戦える。そう思った時、ふと青白い何かが見えた。

『………?』

目を凝らして良く見る。青白くて細い糸の様なそれは大煉獄緋願花に繋がっていた。霊圧の感じられる複数の糸。あれってまさか…根?

『……藤凍月』


─────あれを全て奴から切り離すのは五分が限界だ


─────それを行っている間我等は動けんぞ。あの小僧に賭ける事になる



『……大丈夫。修兵さんなら決めてくれる』

藤凍月の言葉に小さく頷いた。今まで思う様に攻撃出来なかったのはあいつの根が邪魔だったから。あれさえなければ奴を倒せる。
僕は修兵さんを見た

『修兵さん』

「話は聞いてた。根は頼んだぜ、相棒」

『……本体を頼みますよ、相棒』

にっと笑う修兵さんを見てから藤凍月を構える。双振りの長刀を地面に突き立て、手陣を切った。

『───縛道の八十一・断空!!!』

放つ際に自らの霊圧を織り込む。複雑に、綿密に編み込む事でそれは十二回詠唱したのと同じ効果を発揮した
八十九番以下の全ての破道を遮断する十二枚の断空を藤凍月が空間内に貼り付ける。
それは強制的に────大煉獄緋願花と根を切り離した

『っは………きっつ……』

膝から力が抜け座り込む。初めて使ったけど流石に十二回分の疑似重唱はきついか。これからはもっと改良しないと。こんなんじゃ一対一の時なんかとてもじゃないが使えない

「疑似重唱とは…流石だな」

にっと笑った修兵さんが僕の頭を撫でた。すると今感じていた辛さがすっと消える。え、これも修兵さんが?
訊けば小さく頷いた修兵さんが口を開いた

「後は俺に任せな」

『ん、任せる』

やれる事はもうやった。後は断空の結界が壊れない様に維持するだけだ

「小賢しい死神共め……!!」

そう忌々しげに叫んだ蜘蛛が暴れだす。
奴の方を見た修兵さんがすっと手を顔の前に翳した。何かを掴む様なそれは黒崎が虚化する時の構えと似ている
え、何で修兵さんがあの構えを?

「─────他の奴等には内緒だぜ?」

笑みを含んだ低い声。修兵さんは構えた手を勢い良く引き下ろした






















『…………虚化…』

僕に背を向ける形で立っている修兵さんの顔を覆っているのは、狼を模した白い仮面。
立ち上がりぼんやりとその背を見つめていれば、肩越しに修兵さんが振り向いた

「…後で、ちゃんと話すから」

『………ん…』

その目に思わずほっとした。良かった、白目が黒くなってるけど、何時もの修兵さんだ。もし虚に何かされていたらどうしようかと思った。
小さく溜息を吐けばそれを見た修兵さんが笑った

「そう心配しなくても、俺は俺だ。安心しな」

『ん、判った』

どうやら考えていた事はバレバレだったらしい。まぁ相手は修兵さんだし仕方無いか

「────さて、さっさと終わらすか」

「何処だ死神ィィィィィィィィ!!!!」

暴れまわる大煉獄緋願花に向かって修兵さんが走り出す。信じられない程有り得ない速さで。目が追い付かない。只大煉獄緋願花の身体に無数に線が入ったのが見えた。え、何だ今の

「────残影・天」

『………はや…』

「無事だな?」

『へ?あ、うん』

何時の間に此方に帰って来た?仮面を取り払った修兵さんがぽんと僕の頭に手を置いた

「断空の疑似重唱のせいで大分霊圧削られてんな……」

『…平気』

そう返した時、緋色の蜘蛛が断末魔の悲鳴を上げた。

「何故…っ何故だ!何故我が死神風情に…っ!!!」

「悪ぃな、その死神風情は大事なもん護る為なら手段は選ばねぇんだわ」

涼しい顔で修兵さんがそう返した。見上げていれば肩を抱き寄せられた

「てめぇは俺の大事なもんを傷付けた。それはその報いだ」

一瞬だけ酷く冷たい目をした修兵さんが言った言葉に何故か顔が熱くなった。え、何だこれ意味判らん。何で熱くなってるんだ僕
内心首を傾げていれば修兵さんが此方に顔を向けた

「?どうした独月、顔赤ぇぞ?」

『…大丈夫』

平静を装いつつ言えば修兵さんはそうか?と呟いた。

「我は無なり……!この我が滅ぶなど…!!」

「無なら、大人しく消えちまいな。その方がずっと潔いぜ」

のたうち回る蜘蛛の真上に強い光が現れた。その光は蜘蛛を覆う様に広がった。光に包まれた蜘蛛がより一層苦しみ出す。

『…やっと結界が張られたのか』

「遅過ぎだろ」

呟いた修兵さんがすっと目を閉じた。すると一面に張り巡らされていた鎖が消え、闇が取り払われる。かちゃりという音に目を向ければ藤凍月が手の中に帰って来ていた

『お帰り、お疲れ様』


────そんな余裕を出していられるのも今のうちだぞ、馬鹿


聞こえてきた赤色の声に首を傾げ────

『─────う、あ?』

かくりと膝から力が抜けた。そのまま地面に倒れ込む。何故倒れたのかと思い立ち上がろうとして、手に全く力が入らない事に気付いた
え、何故?


────お前は今霊圧が著しく下がっている。無理に動こうとするな


────大体卍解を使った後に疑似重唱を十二回分などとふざけた事をするからこうなるのだよ。少しは考えて行動しろ、馬鹿



『……ははは』

赤色からの辛辣な言葉に乾いた笑いしか出て来ない。大方月閉風死を解いたからこうなったんだろうけど。其処まで考えてふと気付く。修兵さんどうなった

『………修兵さーん』

すぐ近くで佇んでいる修兵さんに声を掛けるが返事はない。まさか、立ったまま気絶してる?心配になって見つめていれば────その身体がぐらりと揺れた

『あ』

そのままどさりと倒れた。動かない身体を無理矢理進ませ何とか顔の近くまで行く。此方に顔を向けている修兵さんの目は閉じられていた。何時もより弱った霊圧に眉が下がる


────情けない面を晒す暇があるならさっさと眠れ。目障りなのだよ


────独月、取り敢えず休め。これ以上の無茶はお前の身体に障る



『…判った。心配してくれてありがと、藤凍月』

身を案じてくれる斬魄刀に声を掛けてから目を閉じる。疲労のせいかすぐに意識は闇に沈んだ






終戦






(────眠ったか)

(────その様だな)

(────まったく…考えなしはこれだから困る)

(────んな事言ってチビの心配してたのは何処のどいつだよ?なぁ藤凍月サンよぉ)

(っ黙れクズ!)