────今でも考えてしまうのだ。
もしあの時、自分が何か出来ていたなら、と

























すっと目を開ける。広がっているのは氷付けの世界。
────僕の、精神世界だ

『……此処に来るのは久し振りだね、藤凍月』

「ああ、此処の所お前が忙しそうだったからな」

「ふん、また来たのか暇人め」

何処からともなく現れた二頭の狐が僕の両脇に座る。毒を吐きながら掌に頭を押し付けてくる辺り赤色は今日も通常運行だ。勿論此方を静かに眺める銀色も

「……随分と気分が沈んでいる様だな」

『…え?』

銀色の言葉に首を傾げる。僕そんなに酷い顔してる?そう訊けば小さく首を横に振った銀色が顔を上げた。視線の先は空。今にも泣き出しそうな感じの

『………あー…』

さっきまであの日の事を考えていたからか、辺りは暗い。晴れそうな要素が一切ないのが凄すぎる。暗いな僕

「泣くなとは言わん。この世界でもたまには雨が降らねば渇いてしまう」

え、泣いても良いのか。てっきり泣くなって言われるかと思ったのに
そう考えた事がバレたのか、掌に擦り付いていた赤色が前肢で僕の膝を叩いた

「この寒々しい世界の中にも咲き誇るものがあるのだ。それに水を与えず枯らす気か、馬鹿」

『や、そんなのが居るのを知らなかった』

赤色の言葉に驚く。咲き誇るものって事は花でもあるのか。てっきり氷しかない世界だと思ってた。だって全部凍ってるし。地面すらも氷だし。呟けば溜息を吐いた銀色が立ち上がった。そして僕の隊首羽織をくいっと引っ張る

「見せてやる。着いて来い」













氷しかない世界を歩いていると、不意にこの世界には不釣り合いなものが姿を現した。

「これだ」

「これが、この世界で唯一咲き誇るもの」

『………桜…』

氷の破片が宙に舞い輝く中、咲き誇る薄紅色。注連縄を巻かれたその大木に刻まれた三本の傷痕。この寒色の世界の中で唯一つだけ花を付けていたその大木の傷に眉を顰める

『何でこの木だけ?他に木は居ないのに…』

「いや、昔は他にも木は在ったのだ。だが貴様の内心の変化により他の木は消え、この大木のみ残った」

赤色の言葉に辺りを見渡す。何で他のは消えちゃったんだろう。や、訊くのは怖いから訊かないけど

「…その大木は、お前の支えだ」

口を開いた銀色を見る。彼は月の様な色の瞳で桜を眺めていた

「お前がお前で在る為の支え。故にこの木が消えればお前はお前で在る事が難しくなる」

「様々な者への想いがこの大木へと姿を変えている。貴様が誰かと出逢い、縁を結べばこの大木は更にその姿を荘厳な物へと変え、花を付ける」

『様々な…人…』

そっと大木に触れる。すると頭を過った誰かの笑顔。それは僕を支えてくれる沢山の人々だった。お爺ちゃんにお婆ちゃん、それから護廷隊の仲間達や黒崎達の顔が次々と浮かんでは消えていく。
けれど、たった一人、あの人は浮かんでこない

「判っているのだろう?この大木の礎となっている者が」

恐る恐る傷痕に触れる。
銀色の声と共に浮かんだのは、ずっと傍に居てくれたあの人



────独月


優しい低い声。あの人が優しい笑顔で僕の名を呼んだ。その優しい声で呼ばれる度、僕が自らの名を誇らしく思える事をきっとあの人は知らない。何気なく僕に優しさをくれる、あの人はそういう人だから

「あの男はあの日のお前を恨んでなどいない。そんな事、判っているのだろう?」

『………ん…』

判ってる。修兵さんが僕を責めない事ぐらい。でも僕の所為なのは明白なのだ。やり直す事なんて出来ないけれど、確かに罪はこの胸に刻まれている。この大木の傷がその証。あの人への拭いきれない罪悪感。
眉を寄せれば二頭が擦り寄って来た。大木から
手を離し、二頭の狐の頭を撫でる。

「あの男に訊きたい事も、沢山有るのだろう」

「うだうだと悩まず訊けば良いのだ。何故貴様が奴に気を遣い悩む必要がある」

『…赤色、人には訊かれたくない事もあるんだよ』

赤色の横暴な物言いに苦笑する。確かに悩んでいるのかも知れない。以前にもあったのだ、彼の傷が増えた事が。
あれは確か藍染と戦った時の事。ルキアの処刑を止めて、あの人と戦った時、僕達は全然歯が立たなかった。ボロボロにされて藍染が僕に何かしようとした時、修兵さんが初めて月閉風死らしきものを使った。その時に気になってはいたんだ。
────だって僕に付けられたのと同じ様な傷が修兵さんに付いていて、代わりに僕の傷が無くなっていたんだから

『…月閉風死を使った後、何時も修兵さんは倒れるんだ。僕の怪我は何時も綺麗に無くなって、でも修兵さんは傷だらけになってる』

修兵さんは話したくなさそうだったから、ずっと訊けず仕舞いだった。けどもし僕の予想が当たっているなら、本当はもう修兵さんに月閉風死は使って欲しくない。
月閉風死の代償が────僕の傷を自分に移すものならば

「…だがあの男は貴様が何を言ってもアレを使う事は止めんだろう」

『……そうだね…』

赤色の言葉に小さく頷く。そう、きっと僕が何を言ってもあの人は月閉風死を使うのを止めたりはしないだろう。そういう人なのだ、昔から

『何時も僕の心配ばっかりで…自分の事は放ったらかす』

もう一度三本の傷痕を撫でた。あの人が月閉風死の代償を言わないのは、きっと僕にその事を知られたくなかったから。知れば僕が良い顔をしない事を予測していたから

『……取り敢えず、顔見たら何で今まで黙ってたんだって叱ろうかな』

呟けば赤色が大きく頷いた

「そうしろ。ついでに奴の斬魄刀にも文句を言っておけ」

「…それは個人的なものだろう、赤」

「黙れ銀、そもそも俺は奴の斬魄刀とは気が合わんのだ。それなのにあの男はやたらと我等の力まで使うではないか」

「力を貸す事を了承したのは貴様もだろう」

「………………」

あ、赤色が負けた。どうやら会話の終わったらしい二頭が此方を見る。赤色は非常に不機嫌そう。銀色はしれっとしていた。何でこの子達こんなに性格が違うんだろう。藤凍月って一つの斬魄刀なのに
そう思いながら見ていれば、銀色が空を見た

「外で呼んでいる者が居る。そろそろ行け、独月」

「もう来ずとも良いからな」

赤色の言葉に小さく笑う。毒を吐く癖にぴったり引っ付いて来るこの子はツンデレだ。
二頭の頭を優しく撫でてから、目を細めた

『ありがと、赤色、銀色』
























『…………………』

ゆっくりと目を開ける。目に映ったのは膝の上に乗せられた斬魄刀。青々とした芝生、それと、誰かの手

『………うわ』

「人見てうわとか言うなっての」

顔を上げれば目の前に派手な顔があった。
や、誰だってそんな厳つい顔が数センチ先にあったら驚くだろ。寧ろ悲鳴上げなかっただけ誉めて欲しい

「藤凍月と対話してたのか」

『ん』

小さく頷いて藤凍月を芝生の上に置く。あちこちに包帯やガーゼを着けた修兵さんは何時目が覚めたんだろう。目が覚めてすぐ病室を抜け出す時にはまだ眠ってたのに

「…………」

『…………』

僕から目を逸らし口を閉口させる修兵さんをぼんやりと見つめる。どうしよう、取り敢えず叱ろうと思ってたのに完全にタイミング逃した。てか今更だけど、取り敢えず叱る自体無理だろ。何でその案を推したんだ赤色。ついうっかり何も考えずに叱ろうとしてたじゃないか

「………独月、あのよ」

『っうい!?』

突如呼ばれた名前に肩が震えた。声も裏返った。うわ、みっともない。ほら修兵さんもきょとんとしてるじゃないか

『……何?』

先程の醜態をなかった事にしようと僕から口を開く。すると小さく頷いた修兵さんが口を開いた

「…お前に話しておかなきゃならねぇ事があるんだ」

修兵さんが目を伏せた

「月閉風死の事と…」

僅かに瞳を揺らした修兵さんが言葉を紡ぐ

「────虚化の、事」

『……ん』

頷いた僕を見て、ゆっくりと修兵さんが口を開いた

「月閉風死は藤凍月と風死を使う力だ。能力だけで言えば卍解に匹敵する程だって涅隊長に言われた」

僕はただ頷いた。月閉風死が強力だって事は間近で見たから良く判ってる。
問題は、きっとこの後だ

「解号は“欺き魅せろ”。空間内なら全てを俺の自由に出来る」

其処まで言って修兵さんはまた目を伏せた。その様子にやっぱりか、と思う

「……その力を使う代償は、お前の状態異常を全て俺が引き受ける事」

────やっぱり。
訊けず仕舞いだった疑問がすとんと落ちる。だからこの人は何時も傷だらけになっていた。自分の身体に僕が受けた傷を移していたから
今顔に付いている傷も、僕のもの

「……虚化の説明は少し長くなるけど、良いか?」

『ん』

出来れば言いたくないとでも言いたげな、その表情。けど修兵さんは気付いてるんだろう。今何かを隠しても、すぐに僕にばれるって事を

「藍染と戦った時……それが、始まりだ」

ぽつりぽつりと零れ落ちていく言葉
僕は黙って耳を澄ます

「最初は、何ともなかった。けどいきなり頭痛がする様になった。痛む長さも強さもバラバラ。四番隊に行ったって異常は見付からねぇ。だから、何が原因か判らなかった」

霊圧が揺れる程の強烈な頭痛。あれはやっぱり虚と関係があったらしい。

「結局何も手を打てねぇままで過ごしてたら────夢を、見た」

『……夢…?』

「そうだ。真っ白な、俺の夢」

その言葉で修兵さんが酷く魘されていた時の事を思い出した。あの時確かに少しだけ、何時もと違う感じはしていた。嫌な予感とは違う、悪寒を感じる何か
あの時は起きた修兵さんが何時になく弱々しかったからその事を言えなかったけれど

「あれは夢だったけど、只の夢じゃなかった。虚が完全に目覚めたって合図だったんだ。
それから拳西さんにお前の中の虚を抑え込まねぇと呑み込まれるって言われて、現世の仮面の軍勢の人達の所に行った」

『…………?』

俯いて語る修兵さん。伏せたままの目。少し早口に説明するその姿に───────違和感を覚えた。
直感的に察する。
この人は、僕に何かを隠そうとしてる

『…修兵さん、質問して良い?』

「……何だ?」

そう返したものの修兵さんは此方を見ない。目は伏せたまま。でも神経だけは研ぎ澄まされてる。僕が何て言うのか、警戒してる
そのピリピリした空気に、今僕は敢えて斬り込もうとしている。勿論普段ならそんな事はしない。けれど、これは確実に僕が訊かなければならない事だ
小さく息を吐いて、僕は口を開いた








『────何で、虚が目覚めたの?』








「───────っ、それ、は…」

ひゅっと息を呑む音。修兵さんが狼狽し始めた。灰色の瞳が彼方此方へと忙しなく彷徨う。その姿を見て罪悪感が芽生えた。けれどこの疑問を投げ出す事は出来ない。
修兵さんの中で虚が目覚めた理由。何時もそう。
この人がこんなに落ち着きを失くす時は────

『……僕が原因』

そうでしょ?静かに問い掛ければ修兵さんが目を見開いていた








When his secret is disclosed