『ふぅ……』

書類を机に放り投げ、大きく伸びをする。今日は夜勤だ。明日の朝会まで出てから一旦戻って仮眠を取ってから昼再び出舎。うん、地味にきついスケジュールだ。まぁそうしたのは僕自身なんだが
緋願花の事件が丸く収まって一週間。
烙罪刀から僕の霊圧が検出されたのは、操られた雨宮が十二番隊に侵入し、保管されていた僕の霊力を刀に吸わせたから。それも恐らく緋願花に指示されたものだという話だった。
それにより九番隊の取り潰しは棄却。僕も無罪となった。
…や、そこまでは良かったんだよ。寧ろそれだけで良かったのに、やらかしたのだ。九番隊の副隊長様が



















「九番隊隊長、桜花独月を無罪とする」

『……ありがとう、ございます』

四十六室に頭を下げる。判決は下ったし、後は九番隊に戻るだけ。
そう思った瞬間────勢い良く扉が開いた
薄暗い部屋の中に外からの光が入り、眩しさに目を細める。今判決下されてる真っ最中だぞ。誰だこんな非常識な事する奴は。
そう思っていた時、その人の纏う霊圧に気付き目を見開いた

「ちょーっと失礼しますよ、四十六室殿」

『は?……檜佐木さん…?』

「何だ貴様は!?」

「九番隊副隊長、檜佐木です」

すたすたと歩いてきたのは袖のない特徴的な死覇装の男。え、何で此処に居るの?てか何で入ってきた?唖然として眺めていれば、僕の隣に修兵さんが並んだ。ごとりと音を立てて床に落ちた、霊圧を封じる手錠。や、外れたのは良いけどどうやって外したんだこの人。
手を動かす素振りが全然見えなかったんだが。
僕の手を掴み怪我がないか確かめると、ざわついている四十六室に向かって口を開く

「うちの隊長が無罪になったのは当然です。だが、その前に一つ問題がある」

『え、あのもごっ』

何か嫌な予感がする。絶対この人やらかす。そう思った時修兵さんに口を塞がれた。言葉にならなかった声がもごもごと漏れる。手を外そうにも力が込められていて外せない。ちょっほんとどうしよう。
焦っていればまた修兵さんが声を出した

「貴殿方は我々の隊長を疑い、彼女の主張をまともに取り合う事すらせず、十日後の死刑を実行しようとした。それだけではなく九番隊の取り潰しもだ。その事について、何か言うべき事があるのではないのですか?」

「言うべき事だと?」

「ふざけるな!さっさと出て行け!」

『んー…んーんーっ!』

もがきながら修兵さんを見る。ちょっ止めろ。修兵さんを刺激するな。そして修兵さんもこれ以上事を大きくしないでくれ
それを目で訴えても勿論誰も気付いてくれない。四十六室は駄目だ、僕を見てすらくれないし。
そう思って修兵さんを見上げた瞬間────固まった

「……ほぉ…?てめぇらは頭でっかちなだけの人間としては最低な奴等と見た…」

────修兵さんが、怒ってる。
笑顔で、でも全然目が笑ってない。寧ろ射殺しそうな程冷えきった鋭い目で四十六室を睨んでる

「何も難しい事言ってんじゃねぇぞ?ただ一言、間違ったならごめんなさいって言えっつってんだよ」

「ふざけているのか…!?」

「副隊長風情が偉そうに…!」

『…んー…っ!!!』

止めろ。頼むからこれ以上修兵さんを刺激しないでくれ。ほんとお願いします。
修兵さんに抱き込まれる形で口を塞がれている僕にとってこの状況は寿命が縮みそうな程怖い。肌で感じる霊圧が痛い。刺す様に尖ったそれが威圧的に四十六室に向けられている

「教育がなってねぇな……」

小さく溜息を吐いた修兵さんが、すっと笑みを消した。恐ろしい程の冷たい表情で、斬る様な霊圧を向ける

「謝れって、言ったんだ。死にたくねぇなら従いな」

「ひっ………!」

「きっ貴様我等四十六室に対して何と無礼な口を……!」

────これ以上は本気でやばい。
そう感じた僕は修兵さんの手をやっとの思いで外した

『っぷは…修兵さんっ!』

「っ…何だ、隊長」

名を呼べば修兵さんの身体が小さく震えた。見上げれば絡む視線。その目に冷たさはない。
その事に小さく安堵して、僕は前に進み出た

『私の部下が申し訳ありませんでした。けれど、もし貴殿方が彼を罰すると言うならば』

一旦区切り、再び口を開く

『────今度は僕も黙っちゃいないから、それを良く覚えておけ』




















『はぁ……』

今思い出すだけでも溜息が出る。何であんな事言ったんだ僕。四十六室に喧嘩売ってどうする。修兵さんを止めたのに自分も喧嘩売るとかもうほんとどうしようもない
四十六室からお咎めはなかったが、総隊長にやんちゃ過ぎるのも考えものじゃのうと笑われた。そして何処から聞き付けたのか乱菊さんが四十六室に喧嘩売ったお祝いとかで隊首室に押し掛けて来た。お祝いってどうなの。寧ろ厳罰ものだが
溜息を吐いて立ち上がる。気分が乗らない。これじゃ凡ミスが増えたりして仕事を増やしてしまうだろう
一旦さっぱりした方が良い

『風呂でも入るか…』






















『ふぅ……』

自室の湯船に浸かり一息吐く。丁度良い湯加減だ。多分修兵さんは温いって言うだろうけど
ぐるぐると肩を回す。ごきっと非常に恐ろしい音がした。案外凝っていたらしい。今度マッサージにでも行こうかな
さて、そろそろ上がるか。湯船から上がり、バスタオルで身体を拭く。服を着ようとした時、死覇装の上がない事に気付いた。袴はあるが上を持ってくるのを忘れたらしい。小さく溜息を吐いて袴を身に纏う
そして自分の部屋に向かう為に居間に足を踏み入れた時、自分以外の霊圧がある事に気付いた

「おー独月、風呂上がっ………って何だその格好はっ!?!?」

『修兵さん、居たんだ』

「冷静だなおい」

『…修ちゃん』

頭をタオルで拭いていれば顔を真っ赤にした修兵さんが背中を向けた。や、サラシ巻いてるから見ても平気だろ。というか寧ろこんな貧相な身体見せてごめんなさい?
首を傾げつつ自分の部屋に向かう。箪笥から上の死覇装を取り出し身に付けた。適当に髪を拭きながら居間に戻ればまだ顔が赤い修兵さんがじとっとした目で睨んでくる

『別に見ても平気だろうに』

「おまっ心の準備ってもんが…!」

『何言ってんだ変態』

修兵さんの心の準備とか知らないっての。
呟けばじっと此方を修兵さんが見ている事に気付いた。
彼がじっと見ているのは、僕の脇腹辺り

「つかお前それ左側開きすぎだろ。腰辺りまで見えるし」

『羽織着てれば見えない』

「………気になる。胸見えそうじゃね?」

『サラシ巻いてる』

寧ろ砕蜂隊長みたいに背中も取っ払いたい。でもそれしたら確実に風邪引くし、片方だけ袖があるこの死覇装じゃ変になる。じゃあ砕蜂隊長みたいに隊首羽織に袖付けるか?でも別にあんなに体術のみで戦う訳じゃないし…
考えつつ隊首羽織を着て、藤凍月を背負えば修兵さんが首を傾げた

「どっか行くのか?」

『夜勤。修兵さんはゆっくりしてて良いよ』

「や、後で何か持ってくわ」

「俺は着いてくぞ」

黒いぬいぐるみが後頭部に引っ付いた。それに小さく頷いて部屋を出る。鍵を掛けてからふと思い出した。最近お爺ちゃん達の所に帰ってない。次の休み辺りに顔出しにでも行こうか

























『……これで終わり』

「此方ももう終わるぞ」

書類をひらひらさせた修ちゃん。書類整理が早い人が手伝ってくれると助かる。終わった書類を提出箱に入れて欠伸をしていれば、ぽんっと可愛らしい音がした。別の書類を提出箱に入れたのは黒いぬいぐるみ。ああ、修ちゃんがぬいぐるみに戻った音か

「後はぼんやりするだけか」

『ん』

ぐっと背伸びをして椅子に凭れ掛かった。ぶっちゃけ夜勤なんて必要ない気もする。だって何かが起きる事なんて殆どないし。
只だらだらと起きて朝会に出れば良いのだ。そう考えると寝られない夜勤というのは楽であって楽じゃない仕事だ
そんな事を考えていれば扉がノックされた

『はい』

「俺だ。飯持ってきた」

低い声の後に扉が開いた。入って来たのは着流し姿の修兵さん。持っていた包みがテーブルに置かれた。

「軽いもんにしといたぞ」

『ありがと』

包みを開けば出て来たのは弁当箱。大きさは重箱並み。や、軽いものが全然軽くないんだがどういう事だ
見ていれば僕の考えに気付いたのか修兵さんが笑った

「俺に犬っころも食うからこの大きさなんだぞ?」

『……あ、そうなの?』

その言葉に脱力。てっきりこれだけ食べろって言うのかと思った。
さっさと弁当箱を広げ出した修兵さんを手伝いつつお茶の準備もする。修ちゃんが戸棚から小皿を三枚取って来た。ぬいぐるみが小皿運ぶって結構シュールだよね。てか転んで落とさないかが心配だ
二人が座ったのを見てから湯呑みを配り、手を合わせる

『「「頂きます」」』

茄子の天ぷらを小皿に取り、口に運ぶ。うん、美味しい
此方を見ていた修兵さんにそれを伝えれば、彼は笑って自分も箸を手に取った。そういえば何時も僕が美味しいって言ってから食べるよね。あれみたい、旦那の反応見てから食べる奥さん。や、でも修兵さんが奥さんってのはちょっと…いやかなりキツい。細身だけどこんな筋肉付いた人が奥さんでたまるか。てかそもそも僕が旦那な時点でアウトだろ。
そう考えてから修兵さんを見る。お茶を飲みながら奥さんっぽい修兵さんを想像しようとして────あまりの似合わなさにお茶を噴き出しそうになった。寧ろ似合わないを通り越して気持ち悪い。駄目だ、今修兵さん見たら絶対笑う。喉に詰まりかけたお茶を嚥下して、皿の上の茄子の天ぷらに集中する。うん、食事に集中だ。そうすればきっと大丈夫。さっきのもきっと忘れられる筈。
そう言い聞かせながら天ぷらを咀嚼していれば、すっと大きな手が此方に伸ばされた

「付いてんぞ?」

『ん、ありが……と』

長い指が僕の口の端に触れ、戻っていく。それを目で追っていくと、彼の笑った口許に寄せられた。付いていたらしい天ぷらの衣がその口の中に消える。
笑った修兵さんの顔を見て───────僕は噴き出した

「え、ちょっ今の動きの何処に噴き出す要素があった?」

「顔じゃね?」

「黙れ犬っころ」

視線を逸らして必死こいて笑いを鎮めようと頑張ってみる。ごめん修兵さん、修ちゃんの答えが正解なんだ。でも言えない。奥さんっぽい修兵さんを想像して笑ってますとか言えない

『っごめ……何でもない…っ』

「や、肩が震えてるから。その顔もお前からしたらかなり笑ってるから」

多分引き攣った様な顔をしてるんだろう。僕が出来る笑いって口角をミリ単位で持ち上げるくらいだし。

『……はぁ…苦しかった』

「やっと治まったか?」

苦笑した修ちゃんに湯呑みを差し出された。それを受け取ってお茶を飲む。うん、やっと落ち着いた。正面に座った修兵さんがまだ怪訝そうな顔をしているが放置。だって言ったら絶対怒られるし

「ったく、何で笑ったんだ?」

『秘密』

小さく笑って箸を伸ばす。玉子焼き美味しい





しちゃいけない想像





(こら玉子焼きばっか食うな。ピーマン食え)

(…修兵さんのは美味しいって判ってるんだけど、やっぱりどうしても抵抗が……)

(うだうだ言わずに食え)

(むぐっ)