「────檜佐木くんっ!!」

『っ!』

「蟹沢!」

振り向けば巨大虚に貫かれた、蟹沢。力の抜けた身体が放り投げられた。
呆然とする俺の前に居た青鹿が、地面を蹴る

「よくも蟹沢を!!」

「っ止せ青鹿!!」

駆け出した青鹿の身体が吹っ飛ぶ。撒き散らされた赤。あの量じゃ、もう…

『青鹿さんっ!』

独月の声。その声にはっとして、インカムを操作した

「此方六回生筆頭檜佐木修兵!現在巨大虚に遭遇、救助を要請する!場所は─────」

聞こえてきた悲鳴。後ろに居る一回生達を振り返り────俺は咄嗟に一回生の前に立った。

「─────────っ!!!!!」

瞬間、噴き出す赤。燃える様な痛み。反射的に右目は閉じたが、大丈夫なのか。

『────修兵さんっ!!』

悲鳴にも似た声が俺を呼ぶ。声のする方を見た時────独月に巨大虚の爪が振り下ろされた












景色が変わる。
壊れた現世の建物。真っ黒な虚の上に浮かんだ肉雫唼から飛び降りた。握り締めた斬魄刀を、その喉に突き刺す。
肉を突き刺す鈍い感触。
恐らく一生忘れられないだろう、あの人を斬り裂く感触

「…やはり、貴方はもう東仙隊長じゃない…」

声が震える。
真っ黒な虚になってしまった。
力に溺れてしまった貴方は、俺の知っている東仙隊長じゃない

「眼が見えない時の貴方なら…この程度の一撃は躱していた」

以前の貴方なら、俺が振り下ろしたこの一撃を躱し、反撃していた筈
突き刺した刀を握る手が震えているのは見ないフリをした

「刈れ」

きつく目を閉じて、貴方を瀕死に追い込む言葉を口にする

「“風死”」

────俺の言葉が貴方の喉を貫くのを感じた
















「……う…っ!!」

またぐにゃりと景色が変わる。
それと同時に貫かれた腹部。
見れば、腹を突き破っているのは小さな手。あいつの、手だ
勢い良く手を引き抜かれたかと思えば、今度は右肩から血飛沫。認識した途端に来た痛みに眉を寄せる
脚は動かねぇ。腹を押さえつつ下を見れば、俺の脚は凍り付いていた。
振り返れば氷で作られた大木。
俺から離れた独月が此方を見ている。狐みてぇな仮面を被った独月が、只何をするでもなく、佇んでいた

「……畜生…」

氷の大木が俺の身体を凍らせていく。寒い。上から散ってくる氷の破片が桜みたいで綺麗だ、なんて場違いな事を考えてみる。
独月の喉の孔が少しずつ広がっていた。ああ、俺が死ぬからか

「……此方来い、独月」

呼んでみれば素直に此方に来た。ああ、そういう所はお前のままなんだな、独月
まだ凍っていない右手で頭を撫でた。俺の負け。もう動けそうにねぇし。
頭を撫でていた手でそっと仮面を掴む。
身体からどんどん感覚がなくなって来て、ああ俺死ぬんだな、とか考える。何か他人事みてぇ。まぁ死ぬとしても……お前を独りにはしねぇよ

「………君臨者よ…血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ……」

声が震えているのは寒さの所為にした

「……蒼火の壁に双蓮を刻む……大火の淵を…遠天にて待つ…」

独月は動かねぇ
抵抗もせず、只俺を見ている。

「…ごめんな…独月…」

視界が滲んだ。目から零れ落ちたそれは俺の手を濡らすものと同じで

「助けてやれなくて…ごめんな……」

独月も泣いていた。血みてぇな赤い目から零れる涙が、仮面を伝って俺の手を濡らす。
俺がもっと強かったら、お前をこんな目に遭わせなくて済んだのかな
嗚咽で引きつる喉から無理矢理声を出す。震える声で、お前の好きな鬼道の名を口にした

「……破道の七十三・双蓮蒼火墜」

























「─────────っ!!!」

がばりと身体を起こす。呼吸が荒い。心臓が痛ぇくらい速く動いてる。ぎゅっと頭を抱え込んだ。掻き毟る様に髪を掴む。ずくりと顔の傷痕が疼いた

「っは……ぅ、あ……」

俺が、弱かったから。目の前で殺されていく蟹沢と青鹿を護れなかった。独月の事も護れずに、傷を負わせた
俺が疑いもせず、妄信していたからあの人の考えに気付けなかった。その結果、俺があの人を刺した。
俺が弱かったから、独月の虚化をあんな方法でしか止められなかった。一緒に死んで、罪の意識から逃れようとした

「俺が、俺が…おれ、が…………」






『────修兵さん?』






ぎゅっと目を閉じた時、優しい声が俺の名を呼んだ。そっと近付いてきて、俺の背に触れる

『どうしたの?嫌な夢、見た?』

「……独月……っ」

温もりを引き寄せる。しがみついて首筋に顔を埋めた。優しく俺の背が撫でられる。

『大丈夫。大丈夫だよ修兵さん』

「独月っ……」

『僕は此処に居る。修兵さんの傍に』

労る様な優しい声。絶えず疼く傷痕を独月の首筋に押し付ければ、梳く様に優しく髪を撫でられた

『だから、もう一人で苦しまないで。僕で良ければずっと傍に居るから』

「っ……」

抱き締めていた腕に力を込める。小さな、細い身体。こんな頼りねぇ身体で、俺を支えてくれてんのか

「……独月…」

『ん?』

抱き付いて暫く。
傷痕の疼きも少しずつ治まってきた。心臓も大分落ち着いている
きっと俺だけじゃこんなに早く落ち着かなかった。全部、お前のお陰だ

「…ありがとう」

呟けば独月が微笑んだ

『どういたしまして』
























「…そういえば」

『ん?』

独月の胸に寄り掛かった状態で口を開く

「お前今日夜勤なんじゃ……」

『ん、そうだよ』

独月はゆるりと頷いた。どうりで死覇装のままな訳だ。斬魄刀も背負ったままだし。

「じゃあ何で此処に……」

『修兵さんの霊圧が揺れたから、見に来た』

「……………」

そんなに判りやすかったのか、俺。まさか霊圧まで揺れてるとは。だから何時も独月が気付くの早かったのか
寄り掛かる俺に伝わる小さな振動。頭を離せば独月が胸元から伝令神機を取り出した
そのまま少し弄っている様子から電子書簡だろうと推測。大方仕事に戻れって内容の。早く戻らせてやった方が良いだろうと思い、独月の頭を軽く叩く

「悪かったな。俺はもう大丈夫だから、仕事に戻れ」

『残念。戻っても僕に仕事はないよ』

「あ?」

どういう事だと首を傾げた俺に、独月が伝令神機を向けた。差出人は拳西さん。内容は後は見張りだけだし俺一人で十分だから、テメーは寝ろ、と。あれ、一応独月の方が上司だよな?まぁ拳西さんも元隊長だし、こいつも兄貴みてぇに慕ってるから良いのか
読み終えた俺が伝令神機を返せば独月が小さく笑う

『戻ったら拳西さんにどやされそうだし、今日はもうお風呂に入って寝るよ』

「りょーかい。じゃ、早く入って来いよ。待っとくから」

『ん』

頷いた独月が藤凍月を壁に立て掛け、隊首羽織を脱いだ。それを机の上に置き、箪笥から着物を引っ張り出して風呂場に向かった。それを見て小さく笑う。
正直、助かった。幾ら落ち着いたとは言え、悪夢を見た後にまた眠りたいとは思わねぇ。
けど独月が居てくれれば眠れる気がする。つかあいつに引っ付いてたら何時の間にか寝てる事が多い。何でだ、あいつ身体からそういう物質出してんのか。俺二番隊でそういうのも鍛えたから毒とか耐性あんのに
てかあいつ自体不眠症っぽいのに安眠オーラ出してるとか可笑しくね?んなもん出せるんだったら率先して自分に使え

『上がった』

「早かったな」

『浸からなかったから』

風呂に行ってから二十分程度。髪をがしがし拭きながら独月が部屋に入って来た。お前もう少し丁寧に拭けよ。髪綺麗なんだから
豪快に拭いていたかと思えば独月は徐に机の上の書類に手を伸ばした。そのまま目を通し始める。タオルに残った片手は停止。おい水が滴ってる。それを言っても独月は生返事。仕方無く俺はベッドから出る。
独月の背後に立ち、タオルを奪った

「ちゃんと乾かさねぇと風邪引くぞ」

『引かないから平気』

「そう言ってしょっちゅう風邪引くのは何処のどいつだ?あ?」

つか一昨日も鼻ずびずび言ってて風邪薬飲んだ奴が何言ってやがる。
若干睨みながらそう言えば、書類に目を落としたまま独月は口を開いた

『修兵さんが看病してくれるから、平気』

「…………………」

思わず髪を拭いていた手が止まる。またか、またなのかお前は。何でそう唐突に爆弾を落としやがる。落とすなら今から爆弾落としますって言え。構えてねぇ時に爆弾落とすんじゃねぇ。
独月が書類を見たままな事に一安心。てめぇの顔がどんな状態かなんて、俺が一番判ってる。真っ赤だ。心臓がバクバク言ってやがる。頼む、少し黙れ。てか良い加減慣れろよ俺。このままじゃその内悶え死ぬぞ

『…修兵さん?』

すると怪訝そうな声を出した独月が此方を向こうとした。反射的に頭を掴んで阻止する。危ねぇ、見られるとこだった

「ど、どうした?」

『や、修兵さんがどうした』

「俺は何でもねぇぞ?」

そう言いながら止まっていた手を動かす。独月はまだ怪訝そうだったが何も言わなかった。た、助かった…!
小さく安堵の息を吐いて、髪を乾かす事に集中する。銀色の綺麗な髪。この髪を拭いてやる度に、何でこいつはちゃんとした手入れをしないのかと何時も考える気がする。こんなに綺麗なんだから、もうちょっと気に掛けても良さそうな気もするが。

「なぁ独月」

『んー?』

「何でお前髪適当に扱うんだ?綺麗なのに」

書類を置いた独月が一言。

『めんどくさい』

「……さいですか」

もうどうしようもねぇなおい。呆れつつ大体乾いたのを確認して、櫛を手に取る

『そもそも、僕はその髪の色、好きじゃない』

「あ?何でだよ」

独月の言葉に首を傾げる。こんなに綺麗なのに、何で持ち主が好きじゃねぇのか

『…銀髪は、あんまり居ない』

「……そういう事か」

その一言で気付いてしまった。
独月は流魂街に住んでいた時、住人達にその髪の色と目の色で避けられた。大人は勿論、子供までも。子供は純粋故に、残酷だ。自分達と少し色が違うだけで異なる者と見なし、除け者にする。それは勿論、周りだけじゃなくて独月自身も。
自分は異質。
太蔵さんとお琴さん以外のほぼ全てに避けられたからこそ植え付けられた認識。
俺は梳りながら、口を開いた

「銀色って良いよな」

『………え…?』

「月みてぇだし、風に靡いてる時もキラキラしてて綺麗だ。それに何処に居るか見付けやすい」

月明かりを浴びて輝く髪。風に靡く銀色。集団の中に居ても直ぐに判る、銀雪の色
────全部、俺の好きなもの
そっと後ろから抱き締める。驚いたらしい独月が戸惑った様な声で俺を呼んだ

「俺はお前の髪も、目も好きだ。お前が嫌いだって言ってるもん全部、好きだ」

『……修兵さん…?』

「今すぐ好きになれとは言わねぇ。けど、少しずつで良い。好きになってやれ
お前をお前が嫌うなんて、悲し過ぎるだろ」

銀髪に唇を当てる。自分を否定するなんて悲しい事だ。こんなに綺麗な髪も目も、この色を持ってるのはお前しか居ないのに

『…修兵さんは…』

「ん…?」

『修兵さんは…何でそんなに優しいの…?』

此方を見つめる空と藤の瞳。その目に宿る感情は戸惑い。あれ、随分今更な質問だな。俺がお前に優しいのなんか今に始まった事じゃねぇのに

「お前が何より大切だから」

不思議そうな独月の頬を撫でる。この顔から見るにいまいち理解出来てねぇな

「お前の為なら死んでも良い。そう思えるぐらい、お前の事が大切だ。…そう言えば判るか?」

『……ん』

頷いた独月に小さく笑う。これで理解出来たって事は、こいつも同じ様に考えてるって事だ。嬉しいが、なんか複雑。だってたとえ俺が独月を庇って死んで、こいつが生き残ったとしても、こいつはちゃんと生きてくれないだろうから。確かに死んでも想ってくれるのは嬉しいかも知れねぇ。けどその死に囚われて前に進めねぇのは、互いに辛いだけだ

「なぁ独月」

『何?』

「もし俺が死んだら、どうする?」

『修兵さんを殺した奴を生まれた事を後悔するぐらい酷い方法で殺して、僕も死ぬ』

「……いやいやいや」

え、何だその当然でしょみたいな顔。お前今何気に怖い事言ってるからな?まぁ俺も同じ様な事するだろうから強くは言えねぇけど

『てか、修兵さんが僕を置いて死ぬとか有り得ないから大丈夫』

「あ?」

何でだ。そう思って独月を見れば、少しだけ目を細めてこう言った

『死ぬ時は一緒、なんでしょ?』

「…………馬鹿」

そんなに嬉しそうに心中宣言すんなっての。微笑む独月の頬にそっと唇を寄せる

「当たり前だ。お前の命は俺のもんなんだからな」









I will give all of me to you. Therefore, all of you are given to me










(またそんなこっぱずかしい事を……この変態)

(顔真っ赤だぜ独月チャン?それにお前以外にはしねぇから安心しろよ)

(…別に他の人にするなとか言ってない)

(くくっ、はいはい)