『……けほっ』

「………ほぉ、俺の速度を躱したか」

砂煙に咳き込む。僕を抱えていた修兵さんがゆっくりと地面に下ろしてくれた

『ありがとう修兵さん』

「…なぁ、隊長」

『ん?』

僕の前に立つ修兵さんの声が何時もより低い。頭に引っ付いていた修ちゃんも威嚇している。少し離れた場所に立つ拳西さんの表情も険しい。…あれ、嫌な予感

「コイツは、敵か?」

『違う、多分違うから九番隊構えを解け!』

慌ててそう言ったものの何で狙われたのかは判らなかった。リーゼントは修兵さんをガン見。そうかと思えばいきなり笑い出した

「こりゃ傑作だ!てめぇは自分を殺すかも知れねぇ奴を護るのか!?」

「あ?意味判んねぇ」

「ああ、知らねぇのか。そいつは可哀想に」

ニヤリと笑ったリーゼントが、僕を見た。
何でだろう、凄く嫌な予感がする

「そのガキが背負ってる斬魄刀は、不治痛尽」

かたり、と藤凍月が揺れた

「──────最強最悪の化物…鵺だ」
























────────小娘、名は何と言う?


『……独月』


────────我等は藤凍月。貴様に我等の解号を授けよう


『……かいごう』


────────“虚空に色付け”


────────その意味に気付けた時、お前に全ての力を貸そう























────────不治痛尽。

────────藤凍月。

……読みは、同じ。だけど

『……この子は藤凍月だよ。藤色に凍てつく月だ。そんな名前じゃない』

「…ほぉ、随分綺麗な名前を考えたじゃねぇか化物。だが残念だったなガキ、そいつの名はそんなもんじゃねぇ」

リーゼントがまた笑う。嫌な笑み。見たくなくて目を逸らした

「永劫尽きねぇ痛みを与える者。それがそいつの名だ。そいつは四百年前、無差別に魂魄を喰い殺した化物なんだよ」

『………嘘だ』

藤凍月がそんな事する筈ない。首を横に振ればまたリーゼントが笑った

「そいつが誰かに寄生する時、必ずやる事がある。何だか判るか?ああ?」

嫌だ。
聞きたくなくて、耳を塞いだ。
けれど耳を塞いだって男の声は聞こえてくる。
嫌だ、聞きたくない。
ぎゅっと目も瞑る。
そんな僕を背中に庇い、修兵さんが声を荒らげた

「ってめぇデタラメ言ってんじゃねぇぞ!」

「デタラメじゃねぇ、事実だ。












不治痛尽はな────────寄生する相手の斬魄刀を、喰い殺すんだよ」











『…………え…?』

思わず手を外し、リーゼントを見る。
鋭い目で僕を見据えたまま、男は嫌な言葉ばかりを続けた

「それだけじゃねぇ!ガキ、てめぇが誰かの始解をそいつに化けさせちまえば、てめぇの言葉一つでその斬魄刀を消し去る事も可能なんだよ!」

『…………』

地面に膝を着く。僕の言葉一つで斬魄刀を消し去る?何それ、冗談でしょ?
藤凍月は反応しない。
何時もなら話し掛ければすぐに応えてくれるのに。何で答えてくれないの?ねぇ、何で?
呆然としている僕から修兵さんに、リーゼントは視線を移した

「そこの黒髪の斬魄刀に着いてる飾り紐、そいつが着いちまった奴はもう救えねぇ!
てめぇが黒髪の斬魄刀を消そうとすれば、そいつごと消し去る事になる!」

『………そんな…』

「…独月…」

僕の目の前で膝を着いた修兵さんの腰で、飾り紐が揺れた。風死に着いたそれ。下手したら、僕は……

「まだ日が浅ければ不治痛尽とてめぇを切り離せたらしいがな、もう無理だ」

リーゼントが僕を見下ろした。
奴は何時の間にか僕の目の前に立っていて

「てめぇは存在が危険過ぎる。霊王宮でその化物と眠りに就いて貰おうか」

リーゼントの手が伸ばされた。
動けない。躱せない。ぎゅっと目を瞑る
捕まる。
そう思った、瞬間











「───────────ふざけんな」












『……え…?』

急に浮遊感に襲われ目を見開いた。足が地面に着いていない。腕、だ。
抱えられている。誰に?…修兵さんに

「こいつの事何も知らねぇ癖に勝手に危険物扱いして霊王宮に連れて行くだぁ?ふざけてんのはその髪型だけにしろよてめぇ」

「……ぁあ?てめぇ今俺に喧嘩売ったのか?今なら謝れば許してやんぞ、おお?」

「髪型と顔だけじゃなくて頭も悪ぃのか。可哀想に」

ぎゅっと僕を抱えたまま、見た事がない程冷たい目で修兵さんがリーゼントを睨む。
ちょっと待って、確か僕が藤凍月と眠りに就けば良い話なんでしょ?ならそうするから、頼むから僕なんかを護ろうとしないでよ。
口を開こうとした時、目の前に八の数字を背負った背中が現れた

「悪いけど、この子は渡せませんよ。日番谷隊長とこの子は未来の総隊長候補だ。うちの特筆戦力を眠りに就かせる、なーんて勿体無い事許可出来ません」

『…京楽隊長…』

京楽隊長の言葉にリーゼントは眉を顰めた

「……てめぇらで爆弾抱え込む気か?言っとくがそのガキが卍解を奪われて、奴等にその力を知られたらお終いだぜ」

「この子は賢い。そんな事言わなくても判ってますよ。ねぇ独月ちゃん?」

振り向いた京楽隊長に優しく頭を撫でられ、ドリスコールとの戦闘を思い出す。
……ああ、そうだ。藤凍月は僕を助けてくれたじゃないか

『卍解は…藤凍月が拒否しました』

「ああ?鵺がだと?」

鵺って言うな
リーゼントを睨み付けて、僕は口を開く

『確かにあんたからその話をされた時、眠りに就いた方が良いのかも知れないと思った。
でも藤凍月はこれまで何度も僕を助けてくれた』

今回も卍解せずに、僕を諭してくれた。
始解して最大限僕を助けてくれた
そんな僕の半身を、僕が嫌える筈がない

『たとえ僕の本当の斬魄刀が藤凍月に喰われてたとしても、僕の斬魄刀は藤凍月しか有り得ない。
だから僕は眠りには就けない。九番隊隊長として、こんな僕を支えてくれる皆と一緒に戦う義務がある』

そもそも本当の斬魄刀の存在すら知らなかったから僕の相棒は藤凍月しか居ないんだ。
だから、良く良く考えたら喰われただの寄生されただのどうでも良い。
消し去る力も僕が望まなければ発動しないなら、多分永劫発動しないからそれで良い。
くっそ今冷静に考えたら果てしなく下らない悩みじゃないか。今の悩んだ時間返せこの野郎

「素直に従わねぇなら力ずくで─────いってぇなクソっ!!」

「もう良いじゃろ。おんしの負けじゃ」

構えようとしたリーゼントの頭にまた拳骨が落とされた。ざまぁ。
見ていれば和尚が笑って僕を見た

「不治痛尽がそこまで主人に尽くすのは見た事がない。おんしなら大丈夫じゃろ」

『はぁ……』

頷けば和尚に頭を撫でられた。…なんかもう撫でられ過ぎてそのうち禿げやしないか心配だ

「お待ち下さい」

一先ず場が落ち着いた時。
じっと球体を見つめる卯ノ花隊長が口を開いた

「その球体の中に居る朽木白哉、阿散井恋次、朽木ルキアを今瀞霊廷から離すのは危険です」

その言葉で僕と修兵さんも球体を見る。
ああ、そうだった。
あの三人と更木隊長は重体だ。
更木隊長と朽木隊長はギリギリ生を繋いだだけで、まだ危ないんだっけ

「お止め下さいませ。私達が手当致します故」

そう卯ノ花隊長が言った瞬間──────またリーゼントが復活した

「だから連れて行くんだろうが。おォ!?」

『…僕あいつ嫌い』

「奇遇だな、俺もだ」

「おめぇも判ってる筈だぜ。この三人はおめぇの力じゃ全快には戻せねぇ!
そして何より朽木白哉はこのまま此処に居れば確実に死ぬ!」

『そして煩い』

「おめぇじゃ無理だ。俺が治す!判ってんだろう、烈」

「そして偉そうだ」

「おめぇが今やるべき事は治療なんかじゃねぇって事は」

『「そしてうざい」』

「うるせぇぞてめぇら!!」

卯ノ花隊長が目を伏せた。その様子を京楽隊長が何処と無く厳しい表情で見つめる。…何故?

『てか修兵さん、もうそろそろ下ろして』

「断る。少なくともあいつらが居なくならねぇ限りこのままだ」

『えぇえ……』







たとえそうだとしても








(あ、藤凍月が喋った)

(おー、良かったな)