目の前で、拳西さんが吹っ飛ばされた。
一瞬ヒヤッとしたが、すぐに砂埃の中から銀髪が現れた事で胸を撫で下ろした
鼻血は出ているが見た感じ軽傷だろう。

「オラァッ!!」

拳西さんが背中を向けているマスキュリンに殴り掛かった。
だがその拳が当たる前に、大柄な男の姿が消えていた。

「拳西さんっ!!」

「スターイーグルキック!!」

「っぐ…!」

一瞬で間を詰めたマスキュリンが放ったのは強烈な膝。カウンターを喰らった拳西さんの口から血が吐き出された
けれどマスキュリンは攻撃の手を緩める事はなかった

「スターヘッドバット!!」

繰り出されたのは頭突き。…あいつ明らかに石頭だろ。
ニヤリと笑った覆面の手を拳西さんが掴んだ

「くそっ…あんま調子に乗るんじゃ…」

拳西さんが拳を振りかぶった。

「────────ねえっ!」

衝撃波を纏った拳がマスキュリンに触れる

「うおおおおおおおおおおおおっ!!!!」

「効いてる…!」

「ぬおおおおおおおお…!!」

マスキュリンが苦しそうに呻く。
そうだ、さっきも拳西さんの攻撃は効いていた。
あいつが────────声を出すまでは

「頑張って下サイ、スーパースター!!」

あのチビが声を掛けた────────瞬間

「ッ!」

拳西さんの拳が、大きな手に掴まれた

「全く効かんぞ!!」

たった今まで苦しんでいた筈のマスキュリンが、拳西さんを殴り飛ばした。
宙に放られた拳西さんを追撃するマスキュリン。拳西さんの右腕が掴まれる。
そして、遠慮なく握り潰された。

────────ボキリ、と。

嫌な音が響いた。
拳西さんの身体はそのまま地面に叩き付けられた

「ぐ、あああ……」

「逃げろ!拳西さんッ!!」

右腕を押さえ悶絶する拳西さんに、ニードロップが襲い掛かる。
防御すら出来ず、モロに入った

「…ふむ」

ゆっくりと立ち上がった覆面。
大きく凹んだ地面に、ピクリとも動かない拳西さんが横たわっていた

「どうやら…10カウントは必要ない様だな」

拳西さんを見下ろしたマスキュリンがそう言った時、俺の隣に立っていた鳳橋隊長が動いた。
すらりと抜いた斬魄刀が狙ったのは覆面ではなく────────小さな影

「きゃああああっ!!」

悲鳴を上げたのは、ジェイムズと呼ばれていた小さな滅却師だった。腹を貫かれたジェイムズが、助けを求める様に腕を伸ばした
振り向いたマスキュリンが口を開こうとする前に、ジェイムズの身体が二つに分かれた

「ジェーーームズ!!!」

鳳橋隊長に内心拍手を送った。マスキュリンの厄介な点は声援による回復及び強化。だがあの声援さえなければその能力は抑え込まれる。
そろそろ俺も動かねぇと。
腕に力を入れて上体を起こそうとして、また瓦礫の上に逆戻りした

「っで……!」

「君は動かない方が良い。さっきの攻撃で肋骨が折れている可能性がある」

「でも、拳西さんを回収しないと」

「大丈夫。僕がすぐに終わらせるよ」

そう言って鳳橋隊長が俺を安心させる様に笑った。俺の前に立った鳳橋隊長をマスキュリンが怒鳴り付けた

「貴様!!只のファンを手に掛けるとは何たる臆病者!!」

「何とでも言うが良いさ。これで君はもう全力を引き出す事が出来ない、そうだろう?」

平然とした様子で返した鳳橋隊長がちらりと拳西さんの方を見た

「拳西が開いてくれた突破口、無駄にはしないよ」

呟いて、斬魄刀を構えた

「卍解────────金沙羅舞踏団」

鳳橋隊長がそう唱えた瞬間、空に大きな手が現れた。それだけじゃねぇ。二列に並ぶ、顔に風車の羽みてぇなのを付けた人形は何だ?

「金沙羅舞踏団は死の踊り子達…その報酬は、君の命」

鳳橋隊長が、手に持った指揮棒を振った

「本日のプログラム、第一番は“漂流”」

すると人形達がマスキュリンの周囲をぐるぐると回り始めた。
その人形達が、水を纏い始めた

「うおおおおおおおおっ!!」

マスキュリンが水流でぐるぐると回される。何だろうあれ、凄ぇ失礼なんだけど洗濯機みてぇ。や、卍解のれっきとした技なんだけど…

「な、何だこれは!水か!?」

鳳橋隊長が再び指揮棒を振った

「続くは第二章、“プロメテウス”」

「なっ…」

今度は人形が炎を纏った。けれど水は依然としてマスキュリンを襲うまま

「そんな馬鹿な!炎と水を同時に操る斬魄刀などある筈がない!これは只の幻覚だ!!」

そう、炎と水を同時に操るなんて有り得ねぇ。独月みてぇに特別な能力がなければ無理だ。それにあんな稀有な斬魄刀なんてそうそうねぇから、何かタネがあるんだとは思うが

「そう、僕の技は魔法…しかし、だからこそ────────そこから逃れる術はない」

鳳橋隊長がとん、とある部分を叩いた。
隊長が指したのは、自らの耳

「僕がコントロールしているのは“音”…耳の中で反響する音が、君の感覚を奪う」

「…音、か」

音で感覚を奪えるのなら、よっぽどの事がなきゃそれを解かれる事はねぇんだろう。一番簡単なのは鼓膜を破る事だが、んな事したって自分が不利になる。
たとえそれで鳳橋隊長を倒せたとしても、他の隊長格と当たれば必ず支障を来す。
聴覚ってのはそれだけ重要だから

「騙されると本当に燃え上がることさえ起こりうるんだ…息が止まってしまう事も」

勝利を確信した鳳橋隊長が指揮棒を振り上げた

「それでは最終章は君に相応しい曲にしてあげよう────────最終楽章“英雄”!!」

高らかに宣言された最終楽章。
けれどマスキュリンの表情に違和感を覚えた。
耳を塞いだマスキュリンが浮かべているのは、豪快な笑み。
それを見た鳳橋隊長が怪訝そうな顔をした

「何だい?耳を塞いだって…」

ずるりと引き抜かれた指先に付いていたのは、血だった。
耳から血って、まさか────────
鳳橋隊長も俺と同じ事を考えたのか、目を見開いた

「まさか…鼓膜を破壊するなんて…」

鳳橋隊長がそう呟いた、瞬間

「え……?」






────────鳳橋隊長の胸に、星形の大きな穴が空いていた






「正義のヒーローのビームは悪党を根絶やしにするのだ!!」

「くそ…」

「鳳橋隊長っ!」

崩れ落ちた鳳橋隊長に這いながら近付く。
勝ち誇り、高らかに笑う覆面野郎は無視して何とか自分の上体を起こした。
弱々しいが息はある。
それを証明するかの様に、鳳橋隊長の指が僅かに動いた。
それに気付いたらしいマスキュリンが眉を吊り上げた

「むむ!?まだ生きてるとは…悪党の癖にしぶとい奴だ」

マスキュリンが取った構えに風死を構える。
だがあのビームはきっと今の状態じゃ防げねぇ。
仕方ねぇ、虚化するか

「許すまじ!死ねッ!!!」

再び星形の光線が放たれた。
鳳橋隊長の前に出た俺は仮面を出そうとして、固まる。
感じ取ったのは、柔らかな霊圧





────────バチィッ!!





大きな音を立てて、光線が掻き消された。
俺の目の前で揺れているのは、赤い札
次いで現れた姿に、目を見開いた

「……ぁ…」

見上げた俺の口からは、情けねぇ声が漏れた。
真っ白な毛皮を纏った小柄な背。顔が見えなくたって判る。
俺が、会いたかった人

「ワガハイのスターフラッシュを弾くとは…何者だ?」

訝しむマスキュリンの問い。
耳に心地良い中性的な声が、凛とした響きで答えた

『────────通りすがりの悪役さ』










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