「隊、長…」

声を掛ければ、ゴーグル越しの空色と目が合った

『下がってて』

小さな背がかつてない程に凛々しく見えた。同時に、酷く遠くなっている様に思えて

「……はい」

俺は、頷くしかなかった
























「桜花隊長!」

後ろから駆け寄ってきたのは阿散井と朽木だった。二人を見た独月が、ついと視線を動かす。
その先に居るのは動かねぇ拳西さん
僅かに眉を顰めて、独月は言った

『鳳橋隊長と拳西さんを頼む』

「俺も残りましょうか?」

『必要ない。僕一人で充分だ』

圧倒的な体格差のあるマスキュリンを見つめ、独月はそう言った。
朽木がちらりとマスキュリンを見て、あっさり賛成する

「判りました。行くぞ恋次」

「あーあ、可哀想に」

阿散井が同情する様な視線をマスキュリンに向けた。そして座り直し、何とか立て膝の状態になった俺を見た

「先輩はどうします?四番隊、連れて行きましょうか?」

「……いや、俺は」

隊長の傍に居たい。
消え入りそうな声で紡がれた俺の声を拾ったらしい阿散井がにっと笑った

「そっすか。ならちびさぎ隊長の事、任せましたよ」

怪我人二人を担ぎ上げた阿散井と朽木が立ち去った。
それを見つめていたマスキュリンが不思議そうに首を傾げる

「おや?三人がかりで来ないのかね?
さっきの隊長達はなんとも臆病な奴らでな、二人がかりで襲ってきたんだ
君も悪党ならそこの副隊長も含め、二人で掛かってきて良いんだぞ?」

挑発とも取れる言葉を独月はしれっとした顔で受け流した

『お前は僕一人で事足りると判断した。部下を使う必要はない』

「んんん?」

てかあいつさっき自分で鼓膜破ってなかったか?何で独月と普通に会話してんだ。まさかもう治ったのか?
内心首を傾げていれば、不思議そうなマスキュリンがこう言った

「可笑しいな、さっきから何も聞こえん…どうやら格好良い事を言ってるのは判るのだがな」

「…てめぇで鼓膜破ったじゃねぇか」

「あ、そういえばワガハイ、鼓膜が破れておるのだった!」

『……は?』

「おおーい、ジェイムズ!」

不思議そうな顔をしている独月を無視して覆面が小せぇ滅却師の名を呼んだ。
いや、有り得ねぇ。あのチビは鳳橋隊長に斬られた。真っ二つにされたんだから、生きてる筈は────────










「はーい!!」









「………は?」

声がした方をばっと見る。
そこにあったのは、ジェイムズと呼ばれていた滅却師の胴と下半身がお別れした死体。
死んだ筈の上半身が、身体をずるずると引き摺りながらマスキュリンに顔を向けた

「呼んだデスかーミスター?」

「何だこいつ…何でこの状態で生きてやがんだよ」

『プラナリアみたいだな』

独月はジェイムズを人間枠から外したらしい。プラナリアってあれだろ?切っても切っても再生するヤツ。
そう考えてジェイムズを見た
…まだ一回斬っただけだし、何とも言えねぇな

「応援が欲しいぞジェイムズ!ファンからの声援でワガハイの耳を癒して欲しいのだ!!」

「勿論デスよ!頑張って下サイー!スーパースター!!」

耳に手を当てていたマスキュリンの覆面に空いていた穴が塞がった。
…鼓膜どころかあの覆面まで治るのは何でだ。
耳が治ったらしいマスキュリンがニカッと笑う

「良しっ!新しい鼓膜だ!見事な復活だ!」

笑顔を浮かべたままのマスキュリンが独月を見た

「ああ、良く聞こえるぞ!ほれ悪党、試しに何か喋ってみろ!!」

『声援で回復とは…お手軽だが気持ち悪い』

さらっと毒を吐いた独月にマスキュリンが眉を吊り上げた。
ゆっくりとゴーグルを額に持ち上げる独月に向かってマスキュリンが襲い掛かる

「侮辱したな!?たとえガールでも許さんぞ!!スターロケット・ヘッドバッド!!」

「たいちょ…っ!」

危ねぇと言い切る前に、俺の身体は宙に浮いていた。小せぇ肩に担ぎ上げられている。
とん、と着地したらしい独月が俺を瓦礫の上に降ろした。
何を言う事もなく、俺に背を向ける

「…隊長」

『………』

独月は俺に応える事なく右手を動かした。袖から出したのは、さっき俺と鳳橋隊長を護った赤い札。
それを数枚宙に放り、人差し指と中指を立てた手を口許に寄せた

『────────塞』

「!」

近くに居た綾瀬川や斑目も包み込んだ青い膜。何だこりゃ…結界か?
ぺたぺたと触っていれば独月が肩越しに振り向いた

『鬼道の威力を何倍にも強くした結界だ。外には出ないで』

「…判りました」

てか隊長、今思ったんですけどその格好可愛いですね。
フードに二つ尖った毛の塊が出来てて、それが猫の耳に見える。
可愛いなあれ。ずっと着ててくれねぇかな。
そんな場違いな事を考えていると、地面を蹴った独月がマスキュリンに飛び掛かった。
振り向いたマスキュリンの額に強烈な蹴りを見舞う

「ぐおっ!!」

堪えきれなかったらしいマスキュリンが地面に叩き付けられた

「うぐっ…」

綺麗に着地した独月が起き上がろうとするマスキュリンを見つめていた。

「ぶわあああっ!!」

何だあの奇声。
むくりと起き上がったマスキュリンが独月を睨む

「成程…このワガハイの攻撃を躱し、尚且つキックまで…なかなかラッキーなガールだな」

『…ガール呼びしてるとルー語に聞こえる』

「や、隊長。敵に集中して下さい」

「だが今の攻撃は間違いだったな!ワガハイの怒りを買ってしまったのだから!!」

そう言うと覆面は拳を握り、力を溜め始める。
その拳に浮かぶのは、星

「見るが良い!この拳の星型紋章こそがワガハイの怒りの証!!」

『…怒ると星が出るのか。まさか宇宙人?』

や、だから戦いに集中しろって。
呆れた様な独月に向かい、高らかにマスキュリンが叫んだ

「そして悪を滅ぼす正義の証なのだ!!」

ぐっと握った拳をそのままに、独月目掛けて襲い掛かる

「行くぞ!スター────────殺人パンチ!!!」

拳を振り抜くと同時に星形の紋章が現れた。それが避けようともしなかった独月に直撃する。
やべぇ、幾ら強くなったからってあいつは華奢だ。あんな拳喰らったら吹っ飛んじまう

「隊長ッ!!!」

「ははは、どうだ悪党ガール!この紋章を伴うパンチの威力は通常の10倍!!正しく正義の鉄槌だぞ!」

今すぐ駆け寄りてぇ衝動に駆られる。だがなけなしの理性がそれを押し留めた。
独月はこの結界の中から出るなと言った。
────────それを護らねぇと、駄目だ。俺はあいつの副隊長なんだから。
拳を握る俺の耳に、マスキュリンの高笑いが聞こえた

「さぁ悪党め、脳味噌をぶちまけるのだ!!」

舞い上がる砂埃が揺らいだ時、笑っていた覆面の笑みが引き攣った。
粉塵が薄れ、現れた姿にほっと息を吐く

『どうした?殺人パンチじゃ死神は殺せないみたいだが』

大きな拳を右手一本で止めた独月が、気怠げな表情でそう言い放った。
やべぇ、流石隊長。格好良いのに可愛くて色っぽいです。取り敢えず抱き締めてぇ…って脱線してる。
頭を振っていればマスキュリンは更に怒りのボルテージが上がったらしい。
酷く憤慨した様子で拳を握り直した

「貴様!!悪党の癖にヒーローの拳を掴むとは!!!」

独月に向け、両の拳を叩き付けた

「殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!」

「隊長…!」

や、さっきのを見る限り大丈夫なんだろうとは思う。けどやっぱり心配で。
猛打の先を見ていると、ふと視界を白い影が横切った。
見れば白い毛皮を纏った小柄な背が、上半身だけになったジェイムズに近付いていた。
ベルトに提げていた刀の鍔が光り、斬魄刀になる。何時もと違う真っ白な柄を握った独月が、躊躇なく刃を振り下ろした。
バラバラになったジェイムズが、未だ誰も居ねぇ場所に拳を撃ち込むマスキュリンの名を口にした

「ミ、ミスタ…」

そこで漸くマスキュリンが猛打を止めて、振り向く。

「ご、ごめんなさ……」

目を見開いた先で、ジェイムズがバラバラに崩れ落ちた

「ジェイムズ!!何故だ!何故ジェイムズが!!?」

『お前がへなちょこパンチの練習で忙しそうだったから、先にそれを殺らせて貰った』

そう言った独月が口角を僅かに持ち上げた。やべぇ、すっげぇ悪役っぽいです流石隊長

『丁度良い、こいつがプラナリアかどうか実証出来るだろ?』

「…あ、まだそいつプラナリア疑惑あるんだ」

『死んだら蜥蜴にする』

「え、何で?」

『下半身が尻尾なんじゃないかと』

ああ、蜥蜴の尻尾は切ってから暫く動き回るもんな。でもそいつの下半身は動いてなかったから蜥蜴じゃないんじゃね?
…ってまた脱線してる

「隊長」

『ん?』

「前見て下さいよ、前」

俺の方を振り向いている独月に前を見る様に促す。
あいつ滅茶苦茶怒ってっから。何と卑怯な!とか言って怒ってっから
若干面倒そうに前を見た独月が目を細めた

『何だ、知らないのか?』

ちゃきり、と柄の菱形の周りだけ紫の線が走る白に近い銀色の斬魄刀が音を立てた。
独月には長ぇ刀が、その身をマスキュリンの腹に打ち付ける

『お前の言う悪党は、卑怯な奴を指す言葉だぞ』

────────刃が、マスキュリンの腹部を斬り裂いた









正義を叩き斬る