辺りを見渡すけれど、滅却師らしき影はない。霊圧も近くにない事を確認してから始解を解いた。
鍔の形を模した飾りと扇を仕舞い、後ろを見る。
結界を解き、御札を袖に押し込めば黙っていた修兵さんが口を開いた

「…お手を煩わせてしまいすみませんでした、隊長」

『……死ななかったから、それで良い』

頭を下げた修兵さんを見て、静かに目を細めた。恐らくこの人は卍解が出来る様になっている。
そう、約束は果たせるのだ。
────────でも、僕は

『檜佐木さん』

「はい」

『…僕は、貴方が卍解を手に入れるまでの間だけ、隊長でいるつもりだった』

「はい」

『……でも、霊王宮に行ってその考えは変わった』

今まで僕は、本当の意味で隊長ではなかった。
自分は修兵さんがなるまでの代わり。その場凌ぎの代替。
心の何処かで、そう思っていた。

『九番隊は、僕の隊だ。僕が護る。やっとその覚悟が出来た』

白罌粟の隊花の意味は忘却。
怖れも迷いも全て忘れる事なく進めという意味だと、僕はそう思っている。
座ったままの修兵さんを見つめ、言葉を口に出した

『もう貴方に隊を譲る気はない。
貴方が僕より強くなったなら、僕が隊長に向いていないと思ったなら、その時は僕を斬れ。でもそれまでは────────僕が、九番隊の隊長だ』

もう今までの様に隊長の座を易々と明け渡そうとは思っていない。
それがたとえ、修兵さんでも。
暫し、無言で対峙する。
やがて、じっと僕を見つめていた修兵さんが優しく笑った

「俺は最初からそのつもりでしたよ、隊長」

『え…』

「貴女が何時隊長として俺にそう言ってくれるのか、ずっと待ってました」

目を瞬かせる僕を見て笑いながら、修兵さんが立ち上がった。
僕を見下ろして、優しい声で言葉を紡ぐ

「俺の力は生涯貴女の為にある。この卍解だって、貴女の役に立つ為に手に入れた力です。だから、貴女を斬って上に立とうだなんて思いません」

『………』

すっと僕の手を掴み、自らの胸に触れさせた。一定のリズムで脈打つ心臓の位置に手を宛がったまま、微笑む

「俺の命は、貴女のものだ」

『…修兵、さん』

「……おかえりなさい、桜花隊長」

そう言って優しく笑った修兵さんに、笑みを返す

『ただいま、檜佐木さん』

お互いに笑い合った所で、視界を銀色が過るのが目に付いた。
そういえば霊王宮で修行してる間に大分髪が伸びたな。確か藤凍月の時間操作の影響だったけど。
前髪を摘まみ、眺める。顎辺りまであるそれら。
うん、邪魔だな。
ベルトに挟んだ扇を取り出した

『赤色』

名を呼べば僕の考えが判ったのか、扇は鋏に変化した。不思議そうな表情の修兵さんを尻目に勢い良く前髪を切れば、目の前から悲鳴が上がった

「ちょっ!!なんて事してんすか隊長っ!!」

『髪が邪魔だから切ってる』

「勿体無ぇ…!!!」

ぎゃーぎゃー騒ぐ修兵さんを無視して淡々と髪を切る。髪を摘まめば赤色が勝手に切ってくれるので非常に楽だ。
そのまま邪魔しようとする修兵さんを無視し続けて、髪を切り終えた。
前も後ろも未だ嘗てない程に短く切り揃えた。
軽く髪を梳いてから着ていた毛皮をはたく。物凄く軽くなった頭を振って修兵さんを見れば、彼は唇を尖らせていた

『……なにその顔』

「…髪伸ばすって言ったのに」

『……ああ』

そういえばそんな事も言った様な。でも少しならってその時に言ったし、別に切っても良いだろうに

『だって長くて邪魔だった』

「結べば良かったじゃないですか」

『面倒だし重い』

髪って結構重いんだよ。修兵さんは伸ばす事ないから判んないかも知れないけど、長いのと短いのじゃ大分頭の重さが変わってくる。
重たくて邪魔だったから切ったのに、なんで不貞腐れた態度を取られないといけないのか

『気が向いたら伸ばしてあげる』

「……本当に?」

『ん』

ぶっちゃけ何時伸ばすか判んないけど。
こくこくと頷けば漸く修兵さんが尖らせていた唇を引っ込めた。

『……さて』

一段落着いた所でぐっと伸びをする。
これからどうしようか。
今は夜だから無闇に動かない方が良いし。

『檜佐木さん』

「なんですか、隊長」

『取り敢えず何処かで休もうか』












『ん…』

ゆっくりと目を開ければクロスのネックレスとチョーカーが見えた。
ああ、修兵さんか。
顔を上げ、なんだか随分懐かしく感じるその人を見つめる。
実際は大した日数じゃなかったんだろうけど、僕は少しばかり特殊な環境下で修行していたからそんな風に感じるのだ。
簡単に言うと、僕は精神世界で修行していた。
藤凍月による細工により少なくとも十年は経っていた筈。それだけの年月をひたすら剣に費やしたのだから、間違いなく技術は上がっているだろう。それに師となったのは斬魄刀本人達だ。その二人に藤凍月に関してはお墨付きを貰えたので、極めたと言っても過言ではない。
────────まぁ藤凍月は、だけど

『…修兵さん、起きて』

僕を抱き枕にして眠っている修兵さんの肩を控えめに揺らせば、案外すぐに目が開いた。
ぱかりと開いた目が僕を捉え、それから周りを探る様に灰色の瞳が動く。
何もないと判断したのか、へらりと修兵さんが笑った

「おはよ、独月」

『おはよう修兵さん』

身体に乗せられていた腕が外されたので身を起こし、ぐっと伸びをした。
被っていた毛皮や外套を放る。首を緩く回しながら修兵さんが口を開いた

「なぁ毛皮着てくれよ」

『え、なんで』

「毛皮の頭んトコに毛の塊が二つ出来ててさ、猫みたいで可愛かった」

『揺るぎないなあんた』

てかそれあのマスクマンとの戦闘中か。や、別に良いけど隊長が戦ってんのに何処に注目してんの?
思わず呆れ顔になった僕は悪くないと思う

『動くのに邪魔だから着ない。行くよ、檜佐木さん』

「ちぇ。…了解です、隊長」

名字で呼べば修兵さんは表情を引き締めた。敬語なのは少し寂しいけれど、これが彼なりの覚悟が決まった僕への接し方なんだろう。それかこの態度で僕に忠誠を示しているのかも知れない。
そう結論付けて、寝床に使った建物の残骸から飛び出した









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