「やめてぇ!ミーの事が好きだからって、皆ミーの為に争わないで!!」


褐色の男は、ただただ笑う


「皆が死ねばミー一人のお手柄になるなんて、全然思ってないからぁ♡」















「はぁ…哀しいよネッ♡」


ペペは溜息混じりに呟いた


「戦いっていうのは、何時だって哀しい。
それは、そこに“愛”があるからなんだヨネッ♡」


修兵さんが朽木隊長に向かって風死を振るう。
それを眺めながら、男は謳う様に言葉を紡ぐ


「戦いは、信じる正義の喰い違いで起こると思っているんでショ?


──────違うよ、戦いは、全て愛の為に起こるんだヨネッ♡


妻への愛、子への愛、親への愛、友への愛、主君への愛、神への愛………
信仰も愛、信念も愛、物に対する執着さえも愛だ!!!
愛無き所に戦い無し!
だからこそ戦いは哀しく、だからこそ戦いは美しいんだヨネッ♡」


高らかにペペがそう言い放った時──────修兵さんが、膝を着いた。
その間にペペの背後を取った僕は、その首筋に静かに扇を突き付けた


「!!」


「演説は終わったか?此方も終わった」


『傍迷惑な宣教師もいたもんだ』


「…キミ、あの距離でどうやってミーの愛を」


その問いには答えず、首筋に神遊扇を押し付ける。ぐっと詰まった声を漏らした男を見て、静かに朽木隊長が口を動かした


「愛だ何だと騒いでいたが、要は人を意のままにする能力。
操られた者を動けなくしてしまえばどうという事は無い」


朽木隊長が下ろしていた刀の切っ先を向けた


「そして…その手合いは全て、術者を斬りさえすれば傀儡の糸は絶ち切れる」


『つまり傀儡は縛って転がしとけば、お前は只の煩い宣教師』


「Oh、流石朽木白哉に桜花独月…見抜いてくるネッ♡」


おどけた様に言う男が急に此方を振り向いた。
ハートの形を模した手を向けられ、後退する。僕がハート型の光線を躱す間に、ペペは朽木隊長にその手を向けていた


「こわいッ♡」


ペペの手から例のビームが放たれた。それを朽木隊長は難なく躱す。


「こわいこわーいこわーいよ─────!!」


大袈裟に騒ぐ男の光線は、建物を破壊しながら朽木隊長を追尾した。
向き直った朽木隊長は、その光線に刃を向ける。
…アレって駄目じゃないか?
壊れただけで何の変化もない瓦礫を見て、朽木隊長が口を開いた


「──────どうやら…愛と言うだけあって、心の無いものは操れぬ様だな」


「…………そうだネッ」


ペペが笑みを深めたのを見て、僕は舌打ちを溢した。
──────やはり、予想が当たってしまった


「そこまで見抜いてて………何で、斬魄刀で受けた?」


「!?」


朽木隊長の手に収まっていた斬魄刀が、突然持ち主である筈の彼に襲い掛かった。


「…知ってるヨッ♡斬魄刀には“心”がある」


『っ!』


今度は此方にビームを向けられ、僕はその場を飛び退いた。


「だからミーは、前回の戦いでキミ達から卍解を頂かなかった」


天を仰いだ男は、サングラスの奥で鋭く目を光らせた


「だってミーには“愛”がある。
“心”ある斬魄刀なんて、何時でも奪えるモノだから♡」


眉を顰め、朽木隊長は斬魄刀を投げ捨てた。
彼の手から離れた刀を見て、ペペが笑う


「手放してどうなる?キミはチャンスを与えたヨッ♡」


壊れた白壁に突き刺さった斬魄刀に、ゆっくりと起き上がった修兵さんが背中を向けたまま手を伸ばした。
刀の柄に、見慣れた手が掛けられる


「ミーを愛する武器を……ミーを愛する死神が使うチャンスをネッ♡」


壁から千本桜を引き抜いた修兵さんは、ごぼっと口から血を吐いた。
それでも微動だにせず立っている彼に、僕は眉を寄せた。
さっき修兵さんは朽木隊長の一撃を防御もせずに食らった。恐らく朽木隊長は一撃で動けなくする為に、それなりに強い攻撃を放った筈だ。
それでも回復する時間すら置かずに動かされているのだから、多少なりともダメージは残っているだろう


「愛の力は偉大だヨッ♡」


目を見開いた修兵さんは、朽木隊長と対峙している。なら僕は、あの愛信者を潰すべきか。
神遊扇を構え、ペペに飛び掛かった。


「どんな攻撃を受けても立ち上がり、愛の為に目的を果たそうとする」


ひょいと躱した奴は、此方にハート型の光線を放つ。それを避けていれば、頬に手を添えて腹立たしい男は笑った


「困難を乗り越える為に愛はすッごく重要なんだヨネッ♡」


『…お前如きに僕の副官をやった覚えはない』


「独占欲?良いネッ、それも立派な愛だヨネッ♡
相手を愛するが故に、その全てを手に入れたくなる。そして他者から安易に触られると嫉妬に悶え怒り狂う…
一番激しく、一番純粋で綺麗な“愛”だネッ♡ 」


『不愉快だ。黙れ』


「あら、言い当てられちゃってご機嫌ナナメ?こわいこわーいッ!!」


至近距離で放たれた光線を、仕方無く扇で受け止めた。
それを見たペペが笑みを深めるが、僕には全く問題ない。
化物と恐れられた相棒を舐めるなよ。
操りのあの字も感じさせず素直に動く扇で、男の顔面を張り飛ばした


「ぶごおっ!?」


『破道の六十三・雷吼炮』


すかさず雷撃を放てば、ペペは慌てて回避した。尚も追い掛け顔面に蹴りを入れる。無様な悲鳴を上げた男は地面に転がった。
奴がコントロールしている暇がないのか、修兵さんが千本桜と風死を握ったまま固まっている。
僕はその背に指先を向けた


『縛道の六十一・六杖光牢』


「…桜花」


『朽木隊長もあのデブ潰しません?』


親指でペペが落ちた方を指せば、無言で頷かれた。即答か。ああ、千本桜操られて苛ついてるのか。
納得してから勢い良く瓦礫が吹っ飛んだ方に目を向けた


「ミーの愛は…絶対だヨネッ♡」


ペペの叫びを合図にした様に、固まっていた修兵さんが動き出した。
なんと自らを縛る光の帯に手を掛けて、強引に砕き始めたのだ。


『檜佐木さん…!』


あれは僕の………隊長が、直々に放った鬼道だ。
彼を封じる為に、霊圧は敵に使うものと同じくらい込めてある。それを、あんなに傷付いた身体で力任せに破壊、なんて。
──────そんな無茶をしたら、修兵さんが壊れる。
咄嗟に霊圧を弱めたのが、間違いだった


「!!」


『っ!』


拘束を脱した修兵さんが、真っ直ぐに朽木隊長に斬り掛かった。
直ぐ様止めようと動いた時、悪寒を感じ反射的に扇を背後に向けた。
刹那、漆で艶めく親骨を、最早見慣れてしまった光線が激しく叩いた。
何も様子の変わらない神遊扇を見て、ペペが怪訝そうな表情をした


「不思議だネッ…その斬魄刀は、ミーの愛を拒むのかナ」


『…ああ、お前の愛は不味いってさ』


不意討ちを受け止めてくれた相棒をそっと撫でて、挑発的にそう言ってやる。
この子にそんな洗脳は通用しない。そう理解していたからこそ、刀を下げて、敢えて打撃戦となる扇で挑んでいるのだ。
ちらりと背後を窺えば、修兵さんが両手に持った斬魄刀で朽木隊長に斬り掛かっていた。
切実に止めたい。
朽木隊長が、白打で修兵さんを受け流してくれている間に


「ミーの愛を打ち消している…キミの言い方からして、食べているのかナ?」


『雷吼炮!』


今の内にケリを着けようと考え、僕は雷吼炮の後ろに付いた。
電撃が当たった事により巻き起こる粉塵の中、微かに見えたシルエットに神遊扇を振り下ろすが、手応えはない。
眉を潜め、気配を探っていたその時。
真後ろから、霊圧を感じた


「でもキミはミーの愛に触れていない…キミ本人はどうなのかナ?」


『──────ッ!!!』


気味の悪い笑みを浮かべた男が、ハート型の光線を撃ち出した














「なっ…!」


『………!』


ただ、目の前の光景に目を丸くした。
神遊扇が間に合うか間に合わないか、そんなギリギリの距離だった。
実際扇は僕の胸の前にある。けれど、あの光線を、赤色は食べていない。
それなのに、僕にあの光線は当たらなかった。
その理由は、目の前に、手があるからだ。
見慣れた、細いのに力強く、暖かい手が


『……修兵、さん』


その腕の持ち主を呆然と見上げる。此方に背を向けた彼は、俯いたままだった。
先程の光線は、突如目の前に現れた修兵さんの手に当たり、消えた。
…つまり、僕を護ってくれたのだろうか。
だとすれば、たとえ操られていてもやっぱり修兵さんは修兵さんらしい。
僕が小さく笑うと、予想外の出来事だったのか、ペペが声を荒げた


「あっ…有り得ない!!ミーの愛に背くなんて!!」


そう喚いたペペが、此方に指差した。
それに従う様に修兵さんが身体の向きを変える


「ミーの愛を受け入れろ!桜花独月をキミが殺すんだヨッ!!」


修兵さんが、始解した風死を持った手をぐっと持ち上げた。何故だろう、恐れも怒りも何も思わない。同時に、彼からは殺気も、危険性も感じない。
扇を構える代わりに、僕は手を広げた


『修兵さん、おいで』


「そんな言葉で、ミーの愛を受け取った人形が言う事を聞く訳…」


馬鹿にした様に笑ったペペの言葉は、途中で止まった。
頭の上に風死を持ち上げていた修兵さんが、腕を下ろしたからだ。
身を屈めた修兵さんを抱き締めて、背中にそっと神遊扇の飾り毛の付いた先端を当てた


『今、楽にしてあげるから』


呟いて、そっと解放の言葉を音に乗せた


『刳れ──────“不治痛尽”』


一瞬だけ扇が赤く光ると、力を失った様に修兵さんが崩れ落ちた。
それを抱き留めれば、信じられないとペペが騒ぎ始めた


「う、嘘!ミーの愛が負ける訳…」


それを無視して修兵さんが握ったままの千本桜にも扇を当てておいた。
ぼんやりと扇が光ると、修兵さんの手から斬魄刀はするりと抜け落ちた


『朽木隊長、あいつボコるのよろしく』


「…ああ」


修兵さんを抱え、僕は後ろに下がった。地面に落ちた斬魄刀を拾った朽木隊長が、代わりに前に出る。
気絶している筈なのに、何故か僕にぎゅっと抱き付いている修兵さんに気付き、場違いだが小さく笑った











完聖体とかいう大変気持ち悪い姿になったペペを、朽木隊長は圧倒した。
追い詰めた朽木隊長がペペを斬ろうとした時、突然乱入者が現れた。
ペペを殴り飛ばしたのは、見覚えのある銀髪の男


「らぶうーっ!!!」


「!」


『…拳西さん…?』


けれど、拳西さんと共に現れた鳳橋隊長の姿が可笑しい。
額から両目に掛かる様に、黒い模様が引かれている。白目を剥いていて、どう見たって普通じゃない。
目を見開いた朽木隊長は、二人を見て口を開いた


「兄等…!…その姿は…!?」


驚く僕達の前に現れたのは、涅隊長だった


「また丁度良い処に敵が居たものだネ。この涅骸部隊の性能調査に丁度良い」


『…骸…部隊…?』


表情を変えずに佇む拳西さんを呆然と見上げる。骸、部隊って。
骸って、つまり拳西さんは、死んで…
言葉を詰まらせた僕の代わりに、朽木隊長が詰め寄った


「涅…!兄の仕業か……六車と鳳橋に何をした…!」


「人聞きが悪いネ。私は奴等を救ったんだヨ」


平然とそう言った涅隊長は、ゾンビ化というものの説明を始めた。
敵の中に自らの血液を与える事によって、ゾンビとして配下に加える者が居た。
その能力者が人間をゾンビに変えるのには、相手の霊圧によって必要な血液の量に違いがある。
霊圧が低ければほんの一滴が脳に達した時点でゾンビ化するが、対象の霊圧が高ければ、侵入した血液が心臓で増殖し、全身に行き渡ったのち漸くゾンビ化する。
その為ゾンビ化した隊長格の肌は赤黒く濁っていた。
そこで涅隊長が使ったのは、血液組織を改変する薬剤。
隊士の血液サンプルをベースに、“元々の組成と異なる血液”を“血液状の物質”に変えるものだった。


「つまり、この薬を投薬して、あのゾンビ娘のゾンビを私のものにしたのだヨ」


『………』


カプセルと注射器が一緒になった様なものを手にする涅隊長を見つめ、唇を噛んだ。
やり方はどうであれ、涅隊長は敵から二人を解放し、再び此方の陣営に戻した。
細かい事を省けば、彼は正解者だ。
今この戦場において、隊長格は主戦力。
敵の手に渡っていた拳西さんと鳳橋隊長を取り戻す為に行った涅隊長の行為は合理的だったのだと、頭で理解は出来る。
けれど──────心は、納得出来ない


「──────その結果が…あれか……
そのまま死なせてやる事も出来た筈だ…弄ぶ様な真似を…!」


「……相も変わらず意見が喰い違うネ。
死してでも瀞霊廷を護るのが、護廷十四隊の本懐だとは思わんかネ」


「詭弁だ」


「何とでも」


此方を案じる様な視線を向けてくれた朽木隊長に、大丈夫ですと言葉を返した。
抱えたままの修兵さんをぎゅっと抱き締める。
ごめん、修兵さん。
僕は涅隊長を止められない。
貴方が憧れた人を、強くて優しいあの人を、助けられないんだ。
死んでもまだ戦わされるなんて惨い事を、止める事は出来ない。
涅隊長の行為を咎めるのは、隊長ではなく僕個人の私情になってしまうから。


止めるべきではない、止めちゃいけない。
それが、瀞霊廷を…尸魂界を護る為の最善ならば。


涙を堪えた時、腕の中の修兵さんが微かに震えた。
それに気を取られていた時、前方に佇んでいた拳西さんに例のビームが当たった。
特徴的な笑い方をした男が、建物の陰から姿を現す


「ジジのゾンビよりミーの愛の方が強いモンね〜♡
前にジジのゾンビをミーのトリコにしてやった事もあ゙る゙んっ」


声高々にそう言っていたペペの顔面に、拳西さんの拳がめり込んだ。
転がったペペを見て、涅隊長が溜息を吐く


「……ヤレヤレ、何も聞いていないのだネ。
言ったろう、そいつらは既にジジとやらのゾンビではなく、私のゾンビだと。
私のゾンビに、愛など通じぬ」


「!!」


それを証明する様に、拳西さんがペペに近付いた。
そして握られた拳を振り上げる


「うぞろ゙ろ゙ろ゙ろ゙ろ゙お゙お゙お゙ん゙!!」


連続で拳を食らったペペが吹っ飛んだ。
それを見て、涅隊長は僕を見下ろした


「君の部下であった六車拳西の働きを見ても、君も朽木白哉共々私を批判するかネ?」


修兵さんを抱き締める手に力を込めて、僕は涅隊長をひたと見据えた


『…貴方の行為に理解は出来ます。納得は、出来ませんが』


そう返せば、涅隊長は口角を吊り上げた。


「賢明な判断だヨ。私達涅骸部隊はこのまま滅却師の排除を敢行する。君達はどうするのかネ」


『…僕は、負傷者を運びます。どうやら皆さん集まっている様ですし』


「…私は兄と共に行こう」


朽木隊長に肩をそっと叩かれ、彼が涅隊長を見張ってくれるのだと気付いた。
涅隊長が、これ以上死者への冒涜を行わない様に。
小さく礼を良い、宙に扇を放る。装飾品に変えていた斬魄刀の鍔を掴み、始解した。
修兵さんと綾瀬川さんと斑目さん。男三人を担ぎ上げ、僕は朽木隊長と涅隊長に頭を下げた


『それでは。無理はなさらないで下さい』


「…そなたも無理はするな」


「フン、君に心配される様な事は起こり得ないがネ」


僕は獣の脚となり脚力の増した下肢で、勢い良く飛び上がった






何と悲惨な