君はその時、笑えるか
ベッドに横になる修兵さんが小さく呻いた。
直ぐ隣に椅子を置いて俯いていた僕は、静かに顔を上げた。
灰色の瞳と目が合い、驚いた顔を向けられた
「…なんてツラだよ、桜花隊長」
おどけた仕草で訊ねられ、唇を噛む。
言えない、言える訳がない。
世界の為に部下を─────彼の憧れの人を、切り捨てた、なんて
『…目が覚めて、良かった』
だから僕は笑った。
貴方の事を心配していたんだと。起きてくれて良かったと。
誤魔化す為に口角を上げれば、修兵さんは眉を潜めた
「…何があった」
『別に、何も』
笑顔のまま返せば、彼は小さく息を吐いた。
ゆっくりと身を起こした修兵さんが、ぽんと僕の頭に手を乗せた
「ほんとに嘘が下手だな、お前は」
『………』
「もう一度訊くぞ、独月。何があった?」
強い灰色に射抜かれ、僕は視線を逸らした。
けれど顎を掴まれ、無理矢理視線を合わされてしまった。
拒否を許さないその目に、小さく息を吐く。それから暫し見つめ合い、最後には僕が折れた
『……拳西さんが』
「拳西さんが?」
優しく促され、僕はぎゅっと目を閉ざした。
口にしたくない事実を、一番知って欲しくなかった彼に伝えなければならない。
温かなものに手が包まれた。顎から手が離れ、急かさないと伝える様に、左手と右肩に温もりが触れる。
優しく擦られ、一つ息を吐いて、僕はゆっくりと目を開けた。
真っ直ぐな灰色の視線を見据え、僕は優しいこの人を傷付ける言葉を、静かに口にした
『……拳西さんを、見捨てた』
「え………」
鋭い目が見開かれる。驚き揺れる瞳を見つめたまま、言葉を続けた
『拳西さんが敵にゾンビにされた。涅隊長がそれを自分の支配下に置いた。
鳳橋隊長も、あの人のゾンビになった』
機械の様に平淡に紡がれるのは、紛れもなく自分の声だ。何処か遠くから聴こえる様な、自分の意識が俯瞰している様な感覚。
いざとなれば僕は感情を圧し殺せるらしい。浮かびそうになる自嘲をやり過ごした。
脳裏に浮かぶのは、額に黒い模様の浮かび上がった二人。
表情もなく、淡々と滅却師に立ち向かう彼等を思い出す度に、胸に鈍い痛みが走った
『きっと、ゾンビ化をどうにかする方法があった筈だ。
でも僕は、それよりも滅却師の殲滅を優先した。鳳橋隊長と拳西さんをゾンビのまま、戦わせる事を黙認した。
……僕は、あの人を…あの人達を、死んでも酷使してるんだ。誇り高い死を、冒涜したんだ』
瀞霊廷を護る為、そんな理由で僕は拳西さんを見捨てた。死して尚惨い事をされてしまう彼の身体を、取り戻そうとしなかった。
大切な部下であり、ずっと僕を支えてくれていた彼を。
僕は尸魂界を護る為なんて建前で、切り捨てたのだ。
死んでしまった彼を、今も尚辱しめている。
こんな僕は修兵さんに責められても仕方がない。殴られても、文句は言えない。
その灰色の瞳を見つめ続ける事が出来ず、俯いた。
少し乱暴だけど優しいあの人を思い出し、ぐっと胸を抉る様な傷みに耐えていると、添えられていた手に僅かに力が籠った。
肩に乗せられていた手に引き寄せられ、修兵さんの胸に倒れ込む。
宥める様にそっと髪を撫でられ、目頭が熱くなった。
温もりに包まれた時、耳許で、優しい声が囁いた
「…それは、お前が正しいよ」
『っ…』
「お前は隊長だ。隊長は、何よりも瀞霊廷を、尸魂界を優先しなきゃならねぇ。
だから…たとえ部下を切り捨てたってお前が思ったとしても、それは間違いじゃねぇんだ。それが最善だった。
隊長として、お前は正しい判断をしたんだよ」
でも、と低い声は続けた
「部下を切り捨てたって、後悔すんのも正しい事だ。人としての心がなけりゃ、隊を纏める隊長なんて務まらねぇ。
今まで俺達を支えてくれた人の死を悼むのは、人として当然だ。切り捨てたって、冒涜してるって思っちまっても仕方ねぇ。
それが正しいんだよ。人としての心を忘却せずに、九番隊を背負う。
それが、お前が隊長に相応しいって証拠なんだよ、独月」
『っ…しゅうへ、さん』
「ん?」
『……ぼく、最低だ』
じんわりと優しい言葉が胸に染み込んでいく。
僕を肯定してくれる言葉が、包み込む様な優しさが、嬉しかった。
けれど、僕は僕が許せない。
──────だって僕は、修兵さんが慰めてくれるだろうと考えていたんだから
酷い事をした癖に、傷付けておいて慰めて貰うなんて、最低だ。
己の浅ましさに吐き気がする。
正直に言うと、このドロドロしたものを言いたい。言って、楽になりたい。
でもこの人に、僕の醜い部分なんて知られたくない。
全て吐き出して、縋り付いてしまいたい。
でも嫌な部分を見せて、嫌われたくない。
どっちにしろ自分の事ばかりだ。本当に嫌な奴。…いっそ僕が死ねば良かったのに。
ぐるぐると暗い考えばかりが頭を占めていると、優しく背中を叩かれた
「今のお前の考え、当ててやろうか」
『………』
「…甘えてぇけど、醜態晒したくねぇ、とか?」
『─────、』
何故、バレた?
驚いて顔を上げれば、修兵さんが当たったか?と笑っていた
『……なんで』
「何年一緒に居ると思ってんだ、お前の事は大体判る。それに、甘えてぇけど駄目だって、顔に出てんだよ」
『………』
何も言えず眉を寄せれば、静かな灰色が柔らかく細まる
「独月、俺には何も隠すな。俺はお前の全部を知りてぇ。
大体お前は格好付け過ぎなんだよ。もっと汚ねぇトコも見せろ。
俺は、お前の全てを受け入れる」
甘い声で紡がれた言葉に、柔らかいながらも真摯な視線に、頬が熱を持った。
胸が、苦しい。
暴れ始めた心臓を静めようと胸に手を当てれば、修兵さんは悪戯っぽく笑う
「なに、惚れちゃった?」
『……うるさい』
何故か、否定しようという気は起きなかった。
目を逸らせば、くつくつと低い声が笑っている
『………笑うな』
「悪いな。お前が可愛くて、つい」
『………』
何だかひたすらからかわれている気がする。
むっと眉を寄せれば、小さく咳払いをして修兵さんが真剣な顔になった
「…じゃ、素直に見せてくれよ」
『……嫌いにならない?』
「ならねぇよ。寧ろもっと好きになる」
『……なにそれ。まだ聞いてもいないのに』
真顔での返答に、恥ずかしくて顔を逸らす。
何でそんな事言い切れるの。僕はこんなに嫌な奴なのに。僕の嫌な所、知らない癖に。
そっと顎に手が添えられ、顔を正面に向けられた。
じわりと滲んできた視界に映る彼は、得意気に微笑んでいる
「当たり前だろ?俺がお前を嫌いになれる筈がねぇ。そんな方法知らねぇし」
『……馬鹿じゃないの』
…甘い言葉にほだされてしまいそうだ。
けれど、ひたすらに甘い言葉と視線に晒されながら、僕は未だに恐れている。
怖がって、更に優しい言葉を掛けられて、何もかもぐずぐずに溶かされるのを待っているのだ。
本当に、嫌な奴。
そんな所を知られたくないのに。
何故だか暴いて欲しいとも、この醜い部分に触れて欲しいとも、心の何処かで思っている
『……僕、嫌な奴なんだよ。拳西さんの事もそうだし、何よりそれを話したら、修兵さんに慰めて貰えるって、判ってた。
それなのに、判ってたのに、そうしたんだよ』
修兵さんも傷付いているのに。修兵さんを傷付けたのは、僕なのに。
僕はこうやって甘やかされる事を望んでいる。お前は悪くないんだと、慰められる事を期待しているのだ。
何とも自己中心的な考え。
…やっぱり、こんな所を好きになれる筈がない。
そう思ったのに、何故か
「……やべぇ、すっげぇ嬉しい」
─────修兵さんは、笑っていた。
『……え?』
意味が判らない。言葉も、笑みも。
思わず目を瞬かせれば、修兵さんは恥ずかしそうにはにかんだ
「なんだ、俺だけかと思ってた。
俺だけ、欲しがってんだと思ってた」
『?』
「そうか、一緒だったのか。ただ、お前が俺の前で強がってただけだったんだな…」
全く意味が判らない。切実に翻訳機が欲しい。
疑問符を飛ばしていれば、頬に柔らかいものが押し当てられた。
…見れば、修兵さんの顔が、目の前にあって。
突然の事に反応出来ず固まれば、僕から離れた修兵さんが笑う。
けれどそれは、何時もの笑みとは何処か違った
「やっと兆しが見えてきたな…」
…何か、噎せ返りそうな程の何かを醸し出している。それが何なのかは理解出来ない。
けれど、妙に引き寄せられるその笑みからは、本能的な危険を感じ取った。
──────何だろう。触ったら、戻れなくなる気がする
背筋がぞくぞくしてしゅばっと目を背ければ、一拍置いて修兵さんがけらけらと笑い始める
「ありゃ、まだお子様だったか。早とちりしちまったかな?」
『ば…馬鹿にするな』
「無理すんなって。無理矢理なんてトラウマにしかなんねぇぞ」
『………取り敢えず良くない事だっていうのは判った』
もう一度頬に唇が触れて、ぎゅっと目を閉じる。唇が開いて柔く頬を噛まれた時には、とうとう捕食されるのかと思った
「甘ぇ…」
『……食べるの?僕食用じゃないよ?』
「うん。ほんと可愛いなお前」
くすくすと笑った修兵さんは、唇をくっ付けたままで言った
「ほら、もっと好きになっちまった。…責任、取れよ?」
『え…どうやって?』
嫌な部分を吐き出したのだ。嫌われるのは当たり前だが、好かれるとは思いもしなかった。
しかも責任ってどうやって取るんだ。
じっと横目で見ていれば、灰色はさっきの危険な色を滲ませた
「そん時になったら判るさ……そうなったらもう、逃げらんねぇだろうけどな」
『………』
「早く理解しろ。そうじゃねぇと、どんどん加減出来なくなっちまうぞ…?」
一切意味は判らない。ただ、僕の身に危険が迫っているという事だけは理解した。
ぎらぎらした目をした修兵さんの腕から抜け出そうとしていると、ぱちりと瞬いた彼にわしゃわしゃと頭を撫でられた。
合った視線は何時も通り。危険な色はない。
それにほっとしていると、不意に唇の端に柔らかなものが触れた。
目を真ん丸くした僕の前で、再びぎらついた灰色が、赤い舌をちらつかせて笑う
「油断すんなよ。そんなんだと、腹空かせた狼に食われちまうぞ?」
『………もうやだ』
なんかこの顔の時は心臓に悪い。
胸を押さえた僕は大きく溜息を吐いた
何だかんだ修兵さんにからかわれ、上手くリフレッシュさせて貰ったらしい。気分は大分前向きになれた様だ。
結局僕は、修兵さんが居ないと駄目な奴なんだろう。
それを再確認して、僕は修兵さんと共に部屋を出た
「じゃあ、行きましょうか。桜花隊長」
『……ん』
扉の前で気を引き締める。
今からは隊長だ。もう情けない姿なんて見せられない。
真っ直ぐ見上げれば、修兵さんは小さく笑った。
部屋に入ると、丁度直線上に立っていた平子隊長と目が合った
「おー独月チャン、もうええんか?」
『はい。ご迷惑をお掛けしました』
「ええって。そないに時間掛かっとらんし」
ひらひらと手を振られ、軽く頭を下げておいた。
邪魔にならない様に壁際に移動すれば、無駄に耳が賑やかな男が寄ってくる
「おー、生きてたんやな、独」
『なんだ、生きてたのかぜんざい』
「財前や。…ま、元気そうで良かったわ」
財前の言いたい事を読み取った僕は、曖昧な返事を返した。建物内に直哉さんと修ちゃん、藤堂さんの霊圧も感じるし、どうやら彼等も此処に居る様だ。
安堵の息を吐いた時、先程閉まったばかりの扉が再び開いた
「三次の治療術式まで完了したぞ!皆を労ってやってくれ!」
明るい声を出しながら部屋に入ってきたのは浮竹隊長。
彼の後ろには十三番隊の三席二人と、斑目さんと綾瀬川さんが居た
「浮竹さん!?何しとんのや!?あんた治療を受ける方やないか!!」
「大丈夫、今は調子が良いからね。治療の手伝いをしていたんだ。
自分が病人なだけあって、薬には詳しいからね」
「流石私達の隊長!!」
「病人でも人々の為に動く!!隊長流石です!!」
「ちょっと私が言ってるんだから!!」
「何をォ!?」
虎徹三席と小椿三席が言い合いを始めるのを放置して、浮竹隊長は斑目さん達の後ろにひっそり立っていた、山田と虎徹副隊長に声を掛けた
「更木隊長以外は皆動ける所まで回復した。虎徹副隊長と山田三席のお陰だよ、ありがとう!」
「いえ!そんな…」
「浮竹隊長の的確な指示がなかったら…」
「皆も治って良かったな!」
「…押忍」
「そういや俺もか。ありがとな、山田」
「い、いえ!僕は当然の事をしたまでで…」
僕が修兵さんを此処に運んでから、直ぐに山田が傷を治してくれた事は伝えてあった。
故に彼が礼を伝えれば、山田はわたわたと顔の前で手を振る。そんなに謙遜しなくても良いと思うんだけど。
修兵さんと共に苦笑していれば、斑目さんの後ろに大きな影が立った
「…馬鹿野郎。誰以外が動けるようになったって?」
「隊長!」
「更木隊長!もう動けるのか、凄いな!」
浮竹隊長の言葉を他所に、更木隊長は部屋の中をキョロキョロと見渡した。
そして、誰にともなく訊ねる
「……やちるは何処だ?」
「十一番隊の皆サンが捜してくれてます。心配しないで此処で待ってて下さい」
「ふん…」
浦原さんの指示を無視した更木隊長はくるりと踵を返した。
「いけない!!此処で待ってて下さい!!」
戸に手を掛けた時、浦原さんが鬼道を放った。
それに気分を害した更木隊長は、低い声で問い掛ける
「どういうつもりだ…?」
「手荒でスイマセン。でも今出て行かれちゃ困るんスよ、我慢して下さい」
「てめぇ…」
浦原さんを睨み殺さんとばかりに睨め付ける更木隊長。
そんな彼の前に、一人の女性が立った
「退け…」
「止めましょう、今はこんな事してる時じゃありません。
更木隊長が捜すよりも、大勢の隊士達に任せた方が早いです!!
此処での更木隊長の仕事は隊士達には務まりません!
今は為すべき務めを果たすべきです!
違いますか、更木隊長!」
凛とした姿勢で伊勢副隊長は言い放った。
冷や汗をその顔に浮かべながら、それでも退く様子はない。
あんなに見た目も霊圧も威圧してる人を前に、あんな言い方出来るなんて凄いな。
そう呟くと、お前がそれを言うかと修兵さんに言われた。何故。
間を置いて、更木隊長が溜息を吐いてこう言った
「…違わねぇな。確かにウチの連中に任せた方が早そうだ」
それを聞いて伊勢副隊長の表情が和らいだ。
どうにか場が収まった所で、浦原さんが切り出す
「さてと……それじゃ、更木隊長の気が変わらないうちに始めちゃいましょうか。
皆さん此方へ、これをどうぞ。
それを持って、円の内側に」
手渡されたのは大きな水晶の様なもの。浦原さんの前に光の円があるが、それに皆が入っていく。
修兵さんと頷き合い、僕達もその中に足を踏み入れた
「皆さん、それぞれにその珠に霊圧を込めて下さい…天井を開けます。
少し濡れますけど、勘弁して下さいね」
部屋の真上の天窓が開き、空が見えた。
それを眺めていると、突如大きな声が響いた
「よぉーし!準備はええか死神共ォ!!」
現れたのは赤いジャージの女の子。
八重歯を剥き出しにする少女に目を丸くしたのは、平子隊長だった
「お前何で此処居んねん!?」
『……檜佐木さん、あれって』
「…ええ。仮面の軍勢の面々です」
こそっと訊ねれば、同じ様に小声で返された。修兵さんが虚の件で世話になった、元隊長格の人達。
何時か礼を言いたいと思っていたが、彼等は死神嫌いだから会うのは無理だろうと、平子隊長や拳西さんに止められていた。
「はぁ!?あんたが浦原の手先ンなって、ウチらに面倒事押し付けてきよったから此処に居んねやろ!ハゲた事言うてんなよハゲが!!」
「ハァ!?ハゲじゃないから覚えてませーん!!」
「ハイハイやかましいオカッパは無視しまーす!!」
「無視されるらしいで砕峰」
「私の何処がオカッパだ殺すぞ」
…いやあれはオカッパ擬きだろう。オカッパにしては髪の先が跳ねてるし。
そんな事を思っていれば、猿柿さん…元十二番隊副隊長は、持っていた大きな物体から液体をぶちまけた。
それは足許にたっぷりと流し込まれた筈なのに、草履も足袋も濡れた感じはしない。
「何だこりゃ…」
『……?』
「…液体に見えるのに、濡れた感覚がない…」
「これは尸魂界と断界、断界と現世の歪みに発生していた物質です。
霊王宮へ向かう移動エネルギーの元になります。
先程夜一さんには緊急で少量用意して貰いましたが、ひよ里サン達には残る大部分を更に精製して貰っていました。
これを、隊長サン達の霊圧と融合させます」
そこまで言って、浦原さんは視線を猿柿さん達に移した
「…さて…羅武サン、リサさん、ハッチさん…ひよ里サン。
解剖室の右手奥の棚に死覇装があります。着替えて此方に参加して下さい」
「なっ…」
猿柿さんが表情を変えた。
今にも殴り掛かりそうな彼女の頭を押さえたのは、サングラスを掛けた大柄な男の人だった
「判った」
彼は猿柿さんを抱え上げ歩き始めた。
当然彼女は抗議の声を上げる
「あ…コラァ!ウチまだ何も言うてへんぞ!!離せ羅武!!」
「うるせぇ」
「おい修兵!ボサッと見とらんと助けんかいハゲェ!!」
「スンマセン。俺死神なんで、味方して貰えると助かります」
更に彼女が何か言おうとした時、羅武と呼ばれた彼が静かな声を出した
「…ゴチャゴチャ言うんじゃねーよ。
ローズも真子も拳西も命張ってる中で、どのツラ下げてこのまま帰るってんだオメーは」
『………』
拳西さんと、鳳橋隊長は。
思わず俯けば、そっと背中に手を置かれた。ちらりとそちらを見れば、修兵さんが案じる様な目で僕を見下ろしていた。
それに小さく笑みを返して、僕は前を向いた。
そうだ、彼等の死を無駄にはしない。
その為には、僕が下を向いている場合じゃないんだ。そんな時間はないんだから。
温かな手が静かに背中から離れた時、珠をぽんぽんと投げて遊ぶ更木隊長が口を開いた
「…で、どうすんだこれで?
霊圧込めたら全員で上にすっ飛んでくのか?」
「いいえ、これから創るのは門です。此処と霊王宮を直接繋ぐ門を創ります。
黒崎サンが障壁を破ってくれた今しか使えない方法です。
戻る方法は…無いかも知れません」
浦原さんがそこまで言った時、彼に砕蜂隊長が食って掛かった
「貴様という奴は…今頃それを言うか…!」
「スイマセン…怒らないで下さいよ…」
「そうでは無い!
言えば我等が怯むやも知れぬと思った、貴様のその侮りに腹を立てているのだ。
貴様も嘗ては十四隊の端くれだったならば、護廷十四隊を舐めるな!」
彼女の言葉に浦原さんは目を見開いた。
浮竹隊長はうんうんと頷く
「皆同じだって事さ。護廷を背負う気持ちはね」
「はっ、舐めるだの護廷を背負うだの、戻れるだの戻れねぇだの知った事かよ。
俺ァ連中をブチのめせりゃそれで良い。
ボヤボヤしてんなよ、とっとと行こうぜ」
更木隊長の言葉に、浦原さんは小さく笑った
「…そうッスね。
とっとと行きましょ、皆で」
皆が霊圧を珠に込めようとした、その時。
突然、大きな揺れが走った。
よろめいた僕を修兵さんが支えてくれた。それに礼を言いつつ、上を見る。
目に映ったのは、崩れていく屋根だった
「何だ!?屋根が砕けた…!?敵襲か!?」
「いや違う、近くに滅却師の霊圧は無い。
何が起きてる…!?」
斑目さんと砕蜂隊長は辺りを見渡していた。
何が起きているのか判らず、僕は何時でも刀を抜ける様に銀翼澄月を手元に顕現させた。
柄に手を掛ければ、空を見上げた浦原さんが、有り得ないと言いたげな声を上げた
「…これは…霊王が死んだのか…!!」
『え…』
─────霊王が、死んだ?
驚きに目を見開いた。
だって、霊王は零番隊っていう強い人達に護られていて。今は黒崎達も霊王を護る為に、霊王宮に向かった筈で。
…彼等が居るのに、霊王が殺された?
「な…なんでや!!零番隊は何してんねん!!一護はどないしてん!!」
「…考えたくはないですが…零番隊は全滅し…黒崎サンは間に合わなかった…そう考えるのが妥当でしょう…
確実なのは、このままでは瀞霊廷は…いや、尸魂界も虚圏も、現世までも消滅する…!」
「尸魂界も現世も…全部消えるってのか…!?
どうすりゃいいんだ…何かやれる事は無ぇのかよ!!」
阿散井が叫んだ時、今まで黙っていた浮竹隊長が前に出た。
その背から滲み出る何かに、悪寒が走る。
それから護る様に、修兵さんが静かに僕の前に立った
「俺が」
「浮竹…隊長…」
「浮竹サン…それは…!?」
「俺が霊王の身代わりになろう」
「…そんな事が…!?」
説明は後だと言って、浮竹隊長が隊長羽織を脱ぎ捨てた。
その背中には黒い紋様が浮かんでいた。
…駄目だ。何か怖い。
浮竹隊長の背から出ている真っ黒なものが何だか嫌なものに見えてきて、僕は目を逸らした。
「浮竹隊長…それは…!?」
すらりと刀を抜く音がした。
嫌な予感がどんどん強くなっていく。温かな手に自分の手を包まれた時、浮竹隊長の声が響いた
「ミミハギ様、ミミハギ様…御眼の力を開き給え。我が腑に埋めし御眼の力を、我が腑を見放し開き給え。
ミミハギ様、ミミハギ様…御眼の力を開き給え。
我が腑に埋めし御眼の力を、我が腑を見放し開き給え」
浮竹隊長が唱えた瞬間。
形容し難い音がして、修兵さんの肩越しに黒い一つ目の何かが現れたのが見えた
「一体何だ、これは…!?」
「……隊長、大丈夫ですか…?」
『…ああ、心配ない』
修兵さんにそっと問われ、頷いておく。
だがぎょろりとした目玉と目が合った気がして、身体が強張った
「…俺は三つの頃に重い肺病を患った。この白い髪は、その時の後遺症だ。その事は知っている者も居るかと思う。
俺は本来なら、その三つの時に死ぬ筈だった…」
じいっと此方を見つめる目が怖い。気持ち悪い。
浮竹隊長の話を聞きつつ、そっと修兵さんの背に隠れた
「…ミミハギ様というのを、聞いた事があるか」
「…名前だけは… 東流魂街の外れに伝わる土着神スね」
「東流魂街七十六地区の逆骨に伝わる、単眼異形の土着神だ。
自らの持つ眼以外の全てを捧げた者に、加護をもたらすと伝えられている。
そしてその神は──────遥か昔に天から落ちてきた、霊王の右腕を祀ったものだと伝えられている」
浮竹隊長の言葉で、黒い怪物の形を良く見てみた。真っ黒なそれは、確かに手の様な形をしている様な。
…食い入る様な視線に耐え兼ね、再び修兵さんの背に隠れた
「俺の父母は迷信深い人でな。
医者に見放された俺を直ぐにミミハギ様の祠へ運ぶと、俺の肺を捧げる祈祷を行った。
お陰で俺は生き延びたよ。死神として、瀞霊廷の為に働けるまでになった…」
そう言った浮竹隊長が大量の血を吐き出した。
彼の副官であるルキアが血相を変える
「隊長!!」
「騒ぐな!…俺の右肺には、ミミハギ様の力が喰い付いていた。その力を全身の臓腑へと拡げる儀式を“神掛”と言う。
今の俺の全ての臓腑はミミハギ様のもの。
俺は全ての臓腑を捧げる事で、ミミハギ様の依り代となった。
…今の俺は、霊王の右腕そのものだ」
浮竹隊長の身体に黒い手の紋様が浮かび始めた。
彼は今、臓腑を捧げたと言った。
それはつまり、浮竹隊長は、此処で瀞霊廷の為にその命を使うという事で。
同じ考えに至ったであろうルキアが辛そうな顔をする
「浮竹隊長、まさか最初から…この事を見越してその神掛を…」
「そうだ。俺は自分が生き延びた理由を知った時から、何れ来るこの日の事を考えていた…
一度拾ったこの命、護廷の為に死なば本望」
真っ黒な手が一直線に空に上っていく。
同時に地を裂く様な咆哮が響き、僕は目を細めた
我等の命は
(また一人、欠けていく)
(確かに僕達が護るべきものはこの世界だ)
(けれどこれは余りにも、惨いじゃないか)
直ぐ隣に椅子を置いて俯いていた僕は、静かに顔を上げた。
灰色の瞳と目が合い、驚いた顔を向けられた
「…なんてツラだよ、桜花隊長」
おどけた仕草で訊ねられ、唇を噛む。
言えない、言える訳がない。
世界の為に部下を─────彼の憧れの人を、切り捨てた、なんて
『…目が覚めて、良かった』
だから僕は笑った。
貴方の事を心配していたんだと。起きてくれて良かったと。
誤魔化す為に口角を上げれば、修兵さんは眉を潜めた
「…何があった」
『別に、何も』
笑顔のまま返せば、彼は小さく息を吐いた。
ゆっくりと身を起こした修兵さんが、ぽんと僕の頭に手を乗せた
「ほんとに嘘が下手だな、お前は」
『………』
「もう一度訊くぞ、独月。何があった?」
強い灰色に射抜かれ、僕は視線を逸らした。
けれど顎を掴まれ、無理矢理視線を合わされてしまった。
拒否を許さないその目に、小さく息を吐く。それから暫し見つめ合い、最後には僕が折れた
『……拳西さんが』
「拳西さんが?」
優しく促され、僕はぎゅっと目を閉ざした。
口にしたくない事実を、一番知って欲しくなかった彼に伝えなければならない。
温かなものに手が包まれた。顎から手が離れ、急かさないと伝える様に、左手と右肩に温もりが触れる。
優しく擦られ、一つ息を吐いて、僕はゆっくりと目を開けた。
真っ直ぐな灰色の視線を見据え、僕は優しいこの人を傷付ける言葉を、静かに口にした
『……拳西さんを、見捨てた』
「え………」
鋭い目が見開かれる。驚き揺れる瞳を見つめたまま、言葉を続けた
『拳西さんが敵にゾンビにされた。涅隊長がそれを自分の支配下に置いた。
鳳橋隊長も、あの人のゾンビになった』
機械の様に平淡に紡がれるのは、紛れもなく自分の声だ。何処か遠くから聴こえる様な、自分の意識が俯瞰している様な感覚。
いざとなれば僕は感情を圧し殺せるらしい。浮かびそうになる自嘲をやり過ごした。
脳裏に浮かぶのは、額に黒い模様の浮かび上がった二人。
表情もなく、淡々と滅却師に立ち向かう彼等を思い出す度に、胸に鈍い痛みが走った
『きっと、ゾンビ化をどうにかする方法があった筈だ。
でも僕は、それよりも滅却師の殲滅を優先した。鳳橋隊長と拳西さんをゾンビのまま、戦わせる事を黙認した。
……僕は、あの人を…あの人達を、死んでも酷使してるんだ。誇り高い死を、冒涜したんだ』
瀞霊廷を護る為、そんな理由で僕は拳西さんを見捨てた。死して尚惨い事をされてしまう彼の身体を、取り戻そうとしなかった。
大切な部下であり、ずっと僕を支えてくれていた彼を。
僕は尸魂界を護る為なんて建前で、切り捨てたのだ。
死んでしまった彼を、今も尚辱しめている。
こんな僕は修兵さんに責められても仕方がない。殴られても、文句は言えない。
その灰色の瞳を見つめ続ける事が出来ず、俯いた。
少し乱暴だけど優しいあの人を思い出し、ぐっと胸を抉る様な傷みに耐えていると、添えられていた手に僅かに力が籠った。
肩に乗せられていた手に引き寄せられ、修兵さんの胸に倒れ込む。
宥める様にそっと髪を撫でられ、目頭が熱くなった。
温もりに包まれた時、耳許で、優しい声が囁いた
「…それは、お前が正しいよ」
『っ…』
「お前は隊長だ。隊長は、何よりも瀞霊廷を、尸魂界を優先しなきゃならねぇ。
だから…たとえ部下を切り捨てたってお前が思ったとしても、それは間違いじゃねぇんだ。それが最善だった。
隊長として、お前は正しい判断をしたんだよ」
でも、と低い声は続けた
「部下を切り捨てたって、後悔すんのも正しい事だ。人としての心がなけりゃ、隊を纏める隊長なんて務まらねぇ。
今まで俺達を支えてくれた人の死を悼むのは、人として当然だ。切り捨てたって、冒涜してるって思っちまっても仕方ねぇ。
それが正しいんだよ。人としての心を忘却せずに、九番隊を背負う。
それが、お前が隊長に相応しいって証拠なんだよ、独月」
『っ…しゅうへ、さん』
「ん?」
『……ぼく、最低だ』
じんわりと優しい言葉が胸に染み込んでいく。
僕を肯定してくれる言葉が、包み込む様な優しさが、嬉しかった。
けれど、僕は僕が許せない。
──────だって僕は、修兵さんが慰めてくれるだろうと考えていたんだから
酷い事をした癖に、傷付けておいて慰めて貰うなんて、最低だ。
己の浅ましさに吐き気がする。
正直に言うと、このドロドロしたものを言いたい。言って、楽になりたい。
でもこの人に、僕の醜い部分なんて知られたくない。
全て吐き出して、縋り付いてしまいたい。
でも嫌な部分を見せて、嫌われたくない。
どっちにしろ自分の事ばかりだ。本当に嫌な奴。…いっそ僕が死ねば良かったのに。
ぐるぐると暗い考えばかりが頭を占めていると、優しく背中を叩かれた
「今のお前の考え、当ててやろうか」
『………』
「…甘えてぇけど、醜態晒したくねぇ、とか?」
『─────、』
何故、バレた?
驚いて顔を上げれば、修兵さんが当たったか?と笑っていた
『……なんで』
「何年一緒に居ると思ってんだ、お前の事は大体判る。それに、甘えてぇけど駄目だって、顔に出てんだよ」
『………』
何も言えず眉を寄せれば、静かな灰色が柔らかく細まる
「独月、俺には何も隠すな。俺はお前の全部を知りてぇ。
大体お前は格好付け過ぎなんだよ。もっと汚ねぇトコも見せろ。
俺は、お前の全てを受け入れる」
甘い声で紡がれた言葉に、柔らかいながらも真摯な視線に、頬が熱を持った。
胸が、苦しい。
暴れ始めた心臓を静めようと胸に手を当てれば、修兵さんは悪戯っぽく笑う
「なに、惚れちゃった?」
『……うるさい』
何故か、否定しようという気は起きなかった。
目を逸らせば、くつくつと低い声が笑っている
『………笑うな』
「悪いな。お前が可愛くて、つい」
『………』
何だかひたすらからかわれている気がする。
むっと眉を寄せれば、小さく咳払いをして修兵さんが真剣な顔になった
「…じゃ、素直に見せてくれよ」
『……嫌いにならない?』
「ならねぇよ。寧ろもっと好きになる」
『……なにそれ。まだ聞いてもいないのに』
真顔での返答に、恥ずかしくて顔を逸らす。
何でそんな事言い切れるの。僕はこんなに嫌な奴なのに。僕の嫌な所、知らない癖に。
そっと顎に手が添えられ、顔を正面に向けられた。
じわりと滲んできた視界に映る彼は、得意気に微笑んでいる
「当たり前だろ?俺がお前を嫌いになれる筈がねぇ。そんな方法知らねぇし」
『……馬鹿じゃないの』
…甘い言葉にほだされてしまいそうだ。
けれど、ひたすらに甘い言葉と視線に晒されながら、僕は未だに恐れている。
怖がって、更に優しい言葉を掛けられて、何もかもぐずぐずに溶かされるのを待っているのだ。
本当に、嫌な奴。
そんな所を知られたくないのに。
何故だか暴いて欲しいとも、この醜い部分に触れて欲しいとも、心の何処かで思っている
『……僕、嫌な奴なんだよ。拳西さんの事もそうだし、何よりそれを話したら、修兵さんに慰めて貰えるって、判ってた。
それなのに、判ってたのに、そうしたんだよ』
修兵さんも傷付いているのに。修兵さんを傷付けたのは、僕なのに。
僕はこうやって甘やかされる事を望んでいる。お前は悪くないんだと、慰められる事を期待しているのだ。
何とも自己中心的な考え。
…やっぱり、こんな所を好きになれる筈がない。
そう思ったのに、何故か
「……やべぇ、すっげぇ嬉しい」
─────修兵さんは、笑っていた。
『……え?』
意味が判らない。言葉も、笑みも。
思わず目を瞬かせれば、修兵さんは恥ずかしそうにはにかんだ
「なんだ、俺だけかと思ってた。
俺だけ、欲しがってんだと思ってた」
『?』
「そうか、一緒だったのか。ただ、お前が俺の前で強がってただけだったんだな…」
全く意味が判らない。切実に翻訳機が欲しい。
疑問符を飛ばしていれば、頬に柔らかいものが押し当てられた。
…見れば、修兵さんの顔が、目の前にあって。
突然の事に反応出来ず固まれば、僕から離れた修兵さんが笑う。
けれどそれは、何時もの笑みとは何処か違った
「やっと兆しが見えてきたな…」
…何か、噎せ返りそうな程の何かを醸し出している。それが何なのかは理解出来ない。
けれど、妙に引き寄せられるその笑みからは、本能的な危険を感じ取った。
──────何だろう。触ったら、戻れなくなる気がする
背筋がぞくぞくしてしゅばっと目を背ければ、一拍置いて修兵さんがけらけらと笑い始める
「ありゃ、まだお子様だったか。早とちりしちまったかな?」
『ば…馬鹿にするな』
「無理すんなって。無理矢理なんてトラウマにしかなんねぇぞ」
『………取り敢えず良くない事だっていうのは判った』
もう一度頬に唇が触れて、ぎゅっと目を閉じる。唇が開いて柔く頬を噛まれた時には、とうとう捕食されるのかと思った
「甘ぇ…」
『……食べるの?僕食用じゃないよ?』
「うん。ほんと可愛いなお前」
くすくすと笑った修兵さんは、唇をくっ付けたままで言った
「ほら、もっと好きになっちまった。…責任、取れよ?」
『え…どうやって?』
嫌な部分を吐き出したのだ。嫌われるのは当たり前だが、好かれるとは思いもしなかった。
しかも責任ってどうやって取るんだ。
じっと横目で見ていれば、灰色はさっきの危険な色を滲ませた
「そん時になったら判るさ……そうなったらもう、逃げらんねぇだろうけどな」
『………』
「早く理解しろ。そうじゃねぇと、どんどん加減出来なくなっちまうぞ…?」
一切意味は判らない。ただ、僕の身に危険が迫っているという事だけは理解した。
ぎらぎらした目をした修兵さんの腕から抜け出そうとしていると、ぱちりと瞬いた彼にわしゃわしゃと頭を撫でられた。
合った視線は何時も通り。危険な色はない。
それにほっとしていると、不意に唇の端に柔らかなものが触れた。
目を真ん丸くした僕の前で、再びぎらついた灰色が、赤い舌をちらつかせて笑う
「油断すんなよ。そんなんだと、腹空かせた狼に食われちまうぞ?」
『………もうやだ』
なんかこの顔の時は心臓に悪い。
胸を押さえた僕は大きく溜息を吐いた
何だかんだ修兵さんにからかわれ、上手くリフレッシュさせて貰ったらしい。気分は大分前向きになれた様だ。
結局僕は、修兵さんが居ないと駄目な奴なんだろう。
それを再確認して、僕は修兵さんと共に部屋を出た
「じゃあ、行きましょうか。桜花隊長」
『……ん』
扉の前で気を引き締める。
今からは隊長だ。もう情けない姿なんて見せられない。
真っ直ぐ見上げれば、修兵さんは小さく笑った。
部屋に入ると、丁度直線上に立っていた平子隊長と目が合った
「おー独月チャン、もうええんか?」
『はい。ご迷惑をお掛けしました』
「ええって。そないに時間掛かっとらんし」
ひらひらと手を振られ、軽く頭を下げておいた。
邪魔にならない様に壁際に移動すれば、無駄に耳が賑やかな男が寄ってくる
「おー、生きてたんやな、独」
『なんだ、生きてたのかぜんざい』
「財前や。…ま、元気そうで良かったわ」
財前の言いたい事を読み取った僕は、曖昧な返事を返した。建物内に直哉さんと修ちゃん、藤堂さんの霊圧も感じるし、どうやら彼等も此処に居る様だ。
安堵の息を吐いた時、先程閉まったばかりの扉が再び開いた
「三次の治療術式まで完了したぞ!皆を労ってやってくれ!」
明るい声を出しながら部屋に入ってきたのは浮竹隊長。
彼の後ろには十三番隊の三席二人と、斑目さんと綾瀬川さんが居た
「浮竹さん!?何しとんのや!?あんた治療を受ける方やないか!!」
「大丈夫、今は調子が良いからね。治療の手伝いをしていたんだ。
自分が病人なだけあって、薬には詳しいからね」
「流石私達の隊長!!」
「病人でも人々の為に動く!!隊長流石です!!」
「ちょっと私が言ってるんだから!!」
「何をォ!?」
虎徹三席と小椿三席が言い合いを始めるのを放置して、浮竹隊長は斑目さん達の後ろにひっそり立っていた、山田と虎徹副隊長に声を掛けた
「更木隊長以外は皆動ける所まで回復した。虎徹副隊長と山田三席のお陰だよ、ありがとう!」
「いえ!そんな…」
「浮竹隊長の的確な指示がなかったら…」
「皆も治って良かったな!」
「…押忍」
「そういや俺もか。ありがとな、山田」
「い、いえ!僕は当然の事をしたまでで…」
僕が修兵さんを此処に運んでから、直ぐに山田が傷を治してくれた事は伝えてあった。
故に彼が礼を伝えれば、山田はわたわたと顔の前で手を振る。そんなに謙遜しなくても良いと思うんだけど。
修兵さんと共に苦笑していれば、斑目さんの後ろに大きな影が立った
「…馬鹿野郎。誰以外が動けるようになったって?」
「隊長!」
「更木隊長!もう動けるのか、凄いな!」
浮竹隊長の言葉を他所に、更木隊長は部屋の中をキョロキョロと見渡した。
そして、誰にともなく訊ねる
「……やちるは何処だ?」
「十一番隊の皆サンが捜してくれてます。心配しないで此処で待ってて下さい」
「ふん…」
浦原さんの指示を無視した更木隊長はくるりと踵を返した。
「いけない!!此処で待ってて下さい!!」
戸に手を掛けた時、浦原さんが鬼道を放った。
それに気分を害した更木隊長は、低い声で問い掛ける
「どういうつもりだ…?」
「手荒でスイマセン。でも今出て行かれちゃ困るんスよ、我慢して下さい」
「てめぇ…」
浦原さんを睨み殺さんとばかりに睨め付ける更木隊長。
そんな彼の前に、一人の女性が立った
「退け…」
「止めましょう、今はこんな事してる時じゃありません。
更木隊長が捜すよりも、大勢の隊士達に任せた方が早いです!!
此処での更木隊長の仕事は隊士達には務まりません!
今は為すべき務めを果たすべきです!
違いますか、更木隊長!」
凛とした姿勢で伊勢副隊長は言い放った。
冷や汗をその顔に浮かべながら、それでも退く様子はない。
あんなに見た目も霊圧も威圧してる人を前に、あんな言い方出来るなんて凄いな。
そう呟くと、お前がそれを言うかと修兵さんに言われた。何故。
間を置いて、更木隊長が溜息を吐いてこう言った
「…違わねぇな。確かにウチの連中に任せた方が早そうだ」
それを聞いて伊勢副隊長の表情が和らいだ。
どうにか場が収まった所で、浦原さんが切り出す
「さてと……それじゃ、更木隊長の気が変わらないうちに始めちゃいましょうか。
皆さん此方へ、これをどうぞ。
それを持って、円の内側に」
手渡されたのは大きな水晶の様なもの。浦原さんの前に光の円があるが、それに皆が入っていく。
修兵さんと頷き合い、僕達もその中に足を踏み入れた
「皆さん、それぞれにその珠に霊圧を込めて下さい…天井を開けます。
少し濡れますけど、勘弁して下さいね」
部屋の真上の天窓が開き、空が見えた。
それを眺めていると、突如大きな声が響いた
「よぉーし!準備はええか死神共ォ!!」
現れたのは赤いジャージの女の子。
八重歯を剥き出しにする少女に目を丸くしたのは、平子隊長だった
「お前何で此処居んねん!?」
『……檜佐木さん、あれって』
「…ええ。仮面の軍勢の面々です」
こそっと訊ねれば、同じ様に小声で返された。修兵さんが虚の件で世話になった、元隊長格の人達。
何時か礼を言いたいと思っていたが、彼等は死神嫌いだから会うのは無理だろうと、平子隊長や拳西さんに止められていた。
「はぁ!?あんたが浦原の手先ンなって、ウチらに面倒事押し付けてきよったから此処に居んねやろ!ハゲた事言うてんなよハゲが!!」
「ハァ!?ハゲじゃないから覚えてませーん!!」
「ハイハイやかましいオカッパは無視しまーす!!」
「無視されるらしいで砕峰」
「私の何処がオカッパだ殺すぞ」
…いやあれはオカッパ擬きだろう。オカッパにしては髪の先が跳ねてるし。
そんな事を思っていれば、猿柿さん…元十二番隊副隊長は、持っていた大きな物体から液体をぶちまけた。
それは足許にたっぷりと流し込まれた筈なのに、草履も足袋も濡れた感じはしない。
「何だこりゃ…」
『……?』
「…液体に見えるのに、濡れた感覚がない…」
「これは尸魂界と断界、断界と現世の歪みに発生していた物質です。
霊王宮へ向かう移動エネルギーの元になります。
先程夜一さんには緊急で少量用意して貰いましたが、ひよ里サン達には残る大部分を更に精製して貰っていました。
これを、隊長サン達の霊圧と融合させます」
そこまで言って、浦原さんは視線を猿柿さん達に移した
「…さて…羅武サン、リサさん、ハッチさん…ひよ里サン。
解剖室の右手奥の棚に死覇装があります。着替えて此方に参加して下さい」
「なっ…」
猿柿さんが表情を変えた。
今にも殴り掛かりそうな彼女の頭を押さえたのは、サングラスを掛けた大柄な男の人だった
「判った」
彼は猿柿さんを抱え上げ歩き始めた。
当然彼女は抗議の声を上げる
「あ…コラァ!ウチまだ何も言うてへんぞ!!離せ羅武!!」
「うるせぇ」
「おい修兵!ボサッと見とらんと助けんかいハゲェ!!」
「スンマセン。俺死神なんで、味方して貰えると助かります」
更に彼女が何か言おうとした時、羅武と呼ばれた彼が静かな声を出した
「…ゴチャゴチャ言うんじゃねーよ。
ローズも真子も拳西も命張ってる中で、どのツラ下げてこのまま帰るってんだオメーは」
『………』
拳西さんと、鳳橋隊長は。
思わず俯けば、そっと背中に手を置かれた。ちらりとそちらを見れば、修兵さんが案じる様な目で僕を見下ろしていた。
それに小さく笑みを返して、僕は前を向いた。
そうだ、彼等の死を無駄にはしない。
その為には、僕が下を向いている場合じゃないんだ。そんな時間はないんだから。
温かな手が静かに背中から離れた時、珠をぽんぽんと投げて遊ぶ更木隊長が口を開いた
「…で、どうすんだこれで?
霊圧込めたら全員で上にすっ飛んでくのか?」
「いいえ、これから創るのは門です。此処と霊王宮を直接繋ぐ門を創ります。
黒崎サンが障壁を破ってくれた今しか使えない方法です。
戻る方法は…無いかも知れません」
浦原さんがそこまで言った時、彼に砕蜂隊長が食って掛かった
「貴様という奴は…今頃それを言うか…!」
「スイマセン…怒らないで下さいよ…」
「そうでは無い!
言えば我等が怯むやも知れぬと思った、貴様のその侮りに腹を立てているのだ。
貴様も嘗ては十四隊の端くれだったならば、護廷十四隊を舐めるな!」
彼女の言葉に浦原さんは目を見開いた。
浮竹隊長はうんうんと頷く
「皆同じだって事さ。護廷を背負う気持ちはね」
「はっ、舐めるだの護廷を背負うだの、戻れるだの戻れねぇだの知った事かよ。
俺ァ連中をブチのめせりゃそれで良い。
ボヤボヤしてんなよ、とっとと行こうぜ」
更木隊長の言葉に、浦原さんは小さく笑った
「…そうッスね。
とっとと行きましょ、皆で」
皆が霊圧を珠に込めようとした、その時。
突然、大きな揺れが走った。
よろめいた僕を修兵さんが支えてくれた。それに礼を言いつつ、上を見る。
目に映ったのは、崩れていく屋根だった
「何だ!?屋根が砕けた…!?敵襲か!?」
「いや違う、近くに滅却師の霊圧は無い。
何が起きてる…!?」
斑目さんと砕蜂隊長は辺りを見渡していた。
何が起きているのか判らず、僕は何時でも刀を抜ける様に銀翼澄月を手元に顕現させた。
柄に手を掛ければ、空を見上げた浦原さんが、有り得ないと言いたげな声を上げた
「…これは…霊王が死んだのか…!!」
『え…』
─────霊王が、死んだ?
驚きに目を見開いた。
だって、霊王は零番隊っていう強い人達に護られていて。今は黒崎達も霊王を護る為に、霊王宮に向かった筈で。
…彼等が居るのに、霊王が殺された?
「な…なんでや!!零番隊は何してんねん!!一護はどないしてん!!」
「…考えたくはないですが…零番隊は全滅し…黒崎サンは間に合わなかった…そう考えるのが妥当でしょう…
確実なのは、このままでは瀞霊廷は…いや、尸魂界も虚圏も、現世までも消滅する…!」
「尸魂界も現世も…全部消えるってのか…!?
どうすりゃいいんだ…何かやれる事は無ぇのかよ!!」
阿散井が叫んだ時、今まで黙っていた浮竹隊長が前に出た。
その背から滲み出る何かに、悪寒が走る。
それから護る様に、修兵さんが静かに僕の前に立った
「俺が」
「浮竹…隊長…」
「浮竹サン…それは…!?」
「俺が霊王の身代わりになろう」
「…そんな事が…!?」
説明は後だと言って、浮竹隊長が隊長羽織を脱ぎ捨てた。
その背中には黒い紋様が浮かんでいた。
…駄目だ。何か怖い。
浮竹隊長の背から出ている真っ黒なものが何だか嫌なものに見えてきて、僕は目を逸らした。
「浮竹隊長…それは…!?」
すらりと刀を抜く音がした。
嫌な予感がどんどん強くなっていく。温かな手に自分の手を包まれた時、浮竹隊長の声が響いた
「ミミハギ様、ミミハギ様…御眼の力を開き給え。我が腑に埋めし御眼の力を、我が腑を見放し開き給え。
ミミハギ様、ミミハギ様…御眼の力を開き給え。
我が腑に埋めし御眼の力を、我が腑を見放し開き給え」
浮竹隊長が唱えた瞬間。
形容し難い音がして、修兵さんの肩越しに黒い一つ目の何かが現れたのが見えた
「一体何だ、これは…!?」
「……隊長、大丈夫ですか…?」
『…ああ、心配ない』
修兵さんにそっと問われ、頷いておく。
だがぎょろりとした目玉と目が合った気がして、身体が強張った
「…俺は三つの頃に重い肺病を患った。この白い髪は、その時の後遺症だ。その事は知っている者も居るかと思う。
俺は本来なら、その三つの時に死ぬ筈だった…」
じいっと此方を見つめる目が怖い。気持ち悪い。
浮竹隊長の話を聞きつつ、そっと修兵さんの背に隠れた
「…ミミハギ様というのを、聞いた事があるか」
「…名前だけは… 東流魂街の外れに伝わる土着神スね」
「東流魂街七十六地区の逆骨に伝わる、単眼異形の土着神だ。
自らの持つ眼以外の全てを捧げた者に、加護をもたらすと伝えられている。
そしてその神は──────遥か昔に天から落ちてきた、霊王の右腕を祀ったものだと伝えられている」
浮竹隊長の言葉で、黒い怪物の形を良く見てみた。真っ黒なそれは、確かに手の様な形をしている様な。
…食い入る様な視線に耐え兼ね、再び修兵さんの背に隠れた
「俺の父母は迷信深い人でな。
医者に見放された俺を直ぐにミミハギ様の祠へ運ぶと、俺の肺を捧げる祈祷を行った。
お陰で俺は生き延びたよ。死神として、瀞霊廷の為に働けるまでになった…」
そう言った浮竹隊長が大量の血を吐き出した。
彼の副官であるルキアが血相を変える
「隊長!!」
「騒ぐな!…俺の右肺には、ミミハギ様の力が喰い付いていた。その力を全身の臓腑へと拡げる儀式を“神掛”と言う。
今の俺の全ての臓腑はミミハギ様のもの。
俺は全ての臓腑を捧げる事で、ミミハギ様の依り代となった。
…今の俺は、霊王の右腕そのものだ」
浮竹隊長の身体に黒い手の紋様が浮かび始めた。
彼は今、臓腑を捧げたと言った。
それはつまり、浮竹隊長は、此処で瀞霊廷の為にその命を使うという事で。
同じ考えに至ったであろうルキアが辛そうな顔をする
「浮竹隊長、まさか最初から…この事を見越してその神掛を…」
「そうだ。俺は自分が生き延びた理由を知った時から、何れ来るこの日の事を考えていた…
一度拾ったこの命、護廷の為に死なば本望」
真っ黒な手が一直線に空に上っていく。
同時に地を裂く様な咆哮が響き、僕は目を細めた
我等の命は
(また一人、欠けていく)
(確かに僕達が護るべきものはこの世界だ)
(けれどこれは余りにも、惨いじゃないか)