続くのは、死か生か
神掛を発動した浮竹隊長の身体から、次々と黒い右腕が飛び出した。
修兵さんはその光景が僕に見えない様に、背中で僅かに見えていた視界を遮った。
『…檜佐木さん』
「……隊長はご覧にならない方が。これは少し…惨過ぎます」
修兵さんが、僕の事を考えてこんな行動を取ってくれているというのは判っている。
けれど僕は、修兵さんの腕に手を掛けた
『……それでもこれは、浮竹隊長の最期だ。なら僕は、この目で見届ける』
「…判りました」
誇りある一人の隊長の最期だ。それならば、今此処で僕が目を逸らすのは無礼に当たる。
案じる様な目を向ける修兵さんが僅かに右に避けた。
開けた視界に映ったのは、顔の穴という穴から真っ黒な手を噴き出した、浮竹隊長の姿だった
『……これが、末路か』
「隊長…」
『こんなの…あんまりにも…』
これが。こんなものが。
この世界を護ろうと、病に冒された身体を粉にして働いてきた者の、最期なのか。
これがずっと瀞霊廷を、護廷隊を支えてきた貢献者への仕打ちなのか。
最期にこんなにも、痛みに満ちた終わりを迎えないといけないなんて。
─────それではあまりにも、惨いじゃないか。
痛ましい姿に、目を細めた僕の手を包んでいる大きな手が、ぎゅっと握り締められた。
「…震動が…止まった…!」
「浮竹隊長…!」
震動が止んだ。
世界を揺るがしていた崩壊が、一時的にでも止められたんだろう。
浮竹隊長からは未だにあの黒い右腕が伸び続けている。
皆が空を見上げる中、砕蜂隊長は浦原さんに問い掛けた
「…どのくらい保つ?
これで浮竹が完全に霊王の代わりになるとは思えぬ。この安定も、浮竹の命が尽きる迄のものだろう。それは、何時迄だ?」
「ちょ…隊長!」
「事実だ!そうだろう、浦原」
小椿三席をぴしゃりと黙らせた砕蜂隊長は、浦原さんに返答を促した。
問われた彼は判らないと緩く首を振る
「この神掛というもの自体、アタシ自身見聞きするのも初めてです。
どのくらい保つかなんて、見当もつかない。
…ただ確かなのは、浮竹さんが霊王の身代わりとなってくれている間に、尸魂界を安定させる方法を見付けなければいけないという事…急ぎましょう、門を創って霊王宮へ!」
「はい!」
彼の副官であるルキアが力強く返事をしたのを見て、僕は俯いた。
「隊長…」
『…大丈夫。浮竹隊長の分も、僕達が頑張らなきゃ』
ルキアも耐えている。長い交友のあった京楽総隊長も、口を閉ざしている。
そうだ、僕一人泣き喚いて良い筈がない。
今の僕は、九番隊の隊長なんだから。
『……ありがとうございました、浮竹隊長』
浮竹隊長の優しい笑顔を思い出し、僕は静かに目を閉じた
修兵さんと手を繋いだまま空を見ていると、突然起きた異変に気付いた。
─────出来かけていた門が、消えていく
『何で…』
「…霊圧が足りてない…!」
「何…!?」
修兵さんが驚いた顔で伊勢副隊長を見た。
彼女は冷や汗を流しながら、この事態の原因を教えてくれる
「病んだ身体を霊圧で支えて働き続けてこられた浮竹隊長は、霊圧量では隊長格の中で群を抜いていました…
その浮竹隊長が抜けて、門を創る霊圧量が足りなくなっているんです…!このままでは…!」
浮竹隊長の霊圧量を補わなければ、門は創れない。
なら─────霊圧さえ足りていれば、門は出来るのか。
僕はベルトに差していた鉄扇を抜き、前に出る。
『僕がやる』
「桜花サン」
『霊圧量が足りないんですよね?なら僕が、浮竹隊長の代わりになります』
藤凍月の力を使えば、やれる。
実際僕には浮竹隊長程の霊圧はない。けれど卍解して、尾を僕に化けさせれば、補える。
『藤凍月、いける?』
返答は、手の中で小さく震える事で返された。
藤凍月を僕に化けさせる─────確かに、斬魄刀に化けさせるよりも格段に負担は増す。
それに、一人はあっても九人なんてやった事がないから、正直僕の身がどうなるか判らない。…無理矢理霊圧を増幅させた代償に、死ぬかも知れない。
でも、やるしかないんだ。
今この中で門の崩壊を止められるのは僕だけ。
ならば─────この身がどうなろうと、構わない
「…おい独、お前何を…」
財前を無視して刀と共に鉄扇を構えれば、隣から腕を掴まれた。
厳しい表情の修兵さんを、僕は睨み付ける
『檜佐木、止めるな。下がれ』
「下がりません!死のうとする隊長を黙って見てられる筈がないでしょう!!
何か方法がある筈です、早まらないで下さい!!」
『っ…そんなの待ってられるか!このままじゃ…』
出来かけていた門が少しずつ崩れていく光景が、更に僕を焦らせる。
折角此処まで創り上げたんだ、もたもたしていたら、全てが無駄になってしまう。
浮竹隊長や拳西さん達の為にも、此処で足踏みする訳には…
互いに退かない僕と修兵さんの口論に割り込んだのは、白い手だった
「─────このままじゃって何や。
このままな訳ないやろ」
『!!』
「矢胴丸さん…!」
「久し振りやな修兵。元気そうやん」
「…お久し振りです」
僕の持っていた珠を手にした彼女は、それを僕に押し付けた。
押し退けようにも引きそうにないので、仕方無くそれを受け取る。
すると、彼女の後ろから先程下がった面々が現れた
「死覇装着てきたったで!ウチらの珠早よ渡さんかい喜助!」
拳西さんの仲間…仮面の軍勢の面々が、次々に浦原さんから霊珠核を受け取っていく。
すると、上から酷く不機嫌そうな声がした。
「フム…招集があったから覗いてみれば、他人の研究室で随分と勝手な真似をしてくれている様だネ」
「涅隊長…!」
上にある小さな穴から此方を覗き混んでいたのは、十二番隊の隊長、副隊長だった。
早速降りてきた涅隊長は、設置された機械に近付いた。キーボードを数回叩いた涅隊長は、フム、と小さく声を漏らす
「成程成程、門を創る為に全員の霊圧を結集させていると。解せんネ。
膨大な霊圧が必要なら──────何故先に、霊圧の増幅器を用意しない?」
呆れた様な言葉と共に、機械音を立てて壁が開いた。そこから見た事のない、謎の機械が現れる。
それを見た浦原さんが大きく息を吐いた
「そんなモノがあるなら教えといて下さいよ…」
「こんな事態になるとは予想もしてなかったものでネ。
…そこの忠狗の邪魔さえ入らなければ、小娘の斬魄刀の能力を見る事が出来たというのに」
「…てめぇ」
ちらりと此方を見た涅隊長に、修兵さんが低く唸った。…ああ、この人僕を殺したかったのか。あれ、仲間じゃなかったっけこの人?
相変わらずなキチガイに、思わず乾いた笑いが漏れる。
その間に再び、門が形創られていく。
現状を打破出来るであろう希望に、全員の表情が明るくなった
「いける…!これで行けるぞ…!」
修兵さんが何処か安堵した様な表情で、拳を握っていた
順調に整っていく門。
─────もうすぐ行ける。
そう思った時、浮竹隊長に異変が起こった
「隊長っ!!」
真っ黒な腕が、浮竹隊長から剥がれたのだ。
力を失った浮竹隊長が倒れ、彼の許に三席二人が駆け寄る。
「これは…霊王の右腕が消えていく…!?
いや、これはまるで…吸い取られているかの様な…」
浦原さんがそう呟いた時、瀞霊廷の空が黒く覆われた。
何が起こったのか理解出来ない。
…恐らく滅却師の仕業だろうという事しか
「暗い…まるで夜だ…何が起こったんだ…」
「何がも糞も無い。滅却師共の仕業に決まっている。
見ろ、遮魂膜が一部欠けている。
瀞霊壁の一部が崩れた事で、穴が開いたのだろう」
『霊王の右腕は、あの穴を通って霊王宮に向かった。
でもこの状態じゃ、あの穴は敵の格好の的になる…』
…取り敢えず、この闇を払えば良いのか。
僕は同じ事を考えていたらしい砕蜂隊長と共に、建物の上に飛び上がった
「あっ 隊長達何処行くんすか!?」
「何処にだと?
貴様、このまま手をこまねいているつもりか?あの忌々しい天蓋を破壊するに決まっている!」
そう言った砕蜂隊長が斬魄刀を構えた
「卍解─────“雀蜂…」
砕蜂隊長が巨大な核弾頭を天に向かって放とうとした、その時
『……うわぁ』
─────大量の目玉が、降ってきた
『気持ち悪い…!』
さっきのミミハギ様とやらに酷似した目で僕を見る、謎の物体。
何故か砕蜂隊長の倍ぐらいの数で纏わり付いてくるそれを一気に凍り付かせ、粉々にする。
だが払っても払っても数は減らない。
降ってくる奴等の一つ目が一斉に此方を見て、怒濤の勢いで此方に雪崩れ込んできた
『うわっ!?』
堪らず飛び退いて、藤凍月を振るう。
一気に足許の目玉を凍らせてから、まだ向かってくる奴等に切っ先を向けた。
だが突然背後からぞくっとした感覚を感知する。
それに従い後ろを振り向いて─────目に映ったのは、無数の黒い手だった
『─────、』
─────捕まったら駄目だ、喰われる。
そんな本能的な恐怖が脳裏を過り、咄嗟に氷の盾を出現させようとして
「…汚ぇ手で隊長に触んな!」
目の前の手が、木っ端微塵になった。
黒を引き裂いて現れたのは、僕の副官。
彼は目の前に音もなく着地して、そのまま弾丸の様に飛び出した
「寄るな、見るな、消えろ!」
尚も近付いてくる目玉共を、飛び出した修兵さんが斬り刻んだ。それはもう、粉々に。
周囲の敵を滅して再び僕の前に着地した修兵さんは、くるりと振り向いて此方を見下ろした
「…隊長、一つ言っておきたい事があります」
『…何?』
援護に向かった大前田副隊長が、砕蜂隊長に裏拳を食らわされている。
それを尻目に、真剣な目をした修兵さんが口を開いた
「…次、御自分を大切にしない行動を取れば、俺は貴女を監禁します。
……抵抗するならば、四肢を落としてでも」
『え』
…え、何だこのショッキングな宣言。
何?監禁宣言?そんな事するの?四肢を落とすって、僕達磨にされちゃうの?
冗談キツいと笑い飛ばしたくても、修兵さんの目がマジだ。怖い、怖過ぎる。
本気で顔を引き攣らせれば、表情を崩さずに修兵さんは言った
「俺は貴女が死ねと言うまで死なないと、貴女に誓いました。
だから俺は、貴女を護り続けます」
『………』
「俺は誓った、それなのに貴女は勝手に死のうとした。
…それが例えこの世界を護る為だとしても、俺は許せない」
紫がかった灰色が、闇の中でもはっきりと見えた
「世界の為に死のうとするなら、貴女の命を俺に下さい。俺は貴女の命が欲しい。貴女の生を支配する権利が欲しい。
俺に貴女の命を下さい。俺が死ねと言うまで死なないと、今此処で、俺に誓って下さい」
『……檜佐木さん…』
……これ、敬語なだけで結構な命令されてないか。というか丁寧な言葉だけど威圧的な言い方だし。懇願じゃなくて命令だ。
目がマジだし。断ったら酷い事なりそうで怖い。
真っ直ぐな視線を暫し見つめ、それから僕は溜息を吐いた
『…判った。僕の命は貴方のものだ。檜佐木さんが良いと言うまで、死なない』
しっかりとその目を見据えて言えば、修兵さんは口の端を持ち上げた
「…誓いを破ろうとしたら、本気で監禁しますから」
『……それはやだな』
取り敢えず修兵さんの機嫌は直ったらしい。小さく笑って僕は刀を構えた。
話し込んでいる間に上ってきたらしい皆に、修兵さんが声を掛ける
「研究室に入られて壊されたら終わりだ!一気に片付けるぞ!────“風死”!」
「言われねぇでもそのつもりだ!────“鬼灯丸”!」
「“藤孔雀”!」
「“千本桜”」
全員が斬魄刀を振るうが、目玉は減らない。というか斬っても斬っても降ってくる。
大変気持ち悪い。これ一発でちゃちゃっと消せないだろうか
「チッ…キリが無え」
「くそッ…これじゃ天蓋を壊す所まで手が回らんぞ!」
修兵さんが僕の分まで目玉を排除している。
なので僕は暇だ。手は空いている、ならば今の内に目玉の画期的な処理方法を考えるべきだろう。
どうしようか、いっそ赤色で真上の黒いの抉っちゃう?…ああ、それが楽かも。
ベルトから鉄扇を出そうとした丁度その時、黒い目玉達が一斉に押し潰された
『!』
感じた事のある霊圧に身体が強張った。
同時に修兵さんが、僕を庇う様に前に出る
「…馬鹿な…お前は…」
驚いたルキアの声。
その後に鼓膜を揺らしたのは、嘗ての仲間であり、敵になった者の声だった
「滑稽だな、何をちまちまと刀で払っているのだ。
霊圧で一息に圧し潰せば済むものを」
黒ずくめの男。
奴は、相変わらず癪に障る薄ら笑いを浮かべたままだった
「…莫迦な…貴様は…藍染…!」
「久し振りだ朽木ルキア。
とは言え護廷隊を離反して後、君と語らった記憶は殆ど無いのだが。
ひとまず副隊長昇格おめでとう。
我々との戦いでの功績が認められて、何よりだ」
ルキアを苦しめた張本人は、さらりと嫌味としか取れない言葉を送り、此方に目を向けた。
「君達も久し振りだね桜花独月、檜佐木修兵。
あの後の後遺症も残っていない様で安心したよ」
どういう事だと言わんばかりの視線を浴びるが、二人で黙殺した。
修兵さんが、唸る様な声で口を開いた
「…お陰様で随分楽しい目に遭ったよ」
「そうか、それは良かった」
修兵さんがきつく風死を握り締めた。
そう、修兵さんが虚化出来る様になったのは。
そうせざるを得なくなったのは───────藍染の所為だ
この男が崩玉の力を僕に使わなければ。
あの時修兵さんが月閉風死を使わなければ。
蟠りは色々ある。
だが今は、そんな事を言っている場合じゃないだろう。
修兵さんの隣に並び、努めて冷静に僕は訊ねた
『…藍染、何であんたが此処に?無間に閉じ込められた筈だろ』
「戒めを解かれたのさ」
「莫迦な!一体誰に…」
「僕だよ」
「…京楽隊長…!」
藍染との会話に、低い声が割って入った。
全員がそちらに目を向ける。
現れた飄々とした風貌の彼は、此方が質問する前に先に口を開いた
「何故と訊くだろうから先に言うけど、彼の力が必要だと判断したからだ」
京楽総隊長の言葉に、皆が一斉に反論した。
「な…しかし…!」
「何言ってんですか京楽隊長!!」
「こんな野郎の力を借りるなんて納得がいかねぇ…!」
「同意見です。彼のした事を思えば、到底承服出来ない」
「恥知らずめ…!」
全員が口々に非難の言葉を浴びせるのを、僕は修兵さんと共に見ていた。
此方を見る修兵さんは物凄く不満げである。だがそれを口に出さないのは、彼も判っているからだろう。
恐らくは朽木隊長も僕達と同じ考えだ。
無言のまま、僕は京楽総隊長を見る。目が合うと、ぽんと頭に手を置かれた
「…やれやれ」
へらりと笑みを浮かべた京楽総隊長。
僕の頭から手を離すと、彼は冷たいものに表情を切り替えた
「…君等がしてるのは面子の話かい。それじゃあ護廷の話をしよう。
面子じゃ世界は護れない。
悪を倒すのに悪を利用する事を、僕は悪だとは思わないね」
その言葉で反論していた面々は口を閉ざした。
京楽総隊長の言葉が正しいからだろう。
幾ら面子や矜持に頼っても、力がなければ意味はない。
言葉だけじゃ、護れないから。
だから京楽総隊長は今出来る最善を選択したんだろう。
面子や心境に、流される事もなく
「…議論は終わった様だな。
それじゃあそろそろ両手の戒めを外して、私を椅子から解放してくれるかい」
全員が黙った所で藍染が拘束からの解放を要求した。
けれどそれは出来ないと、京楽総隊長は首を横に振る
「何故」
「言ったろう?
君に使う事を許された鍵は三本。口、左目、足首。それ以外の封印を解く事は許されていない」
「やれやれ、座ったままでこいつらを始末しろと?」
「君にそれが出来ないとは思えないね」
「買い被りだな。今の私にそんな力は無い」
「力の有る無しの話じゃないよ。
君が座ったまま、むざむざとこの目玉の化物共に自分の身体を囓られるのを…黙って見ているとは思えないって話さ」
張り詰めた空気の中、言葉の応酬による駆け引きが展開される。
京楽総隊長が言い切るのと同時に、頭上から大量の目玉が降ってきた。
塊が自らに迫るのを見る事もなく、藍染は小さく息を吐く
「…全く、やりにくい男だ」
「光栄だね」
そう言って京楽総隊長が笑った時、僕の全身を悪寒が駆け巡った。
え、何?
辺りを見渡した時、何かに気付いたらしい総隊長が声を張り上げる
「逃げろ!研究室へ退がれ!!」
『うわっ』
さっと抱え上げられ、研究室に避難させられた。こんなに素早く僕を退避させる人なんか、一人しか居ない。
礼を言おうと冷や汗を浮かべた修兵さんを見上げた時、藍染の声がぽつりと落ちた
「…破道の九十・黒棺」
その威力は凄まじく、うじゃうじゃ居た筈の目玉達をたったの一撃で一掃してしまった
『…檜佐木さん、ありがとう』
「どう致しまして」
修兵さんに下ろして貰い、改めて藍染の方を見た。
その場にはあの男以外何もない。
辺り一帯を無に還す程の威力なのか。詠唱破棄の、あんなに縛られた状態で
「何て力だ…瓦礫まで跡形も無く…」
「詠唱破棄の黒棺でこの威力…黒崎サンと戦った時より力が増しているかも知れません…」
「無間に捕われてる間にも強くなってやがんのかよ…バケモノが…」
藍染という脅威の力にそれぞれが反応を見せる中、当の本人はのんびりと、自らを拘束する椅子に目を向けていた
「…やれやれ、私の黒棺の直撃を受けても壊れないとは。
無間の磔架と同じ作り方をされているだけの事はある。大した椅子だ」
…ああ、だから黒棺を自分を巻き込む形で使ったのか。上手くいけば、拘束から逃れられるから。
驚きつつ感心していれば修兵さんに呆れられた。何だその反応は、失礼な
「野郎…その為にわざと自分ごと…!」
「喋っている暇は無い。
あの目玉の化物共が消えた今の内に、天蓋を破壊するぞ!」
「必要無い。
黒棺の重力で天蓋に亀裂を入れた。あれ程高密度の霊子体だ、後は私の霊圧で衝撃を与えてやれば自滅する」
『…あれ、檜佐木さん』
「何ですか隊長」
『上って門創ろうとしてたよね?』
「はい」
『それで目玉が降ってきたんだよね?』
「はい」
『あの黒いの自滅なんかさせたら、僕達の集めた霊圧も巻き込まれてなくなるよね?』
「はい」
…やっぱりか。
やらかそうとしている藍染を止めようと、ルキアが叫ぶ
「やめろ藍染!!
門が…門の為に集めた霊圧が飛散する!」
「門だと?それも必要無い 霊王宮の障壁には孔が開いているのだろう。
霊王宮に用があるのなら、私が撃ち落としてやろう」
「霊王宮を撃ち落とす…!?」
「まさか…そんな事が本当に…」
『………』
何だろう、こいつ本当にやりそうで怖い。
修兵さんと共に見つめていれば、藍染は霊圧を上に放った。
けれどそれは霊王宮には届かず、空中で霧散する
「…無理だよ、自分で言ってたろう。
その拘束具は霊圧を消すんじゃなく、近くに留めておく事しか出来ない。
ただ、その留めておく力は途轍も無く強い」
京楽総隊長の言葉に藍染は無言を返す。
彼はちらりと涅隊長に目を向けた
「尸魂界の技術力の結晶だよ、嘗めてもらっちゃ困る。だよね?涅隊長」
「…フン、死神の霊圧というのは、心臓が動いている限り延々と湧き出てくる。
心臓を止める事なくその霊圧を止める事は不可能だ。無間の罪人共は皆、何らかの理由で命を絶てぬ者ばかり。
連中の心臓を止められる刑吏は尸魂界には居ない」
だから、と涅隊長は言葉を続けた
「その拘束具は、最初から霊圧を消す事には微塵も力を注いじゃいない。技術力の全ては、身体ごと霊圧を拘束する事に費やした。
その匙加減も私次第…自分の力が私の技術力を超えているから、力を自在に使えていると思ったかネ?」
涅隊長は小さな器具を取り出して、にたりと嗤った
「甘いよ藍染惣右介。
霊王宮を撃ち落とすなんて事は君に出来るにしろ出来ないにしろ、私の造った拘束具を付けてそんな真似をされたとあっては、私の沽券に関わるのでネ」
「…成程、その器具で拘束の度合いを操作しているのか。
ならば今すぐ最大にしたらどうだ。君の技術と私の力、どちらが上か…」
その時、藍染に攻撃が仕掛けられる。
全員が一斉にそちらに目を向けると、白い服の集団が目に入った
「おっとぉ!アンタの霊圧は充分観察させて貰った…その黒いスーツの所為だか知らねぇが…アンタの霊圧穴だらけだぜ!
霊圧配置を計測さえ出来りゃ、その穴を突いて拡げて丸裸!
身動き取れねぇ奴相手なら…チキンの足を捥ぐよりラクショー!」
高らかに叫んだ滅却師は更に藍染を攻撃した。
だが避けられずとも気を失わない男を見て、忌々しそうに舌打ちを溢した
「…意識も失わねぇのかよ、マジバケモンだな…まァ良い、暫くアンタの霊圧は完全に麻痺して身動き取れねぇ筈だ。
霊王宮を落とされちゃ困るんだ、暫く黙って眺めてな」
攻撃した男の後ろから、三人の滅却師が姿を現した。
その内の一人はペペと戦った時に居た少女で、僕は眉を寄せる
「…厄介な時に敵さんのお出ましか。門は?」
「駄目です!今ので完全に霊圧が飛散しました!一から造り直しです!」
伊勢副隊長の返事に京楽総隊長は溜息を落とした
「…やれやれ、面倒な事になったねぇどうも。
…浦原店長!あんた方は門を造るのに集中してくれ」
総隊長は浦原さんにそう言って、僕達を一度見回した。貴方の考えは伝わっていると頷けば、彼は微かに口角を上げた
「表は此方で何とかする」
「ハイ!宜しくお願いします!」
黒髪の女の子が操っているのであろう、奴の配下に置かれてしまったらしい死神達が次々と姿を現す。
彼女を見て、修兵さんが眉を寄せた
「隊長、あの男には近付かないで下さい。…嫌な予感がします」
『男?』
…男って、他の滅却師の事だろうか。でも修兵さんが見ているのは間違いなく、あの女の子である。
『…檜佐木さん、あの人、女の子じゃないの?』
「違います。アレは女装です。…何より、臭うんで」
何が?
疑問符を飛ばす僕を隠す様に立つ修兵さんは、曖昧に誤魔化してそれ以上を言おうとはしなかった。
「…死んでいなかったとは驚きだよ、ゾンビ娘。
ゾンビを操る奴も、ゾンビという訳かネ」
『…あれ、やっぱり女の子じゃないの?涅隊長も女の子って』
「涅隊長は性別に興味を示さないタイプの人間ですから」
『臭うって?』
「隊長の耳が腐りますので、お教え出来ません」
え、ほんと何なの?
疑問符をひたすらに飛ばす僕を見て、何故か綾瀬川五席が苦笑いしていた。
「おーい滅却師さん達。
霊王宮を落とされちゃ困るってのは、僕らも同じ意見な訳だけど。
もしかして、僕らに協力しに来てくれたのかな?」
「そんな訳ねぇだろ。陛下の居る霊王宮を落とされちゃ困るってハナシだ」
「だよねぇ。そんじゃ、戦うしか無いって訳だ」
飄々とした体で総隊長がそう言うと、滅却師が鼻で笑う
「戦えると思ってんのか?あんたら全員観察済みだ!俺のモーフィン・パターンで片っ端から麻痺させて…」
彼の言葉はそこまでで、続きは背後から放たれた一撃によって遮られた
「…バ…バズビーてめぇ…!?」
そのまま胸を貫かれた滅却師は地に伏せた。
それを見た総隊長が、モヒカンの滅却師に訊ねる
「…どういう事だい」
「手を貸すぜ。見えざる帝国は、瀞霊廷の影の中にある。霊王宮が落ちて瀞霊廷が崩壊すりゃ、困るのは俺らも同じだ」
「だから我々に協力すると?それを信じろと言うのかネ?」
「信じろとは言ってねぇ。一方的に協力するともな。…見返りを寄越せって言ってんだ。
俺達は霊王宮への門を造るのに協力する。
その見返りに、俺達も霊王宮に連れていけ。俺らを見捨てたユーハバッハを、ブチ殺しに行くんだよ」
「…成程ね」
彼等は信じていた王に捨てられた。
それならば、命を取ろうとした王に牙を剥こうとも、可笑しくはない。
僕は良いと思うけど、総隊長はどうするんだろう。
ぼんやりと眺めていれば、微かに吐息の音が聞こえた。
それは、先程倒された滅却師に攻撃された藍染から発されたものだった
「ふぅ…」
「…もう動けるのかい」
「動けると言うと語弊があるな。殺すなら今だぞ」
「冗談でしょ。それで殺せるぐらいなら、とっくに殺してる」
挑発をさらりと受け流し、京楽総隊長は椅子に縛られた男から、倒れる滅却師に目を向けた。
「…全く、あれだけ霊圧を押さえ込まれた状態であんな攻撃受けて、五分やそこらしか動きを止められなかったってんじゃ……彼方で倒れてる滅却師さんも気の毒だね」
「私が五分も動きを止められたなど、初めての事だ。気の毒に思う理由にはなるまい」
「まァまだ本調子じゃないんなら、暫く此処で大人しくしててくれるかい?門が出来るまで、さ」
そこで総隊長は藍染に背を向けた。
歩き出した彼に、藍染が問いを投げ掛ける
「…死神と滅却師が手を組むか。共に尸魂界を護るのか?私の道を後から共に進む君達は、随分と滑稽だな」
「違う。皆期せずして君を追い、君の目指す敵を共に倒す事になっただけさ」
京楽総隊長の言葉を聞き、嘗ての仲間であり、今も許せない怨敵は、静かに空を見上げた
「…全く、私を止めた者が、よもや私より先に霊王宮に立ち入るとはな…つくづく許し難い男だ、黒崎一護」
神の座へ、いざ
修兵さんはその光景が僕に見えない様に、背中で僅かに見えていた視界を遮った。
『…檜佐木さん』
「……隊長はご覧にならない方が。これは少し…惨過ぎます」
修兵さんが、僕の事を考えてこんな行動を取ってくれているというのは判っている。
けれど僕は、修兵さんの腕に手を掛けた
『……それでもこれは、浮竹隊長の最期だ。なら僕は、この目で見届ける』
「…判りました」
誇りある一人の隊長の最期だ。それならば、今此処で僕が目を逸らすのは無礼に当たる。
案じる様な目を向ける修兵さんが僅かに右に避けた。
開けた視界に映ったのは、顔の穴という穴から真っ黒な手を噴き出した、浮竹隊長の姿だった
『……これが、末路か』
「隊長…」
『こんなの…あんまりにも…』
これが。こんなものが。
この世界を護ろうと、病に冒された身体を粉にして働いてきた者の、最期なのか。
これがずっと瀞霊廷を、護廷隊を支えてきた貢献者への仕打ちなのか。
最期にこんなにも、痛みに満ちた終わりを迎えないといけないなんて。
─────それではあまりにも、惨いじゃないか。
痛ましい姿に、目を細めた僕の手を包んでいる大きな手が、ぎゅっと握り締められた。
「…震動が…止まった…!」
「浮竹隊長…!」
震動が止んだ。
世界を揺るがしていた崩壊が、一時的にでも止められたんだろう。
浮竹隊長からは未だにあの黒い右腕が伸び続けている。
皆が空を見上げる中、砕蜂隊長は浦原さんに問い掛けた
「…どのくらい保つ?
これで浮竹が完全に霊王の代わりになるとは思えぬ。この安定も、浮竹の命が尽きる迄のものだろう。それは、何時迄だ?」
「ちょ…隊長!」
「事実だ!そうだろう、浦原」
小椿三席をぴしゃりと黙らせた砕蜂隊長は、浦原さんに返答を促した。
問われた彼は判らないと緩く首を振る
「この神掛というもの自体、アタシ自身見聞きするのも初めてです。
どのくらい保つかなんて、見当もつかない。
…ただ確かなのは、浮竹さんが霊王の身代わりとなってくれている間に、尸魂界を安定させる方法を見付けなければいけないという事…急ぎましょう、門を創って霊王宮へ!」
「はい!」
彼の副官であるルキアが力強く返事をしたのを見て、僕は俯いた。
「隊長…」
『…大丈夫。浮竹隊長の分も、僕達が頑張らなきゃ』
ルキアも耐えている。長い交友のあった京楽総隊長も、口を閉ざしている。
そうだ、僕一人泣き喚いて良い筈がない。
今の僕は、九番隊の隊長なんだから。
『……ありがとうございました、浮竹隊長』
浮竹隊長の優しい笑顔を思い出し、僕は静かに目を閉じた
修兵さんと手を繋いだまま空を見ていると、突然起きた異変に気付いた。
─────出来かけていた門が、消えていく
『何で…』
「…霊圧が足りてない…!」
「何…!?」
修兵さんが驚いた顔で伊勢副隊長を見た。
彼女は冷や汗を流しながら、この事態の原因を教えてくれる
「病んだ身体を霊圧で支えて働き続けてこられた浮竹隊長は、霊圧量では隊長格の中で群を抜いていました…
その浮竹隊長が抜けて、門を創る霊圧量が足りなくなっているんです…!このままでは…!」
浮竹隊長の霊圧量を補わなければ、門は創れない。
なら─────霊圧さえ足りていれば、門は出来るのか。
僕はベルトに差していた鉄扇を抜き、前に出る。
『僕がやる』
「桜花サン」
『霊圧量が足りないんですよね?なら僕が、浮竹隊長の代わりになります』
藤凍月の力を使えば、やれる。
実際僕には浮竹隊長程の霊圧はない。けれど卍解して、尾を僕に化けさせれば、補える。
『藤凍月、いける?』
返答は、手の中で小さく震える事で返された。
藤凍月を僕に化けさせる─────確かに、斬魄刀に化けさせるよりも格段に負担は増す。
それに、一人はあっても九人なんてやった事がないから、正直僕の身がどうなるか判らない。…無理矢理霊圧を増幅させた代償に、死ぬかも知れない。
でも、やるしかないんだ。
今この中で門の崩壊を止められるのは僕だけ。
ならば─────この身がどうなろうと、構わない
「…おい独、お前何を…」
財前を無視して刀と共に鉄扇を構えれば、隣から腕を掴まれた。
厳しい表情の修兵さんを、僕は睨み付ける
『檜佐木、止めるな。下がれ』
「下がりません!死のうとする隊長を黙って見てられる筈がないでしょう!!
何か方法がある筈です、早まらないで下さい!!」
『っ…そんなの待ってられるか!このままじゃ…』
出来かけていた門が少しずつ崩れていく光景が、更に僕を焦らせる。
折角此処まで創り上げたんだ、もたもたしていたら、全てが無駄になってしまう。
浮竹隊長や拳西さん達の為にも、此処で足踏みする訳には…
互いに退かない僕と修兵さんの口論に割り込んだのは、白い手だった
「─────このままじゃって何や。
このままな訳ないやろ」
『!!』
「矢胴丸さん…!」
「久し振りやな修兵。元気そうやん」
「…お久し振りです」
僕の持っていた珠を手にした彼女は、それを僕に押し付けた。
押し退けようにも引きそうにないので、仕方無くそれを受け取る。
すると、彼女の後ろから先程下がった面々が現れた
「死覇装着てきたったで!ウチらの珠早よ渡さんかい喜助!」
拳西さんの仲間…仮面の軍勢の面々が、次々に浦原さんから霊珠核を受け取っていく。
すると、上から酷く不機嫌そうな声がした。
「フム…招集があったから覗いてみれば、他人の研究室で随分と勝手な真似をしてくれている様だネ」
「涅隊長…!」
上にある小さな穴から此方を覗き混んでいたのは、十二番隊の隊長、副隊長だった。
早速降りてきた涅隊長は、設置された機械に近付いた。キーボードを数回叩いた涅隊長は、フム、と小さく声を漏らす
「成程成程、門を創る為に全員の霊圧を結集させていると。解せんネ。
膨大な霊圧が必要なら──────何故先に、霊圧の増幅器を用意しない?」
呆れた様な言葉と共に、機械音を立てて壁が開いた。そこから見た事のない、謎の機械が現れる。
それを見た浦原さんが大きく息を吐いた
「そんなモノがあるなら教えといて下さいよ…」
「こんな事態になるとは予想もしてなかったものでネ。
…そこの忠狗の邪魔さえ入らなければ、小娘の斬魄刀の能力を見る事が出来たというのに」
「…てめぇ」
ちらりと此方を見た涅隊長に、修兵さんが低く唸った。…ああ、この人僕を殺したかったのか。あれ、仲間じゃなかったっけこの人?
相変わらずなキチガイに、思わず乾いた笑いが漏れる。
その間に再び、門が形創られていく。
現状を打破出来るであろう希望に、全員の表情が明るくなった
「いける…!これで行けるぞ…!」
修兵さんが何処か安堵した様な表情で、拳を握っていた
順調に整っていく門。
─────もうすぐ行ける。
そう思った時、浮竹隊長に異変が起こった
「隊長っ!!」
真っ黒な腕が、浮竹隊長から剥がれたのだ。
力を失った浮竹隊長が倒れ、彼の許に三席二人が駆け寄る。
「これは…霊王の右腕が消えていく…!?
いや、これはまるで…吸い取られているかの様な…」
浦原さんがそう呟いた時、瀞霊廷の空が黒く覆われた。
何が起こったのか理解出来ない。
…恐らく滅却師の仕業だろうという事しか
「暗い…まるで夜だ…何が起こったんだ…」
「何がも糞も無い。滅却師共の仕業に決まっている。
見ろ、遮魂膜が一部欠けている。
瀞霊壁の一部が崩れた事で、穴が開いたのだろう」
『霊王の右腕は、あの穴を通って霊王宮に向かった。
でもこの状態じゃ、あの穴は敵の格好の的になる…』
…取り敢えず、この闇を払えば良いのか。
僕は同じ事を考えていたらしい砕蜂隊長と共に、建物の上に飛び上がった
「あっ 隊長達何処行くんすか!?」
「何処にだと?
貴様、このまま手をこまねいているつもりか?あの忌々しい天蓋を破壊するに決まっている!」
そう言った砕蜂隊長が斬魄刀を構えた
「卍解─────“雀蜂…」
砕蜂隊長が巨大な核弾頭を天に向かって放とうとした、その時
『……うわぁ』
─────大量の目玉が、降ってきた
『気持ち悪い…!』
さっきのミミハギ様とやらに酷似した目で僕を見る、謎の物体。
何故か砕蜂隊長の倍ぐらいの数で纏わり付いてくるそれを一気に凍り付かせ、粉々にする。
だが払っても払っても数は減らない。
降ってくる奴等の一つ目が一斉に此方を見て、怒濤の勢いで此方に雪崩れ込んできた
『うわっ!?』
堪らず飛び退いて、藤凍月を振るう。
一気に足許の目玉を凍らせてから、まだ向かってくる奴等に切っ先を向けた。
だが突然背後からぞくっとした感覚を感知する。
それに従い後ろを振り向いて─────目に映ったのは、無数の黒い手だった
『─────、』
─────捕まったら駄目だ、喰われる。
そんな本能的な恐怖が脳裏を過り、咄嗟に氷の盾を出現させようとして
「…汚ぇ手で隊長に触んな!」
目の前の手が、木っ端微塵になった。
黒を引き裂いて現れたのは、僕の副官。
彼は目の前に音もなく着地して、そのまま弾丸の様に飛び出した
「寄るな、見るな、消えろ!」
尚も近付いてくる目玉共を、飛び出した修兵さんが斬り刻んだ。それはもう、粉々に。
周囲の敵を滅して再び僕の前に着地した修兵さんは、くるりと振り向いて此方を見下ろした
「…隊長、一つ言っておきたい事があります」
『…何?』
援護に向かった大前田副隊長が、砕蜂隊長に裏拳を食らわされている。
それを尻目に、真剣な目をした修兵さんが口を開いた
「…次、御自分を大切にしない行動を取れば、俺は貴女を監禁します。
……抵抗するならば、四肢を落としてでも」
『え』
…え、何だこのショッキングな宣言。
何?監禁宣言?そんな事するの?四肢を落とすって、僕達磨にされちゃうの?
冗談キツいと笑い飛ばしたくても、修兵さんの目がマジだ。怖い、怖過ぎる。
本気で顔を引き攣らせれば、表情を崩さずに修兵さんは言った
「俺は貴女が死ねと言うまで死なないと、貴女に誓いました。
だから俺は、貴女を護り続けます」
『………』
「俺は誓った、それなのに貴女は勝手に死のうとした。
…それが例えこの世界を護る為だとしても、俺は許せない」
紫がかった灰色が、闇の中でもはっきりと見えた
「世界の為に死のうとするなら、貴女の命を俺に下さい。俺は貴女の命が欲しい。貴女の生を支配する権利が欲しい。
俺に貴女の命を下さい。俺が死ねと言うまで死なないと、今此処で、俺に誓って下さい」
『……檜佐木さん…』
……これ、敬語なだけで結構な命令されてないか。というか丁寧な言葉だけど威圧的な言い方だし。懇願じゃなくて命令だ。
目がマジだし。断ったら酷い事なりそうで怖い。
真っ直ぐな視線を暫し見つめ、それから僕は溜息を吐いた
『…判った。僕の命は貴方のものだ。檜佐木さんが良いと言うまで、死なない』
しっかりとその目を見据えて言えば、修兵さんは口の端を持ち上げた
「…誓いを破ろうとしたら、本気で監禁しますから」
『……それはやだな』
取り敢えず修兵さんの機嫌は直ったらしい。小さく笑って僕は刀を構えた。
話し込んでいる間に上ってきたらしい皆に、修兵さんが声を掛ける
「研究室に入られて壊されたら終わりだ!一気に片付けるぞ!────“風死”!」
「言われねぇでもそのつもりだ!────“鬼灯丸”!」
「“藤孔雀”!」
「“千本桜”」
全員が斬魄刀を振るうが、目玉は減らない。というか斬っても斬っても降ってくる。
大変気持ち悪い。これ一発でちゃちゃっと消せないだろうか
「チッ…キリが無え」
「くそッ…これじゃ天蓋を壊す所まで手が回らんぞ!」
修兵さんが僕の分まで目玉を排除している。
なので僕は暇だ。手は空いている、ならば今の内に目玉の画期的な処理方法を考えるべきだろう。
どうしようか、いっそ赤色で真上の黒いの抉っちゃう?…ああ、それが楽かも。
ベルトから鉄扇を出そうとした丁度その時、黒い目玉達が一斉に押し潰された
『!』
感じた事のある霊圧に身体が強張った。
同時に修兵さんが、僕を庇う様に前に出る
「…馬鹿な…お前は…」
驚いたルキアの声。
その後に鼓膜を揺らしたのは、嘗ての仲間であり、敵になった者の声だった
「滑稽だな、何をちまちまと刀で払っているのだ。
霊圧で一息に圧し潰せば済むものを」
黒ずくめの男。
奴は、相変わらず癪に障る薄ら笑いを浮かべたままだった
「…莫迦な…貴様は…藍染…!」
「久し振りだ朽木ルキア。
とは言え護廷隊を離反して後、君と語らった記憶は殆ど無いのだが。
ひとまず副隊長昇格おめでとう。
我々との戦いでの功績が認められて、何よりだ」
ルキアを苦しめた張本人は、さらりと嫌味としか取れない言葉を送り、此方に目を向けた。
「君達も久し振りだね桜花独月、檜佐木修兵。
あの後の後遺症も残っていない様で安心したよ」
どういう事だと言わんばかりの視線を浴びるが、二人で黙殺した。
修兵さんが、唸る様な声で口を開いた
「…お陰様で随分楽しい目に遭ったよ」
「そうか、それは良かった」
修兵さんがきつく風死を握り締めた。
そう、修兵さんが虚化出来る様になったのは。
そうせざるを得なくなったのは───────藍染の所為だ
この男が崩玉の力を僕に使わなければ。
あの時修兵さんが月閉風死を使わなければ。
蟠りは色々ある。
だが今は、そんな事を言っている場合じゃないだろう。
修兵さんの隣に並び、努めて冷静に僕は訊ねた
『…藍染、何であんたが此処に?無間に閉じ込められた筈だろ』
「戒めを解かれたのさ」
「莫迦な!一体誰に…」
「僕だよ」
「…京楽隊長…!」
藍染との会話に、低い声が割って入った。
全員がそちらに目を向ける。
現れた飄々とした風貌の彼は、此方が質問する前に先に口を開いた
「何故と訊くだろうから先に言うけど、彼の力が必要だと判断したからだ」
京楽総隊長の言葉に、皆が一斉に反論した。
「な…しかし…!」
「何言ってんですか京楽隊長!!」
「こんな野郎の力を借りるなんて納得がいかねぇ…!」
「同意見です。彼のした事を思えば、到底承服出来ない」
「恥知らずめ…!」
全員が口々に非難の言葉を浴びせるのを、僕は修兵さんと共に見ていた。
此方を見る修兵さんは物凄く不満げである。だがそれを口に出さないのは、彼も判っているからだろう。
恐らくは朽木隊長も僕達と同じ考えだ。
無言のまま、僕は京楽総隊長を見る。目が合うと、ぽんと頭に手を置かれた
「…やれやれ」
へらりと笑みを浮かべた京楽総隊長。
僕の頭から手を離すと、彼は冷たいものに表情を切り替えた
「…君等がしてるのは面子の話かい。それじゃあ護廷の話をしよう。
面子じゃ世界は護れない。
悪を倒すのに悪を利用する事を、僕は悪だとは思わないね」
その言葉で反論していた面々は口を閉ざした。
京楽総隊長の言葉が正しいからだろう。
幾ら面子や矜持に頼っても、力がなければ意味はない。
言葉だけじゃ、護れないから。
だから京楽総隊長は今出来る最善を選択したんだろう。
面子や心境に、流される事もなく
「…議論は終わった様だな。
それじゃあそろそろ両手の戒めを外して、私を椅子から解放してくれるかい」
全員が黙った所で藍染が拘束からの解放を要求した。
けれどそれは出来ないと、京楽総隊長は首を横に振る
「何故」
「言ったろう?
君に使う事を許された鍵は三本。口、左目、足首。それ以外の封印を解く事は許されていない」
「やれやれ、座ったままでこいつらを始末しろと?」
「君にそれが出来ないとは思えないね」
「買い被りだな。今の私にそんな力は無い」
「力の有る無しの話じゃないよ。
君が座ったまま、むざむざとこの目玉の化物共に自分の身体を囓られるのを…黙って見ているとは思えないって話さ」
張り詰めた空気の中、言葉の応酬による駆け引きが展開される。
京楽総隊長が言い切るのと同時に、頭上から大量の目玉が降ってきた。
塊が自らに迫るのを見る事もなく、藍染は小さく息を吐く
「…全く、やりにくい男だ」
「光栄だね」
そう言って京楽総隊長が笑った時、僕の全身を悪寒が駆け巡った。
え、何?
辺りを見渡した時、何かに気付いたらしい総隊長が声を張り上げる
「逃げろ!研究室へ退がれ!!」
『うわっ』
さっと抱え上げられ、研究室に避難させられた。こんなに素早く僕を退避させる人なんか、一人しか居ない。
礼を言おうと冷や汗を浮かべた修兵さんを見上げた時、藍染の声がぽつりと落ちた
「…破道の九十・黒棺」
その威力は凄まじく、うじゃうじゃ居た筈の目玉達をたったの一撃で一掃してしまった
『…檜佐木さん、ありがとう』
「どう致しまして」
修兵さんに下ろして貰い、改めて藍染の方を見た。
その場にはあの男以外何もない。
辺り一帯を無に還す程の威力なのか。詠唱破棄の、あんなに縛られた状態で
「何て力だ…瓦礫まで跡形も無く…」
「詠唱破棄の黒棺でこの威力…黒崎サンと戦った時より力が増しているかも知れません…」
「無間に捕われてる間にも強くなってやがんのかよ…バケモノが…」
藍染という脅威の力にそれぞれが反応を見せる中、当の本人はのんびりと、自らを拘束する椅子に目を向けていた
「…やれやれ、私の黒棺の直撃を受けても壊れないとは。
無間の磔架と同じ作り方をされているだけの事はある。大した椅子だ」
…ああ、だから黒棺を自分を巻き込む形で使ったのか。上手くいけば、拘束から逃れられるから。
驚きつつ感心していれば修兵さんに呆れられた。何だその反応は、失礼な
「野郎…その為にわざと自分ごと…!」
「喋っている暇は無い。
あの目玉の化物共が消えた今の内に、天蓋を破壊するぞ!」
「必要無い。
黒棺の重力で天蓋に亀裂を入れた。あれ程高密度の霊子体だ、後は私の霊圧で衝撃を与えてやれば自滅する」
『…あれ、檜佐木さん』
「何ですか隊長」
『上って門創ろうとしてたよね?』
「はい」
『それで目玉が降ってきたんだよね?』
「はい」
『あの黒いの自滅なんかさせたら、僕達の集めた霊圧も巻き込まれてなくなるよね?』
「はい」
…やっぱりか。
やらかそうとしている藍染を止めようと、ルキアが叫ぶ
「やめろ藍染!!
門が…門の為に集めた霊圧が飛散する!」
「門だと?それも必要無い 霊王宮の障壁には孔が開いているのだろう。
霊王宮に用があるのなら、私が撃ち落としてやろう」
「霊王宮を撃ち落とす…!?」
「まさか…そんな事が本当に…」
『………』
何だろう、こいつ本当にやりそうで怖い。
修兵さんと共に見つめていれば、藍染は霊圧を上に放った。
けれどそれは霊王宮には届かず、空中で霧散する
「…無理だよ、自分で言ってたろう。
その拘束具は霊圧を消すんじゃなく、近くに留めておく事しか出来ない。
ただ、その留めておく力は途轍も無く強い」
京楽総隊長の言葉に藍染は無言を返す。
彼はちらりと涅隊長に目を向けた
「尸魂界の技術力の結晶だよ、嘗めてもらっちゃ困る。だよね?涅隊長」
「…フン、死神の霊圧というのは、心臓が動いている限り延々と湧き出てくる。
心臓を止める事なくその霊圧を止める事は不可能だ。無間の罪人共は皆、何らかの理由で命を絶てぬ者ばかり。
連中の心臓を止められる刑吏は尸魂界には居ない」
だから、と涅隊長は言葉を続けた
「その拘束具は、最初から霊圧を消す事には微塵も力を注いじゃいない。技術力の全ては、身体ごと霊圧を拘束する事に費やした。
その匙加減も私次第…自分の力が私の技術力を超えているから、力を自在に使えていると思ったかネ?」
涅隊長は小さな器具を取り出して、にたりと嗤った
「甘いよ藍染惣右介。
霊王宮を撃ち落とすなんて事は君に出来るにしろ出来ないにしろ、私の造った拘束具を付けてそんな真似をされたとあっては、私の沽券に関わるのでネ」
「…成程、その器具で拘束の度合いを操作しているのか。
ならば今すぐ最大にしたらどうだ。君の技術と私の力、どちらが上か…」
その時、藍染に攻撃が仕掛けられる。
全員が一斉にそちらに目を向けると、白い服の集団が目に入った
「おっとぉ!アンタの霊圧は充分観察させて貰った…その黒いスーツの所為だか知らねぇが…アンタの霊圧穴だらけだぜ!
霊圧配置を計測さえ出来りゃ、その穴を突いて拡げて丸裸!
身動き取れねぇ奴相手なら…チキンの足を捥ぐよりラクショー!」
高らかに叫んだ滅却師は更に藍染を攻撃した。
だが避けられずとも気を失わない男を見て、忌々しそうに舌打ちを溢した
「…意識も失わねぇのかよ、マジバケモンだな…まァ良い、暫くアンタの霊圧は完全に麻痺して身動き取れねぇ筈だ。
霊王宮を落とされちゃ困るんだ、暫く黙って眺めてな」
攻撃した男の後ろから、三人の滅却師が姿を現した。
その内の一人はペペと戦った時に居た少女で、僕は眉を寄せる
「…厄介な時に敵さんのお出ましか。門は?」
「駄目です!今ので完全に霊圧が飛散しました!一から造り直しです!」
伊勢副隊長の返事に京楽総隊長は溜息を落とした
「…やれやれ、面倒な事になったねぇどうも。
…浦原店長!あんた方は門を造るのに集中してくれ」
総隊長は浦原さんにそう言って、僕達を一度見回した。貴方の考えは伝わっていると頷けば、彼は微かに口角を上げた
「表は此方で何とかする」
「ハイ!宜しくお願いします!」
黒髪の女の子が操っているのであろう、奴の配下に置かれてしまったらしい死神達が次々と姿を現す。
彼女を見て、修兵さんが眉を寄せた
「隊長、あの男には近付かないで下さい。…嫌な予感がします」
『男?』
…男って、他の滅却師の事だろうか。でも修兵さんが見ているのは間違いなく、あの女の子である。
『…檜佐木さん、あの人、女の子じゃないの?』
「違います。アレは女装です。…何より、臭うんで」
何が?
疑問符を飛ばす僕を隠す様に立つ修兵さんは、曖昧に誤魔化してそれ以上を言おうとはしなかった。
「…死んでいなかったとは驚きだよ、ゾンビ娘。
ゾンビを操る奴も、ゾンビという訳かネ」
『…あれ、やっぱり女の子じゃないの?涅隊長も女の子って』
「涅隊長は性別に興味を示さないタイプの人間ですから」
『臭うって?』
「隊長の耳が腐りますので、お教え出来ません」
え、ほんと何なの?
疑問符をひたすらに飛ばす僕を見て、何故か綾瀬川五席が苦笑いしていた。
「おーい滅却師さん達。
霊王宮を落とされちゃ困るってのは、僕らも同じ意見な訳だけど。
もしかして、僕らに協力しに来てくれたのかな?」
「そんな訳ねぇだろ。陛下の居る霊王宮を落とされちゃ困るってハナシだ」
「だよねぇ。そんじゃ、戦うしか無いって訳だ」
飄々とした体で総隊長がそう言うと、滅却師が鼻で笑う
「戦えると思ってんのか?あんたら全員観察済みだ!俺のモーフィン・パターンで片っ端から麻痺させて…」
彼の言葉はそこまでで、続きは背後から放たれた一撃によって遮られた
「…バ…バズビーてめぇ…!?」
そのまま胸を貫かれた滅却師は地に伏せた。
それを見た総隊長が、モヒカンの滅却師に訊ねる
「…どういう事だい」
「手を貸すぜ。見えざる帝国は、瀞霊廷の影の中にある。霊王宮が落ちて瀞霊廷が崩壊すりゃ、困るのは俺らも同じだ」
「だから我々に協力すると?それを信じろと言うのかネ?」
「信じろとは言ってねぇ。一方的に協力するともな。…見返りを寄越せって言ってんだ。
俺達は霊王宮への門を造るのに協力する。
その見返りに、俺達も霊王宮に連れていけ。俺らを見捨てたユーハバッハを、ブチ殺しに行くんだよ」
「…成程ね」
彼等は信じていた王に捨てられた。
それならば、命を取ろうとした王に牙を剥こうとも、可笑しくはない。
僕は良いと思うけど、総隊長はどうするんだろう。
ぼんやりと眺めていれば、微かに吐息の音が聞こえた。
それは、先程倒された滅却師に攻撃された藍染から発されたものだった
「ふぅ…」
「…もう動けるのかい」
「動けると言うと語弊があるな。殺すなら今だぞ」
「冗談でしょ。それで殺せるぐらいなら、とっくに殺してる」
挑発をさらりと受け流し、京楽総隊長は椅子に縛られた男から、倒れる滅却師に目を向けた。
「…全く、あれだけ霊圧を押さえ込まれた状態であんな攻撃受けて、五分やそこらしか動きを止められなかったってんじゃ……彼方で倒れてる滅却師さんも気の毒だね」
「私が五分も動きを止められたなど、初めての事だ。気の毒に思う理由にはなるまい」
「まァまだ本調子じゃないんなら、暫く此処で大人しくしててくれるかい?門が出来るまで、さ」
そこで総隊長は藍染に背を向けた。
歩き出した彼に、藍染が問いを投げ掛ける
「…死神と滅却師が手を組むか。共に尸魂界を護るのか?私の道を後から共に進む君達は、随分と滑稽だな」
「違う。皆期せずして君を追い、君の目指す敵を共に倒す事になっただけさ」
京楽総隊長の言葉を聞き、嘗ての仲間であり、今も許せない怨敵は、静かに空を見上げた
「…全く、私を止めた者が、よもや私より先に霊王宮に立ち入るとはな…つくづく許し難い男だ、黒崎一護」
神の座へ、いざ