幸せに続く道
異変は次から次へとやって来る。
瀞霊廷を覆っていた見えざる帝国の街並が、次々と剥がれ始めた。
「何故だ…何故こんな事が起きている…!?
滅却師共は一体何をしようとしておるのだ…!?」
「何やねん…此方がこんだけ必死こいて漸く門の一つも出来ようかっちゅうトコやのに…敵サンはどんだけの事してくれてんねん!!」
滅却師と死神が共に並ぶという奇妙な状況に陥りながら、僕達は静かに空を見上げていた
『…ねぇ、檜佐木さん』
「何でしょうか、隊長」
隣にあった手を、そっと握る。静かに青みを帯びた灰色が、此方に向けられるのを感じた
『…頑張ろう。でも、無理はしないで』
「多少の無理は仕方無いと思いますがね」
溜息混じりに呟かれ、僕はゆっくりとそちらに顔を向ける。切れ長の目と視線がぶつかって、僕は口を開いた
『……嫌な予感がするんだ』
「…大丈夫ですよ、隊長。俺達が勝ちます。貴女はただ、前だけを見ていて下さい」
穏やかな青灰に、僕は目を細めた
「よし、完成っス!開門しますよ!準備は良いっスか!」
浦原さんの声に、皆が声を上げる。
完成した門が開かれ、現れたのは、ヨーロッパ風の城だった。
「…何だあれは…!」
「何だも何も…アレが敵サンの本陣て事でしょ…」
「逃げも隠れもしないどころか まるで早く来いと言ってるみたいっスね…」
「…全くだ、やってくれるよ」
踏み入れた場所は、僕と修兵さんにとっては二度目となる霊王宮。
その筈、だった
「…な…何や…これは…!?霊王宮に繋がった筈やのに…どないなっとんねん喜助ェ!」
─────眼前に広がるのは、洋風の街並みだった
「いえ…座標は瀞霊廷の真上…此処が霊王宮の筈っス…」
瀞霊廷に広がっていた街並みが、まさか此処にまで手を伸ばしていたとは。
呆然とする僕達を尻目に、京楽総隊長は冷静に呟いた
「…つまりさっき瀞霊廷から持ち上げた街を、霊王宮を潰して組み直したって事じゃないの」
「アホな!さっきの今でそないな事…」
「だから─────それ程の力を手に入れたって事だよ、敵さんがさ」
総隊長の言葉に、平子隊長が口を閉ざした。
周囲を見渡して、僕はそっと隣に目を向けた。修兵さんは険しい表情で辺りを警戒していた。
街を忌々しげに睨んだ砕蜂隊長は、眉を寄せる
「見ろ、街並の縁が円になっている…恐らく此処は、霊王宮の下に浮かんでいた五つの零番隊離殿の一つだったのだろう…」
『空を見ても、霊王宮は浮かんでいない…これは…霊王宮が落とされ、その全てが敵の手に落ちたと言う事でしょうか…』
「…恐らくは。此処は、俺達が来た時とはあまりにも違い過ぎる」
修兵さんの返事に頷く。
あまりにも変わった街並みに眉を寄せていると、不意に黒い影が飛び出した
「今そちらへ参ります姉様!!」
飛び出した影が、空を蹴ろうとして─────足場を作れず、落ちた
『あ』
「馬鹿野郎!!何してんだてめえええッ!!」
そこで何とか四楓院家の当主を助けたのは、阿散井だった。
「すいません〜!!何故だかその…足場が出来なくて…」
『足場を作れない?』
彼の言葉に疑問を持ち、僕は地を強く蹴った。高く飛び上がり、足許の霊子を固めようとする。
だが何時もの様に足の裏が固いものを捉える事はなく、そのまま落下した
「っと。大丈夫ですか、隊長」
『ん。ありがとう、檜佐木さん』
危なげなく受け止めてくれた修兵さんに礼を言いつつ、立つ。
僕達を見た朽木隊長は、静かに口を開いた
「…どうやら此処では、霊子で足場を作る事は難しい様だな」
「…どういう事ですか?」
修兵さんの問いに、朽木隊長は静かな声で答えた
「兄も感じているだろうが、霊王宮の大気に満ちる霊子濃度は極めて高い。
本来ならば、これ程の霊子濃度で足場を作れぬ訳は無い。
ならばそれができぬ理由は一つ─────この一帯の霊子全ての支配権を、滅却師側が握っているという事だ。
迎え撃つ側が此方に不利な戦場を用意するのは当然の事。その上、周囲の霊子を操り戦うのが滅却師の本質ならば、その頭目ともなればこの位はやってのけよう。…霊王を殺す程の者ならば、尚の事」
「…確かに…いざ霊王宮に立ち入ってみても、霊王の霊圧は一切感じぬ…やはり霊王は殺されたという事か…!!」
いきり立つ砕蜂隊長に苦笑いして、京楽総隊長が前に出た
「まぁまぁ、遠くではあるけど幸い一護くん達の霊圧は感じる事だし、先遣隊が全滅してなかったってのは朗報でしょ。
敵の手によって霊王が死んだなら、敵を倒して新しい霊王を決めればいい。
浮竹が今喋れたら、多分そう言ったと思うね。
…さ、行こうか」
ぽん、と大きな手に肩を叩かれる。
僕は静かに、総隊長の目を見上げた。
─────酷く静かな、何故だろう、酷く胸をざわつかせる目だった
『………………』
「一護くん達と合流できない以上、道のある方へ進むしかない。僕ら護廷十四隊、護廷の為に進もうじゃないの」
「「「「はい!」」」」
皆が士気を上げていく。
それを直ぐ傍で見つめているというのに─────何故か、僕だけが遠くに居る様な、奇妙な感覚に襲われた。
「─────桜花隊長?」
自分を呼ぶ低い声に、僕ははっとした。
『…なに、檜佐木さん?』
心配そうな顔で僕を見下ろす彼に、僕は笑ってみせた。
大丈夫、少し疲れていただけだ。
緩く頭を振って、前を見据えた
「…何や、無理すんなよ、独」
そんな時に後ろから声を掛けられて、僕は静かに振り向く。
何時もの無駄に賑やかなピアスを引っ提げた男は、つまらなそうな顔で此方を見ていた
『平気だよ。あんたこそ、死ぬなよ』
「抜かせゴンタクレ。こういうトコじゃ、死ぬなて言った奴が死ぬんやぞ」
ぽりぽりと首を掻く財前を見て、それから視線を隣で静かに控える修兵さんに向ける。
約束したんだ、僕は。…だから、死なない
『……死なないさ、僕は』
「…さよか。なら、ええ」
それだけ言って、財前は口を閉ざした。
十四と書かれた背を暫く見つめ、それから僕は、再び巨大な城を見る
「…しかしこりゃあまた…随分とデカいっスねぇ…」
「そりゃあ城なんてのは、敵に力を誇示する為のモンなんだから。デカくなけりゃ始まらないでしょ」
「そういうもんスかね」
「何にしろ、あんだけ手招きしてくれてるんだ。
あんまり待たせちゃ失礼ってモンだよ。行くよォ」
総隊長が動いた事で、全員が走り出した。
一番後ろでその塊に付いていきながら、僕は静かに視線を隣に向ける
『…檜佐木さん』
「何でしょうか、隊長」
『…皆で、帰ろうね』
「はい」
力強い返事に目を細める。
西洋風の街並みを走り出した時、ふと浦原さんが声を上げた
「…あれっ?涅隊長って何処行ったんスか?」
「ん?あれェ?」
石畳の通路をひた走る。
結構な人数で駆けながら、僕はそっと斜め後ろを見た
『…檜佐木さん、大丈夫?』
「…すみません、隊長。大丈夫です」
─────修兵さんの傷は、深い。
少しだけ息の乱れてきた彼を振り向きつつ、僕はベルトに差していた扇子を引き抜いた。
『…赤色、護衛頼む』
何となくだけど、嫌な予感がする。
扇子を炎を纏った赤い狐に変えつつ、修兵さんに合わせて速度を落とした。
『…檜佐木さん、一旦休憩してから走ろう。ただでさえ他の人より怪我してるんだから…』
「いえ、大丈夫です。…すみません、隊長。気を遣わせてしまって」
頬に汗を伝わせながら、修兵さんは苦笑いした。
明らかに顔色が悪い。彼はあのマスクの男と戦い、続いてペペと戦った。
それから治療はしたものの、やはり他の人より怪我は残っているし、精神的にも疲弊している。
おまけにこの高濃度の霊子環境だ、傷付いた身にはさぞ堪えるだろう。
少しずつ遠くなる集団に目を向けつつも、僕は修兵さんの腕を掴んだ
『休もう、檜佐木さん。これ以上の無理は、今するべきじゃない』
「ですが、隊長」
『皆には後で追い付けば良い。赤色に護衛は頼んであるから、大丈夫』
強引に修兵さんの腕を掴み、歩みを止めさせる。
そしてその場に座らせた─────丁度その時だった
『!!』
バン、とけたたましい音がして、赤色が何かを噛み砕いた。背後を見れば、赤い狐が真っ直ぐに向こうを睨んでいた。
…発砲音に似ていたという事は、相手は銃か?
「敵ですか!?」
『…いや、消失した。多分、一撃で仕留められなかったから、狙いを変えるんだろう』
霊圧は捕捉出来ない。でも赤色が、もうこの場に居ないと教えてくれる。
撤退したのだとすれば、次の狙いは総隊長達のグループか。
そっと赤い狐の頭を撫でて、それから僕は立ち上がろうとする修兵さんの肩を押さえ付けた。
『動かないで、治療するから』
「…ですが」
『ですがですがうるさい!隊長命令だ!黙って治療されてろ!』
しぶとく反論する修兵さんを黙らせて、僕は彼の胸に手を翳した。
ぼんやりと淡い光を纏い始めた手を見つめていれば、修兵さんの唇が、そっと動く。
「…隊長」
『何?』
「……こんな所で言うべきではないかも知れませんが、聞いて頂けますか?」
『ん』
何だろう。何を、話そうとしているのか。
目を向ければ、青灰は穏やかに凪いでいた
「……正直、俺はこの戦いで死ぬんじゃないかと思っていました」
『………え』
修兵さんの言葉に、頭が真っ白になった。
…死ぬ?修兵さんが?
嘘でしょ、駄目だよそんなの。
固まった僕の頬をそっと撫でたのは、大きな掌だった
「……ですが、今その予感は消えた。恐らく貴女がさっきの弾丸を防いだからです」
『……ほんとに?もう、そんな事言わない?』
「ええ。俺は貴女に死ねと命じられるまで、死にません」
柔らかく微笑んだ修兵さんの首にしがみ付く。
ぎゅうっと力一杯抱き付けば、低い声はくつくつと笑った
「…隊長、俺は貴女に伝えたい事が、まだまだ沢山ある。二人で知りたい事も、やりたい事も、腐る程ある。だから─────」
すり、と頬を寄せられる。
しなやかな腕に優しく抱き締められて、甘い声が踊った
「全てが終わったら、俺の想いを受け止めて下さい」
吐息混じりの言葉に、脳髄が溶けるかと思った。
囁かれた耳を押さえつつ、僕は甘い光を帯びた青灰を見ていられなくて、目を逸らす
『……内容によるけどね』
顔が赤い事なんて言われなくても理解していた。
良く判らないけど、身体が熱い。修兵さんの顔が見られない。
早まる動悸を静めようと深い呼吸を繰り返していれば、修兵さんが笑う
「じゃあ、隊長。俺の怪我、お願いします」
するりと長い腕が引いて、何となく、寂しく感じた。
その事に疑問を抱きつつ、僕は治療を再開する。
─────これが、運命の分かれ道だった事には永劫気付かずに
人として終われるのなら
瀞霊廷を覆っていた見えざる帝国の街並が、次々と剥がれ始めた。
「何故だ…何故こんな事が起きている…!?
滅却師共は一体何をしようとしておるのだ…!?」
「何やねん…此方がこんだけ必死こいて漸く門の一つも出来ようかっちゅうトコやのに…敵サンはどんだけの事してくれてんねん!!」
滅却師と死神が共に並ぶという奇妙な状況に陥りながら、僕達は静かに空を見上げていた
『…ねぇ、檜佐木さん』
「何でしょうか、隊長」
隣にあった手を、そっと握る。静かに青みを帯びた灰色が、此方に向けられるのを感じた
『…頑張ろう。でも、無理はしないで』
「多少の無理は仕方無いと思いますがね」
溜息混じりに呟かれ、僕はゆっくりとそちらに顔を向ける。切れ長の目と視線がぶつかって、僕は口を開いた
『……嫌な予感がするんだ』
「…大丈夫ですよ、隊長。俺達が勝ちます。貴女はただ、前だけを見ていて下さい」
穏やかな青灰に、僕は目を細めた
「よし、完成っス!開門しますよ!準備は良いっスか!」
浦原さんの声に、皆が声を上げる。
完成した門が開かれ、現れたのは、ヨーロッパ風の城だった。
「…何だあれは…!」
「何だも何も…アレが敵サンの本陣て事でしょ…」
「逃げも隠れもしないどころか まるで早く来いと言ってるみたいっスね…」
「…全くだ、やってくれるよ」
踏み入れた場所は、僕と修兵さんにとっては二度目となる霊王宮。
その筈、だった
「…な…何や…これは…!?霊王宮に繋がった筈やのに…どないなっとんねん喜助ェ!」
─────眼前に広がるのは、洋風の街並みだった
「いえ…座標は瀞霊廷の真上…此処が霊王宮の筈っス…」
瀞霊廷に広がっていた街並みが、まさか此処にまで手を伸ばしていたとは。
呆然とする僕達を尻目に、京楽総隊長は冷静に呟いた
「…つまりさっき瀞霊廷から持ち上げた街を、霊王宮を潰して組み直したって事じゃないの」
「アホな!さっきの今でそないな事…」
「だから─────それ程の力を手に入れたって事だよ、敵さんがさ」
総隊長の言葉に、平子隊長が口を閉ざした。
周囲を見渡して、僕はそっと隣に目を向けた。修兵さんは険しい表情で辺りを警戒していた。
街を忌々しげに睨んだ砕蜂隊長は、眉を寄せる
「見ろ、街並の縁が円になっている…恐らく此処は、霊王宮の下に浮かんでいた五つの零番隊離殿の一つだったのだろう…」
『空を見ても、霊王宮は浮かんでいない…これは…霊王宮が落とされ、その全てが敵の手に落ちたと言う事でしょうか…』
「…恐らくは。此処は、俺達が来た時とはあまりにも違い過ぎる」
修兵さんの返事に頷く。
あまりにも変わった街並みに眉を寄せていると、不意に黒い影が飛び出した
「今そちらへ参ります姉様!!」
飛び出した影が、空を蹴ろうとして─────足場を作れず、落ちた
『あ』
「馬鹿野郎!!何してんだてめえええッ!!」
そこで何とか四楓院家の当主を助けたのは、阿散井だった。
「すいません〜!!何故だかその…足場が出来なくて…」
『足場を作れない?』
彼の言葉に疑問を持ち、僕は地を強く蹴った。高く飛び上がり、足許の霊子を固めようとする。
だが何時もの様に足の裏が固いものを捉える事はなく、そのまま落下した
「っと。大丈夫ですか、隊長」
『ん。ありがとう、檜佐木さん』
危なげなく受け止めてくれた修兵さんに礼を言いつつ、立つ。
僕達を見た朽木隊長は、静かに口を開いた
「…どうやら此処では、霊子で足場を作る事は難しい様だな」
「…どういう事ですか?」
修兵さんの問いに、朽木隊長は静かな声で答えた
「兄も感じているだろうが、霊王宮の大気に満ちる霊子濃度は極めて高い。
本来ならば、これ程の霊子濃度で足場を作れぬ訳は無い。
ならばそれができぬ理由は一つ─────この一帯の霊子全ての支配権を、滅却師側が握っているという事だ。
迎え撃つ側が此方に不利な戦場を用意するのは当然の事。その上、周囲の霊子を操り戦うのが滅却師の本質ならば、その頭目ともなればこの位はやってのけよう。…霊王を殺す程の者ならば、尚の事」
「…確かに…いざ霊王宮に立ち入ってみても、霊王の霊圧は一切感じぬ…やはり霊王は殺されたという事か…!!」
いきり立つ砕蜂隊長に苦笑いして、京楽総隊長が前に出た
「まぁまぁ、遠くではあるけど幸い一護くん達の霊圧は感じる事だし、先遣隊が全滅してなかったってのは朗報でしょ。
敵の手によって霊王が死んだなら、敵を倒して新しい霊王を決めればいい。
浮竹が今喋れたら、多分そう言ったと思うね。
…さ、行こうか」
ぽん、と大きな手に肩を叩かれる。
僕は静かに、総隊長の目を見上げた。
─────酷く静かな、何故だろう、酷く胸をざわつかせる目だった
『………………』
「一護くん達と合流できない以上、道のある方へ進むしかない。僕ら護廷十四隊、護廷の為に進もうじゃないの」
「「「「はい!」」」」
皆が士気を上げていく。
それを直ぐ傍で見つめているというのに─────何故か、僕だけが遠くに居る様な、奇妙な感覚に襲われた。
「─────桜花隊長?」
自分を呼ぶ低い声に、僕ははっとした。
『…なに、檜佐木さん?』
心配そうな顔で僕を見下ろす彼に、僕は笑ってみせた。
大丈夫、少し疲れていただけだ。
緩く頭を振って、前を見据えた
「…何や、無理すんなよ、独」
そんな時に後ろから声を掛けられて、僕は静かに振り向く。
何時もの無駄に賑やかなピアスを引っ提げた男は、つまらなそうな顔で此方を見ていた
『平気だよ。あんたこそ、死ぬなよ』
「抜かせゴンタクレ。こういうトコじゃ、死ぬなて言った奴が死ぬんやぞ」
ぽりぽりと首を掻く財前を見て、それから視線を隣で静かに控える修兵さんに向ける。
約束したんだ、僕は。…だから、死なない
『……死なないさ、僕は』
「…さよか。なら、ええ」
それだけ言って、財前は口を閉ざした。
十四と書かれた背を暫く見つめ、それから僕は、再び巨大な城を見る
「…しかしこりゃあまた…随分とデカいっスねぇ…」
「そりゃあ城なんてのは、敵に力を誇示する為のモンなんだから。デカくなけりゃ始まらないでしょ」
「そういうもんスかね」
「何にしろ、あんだけ手招きしてくれてるんだ。
あんまり待たせちゃ失礼ってモンだよ。行くよォ」
総隊長が動いた事で、全員が走り出した。
一番後ろでその塊に付いていきながら、僕は静かに視線を隣に向ける
『…檜佐木さん』
「何でしょうか、隊長」
『…皆で、帰ろうね』
「はい」
力強い返事に目を細める。
西洋風の街並みを走り出した時、ふと浦原さんが声を上げた
「…あれっ?涅隊長って何処行ったんスか?」
「ん?あれェ?」
石畳の通路をひた走る。
結構な人数で駆けながら、僕はそっと斜め後ろを見た
『…檜佐木さん、大丈夫?』
「…すみません、隊長。大丈夫です」
─────修兵さんの傷は、深い。
少しだけ息の乱れてきた彼を振り向きつつ、僕はベルトに差していた扇子を引き抜いた。
『…赤色、護衛頼む』
何となくだけど、嫌な予感がする。
扇子を炎を纏った赤い狐に変えつつ、修兵さんに合わせて速度を落とした。
『…檜佐木さん、一旦休憩してから走ろう。ただでさえ他の人より怪我してるんだから…』
「いえ、大丈夫です。…すみません、隊長。気を遣わせてしまって」
頬に汗を伝わせながら、修兵さんは苦笑いした。
明らかに顔色が悪い。彼はあのマスクの男と戦い、続いてペペと戦った。
それから治療はしたものの、やはり他の人より怪我は残っているし、精神的にも疲弊している。
おまけにこの高濃度の霊子環境だ、傷付いた身にはさぞ堪えるだろう。
少しずつ遠くなる集団に目を向けつつも、僕は修兵さんの腕を掴んだ
『休もう、檜佐木さん。これ以上の無理は、今するべきじゃない』
「ですが、隊長」
『皆には後で追い付けば良い。赤色に護衛は頼んであるから、大丈夫』
強引に修兵さんの腕を掴み、歩みを止めさせる。
そしてその場に座らせた─────丁度その時だった
『!!』
バン、とけたたましい音がして、赤色が何かを噛み砕いた。背後を見れば、赤い狐が真っ直ぐに向こうを睨んでいた。
…発砲音に似ていたという事は、相手は銃か?
「敵ですか!?」
『…いや、消失した。多分、一撃で仕留められなかったから、狙いを変えるんだろう』
霊圧は捕捉出来ない。でも赤色が、もうこの場に居ないと教えてくれる。
撤退したのだとすれば、次の狙いは総隊長達のグループか。
そっと赤い狐の頭を撫でて、それから僕は立ち上がろうとする修兵さんの肩を押さえ付けた。
『動かないで、治療するから』
「…ですが」
『ですがですがうるさい!隊長命令だ!黙って治療されてろ!』
しぶとく反論する修兵さんを黙らせて、僕は彼の胸に手を翳した。
ぼんやりと淡い光を纏い始めた手を見つめていれば、修兵さんの唇が、そっと動く。
「…隊長」
『何?』
「……こんな所で言うべきではないかも知れませんが、聞いて頂けますか?」
『ん』
何だろう。何を、話そうとしているのか。
目を向ければ、青灰は穏やかに凪いでいた
「……正直、俺はこの戦いで死ぬんじゃないかと思っていました」
『………え』
修兵さんの言葉に、頭が真っ白になった。
…死ぬ?修兵さんが?
嘘でしょ、駄目だよそんなの。
固まった僕の頬をそっと撫でたのは、大きな掌だった
「……ですが、今その予感は消えた。恐らく貴女がさっきの弾丸を防いだからです」
『……ほんとに?もう、そんな事言わない?』
「ええ。俺は貴女に死ねと命じられるまで、死にません」
柔らかく微笑んだ修兵さんの首にしがみ付く。
ぎゅうっと力一杯抱き付けば、低い声はくつくつと笑った
「…隊長、俺は貴女に伝えたい事が、まだまだ沢山ある。二人で知りたい事も、やりたい事も、腐る程ある。だから─────」
すり、と頬を寄せられる。
しなやかな腕に優しく抱き締められて、甘い声が踊った
「全てが終わったら、俺の想いを受け止めて下さい」
吐息混じりの言葉に、脳髄が溶けるかと思った。
囁かれた耳を押さえつつ、僕は甘い光を帯びた青灰を見ていられなくて、目を逸らす
『……内容によるけどね』
顔が赤い事なんて言われなくても理解していた。
良く判らないけど、身体が熱い。修兵さんの顔が見られない。
早まる動悸を静めようと深い呼吸を繰り返していれば、修兵さんが笑う
「じゃあ、隊長。俺の怪我、お願いします」
するりと長い腕が引いて、何となく、寂しく感じた。
その事に疑問を抱きつつ、僕は治療を再開する。
─────これが、運命の分かれ道だった事には永劫気付かずに
人として終われるのなら