『…良し、完了』


「ありがとうございます、隊長」


修兵さんの傷を治し、僕は立ち上がった。
腰を上げる修兵さんに手を貸しつつ、辺りを見渡す。


「…どうやら、俺達を狙った敵は居ない様ですね」


『京楽総隊長か、日番谷隊長達か…それか浦原さんが当たってる敵のどれかだろうけど』


ぶつかっている霊圧は何れも大きい。それはそうだ、此処は彼等の本拠地になってしまっているし、僕達は度重なる戦闘で疲弊している。
二対一でもキツいかも知れない戦闘ばかりだ、今更僕達が乱入しても、怒られはしないだろう。
身体の調子を確かめている修兵さんに声を掛ける


『行こうか、檜佐木さん』


「はい、桜花隊長」


僕達は、再び走り出した













前方に見えてきたのは、一言で言ってしまえば巨人、だった。


「え、なんスかあの巨人。アレを倒せと?」


『おっきいなー…』


「リアルジャイアントキリングっすね」


『何それ』


「巨人殺し?」


『あー』


修兵さんと他愛もない話をしつつ、走る。たったっと一定のリズムで辿り着いたのは、氷の竜の許だった。
ばきり、と巨人が凍り付き、それを直ぐ様大きな腕が破壊する。


「一瞬も止められねぇのか…頑丈な奴だ」


「この程度の氷の曲芸で、我を止められると思ったか!!」


悔しげな表情を浮かべる日番谷隊長に、大きな手が伸ばされる。それを見た僕は、直ぐ後ろを走る忠狗に声を掛けた


『檜佐木さん、行くよ!』


「了解!」


飛び上がった瞬間、日番谷隊長に伸ばされた手を、真下から噴き出した桜の奔流が弾き飛ばした。
その手に向けて銃剣を振り、凍り付かせる。修兵さんは暗器を巨人の眼球目掛けて投げ付けた。
僕達は日番谷隊長の傍に着地して、彼に声を掛ける


「日番谷隊長、一対一では難しい相手だ。手を貸そう」


『すみません、日番谷隊長。遅くなりました』


「朽木、桜花、檜佐木…」


『…ねぇ檜佐木さん、目を狙うのはエグいと思うんだ』


「戦闘に於いて情けは無用ですよ、隊長」


『いや、そうなんだけどさ…』


あれが叩き落とされずに刺さっていたらと思うと、なんだか自分の目が痛い。思わず目を細めれば、修兵さんは楽しそうに口角を吊り上げた。
そんな修兵さんに若干引いた目を向けた日番谷隊長は、僕達を見てから浅く息を吐く


「…判った。確かにこの身長差なら、四対一でも卑怯にはならねぇだろう」


「………………」


「…何だ、その目は。身長差なら普段からあるだろうとでも言いてぇのか」


「………………いや………そんな…………つもりは無い…」


「ちょっ、朽木隊長…」


「………済まぬ」


「なんで謝った!?凄ぇ言い淀んで結局謝ったじゃねぇか!!此方を見ろ!!!」


『く、朽木隊長…』


せめて誤魔化せよ!嘘下手なのかあんた!
目を逸らして謝罪する朽木隊長に呆れていた時、ぐわっと目の前から大きなものが迫ってきた。
銃剣を構えた時、横合いから放たれた刃によって、それ─────巨人の右手が斬り落とされる


「何だァ?隊長格が雁首揃えて全滅かよ」


巨人の腕が落ちた轟音と共に響いた低い声に、全員が顔を顰めた


「情け無ぇ!!」


現れたのは、十一番隊の長。
戦いを好む獣、更木剣八。


『「「「……厄介なのが来たな」」」』


彼を見た全員が、そう呟いた















「ぬううおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


『う、うるさい…』


「鼓膜を破る攻撃ですかね、これは」


二人で耳を塞ぐ。びりびりと身体を震動が駆け抜けて、あまりの音量に逃げ出したくなった。


「我の、我の右手があ〜〜〜〜〜〜!!!」


うん、右手はさっきそこの戦闘狂が落としましたよ。痛がる間に止血した方が良いんじゃないかな。
そんな事を他人事の様に考えていると、突然巨人─────ジェラルド・ヴァルキリーの切断された右腕がびきびきと動き始めた


「何だ?」


『光って、る?』


腕の形を模した光が現れて、次の瞬間、その光は収束した。
そこにあるのは巨人の腕。力強く握られたそれに、目を丸くする


「更に強くッ」


『え』


「うわ、マジか」


「何だありゃ?どうなってんだ」


「奴の能力だ。傷を負った部位が巨大化して強化される」


奴とずっと戦っていたんだろう朽木隊長がそう言った。そういえば長らく見ていなかった日番谷隊長は、何故滅却師の服を着ているんだろうか。
聞きそびれたな、なんて考えつつ、僕は次に放たれた日番谷隊長の言葉に思わず顔を背けた


「成る程な。こいつも最初からこの身長じゃなかったって訳だ」


…またか。何でまた自分から身長ネタを振るんだ。
顔を背けた僕は、また犠牲になった朽木隊長に噴き出しそうになる


「………何だ。言いたい事があるなら言え」


「………無い。……気にし過ぎだ」


「日番谷隊長も斬ってみたらでかくなりますかね?」


「檜佐木、お前覚えとけよ」


何故だ、何故喧嘩を売りに行ったんだ、修兵さん。
今にも噴き出しそうな口を押さえていたら、肩が震えてるぞと日番谷隊長に怒られた。
いや、だってあんた笑わせに来てるじゃないか。自分から身長ネタ振るとか、狙ってるだろ。
目尻に溜まった涙を拭っていれば、一人だけ離れた場所に立っていた更木隊長が吼えた


「面白ぇ!!それじゃあ粉々に斬り刻んでやったら、どうなるか見物だなァ!!」


いや、バラバラにしたら沢山になっちゃうと思うんだ。巨人が沢山になったら僕達だけじゃ手に負えなくなるよ、絶対。
というか、質量的にアウトだろ。重さに耐えきれなくなって、下に落ちて、瀞霊廷が壊れる


「あの馬鹿…!」


低く吐き捨てた日番谷隊長が、彼を止める為、更木隊長に特攻した。
それを横目で見ていた修兵さんが、突然飛び出した


『檜佐木さん!』


「─────燕塵」


口論している二人を遠慮なく踏みつけたジェラルドに、これまた遠慮なく、修兵さんが大量の暗器を投げ付ける。それは見事に巨人の顔面を捕らえて爆発した。


「ごあっ!?」


ジェラルドが修兵さんに気を取られたその隙に、踏みつけられた更木隊長が、巨人の足を掴んで立ち上がる。
そのまま力任せに持ち上げて、巨人に尻餅を着かせた


「そぉら、もう一発だ!」


転んだ巨人の顔面目掛け、再び修兵さんが指先に目一杯挟んだ暗器を投げ付けた。
更に追加で何十本も投げ込み、ひらりと飛んで此方に戻ってくる。
爆発と共に街が盛大に壊れ、巻き起こった砂埃と轟音に眉を寄せた。
転んでいる巨人に向けて、間髪入れずに獣が飛び上がる


「ゴチャゴチャうるせぇなぁ!!要はチマチマ楽しんでねぇで、一発で頭割れってこったろ!!」


真上から振り下ろされた刀を左手の円盾で受け止め、巨人は更木隊長を弾き飛ばした。
圧倒的な体格差に押され、更木隊長が建物を薙ぎ倒して吹っ飛んでいく


「更木!」


耳障りな金属音を立てて円盾から引き抜かれたのは、両刃の剣だった。


「我を転ばせるとは、貴様強いな」


更木隊長を見つめていた巨人の目が、ぐるりと此方に向けられる。


「我を怯ませるとは、貴様も強いな」


言葉を贈られたであろう修兵さんは無言である。というか面倒臭そうな顔をしている。
何でこんな顔してるんだろう、この人。
そんな事を考えつつ、高らかに宣言する巨人を見た


「残酷ゆえ気は進まぬが、仕方無い。貴様等の様な強力な闇の化身は、我が“希望の剣”の錆にしてくれよう!!」


『闇の化身だって。反論は?』


「自分の性格は理解してるんで、特には」


『あ、闇の化身なんだ』


しれっとした顔でそう言う修兵さんに苦笑いしていれば、砂埃の向こうから声がした


「まさか斬れねぇたぁな…頑丈な盾に、頑丈な身体か。…尚更斬りてぇなぁ」


…うん、やられるとは微塵も思ってなかったけどさ。
ぴんぴんしているであろう更木隊長は、果たしてチームワークという言葉を御存知だろうか


「呑め─────“野晒”」


始解し、刃毀れした巨大な片手斧の様な斬魄刀を肩に担ぐ彼を見て、あ、無理だなと思ったのは仕方無い事である














「何だありゃ…始解か!?更木の奴、何時の間に…」


「奴の刀は常時解放型ではなかったという事か…いや、そもそも…常時解放型などというものは、存在せぬのかも知れぬな…」


二人の言葉を聞きつつ、僕は斬魄刀に霊圧を注ぎ込んだ。十分に溜まった所で、解き放つ言葉を口にする


『卍解─────“結九十九尾藤凍月”』


霊圧を解放し、ふわりと宙に浮く。
ゆらりと揺らめく尾。ばんっと音を立てて開く扇。
銃剣と、爪の様な長い三本の刀身を持つ刀に目を細め、しっかりと握り直す。


「それが真の卍解か」


「見違える様な霊圧だ」


『ありがとうございます』


二人の言葉に礼を言いつつ、ふと視線を横に向けた。
…普段なら絶対に何か言ってきそうな人が、喋ってない。うん、動いてもない。
どうしたのかと目を向ければ、修兵さんは、ぽかんと口を開けていた


『……どうしたの?』


問えば、口がぱくぱくと動く。
暫く鯉の真似をした修兵さんが呟いたのは、耳を疑う様な言葉だった


「…純白のマーメイドドレスとか、もう…」


……良く見てくれ。これはドレスではない。
胸元に鎧を纏った、立派な戦装束である


『いや、これ、戦装束…』


「今直ぐ卍解解いて下さい、隊長。俺が戦えなくなる…ウェディングドレスとか、もう……」


『ねぇ良く見て!?ほら、陣羽織着てるから!!』


和洋折衷であって、間違ってもウェディングドレスじゃないから!!
掌で顔を覆った修兵さんの胸倉を掴んで揺さぶりつつ、僕は叫ぶ。


『ねぇ二人共!!僕のこれは戦装束ですよね!?』


「………ああ、そうだな」


「どっちでも良いだろ。もう嫁いじまえ」


『日番谷隊長ッ!?』


なにこの人、何でこんなに投げやりなの!?
そんなコントを繰り広げている間にも、巨人と獣の戦いは続いていた。


「馬鹿めッ!“希望”が“刃毀れ”したぞッ」


ジェラルドの声で、はっと顔をそちらに向ける。
その瞬間、更木隊長の腹部が真横に裂けた。


「……何だこりゃ?どういうこった」


『え、何で…』


今の瞬間、ジェラルドが何かをした様には見えなかった。それなのに、彼の腹部は裂けた。
奴は触れてもいなかった。それなのに─────


「何が疑問だ?
我が力は“奇跡”!“奇跡”とは民衆の想いを形にする事!」


さも当然とばかりに、巨人が笑う


「破壊出来ぬ我が体躯は民衆の“恐怖”で巨大なものとなり、民衆の“希望”を束ねて剣とした“希望の剣”は、折れれば即ち絶望となる!」


………つまり?


『……檜佐木さん、意味判る?』


「いえ、さっぱり。…剣を折ってしまえば絶望…つまり俺達に何らかのペナルティーが来るとでも、解釈すれば良いんでしょうか」


漸くまともになった修兵さんは横目でチラチラ此方を見つつ、そう答えてくれた。
…ええい、見るな。見るんじゃないこの顔面卑猥め


「何を言ってんだか全く判らねぇが…道理の通じねぇ能力を持ってるって事だけは判った」


恐らく修兵さんの推測は当たっている。
巨人のあの剣を傷付けてしまえば、傷が跳ね返ってくるのは此方だ。
でも戦うには、どうしても奴の剣が前に出てくる。撃ち合ってしまえば、刃毀れするのは自明の理。
明らかに此方が圧倒的不利。
─────だがその状況で、獣は嗤った


「そうかよ。要は剣を折らずにてめぇだけ殺しゃ良いんだろ。
いちいち解決策を披露するたァ甘ぇ野郎だ、後悔するぜ!」


「有り余る力の差を埋める為に教えているのだ。それも判らぬとは甘い奴!後悔するぞ!」


『………』


「…なんか」


「なんか…こいつら似たモン同士な気がしてきたな…」


朽木隊長も無言で首肯した。
この四人は、何だかチームワークが良くなっている気がする















巨人の剣が、更木隊長目掛けて真っ直ぐに街に突き立てられた。
更木隊長は剣の上を駆け上がる。直ぐ様上りきったと思えば、飛び上がって巨人の顔面目掛け、巨大な刀を横薙ぎに振るった。
それをジェラルドは首を後ろに反らす事で躱す。空中で身動きの取れない更木隊長を、大きな左手が襲った。
彼を握り潰そうとした手を叩いて後方に飛んだらしい更木隊長は笑いながら、直ぐ様ぶつかった建物を足場に、飛び上がる


「躱すじゃねぇか!見た目の割にすばしこい奴だ!!」


「此方こそ一握りして潰してやるつもりだったのだがな!すばしこい奴だ!!」


似た者同士の一騎討ちに、無駄に攻め込む様な真似はしない。だってそんな事したら、絶対両方から攻撃されるし。
その代わり、黙って立っている訳でもない。
静かに周りの霊子に僕の霊圧を混ぜ込んでいれば、我慢出来なくなったらしい氷の竜が飛び上がった


「群鳥氷柱!!」


ジェラルドの背後から襲った彼を、素早く巨人が振り返る


「目障り!我の相手は貴様ではない!!」


大きな手が氷の竜を掴もうと伸ばされて─────だがその手が触れる前に、彼は獣によって撃ち落とされた


『日番谷隊長っ!』


慌てて地に降りて、彼に駆け寄る。
瓦礫から顔を出した日番谷隊長は、案の定怒っていた


「何しやがる更木っ!」


「此方の台詞だ!邪魔すんじゃねぇ!てめぇらは何処へなりとスッ込んでろ!!」


「野郎……」


「止せ」


「大丈夫ですか、日番谷隊長」


顔を顰めた日番谷隊長を止めたのは朽木隊長だった。
修兵さんの手を借り立ち上がる日番谷隊長を見つつ、朽木隊長は静かに彼を諭す


「無駄だ。道理の通じる相手ではないのは、更木も同じ事」


「…判ってる。だが更木を置いて先に行く訳にもいかねぇ」


「…まぁ、更木隊長一人で勝てる相手じゃないですもんね」


巨人を見上げながら修兵さんが呟いた。
そんな彼に頷きながら、日番谷隊長は更木隊長を指す


「その証拠に、見ろ。更木の奴…とっくに眼帯を外してやがる…!」


涅隊長特製の、霊圧を喰らい続ける眼帯。
あれは確か、更木隊長が始解する時にはもう右目から消えていた。


「あいつ自身が本能で判ってんだ。眼帯を外さねぇと、勝てねぇ相手だって事を…」


苦い顔で言う日番谷隊長の氷の華が、少しずつ砕けていく。今あるのは、残り五枚。
長時間卍解を使っている彼等はキツいだろう。いや、正直言うと僕は随分マシだ。初めてこの卍解を使ったし、大して敵と戦ってないから。
けれど、皆は違う。強敵と戦い、長い間卍解を使っている。
……此処は、僕が動くべきだろう


『朽木隊長、日番谷隊長、檜佐木さん』


声を掛け、全員の視線を集める。
そして僕は、たった今練った策を提案した


『こうなった以上、更木隊長にもバレない様にやるしかありません。


─────僕が隙を衝いて巨人を凍らせます。


日番谷隊長は僕のフォローをお願いします。朽木隊長は、それを千本桜で粉砕して下さい。
檜佐木さんは、奴等の注意が此方に向かない様、撹乱して下さい』


そっと手を翳し、空気中の霊子を調べる。
僕の霊圧は今、しっかりと空気の中に溶け込んでいる。
─────これだけあるのなら、あと少し手を加えるだけで、いける


『恐らく全力で行けば骨まで凍結出来る筈。少し時間が掛かるんですが…協力して貰えますか?』


「─────判った」


「俺もそれが良いと思っていた。補佐は任せろ」


「隊長の御命令とあらば、従います」


…ほんと、此処は結束力のあるチームである。















金属音と火花を撒き散らし打ち合いをする更木隊長と巨人。宛ら怪獣映画の様だ。…どっちが味方なのか判り難いけど。
戦いは互角に見える。
だが、更木隊長が押されているのは明らかだった。
斧の様な斬魄刀を叩き付ける更木隊長の身体には、少しずつ傷が増えていく


「どうした!剣の威力が落ちているぞ!」


ジェラルドの手には、三ヶ所ほど欠けた剣。
“絶望”のペナルティーは、更木隊長の身体に決して軽くはない傷を負わせていた


「まぁ当然か!剣を刃毀れさせずに戦うなど土台無理な事!戦っていれば刃は毀れ、貴様の身体にはそうして“絶望”が刻まれる!」


吹っ飛ばされ、建物を足蹴に再び飛び掛かる更木隊長。何度飛ばされようと向かってくる獣に、巨人は高笑いした


「不屈!素晴らしいなその精神!だが、精神で力の差は埋められぬ!」


更木隊長が血飛沫を上げ、また吹っ飛ばされる。
彼が建物を折って飛ばされていく中、ジェラルドの頭の上で桜が円を描いた


「ぬんっ」


それを剣を握った手で殴るジェラルドが、ぎろりと彼を睨み付けた


「見えているぞ、朽木白哉!!」


「まだか、桜花!」


『あと少しです!』


空気に溶け込ませた僕の霊圧を周囲に拡散する。狙いを巨人に絞り、間違っても仲間を巻き込まない様に、霊圧感知も行っているのだ。
斑目さんと綾瀬川さんも、此処から距離は少しある。更木隊長も巻き込む位置じゃない。
これなら─────


「そして…日番谷冬獅郎!桜花独月!!」


「!」


頭上に影が差す。
僕達の居る建物の上に、剣が振り下ろされようとして─────


「ぬぅッ!!」


「隊長!ご無事ですか!」


「檜佐木!」


巨人の顔面が爆発した。
見ればジェラルドの前に、修兵さんが居る。
彼は奴の目に何かを放り込んで、そのまま鼻面を蹴り方向転換をして、此方に舞い降りた。
ジェラルドの右目が勢い良く爆発して、奴は苦痛の声を上げる


「ぐおおおおおおおっ!?目がッ目がぁッ!!!」


ジェラルドは右目を押さえ、のたうち回っている。
…まさか、眼球が爆発したんだろうか。
ただならぬその様子に、僕達は言葉を無くした。
日番谷隊長と共に、やらかした癖にしれっとしている張本人に顔を向ける


『…ちょっ、何したの?』


「神経毒入り爆弾を放り込みました。眼球みてぇに粘膜の露出した部位なら、あのデカブツにも効くんじゃねぇかと思いまして」


ほら、と指差したのは、腕輪のなくなった左腕。
確かに以前、修兵さんの腕輪とチョーカーには毒が仕込んであると聞いた事がある。
何処でそんなもの使うんだと思ってはいたが、まさかジャイアントキリングに使うとは。


「…奴の右目は?」


「潰せたかまでは確認しないと判りませんが、見えなくはなったとは思いますよ。…あれは阿近さん特製の、神経を麻痺させるタイプの毒です。幾らアレの回復速度が速くても、数分は稼げる筈だ」


「……お前、二番隊に行ってから加減を捨てたな」


「甘さを捨てただけですよ。確かに公平な戦いの方が好きですが、それだけじゃあ俺の望む最善は手に入らないって、気付いたんで」


そう話す修兵さんを暫し見つめ、それから僕は悶絶する巨人に目を向けた。


「ぬおおおおおお…ッ見えぬ!我の右目が見えぬ!」


『─────来い。赤色、銀色』


ゆらりと傍の空気が揺らぎ、現れたのは赤茶色の狐と、銀色の狐だった。
僕はゆっくりと、銃剣を奴に向ける。
一つ吼えて、彼等は悶える巨人に突進する。
赤色と銀色の間には白銀の鎖が伸びていた。それが、巨人に触れた瞬間、鎖はまるで意思を持った様に動き、奴を拘束する


「ぐっ!?何だ!?」


赤色と銀色の身体が発光する。輝き始めた彼等は咆哮し、幾重にも縛り上げられた巨人に突っ込んだ。


『裏戦舞・壱式─────』


左手を頭上から左へ、大きく振るう。
背後の鉄扇がくるくると回転を始めた。鉄扇は回転しながら、巨人を取り囲む様に宙に浮遊する。
双狐が巨人に触れた瞬間、奴が、巨大な氷に包まれる。


『凍獄氷憐華』


鉄扇から一斉に絶対零度の光線が放たれた。
それが既に、凍り付いた巨人を更に氷の中に閉じ込めていく。
何度も照射されるそれにより、巨人の幽閉された氷は巨大な華の形を模した。
最後に、右手の爪の様な長刀を縦に振るう。
周囲に溶け込ませていた僕の霊圧が呼応し、檻の様に、氷の華を閉じ込めた。
完全に沈黙した巨人を見つめ、僕は大きく息を吐く。


…良かった、出来た。


安堵する僕の肩を叩いたのは、日番谷隊長だった


「どうやら、俺の手助けは必要なかったみてぇだな」


『いえ、隊長達が強者を引き受けて下さったお陰です。僕は、此処まで殆ど力を使っていませんでしたから』


「謙遜は止せ。お前は十分強い」


『………あ、ありがとうございます…』


いや、真顔でさらっと言われると照れる。翡翠の瞳からぎこちなく視線を逸らすと、今度は頭を撫でられた。
見上げれば、無表情の朽木隊長


「…見事だ」


『…ありがとうございます…』


だから、照れるってば。
困惑しつつもされるがままで居て、ふと気付いた。
僕の副官は此方に背を向けたまま、あの氷を見つめたままで居る。
…どうかしたんだろうか。
問い掛ける前に、修兵さんが斬魄刀を抜いた


「隊長、来ます!」


「何!?」


ぎょっとした全員が氷の華に目を向ける。
その瞬間、青白い氷の表面に、ぴしりと亀裂が走った


『…あれでまだ死んでないの…?』


「残念ながら」


もうやだよ。なにあいつ、不死身か。
絶対零度の氷で骨まで凍て付かせたつもりでいたのに、まだ動くとか。


「わ、我は…」


ばきりと大きく氷が崩れ、巨人の顔が露になる。
次第に広がっていく罅に、僕は刀を構え直した。軈て氷の華を砕いた巨人は、己を閉じ込めていた氷の箱も、剣で斬り捨て咆哮した


「我は最大、最強、最速の力を与えられた滅却師!!我は全てを与えられた戦士!!」


ぎろりと、鋭い視線が此方に向けられる。


「我を─────出し抜けるなどと思うな!!」


『っ!!』


巨人の拳が振り下ろされる前に、僕の身体は宙に浮いていた。勿論そんな事をするのは僕の副官である。
彼は僕を腕に抱え、始解した風死を建物に突き刺した。それを軸に、建物から建物へと振り子の様に移動する


『…風死ってそんな使い方あるんだ』


「俺は鬼道系じゃないんで、使い方は色々と考えてるんですよ。風を起こそうと思えば出来ますが、無駄に疲れますし」


建物に到着し、僕を背負った。
藤凍月を火の玉の様な狐に変えた僕をしっかりと首にしがみ付かせると、彼は両手に鎖鎌を握り、再び移動を始める


「空中に足場を作れねぇなら、建物を飛びますが。でも今は目に映ったら狙われそうなんで、暫くはターザンごっこっスね」


『僕も藤凍月使ったら出来るかな?』


「んー…風死は切っ先が緩く曲がってるからこういうのが簡単に出来ますけど…藤凍月は……刀折れるんじゃ…」


『なら止めとく』


そんな事で刀を折ったら二匹に怒られる。
直ぐ傍を浮遊する狐に絶対やるなよと言わんばかりの目を向けられて、僕はこくこくと頷いた。


「隊長、あのデカいの、どうします?」


『んー……そもそもあいつの頑丈さが桁違いなのがなぁ…』


周囲の建物を手当たり次第に壊しているジェラルドを振り向きつつ、そう呟く。
骨まで凍らせたと思ったのに、実際は皮膚か、その下の筋肉まで届いたかといった所だったんだろう。
という事は、もっと強力な一撃が必要になる。
アレを中途半端に傷付けて巨大化させるのではなく、確実に葬り去れる一撃が。


『…ねぇ、檜佐木さん』


「何です、隊長?」


首筋にしっかりとしがみ付きながら、僕は形の良い耳に言葉を流し込んだ


『……アレを殺す。だから、その後は僕の身体、宜しくね』


確実に奴を葬れる手があるにはある。たった一つ、奥の手が。
風死を引き戻し、次の建物に投げながら、修兵さんは静かな声で問うた


「……覚悟はお有りですか、桜花隊長。アレを殺す覚悟も、俺にその後こってり絞られる覚悟も」


…最後のはどう見たって、今その真剣な声で聞くべき事じゃないよね。
首筋に顔を埋めつつ、溜息を吐いた。
それから僕は、静かに頷く


『あるよ。僕は、隊長だから。
……霊圧を溜める。それまで逃げ回るのは宜しくね、檜佐木さん』


深々と吐き出される溜息。
修兵さんは本当に渋々といった体で、了承した


「─────了解しました、隊長」






絶望に抗え