遠くに、街を軒並み破壊する怪獣が居る。
俺は霊圧を極力抑えながら、風死を使って建物の間を縫う様に移動していた


「隊長、時間はどのぐらい掛かりそうですか?」


『暫く掛かる。…さっき凍獄氷憐華を使っちゃったし』


「そういや初めて見ましたよ、さっきの」


『だって、初めて使ったもん』


「は?」


『え?』


思わず口から間抜けな声が漏れた。
え、今何つったこいつ。初めて使った?
……あんな馬鹿デカい範囲技を、ぶっつけ本番で?


「……随分ギャンブラーですね、隊長」


『いや、一回は練習したよ?精神世界でだけど』


「それは練習したとは言いません」


溜息を溢しつつ、俺はジグザグに進んで大きな手から逃れていた。
さて、何時まで逃げれば良いもんか。俺だけで攻撃するのは良いが、それだと独月の守りが手薄になる。
日番谷隊長と朽木隊長からは大分離されちまったし、更木隊長はどっかで野垂れ死…んでもまぁ、関係ねぇ。
ターザンごっこをしつつ逃げ回っていれば、不意に背後で馬鹿デカい霊圧が噴き上がった。


「あ?」


『何これ…更木隊長…?』


驚いた独月と共に振り向きつつ、近くにあった建物の壁を駆け上がる。そこで膝を着いて背中のお姫様を降ろした。


『…あれは、卍解?』


巨大な柱の様な霊圧が消え、ただただ獣みてぇな霊圧を感じる。肌がびりびりと震える野蛮な霊圧に眉を潜めていれば、じっと一点を見下ろしていたジェラルドがゆっくりと口を開いた


「急激な霊圧の上昇─────卍解かと思えば、さしたる変化もなし。とんだ肩透かしだ!」


落胆した様子の巨人は、ゆっくりと拳を握った。


「よもや、その折れた剣が卍解という訳でもあるまい!つまらぬなぁ、更木剣八!」


折れた剣を握っているらしい更木隊長目掛け、ジェラルドが拳を振り下ろした


「刃の折れた貴様には、“希望の剣”を振るうのも惜しい!潰れて消えろ!!」


『更木隊長!』


「駄目です、隊長」


今にも飛び出していきそうな独月を押し留め、戦いを静観する。
卍解しているかも知れねぇ獣に俺の隊長を近付かせるなんて、ぜってー無理。
しかも今こいつ、ウェディングドレスだし。…ああ、そうだ、スーパー怪獣大戦の間、俺は隊長のドレス姿を拝んでおこう。
霊圧探索をしつつ、俺は独月に視線を固定した。
胸元は白銀の鎧。肩には肘までの白いケープ。
腰から下は、たっぷりとフリルを使った純白のドレス。
頭には飾り毛の付いた兜を被り、獣耳を覗かせている。背後で揺らめくのは白銀の尻尾。
うん、非常に可愛らしい。ドレスを汚さない為かふわふわと浮かぶ独月を見つめていれば、俺の視線に気付いたらしい独月が此方を見た。


『……何?』


「いや、ウェディングドレス良いなぁって」


『だから、これは戦装束です!ほら、陣羽織!』


陣羽織だと主張しているのはどう見たってケープである。ただ襟の紫が前の卍解の時の陣羽織に似ているだけで、どう見たって嫁である。


「胸元の鎧も、そういう仕様のウェディングドレスに見えますよ」


『良い加減ウェディングドレスから離れてくれる!?違うから!これはドレスじゃないから!!』


「兜の飾り毛もベールに見えますし」


『飾り毛は飾り毛です!間違ってもベールじゃない!!』


「もう隊長のドレス姿が可愛過ぎて、俺戦る気がなくなりました」


『戦えよ!!だったら此方見んな!!』


顔を赤くして怒っている独月が可愛くて、辛い。最早暴力的な可愛さである。
しかも格好が格好だから、殺人級だ。


「あー可愛い。抱き締めても良いですか」


『あの、お願いだから戦いに集中して下さい!もうほんとお願いします…』


「何であんなむさ苦しいスーパー怪獣大戦を見なきゃならないんですか。それなら目の前の天使を脳裏に焼き付けます」


『焼かんで良い。…あ、腕がもげた』


あっちでドンバンやってるらしい怪獣共に独月が目を向ける。とうとう此方に顔を向けなくなった独月を抱き締めて、俺はゆっくりと目を怪獣達に向けた


「あー…アレって俺らの味方でしたっけ?」


『多分…』


肌が赤く染まった更木隊長は、鬼の様だった。というか鬼そのものだった。
凶悪な人相で長い髪を振り乱す姿は、物語の鬼そのもの。
更木隊長は巨人の額も、その盾すらも、一太刀で斬って捨てた


「馬鹿なッ我が盾が…!」


『あの盾を斬るなんて…』


「いよいよ人外染みて来ましたね」


元より人離れしていたが、今となっては鬼に近付いている。巨人を殴り飛ばす鬼を目を細めて眺めていれば、奴の焦った声が聞こえてきた


「馬鹿なッ…何だ、この力は…ッ!?」


血を流す巨人が吹っ飛ばされていく。剣で勢いを殺そうとしていたが、その程度では減速が望めず、とうとう刃は地を離れてしまった


「あ」


─────このままでは、あのデカブツが瀞霊廷に落下する


『ちょっ、やば…っ!』


独月が慌てて藤凍月を握る。
氷を走らせようとした時、奴の背中から白い羽根が飛び出した。


『え』


「うわ、何でもアリか」


「馬鹿な、馬鹿な…馬鹿な、馬鹿なッ…死神が、我を…」


譫言の様に馬鹿なと呟いた巨人は、希望の剣を構え、吼えた


「こんな馬鹿な事が、あって堪るかあああああ!!」


巨人の剣が光を帯びる。
いざという時の為に、俺は独月をしっかりと抱き締め直した


「逃げもせぬとは愚の骨頂!灰となって消えろ!!」


巨人は剣を構え、微動だにしない更木隊長に突っ込んだ。瞬く間に間合いが詰められる中、鬼が動き─────


『……嘘』


巨人が、真っ二つに裂かれた。
ズシン、と重々しい音を立て、頭頂部から縦に半分に斬られた巨人の身体が、街に墜落した。
俺は独月を腕に抱え込んだままで、そっと問い掛ける


「隊長、どうします?」


『…流石にこれで終わっただろうし、僕達も先に…』


「─────オオオオオオオオオオオ!!」


独月の言葉を遮ったのは、鬼の咆哮だった。
驚いてそちらを見れば、更木隊長が巨人の遺体を睨み付けている。
何故だ、アレはもう死んだ筈だ。
眉を寄せる俺達の前で、信じられない事が起こった


『………え?』


「…おいおい、マジかよ…」


頬を冷や汗が伝う。
目の前の事態は、最早現実味すら失わせるものだった。


─────真っ二つに斬られた身体が、宙に浮かんでいた。


滅却師の象徴を中心とする様に、それに裂かれた半身が引き寄せられていく。
そして空中で、何か常識を超えた力によって、巨人の身体は修復された。


「─────我、“神の権能”。高潔なる神の戦士」


額と頬を覆う防具を身に付けた巨人は、更木隊長を見下ろした。


「我、神の為に剣を振るう者なり!」


振り下ろされた剣を迎え撃とうと、更木隊長が刃を振るう。
その瞬間、何故か更木隊長の腕から突如血が噴き出した


『な…っ』


更木隊長の動きが一瞬止まる。その隙を見逃さず、ジェラルドは希望の剣を鬼に向かって突き刺した。


『更木隊長!』


更木隊長を倒した巨人は此方ではなく、別の方向に狙いを定めた。
頭上に向けた剣の先に光が宿り、切っ先が向けられる。そこからとてつもない熱量の光線が放たれ、街を大きく抉った。


『しまった、街が…!』


「隊長、失礼します!」


『は!?ちょっ、』


今直ぐにでも藤凍月を使いそうな独月を抱え上げ、俺は地を蹴った。俺の行動が読めねぇらしい独月が抗議の声を上げる


『檜佐木さん!?何で遠くに…っ』


「今の貴女のやるべき事は、必殺の一撃の為に霊圧を溜める事です!街の落下は日番谷隊長に任せましょう!」


奴は日番谷隊長と朽木隊長を狙った。
なら近くに居た日番谷隊長が、街を凍らせて落下を防いでくれる筈だ。
俺の言葉に独月が目を見開き、それからぐっと眉を寄せた。
─────遠くで、氷の竜が大剣に薙ぎ払われるのが見えた


『……こんなの、薄情者だ』


「勝つ為です。どうか、堪えて下さい」


今の俺は桜花隊長を生かす為に動いている。独月の奥の手がどんなもんかは知らねぇが、隊長を信じて護衛するのも部下の役目。


─────たとえそれが、他の隊長を見殺しにするとしても、俺は桜花隊長を護り抜く。


「隊長達を助けたいなら、霊圧を溜めて下さい、桜花隊長」


非情だと責められたって良い。卑怯だと詰られたって構わない。
その程度で済むなら。お前を失わなくて済むなら、俺は鬼にでも何にでもなれるのだから


『……檜佐木さん』


「何でしょうか、隊長」


独月は俺の肩に顔を押し付けた。
強く襟を握り締め、そして震える声で、指示を出す


『…逃げ続けろ。僕が、霊圧を溜めるまで』


「─────了解しました、隊長」




 










破壊される街の音。
巨人の声。仲間の声。僕を抱えて逃げる人の息遣い。
ずっと目を閉じて聞いていた。
消耗している霊圧を奮い立たせる。必殺の一撃を放つ為に、霊圧を高めていく。
脳裏で、ゆらりと紅い光が揺れた


─────時は、満ちた。


僕はゆっくりと目を開けて、修兵さんを見つめる。
視線に気付いたらしい修兵さんが、静かに僕を見下ろした。


「準備は整いましたか、隊長?」


『ああ。…建物の上に、運んでくれる?』


「はい」


静かに頷いた修兵さんが風死を使い、建物の外壁を上っていく。
僕が霊圧を溜める間にも戦いは激化して、巨人もまた変貌を遂げていた。
光を帯びた、古代の彫像の様な戦士。剣を折られようと立ち上がる男を僕は見据えた。


『…檜佐木さん。念の為、天挺空羅で全員に退避命令を』


「はい」


修兵さんが背後で支度を始めるのを感じながら、僕はゆっくりと掌を前に翳した。


『卍解』


光が現れ、それが細長い形になった。
戦装束は、血の様な赤に染まる。


「縛道の七十七・天挺空羅!!」


修兵さんが鬼道を使ったのを横目で確認して、輝くものを手にした。
光は消え、全貌を顕す。
その姿は、氷で出来た槍だった。


『……本当は、使いたくなかったんだけどな』


見た目だけならば、美しい槍だ。
でもこの槍が秘めている力は、破壊だ。単純な破壊。言い訳のない暴力。護る為じゃなくて、壊す為の力。


『─────行こう』


しっかりと槍を握り、宙に浮かぶ。
これは赤色の─────不治痛尽の卍解だ。
触れた相手を“抉る”能力を最大限まで高め、解放したもの。


『“痛尽神殺棘槍”』


名を口にした瞬間、槍から深紅の霊圧が噴き上がった。高く浮遊した僕が立つのは、巨人の前。
二メートルはあるであろう深紅の槍を、僕はゆっくりと前に突き出す。
切っ先を向けるのは、巨人


「桜花!!」


『下がっていて下さい、日番谷隊長。…初めて使うので、うっかり刺し殺しちゃうかも』


声を掛けてきた日番谷隊長…っぽい青年にそう言って、僕は後方の建物の上で待機する修兵さんに声を掛けた。


『……檜佐木さん、この後は、僕の事頼みます』


「了解しました、桜花隊長」


槍から噴き上がる霊圧に反応したのか、巨人が此方を見下ろした。


「桜花独月、何だその姿は?」


『卍解だ。…神の戦士よ、貴様が戦士なら、僕の一撃を逃げずに受けて立つだろう?』


一瞬ジェラルドは動きを止めた。
それから数秒。
割れる様な高笑いが場に響く


「ふ─────ふははははははははッ!!貴様、この我を挑発するか!!神の権能である、我を!!」


笑われようが、動じない。寧ろこの挑発に乗って貰わなければ困るのだ。
笑いが収まるのを待っていれば、口角を上げた巨人が真っ直ぐに僕を見た。


「─────良かろう!
血に染まった戦乙女よ、その槍で我を貫くが良い!!出来るものならな!!」


『そうか─────礼を言おう、神の戦士よ』


僕はゆっくりと、槍を構えた。肘を曲げ、頭上で槍投げの構えを取る。
霊圧を注ぎ込めばより一層深紅の光は濃く、大きくなっていった


「なっ、何だ、この霊圧は…!!」


阿散井の声が何処からか聞こえてきた。
深紅に染まる槍の穂先に描かれた桜がじわじわと染まり─────全ての絵柄が染まりきった事で、空色の輝きを放つ。


『突き穿て。抉り喰え。
汝が喰らうは神の使い。盟約に従い、怨嗟の槍にてその心臓を喰らうが良い』


手の中の霊圧が高揚する。
僕は腕を振り─────牙を剥く獣を、解き放った


「来い!!貴様の槍を、我が粉々に─────」


そこまで言って、ジェラルドの表情が一変した。
折れた剣で振り払おうとしても、槍はそれを簡単に避けて突き進む。
そして─────ジェラルドの眉間に、突き刺さった


「ぐ、あ…あああああああああああああッ!!?」


みちみちと巨人の皮膚に、紅い血管の様なものが浮かんでいく。奴の全身に次々に裂傷が浮かび、鮮血が噴き出した


『…痛尽神殺棘槍は、一対一に於いて真価を発揮する』


呆然とする周りを尻目に、僕は敵を抉り歓喜する深紅の槍を見つめた


『お前は僕の“槍を受ける”と宣言した。つまりお前は、この槍に心臓を明け渡すと、明言したんだ』


痛尽神殺棘槍を真に解放出来るのは、“相手が槍を受ける”と宣言した時だけ。
それ以外では普通の槍程度にしか使えないのだ。確かにこの槍で傷を付ければ癒えない。けれど真価を発揮するには、やはり相手にこの槍を受けると言わせなければならない


『お前の心臓とは胸の臓器じゃなく、額にあった滅却十字。だから赤色は、今お前の頭から喰らっているんだ』


脳裏では赤色が哄笑している。
本性を晒け出し神の戦士を喰っているのが良く判った


「我が、我が、こ…こんな、槍なんぞに…ッ!!」


『卍解の名を聞いてなかったのか?それは神を殺す槍だよ。…市丸隊長みたいに伸びないし、毒もないけどね』


赤色が喰らった場所から、紅い血管が延びていく。
それが全身に廻ったのを見て、僕は静かに目を細めた


『─────その心臓、貰い受けたぞ神の戦士』


「ぬ、お…おおおオオおおぉおおおお…!!!」


長い苦悶の声が響き─────神の戦士は、塵になって消えた。
さらさらと風に乗って飛んでいく巨人だったものを見送って、僕は地に突き刺さった槍を見る。
ぴしり、と氷の槍に罅が入り─────それが砕け散るのと同時に、僕の戦装束も粉々になった。
身体を浮かばせていた力が消え、死覇装に戻った僕は地面に向かって真っ逆さまに落ちる。
周囲では慌てた声。ぼんやりと空を見上げる僕を受け止めたのは、彼だった


「…随分無理をしましたね、隊長」


修兵さんの呆れた様な声音に、僕は笑うしかない


『…こうでもしなきゃ、あいつは倒せなかったから』


僕の手に斬魄刀はない。今の僕には、それを維持する霊圧すらもないのだ。
酷い眠気に襲われながら、僕は此方を見下ろす修兵さんに向け、微笑んだ


『……あとは、よろしくね』


「…ええ、お任せを」





眠りなさい、我が姫よ