夜中、ふと目が覚めた。時計の短い針が指しているのは三。また変な時間に起きちまったな
布団から出て台所に向かう。コップに水を注いでいれば、何だか顔の右半分が疼いているのに気付いた。じくじくとした痛み。外を見れば雨が降っていた。ああ、だからか

「…雨は、嫌いだな」

ぼんやりとそう呟いて、部屋を出た。






















「……いやいやいや」

部屋を出たは良いが何で此処に来たんだ俺。此処女子寮なんだけど。見付かったら色々やべぇだろ。そう思いつつ溜息を吐く
特に何も考えず侵入した女子寮の、ある一室の前。ちょろちょろ中の霊圧は動き回ってるから確実にあいつは起きている
また溜息を吐いて、扉を控えめにノックした

『はい』

「俺だ」

『え゙』

声を出した瞬間物凄い勢いで扉が開いた。俺を中に引き込んで、辺りに誰も居ないのを確認してから扉を閉める。
そして振り返った銀髪が俺を睨んだ

『こんな時間に此処に来て…見付かったらどうすんの』

「悪ぃ。気付いたら此処に来てた」

『……はぁ』

そう返せば独月が溜息を吐いた。しゃーねぇだろ、事実なんだから
取り敢えず上がれと言われ素直に草履を脱ぐ。必要最低限な物しか置かれてねぇから只でさえ広い部屋が余計に広い

「ほんと生活感ねぇ部屋だな」

『……十分生活感はある』

や、ねぇよ。現に居間に何もねぇじゃねぇか。机しかねぇぞ。後綺麗に並べられた教科書

『…はい、お茶』

「サンキュ」

湯呑みを二つ置いた独月が俺の隣に座った

『で、どうしたの?』

「…理由はねぇんだけど…会いたくなったのかもしれねぇ」

『……そう』

独月の右目の下から伸びる傷痕を撫でる。その一本以外は綺麗に消えている。あの日の傷痕は目に見えねぇ
そんな事を考えていれば俺の右頬に小さな手が触れた

『傷痕、疼くの?』

「……ああ」

眉の上から傷痕をなぞる手に、抵抗もせずやりやすい様に右目を瞑る。白い指先が目蓋の上を通った。独月は眉を寄せていた

『何で、残したの』

疑問符もない問い。それだけ良く思ってねぇって事なんだろう

「戒めだ」

卯ノ花隊長に頼めば独月と同じ様に消す事も出来た。でも残したのは、あの日の無力さを忘れない為。誰一人として護れなかったあの日を風化させない為

『…本当に、修兵さんは誰も護れなかったの?』

「え…?」

真っ直ぐな瞳が俺を見る。護れなかったじゃねぇか。だから蟹沢も青鹿も死んだ。お前にもそんな怪我をさせた。
全部、俺が護れなかったから

『一回生は殆ど無傷だった』

「でもそれは…」

反論しようとすれば唇に指を置かれた。俺を黙らせて、独月は続ける

『それに僕を護ってくれた。だから、修兵さんは無力じゃない』

微笑んだ独月がゆるゆると俺の目許をなぞる様に撫でた。少しずつ、目頭が熱くなっていく

『僕が生きてるのは修兵さんのお陰なんだよ?だからもう自分を責めないで』

「…………っ」

『もう、泣いて良いんだよ』

その一言で、涙が零れた。止めようとしてもぼろぼろ零れるそれは止まらねぇ。嗚咽まで漏らす始末。だせぇな俺。何処か冷静に、他人事の様に考えていれば、そっと何かに包まれた

「っ……ぅぐ…」

『僕しか居ないんだから、堪えなくて良いのに』

馬鹿。お前だからかっこ悪ぃとこ見せたくねぇのに。俺を抱き締めた独月が髪と背中をあやす様に撫でた。するとまた涙が溢れ出す

『我慢しなくて良いんだよ。ずっと僕が傍に居る。泣けなかったら、また泣かせてあげるから』

「うっ…ううう…」

優しい中性的な声。我慢出来なくなって────俺は号泣した





Night when a scar aches





(────嗚呼、この時からお前はもう)

(泣けなくなってたんだな)